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日記 | 境界線を越えぬための、10人分


勝手に引用する失礼、お許しください。

「ヘッドスパは、頭に10人分ほどのおしっこをかけられているような気分。さらに、途中で10人加勢される」

​こちらの記事を目にしてからのこの1ヶ月間、その言葉が私の頭を離れることはなかった。

​それまでヘッドスパと言えば、「気持ちが良い」という噂はかねがね耳にしていたものの、それは高貴な姫君や美意識の高い方々が嗜むハイレベルなものであり、自分などには到底敷居が高いと、遠巻きに眺めていたのである。

​それが、お、お、おしっこ⋯ですって⋯⋯?!

なんて下品な、しかし、なんて親しみのある表現。
この強烈な例えによって、私のヘッドスパに対する心理的ハードルは一気に崩れ去ったのだ。

​私自身決して「美意識」なるものに興味が全くないわけではない。
身だしなみとして最低限の化粧や清潔感は心がけているし、
何より数カ月前に「私の美意識を揺るがす大事件」が起きてからは、積極的に取り入れるべきであると思っている。

忘れもしないあの日の朝、いつものように身支度をしようと鏡を見ると、そこには、
私にすごくよく似た「おじさん」がいた。
​私は「おばさん」のはずだが、鏡に映る自分はどこからどう見ても、「おじさん」であった。鏡の中のおじさんは、こちらを見てひどくびっくりした顔をしていた。​衝撃だった。

​歳を重ねるごとに、「おじさんはおばさんに、おばさんはおじさんになる現象」をご存じだろうか。

生まれたての赤ちゃんの顔は性別の区別がつきにくいものだが、ある一定数のおじさんやおばさんは、放っておくと、どうやら原点回帰し、見た目の性別があやふやになっていくようなのである。
日常で見かけないだろうか。無事に原点回帰に至り、性別のグラデーションの中でゆらゆらと揺れている、おじいさんやおばあさんを。

​まさに今の私はその一定数の人間であり、「境界線の消失」の真っ只中なのだ。

​私は、長身で角張った骨格、さらには中性的な顔立ちと、おじさん化するための好条件がすでに揃っている。そのうち着るものもラクな方、ラクな方へと流され、シャツに濃い色のゆるゆるのパンツ、バッグや靴も合わせやすいように無彩色となり、放っておけば早い段階で、いとも簡単におじさんへと変身を遂げるだろう。

​ジェンダーレスが日常に浸透する昨今、私の見た目がおじさんになろうとも社会的に何ら問題はない。
それこそ、THE ALFEEの高見沢さんのような麗しさや、夏木マリさんのような格好良さへと昇華できるのであれば、むしろ喜んでその境界線を飛び越えたい。
​だが、私自身は至ってふつうのおばさんであり、何の手入れもしないふつうのおばさんは、昇華されることなくふつうのおじさんになるのが現実である。

そして、我が家の次女はまだ小学生。
今後、学校行事や個別面談の際、先生や子どもたち、そして保護者の方々に、

​「次女ちゃんの⋯⋯おと、あれ? おか⋯⋯?」

​などと、余計な気を遣わせるような事態になっては申し訳ない。

ただ、お恥ずかしい話、私はこの歳になるまでネイルもマツエクも、大した肌のお手入れもせずここまで来てしまった。今更ネイルだティントだエステだなんて気恥ずかしいし、だいたいどこからどう手を付けていいか分からないのが本音である。

​そこで、この「おしっこヘッドスパ」である。
これなら美容迷子の私でも、ただ横になっているだけでいい。頭皮と髪への効果に加え、眼精疲労や肩こりの緩和にもなり、美意識導入編にはもってこいなのだ。

​​そう思い至り、私は先日、美容院の予約ボタンをポチリと押した。
予約日は来月頭。否応なしに期待が高まる。

​しかし、私はこのワクワクが、単なる「美容への楽しみ」から来るものではないことに気がついてしまった。

​頭に計20人分のおしっこ(正確には、おしっこの勢いのお湯。当たり前である)をかけられる。
どんな勢いなのだろう。流石に一人当たりが高圧洗浄機並みであれば困る。しかし、藤岡弘、がコーヒーを淹れるときのような、あのポタポタとした一滴の美学のような勢いでも困る。
そして勢いは一定なのか、ランダムなのか。
つまり、若者、老年、などと入れ替わるのだろうか⋯⋯

そんな頭におしっこをかけられるシチュエーションを想像するたび、なぜか私の胸は奇妙な興奮に突き動かされる。
自分にこんな変態的一面が隠されていたとは、驚きを禁じ得ない。

​正直、ちょっと怖い。

ヘッドスパ当日、至福の(あるいは倒錯した)聖水を頭に浴びることで、私の中の「何か」が完全に目覚めてしまうのではないかと。
おじさん化を食い止めるつもりが、私はおじさんどころか、もっと別の「恐るべき何者か」へと変身を遂げてしまうかもしれない。

ワクワク、ドキドキ⋯⋯

いずれにせよ新しい扉は目の前に。
期待と不安が入り交じる冒険へ、
覚悟を決めて、いざ行ってきます。



↓くすぐったかったら、どうしようという心配もある⋯⋯


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