二次元の地平線 参
ある雨の日、記憶を失った主人公は見知らぬ河川敷で刃物を手にし、倒れた人間を前に立ち尽くしていた。逃げ出して戻ってみると、死体も刃物も跡形もなく消えていた。周囲の人々も主人公に気づかない様子で、次第に「自分はこの世に存在していないのでは」と疑い始める。そんな中、ただ一人こちらを見つめる謎の黒い人物が現れる──。
キーボード操作を止め、編集の藤原宛にファイルを添付してメールを送った乃木は書斎からベランダに出た。まだ書き始めたばかりだが、少しだけ呪われたような1年から抜け出せた気がした。そのままの勢いで藤原に電話すると彼も喜んでくれて、後で感想を送ると約束してくれた。
くしゃくしゃになった煙草に火をつけてゆっくりと吸い込んだ。半年ぶりの喫煙に若干の眩暈を覚えて煙草が如何に身体に悪いのか身をもって体験したような気分だった。そんなことも気にならないほど今日の乃木は久しぶりに高揚していた。
久しぶりに窓を開けると心地よい風が身体に降り積もったモヤモヤを吹き飛ばしてくれたようなそんな気持ちになった。
心地よくなり浅い眠りから目覚めた乃木は藤原からの新着メールに気が付いた。藤原の感想が気になり早速メールを開いた。
乃木 先生
まずは、原稿を書き始めてくださったことありがとうございます。
原稿拝読いたしました。
誠に恐縮ですが、率直な意見を述べさせていただきます。
・全体への評価と指摘
1. テンポと焦点のブレ
ストーリー冒頭の緊迫感は悪くありませんが、その後の展開において「情報の焦点」が絞られておらず、読者の注意が拡散していく印象です。誰かが倒れていた→刃物→記憶喪失→逃走→回想→戻る→消失→他者の無関心→幽霊疑惑→黒い人物…
ここまでに事件性・記憶・存在疑惑・不思議な人物といったテーマが短時間で乱立し、どこに主眼を置きたいのかが分かりづらい。読者が戸惑います。
特に「幽霊かも」という発想に行き着くのが唐突かつ早すぎです。あまりに思考が飛躍していて説得力に欠けます。
2. 描写の重複と冗長さ
文章に無駄な繰り返しや、意味が重なる表現が多いです。
3. 主観と客観のバランスの悪さ
視点は「記憶喪失の主人公の一人称」ですが、妙に冷静すぎる観察や考察が混じっているのが不自然です。
「犬の散歩をする女性」「部活の学生」「初老の夫婦」「ダイエットのための女性」などを細かく観察しすぎていて、
「本当に記憶もなくて動揺してる人間の思考か?」という違和感があります。緊急事態でパニックしていた人物がそこまで冷静な観察をできるかどうか、リアリティをもう一度見直すべきだと思います。
・構成と文体への指摘
4. 起承転結の“転”以降が弱い
せっかく導入(起)がサスペンスとして良くても、「転」からの展開が予測しやすく、引き込まれにくいです。「戻ってみたら死体も刃物も消えていた」「人々が自分に無関心→自分は霊かも…?」
この2点はありがちな展開ですし、読者の期待を裏切る“裏切り”がありません。→例えば「死体が自分に酷似していた」「手に持っていたのは刃物ではなく別の物だった」など、視点を転換させる仕掛けがあると良かった。
5. 文体が単調になりがち
「〜した」「〜だった」という過去形の連続で、文章にリズムの変化が少ないです。また「〇〇と思った」「〇〇な気がした」「〇〇のように感じた」が多く、曖昧な表現が多いのに、説明はしつこいという二重の弱点があります。
・改善提案(方向性)
“記憶喪失”と“死体の消失”だけにまず絞る
不要な幽霊疑惑や観察描写は後回しに。
視点人物の動揺・困惑をもっと情緒的に描写
読者に共感させる余地を作る。
サスペンス構造を再構築
「記憶がない→死体発見→証拠隠滅?→誰かに監視されてる?」といった段階的な“疑惑の増加”で引っ張るべき。
不要な観察描写・同義反復のカット
テンポをよくし、焦点を絞る。
率直に言えば、現時点では着想は良いが、構成力と文章力が荒削りという段階です。ですが、ここをしっかり詰めれば読ませる作品に化ける可能性が高いです。次に進めるなら、「この物語で読者に何を体験させたいか」「本当に描きたいテーマは何か」を明確にして、それに沿って物語全体を再設計することを強くおすすめします。
厳しい意見ではありますが、また良い作品作りを先生と再開できればうれしい限りです。よろしくお願いいたします。 藤原
藤原からのメールを読み進めていくうちに乃木は頭に血がのぼるのを感じた。やっとの思いでイップスから抜け出せそうなのに…それなのに…
昨日まで1行も書けなかったのがウソのように書けたんだぞ、それなのに…
飲み続けている処方された薬が入った紙袋を壁にたたきつけた。
くしゃくしゃの煙草に火をつけて意味もなく書斎をぐるぐると歩きまわったた後、大して吸うこともなく煙草をもみ消した。
折角書けたのに…もうちょっと言いようがあるだろう…。
再び煙草に火をつけて思いっきりニコチンを肺に取り込み、時間をかけて毒物を吐き出すように煙を吐き出した。
心拍数が上がっているのを感じながら、藤原に電話した。

では 素敵な1日を ✨
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いつもありがとうございます。
