マルチタスクは、本当に非効率なのか?
前回、
今の自分に必要な情報にたどり着くための、
一つの考え方について触れました。
できるだけ早く、
自分に合う情報に出会いたい。
ムダな情報に、
時間を使いたくない。
そんな感覚は、
誰にでもあるのではないでしょうか。
情報が多すぎる時代の
取捨選択のヒント
こちら▼▼
ただ、そこで気になるのが、
「でもそれって、結局、非効率なのでは?」
まずは、
マルチタスクという言葉を、
少し整理するところから始めます。
1章:同時進行と同時処理の違い
私だけではないと思うのですが……。
アイスコーヒーを飲もうと思って、
キッチンへ向かう。
ところが、
歩いている途中で、
別のことを考えてしまう。
そして、
冷蔵庫を開けた瞬間に、
「あれ?何しに来たんだっけ?」
となる。
10歩も歩いていないのに、
やることを忘れる。
「私はニワトリか」
って思ったりします。
でもこれ、
年齢の問題というより、
途中で意識が別のことに向いてしまっただけ。

さて、
マルチタスクについてなのですが、
複数の仕事を抱えていることも、
マルチタスク。
作業を切り替えながら進めることも、
マルチタスク。
何かをしながら、
別の情報に触れることも、
マルチタスク。
たしかに、
広い意味ではどれもマルチタスクです。
ただ、
ここで少し分けて考えたいことがあります。
それが、
“同時進行”と、
“同時処理”の違いです。
同時進行とは、
複数の仕事や案件を、
並行して持っている状態です。
たとえば、
Aの案件を進めながら、
Bの返事を待つ。
Bの返事を待っている間に、
Cの準備をする。
午後には、
Dの打ち合わせがある。
こういう状態は、
仕事ではよくあります。
いくつもの仕事を抱えている。
でも、
すべてを同じ瞬間に
処理しているわけではありません。
今はA。
次はB。
そのあとにC。
というように、
切り替えながら進めています。
こういう時は、いくつものことが
前に進んでいる感覚があります。
だから、
ちょっと気持ちいい。
「ちゃんと進めている」
「時間をうまく使えている」
そんな小さな達成感もあります。

一方で、
同時処理は少し違います。
一つのことをしながら、
意識が他のことにも向いている状態です。
たとえば、
誰かと話している時に、
「あ、この人、私の話を聞いていないな」
「なんだか上の空だな」
と感じることがありますよね。
実はこれ、
自分の中でも起きています。
同じ時間の中で、
複数のことを処理しているようで、
実際には、
意識があちこちに移っている。
しかも厄介なのは、
本人には「できている感覚」があることです。
目の前のこともやっている。
別のことも考えている。
だから、
同時にできている気がする。
でも実際には、
意識が行ったり来たりしている。
さらに厄介なのが、
脳が「もう処理した」と勘違いすることです。
たとえば、
打ち合わせに向かおうとして、
エレベーターの前まで行く。
そこで、
「あ、忘れ物した」
と思って、デスクに戻る。
ところが、
デスクの前まで戻った瞬間に、
「あれ?何を取りに来たんだっけ?」
となる。
ここで起きていることは、
「忘れ物に気づいた」
「デスクに戻った」
この流れだけで、
脳は一度、
処理したつもりになっているということです。
意識はすでに、
次へ向いています。
初めて行く場所なら、
時間は大丈夫か。
道順は合っているか。
どんな人なんだろう。
どんな話を、
どんな流れでした方がいいのか。
頭の中では、
優先順位がすでに次のことへ切り替わっている。
でも、
目の前の用事はまだ終わっていない。
で、
肝心の「今やること」を忘れます。
マルチタスクが非効率だと言われる時、
問題になりやすいのは、
この同時処理の方です。

大事なのは、
今、自分は複数のことを管理しているのか。
それとも、
同じ時間に複数のことを処理しようとしているのか。
ここを分けておくこと。
この違いを整理すると、
マルチタスクは本当に非効率なのか、
という問いも少し見え方が変わります。
では、
そもそも“効率”とは何なのでしょうか。
2章:効率とは何か
効率とは、
少ない時間で、
少ない労力で、
少ない負担で、
目的に近づくことです。
同じ仕事をするなら、
できるだけ早く終わらせたい。
同じ情報を得るなら、
できるだけ分かりやすく知りたい。
同じ結果にたどり着くなら、
できるだけムダを減らしたい。
これは、
とても自然なことです。
時間も、
体力も、
集中力も、
無限にあるわけではありません。
だから、
効率を求めること自体は、
悪いことではありません。
むしろ、
効率は大事です。
ただし、
効率が力を発揮するのは、
どこに向かうのか。
何を終わらせたいのか。
何を知りたいのか。
目的がある程度、
見えている時です。
でも、
まだ目的がぼんやりしている時。
何が自分に合っているのか、
まだ分かっていない時。
判断基準が育っていない時。
この段階で、
効率だけを求めると、
少し話が変わってきます。
たとえば、
初めてカレーを作る時。
親が作ってくれたカレーを思い出して、
「なんとなく、こんな感じかな」
で進めると……
野菜にまだ火が通っていなかったり、
水が多すぎてシャバシャバになったりする。
もちろん、
失敗から学ぶことも大切です。
ただ、
水加減や煮込み時間など、基本の工程を
ちゃんと理解する時間を取ること。
それが結果的に、
一番効率が良かったりします。

3章:「非」とは何か
ところで、
「非」ってどういう意味でしょう?
普段なんとなく、
「〇〇ではない」
という意味合いで使っているのではないでしょうか。
たとえば、
“非日常”という言葉には、
少しワクワクする響きがあります。
いつもと違う場所。
いつもと違う時間。
いつもと違う体験。
特別感。
自分へのご褒美。
「たまには、いつもと違うことをしたい」
そんなポジティブなイメージで、
使われることが多い言葉です。
では、
“非常識”はどうでしょうか。
非常識と言われると、
どこか責められているように感じます。
常識がない。
普通ではない。
おかしい。
そんなニュアンスで、
受け取られることもあります。
でも、
そもそも常識は、
人によっても違います。
場所によっても違います。
状況によっても違います。
文化によっても、
時代によっても変わります。
ある人にとっての常識が、
別の人にとっては非常識になることもある。
つまり、
非常識という言葉は、
ネガティブに受け取られることもあれば、
常識にとらわれていない。
そんなふうに、
ポジティブに受け取られることもあります。
では、
“非効率”はどうでしょうか。
非効率とは、
効率的ではないことです。
時間がかかる。
手間がかかる。
遠回りに見える。
ムダが多く見える。
一見、
ネガティブなイメージを持つのではないでしょうか。
でも、
非効率に見えることは、
本当にムダなのでしょうか。
4章:効率の落とし穴
人は、
効率を基準に、
モノゴトを考えがちです。
早い方がいい。
楽な方がいい。
ムダが少ない方がいい。
失敗しにくい方がいい。
そう考えるのは、
ある意味、
しかたのないことです。
今は、
選択肢が多すぎます。
情報も多い。
やり方も多い。
比べる対象も多い。
何かを始めようとしても、
どれが正しいのか。
何を選べばいいのか。
どこから手をつければいいのか。
わからない…
だから人は、
分かりやすい基準を求めます。
早いか。
簡単か。
ムダが少ないか。
すぐ結果につながりそうか。
効率は、
判断するための物差しとして、
とても分かりやすいのです。
でも、
分かりやすい物差しだからこそ、
気をつけたいことがあります。
それは、
効率という物差しだけで、
物事を見てしまうことです。
たとえば、
時間だけで見れば、
自分で試すことは非効率に見えます。
調べるより、
誰かに聞いた方が早い。
自分でやるより、
できる人に任せた方が早い。
何度も試すより、
正解だけ教えてもらった方が早い。
たしかに、
時間だけで見れば、
その方が効率的です。
でも、
まだ自分の判断基準が育っていない時は、
少し話が変わります。
何が自分に合うのか。
どこでつまずくのか。
何に違和感があるのか。
何なら続けられるのか。
これは、
少しやってみないと分かりません。
むしろ、
判断基準がないまま情報を集め続けると、
「これも良さそう」
「あれも大事そう」
「こっちの方が正しいのかも」
となっていきます。
そして気づけば、
始めるために情報を探していたはずなのに、
情報を探すことで、
始めるのが遅くなっている。
さらに、
完璧な正解を選んでから始めようとして、
余計に動けなくなる。
こんなことが起きます。
これが、
効率の落とし穴です。

効率を求めることが、
悪いわけではありません。
非効率に見えることが、
すべてムダなわけでもありません。
大事なのは、
何のための効率なのか。
何を育てるための時間なのか。
ここを分けて考えることです。
答えがある時や、
ある程度の経験を積んだ後なら、
効率を考える。
しかし、
答えを探している時は、
非効率に見える時間が必要になることもある。
ここを分けずに、
効率的だから良い。
非効率だからダメ。
と決めてしまうと、
本当に必要な時間まで、
ムダだと感じてしまいます。
まとめ
今回は、
マルチタスクは本当に非効率なのか、
というところから考えてきました。
ただ、
マルチタスクといっても、
中身は一つではありません。
複数のことを管理しながら進める、
同時進行。
同じ時間に、
複数のことを処理しようとする、
同時処理。
この二つは、
分けて考えた方がいい。
マルチタスクが非効率だと言われる時、
問題になりやすいのは、
主に同時処理の方です。
そして、
効率についても同じです。
効率は大事です。
でも、
何を目的にしているのか。
どの段階にいるのか。
そこを見ないまま効率だけを求めると、
効率化しているつもりが、
本来必要だった時間や経験から、
少しズレてしまうことがあります。
非効率に見えることは、
本当にムダなのか。
むしろ、
非効率に見える時間の中でしか、
育たないものもあるのではないか。
次回は、
非効率の先に、効率は見えてくるのか。
一緒に考えてみましょう。
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