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#振り返りnote | フォロワー


もうすぐnoteをはじめて丸5年になります。そこで、今までのnoteを振り返る記事を書いています。今回はその第3弾になります。




私がnoteを書き始めたのは、2021年の8月8日です。

それ以来、いろいろな人と交流して、出会いと別れを繰り返してきました。フォローしたり、フォローされたりという関係は、入れ替わりながら年を経るごとに増えてきました。

初期の頃は頻繁にやり取りしていた方も、辞めたり、疎遠になったりすることがありますね。

もしも1ヶ月、noteを始めるのが早かったり遅かったりしたならば、出会っていなかっただろうな、と思うことがあります。どんな人でも、おそらく、noteを開始する時期が異なっていたならば、今現在のnoteは多少なりとも違ったものになるものでしょう。

1年目の出会い、2年目の出会い、3年目、4年目というように、それぞれの時期に出会う人はいますが、最初の頃から今現在まで繋がっている人というのは、やはり特別なものがあるように思います。


単に交流が古ければ古いほどいいとは限りませんが、長い期間に渡って繋がっていられる人には共通点がありますね。

お互いの作品を読み、率直な感想を言い合える人。
相手のことを否定しないこと。
おかしいと思ったときには疑問をぶつけられる人。
ベッタリしないこと。

簡単に言えば、お互いに心地よい距離感を保ちながら、踏み込み過ぎないということでしょうか?

長い交流というのは、それ自体が重みというか深みを与えるものですね。お互いの書く内容の変遷を知っていたり、いっけん矛盾するようなことが書いてあっても、そこには一貫したものがあると感じられる。

もしかしら、交流期間が短ければ、単に支離滅裂なんじゃないの?なんて思ってしまうことがあるかもしれません。

投稿する度にコメントや感想を書くことはありませんが、「これは時間をかけて思いを綴ったものだ!」というのは、長い期間の交流があるとわかるものです。

短い期間の交流しかない人や一見さんだと、その記事1つの内容だけでスキ・嫌いを判断しがち。


ここからは、私の推測ですけどね、長い間、記事を読んでいても飽きないというのは、コアの部分では共通の価値観があるにしても、異なったところがあるからでしょうね。

まったく意見が一致する間柄というのは、結局長持ちしないのではないかと。
そして、その違いを違いとして、「そういう考え方もあるなぁ」と思えるかどうか。

誰にでも「ここは譲れない」というものはあることでしょう。そこにはお互いに踏み込まない。

長く続かない関係というのは、そういう絶対に譲れないものに対してお互いに「こうせよ!」という圧をかけるような関係。

何でも意見が一致するところが多ければ多いほど親密だ!、とか
相手の秘密をたくさん知っていればいるほど親密だ!、とか
互いの感想やコメントが多いほど親密だ!、のような考え方の人とは、長く繋がっていることはできません。

それを望む者同士か仲良くすることを否定するわけではありませんが、それは私の望むところではありません。

ちょっと薄味、みたいなほうが、末長く交流が続くような気がします。



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山根あきら | 哲学者 記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします