なぜいったんチューバから離れてしまったのか | 苦い追憶 【自分史を紐解く③】
こんばんは!低音に静かな情熱を注ぐアラフィフ、チューバ吹きのサンチです。
これでnoteの投稿4作目。
三日坊主ならぬ三作坊主はようやく乗り越えられました✨️
のんびりマイペースで恐縮ですが、スモールステップを今後も積み重ねていければと思ってますので、宜しくお願いします。
さて、今回は、タイトルのとおり、ちょっぴりほろ苦いお話になりますが、宜しければどうぞ最後までお付き合いください。
前回お話したとおり、中学1年のときにチューバの魅力の一端を垣間見た私は、日々の練習に以前より(だいぶ)熱心に取り組むようになりました。
※前回のお話、もっと知りたいという方はこちら!
…といっても、自分が当時過ごしていたのはあくまで勉学優先の中高一貫男子校。
部活動は趣味の延長程度のゆるーいノリ、演奏披露の機会も文化祭、春の定演等数回のみでした。
自分のひたむきさなど、「日本列島吹奏楽の旅」で取り上げられる高校生のように、まさにアオハル、魂を燃やすような猛練習に取り組む眩しい姿とは比べるべくもない、甘っちょろいものだったと思います。
(もしそんな情熱が迸るような日々が今後綴られるものと期待されていた方がいらっしゃれば、期待外れでごめんなさい(笑))
ただ、今振り返ってみても、自分が吹奏楽部で過ごした日々は、喜怒哀楽、当時の色々な想いの詰まった、自分にとっては大切な日々だったと思います。
(そのあたりの思い出は、また機会があればnoteにてお話したいなと思います。)
結局私は、高校2年までの5年間吹奏楽部で活動した後、大学受験を終えた頃の高3春の定演にも志願して参加するなど、意欲的にチューバ演奏に取り組みました。
私は、大学入学後も、当然吹奏楽を、チューバを続けていけるものと思い込んでいました。
しかしながら、大学1年の春に、そんな思い込みを自ら捨て去らざるを得ない状況に陥ってしまったのです。
自分の入った大学には、応援団の吹奏楽部と、もう一つの吹奏楽サークルくらいしか、大編成での吹奏楽演奏に参加できるところがありませんでした。
(ちなみに管弦楽部のサークルもいくつかあったんですが、オケの場合、チューバの出番はかなり限られるものと思われたので、そこはあえて選択肢に入れませんでした。)
そして、中高で(ある意味吹奏楽部っぽくない)文化部的なゆるーい日々を送っていた自分が適応できるのは、吹奏楽サークルの方だろうと判断し、4月中旬頃の新歓活動期間中に、同サークルの門を叩いたわけです。
対応していただいたチューバのパートリーダーは、緊張していた自分に明るく親切に接してくれましたし、自前のチューバを持っていない点もサークルの備品をお借りできる(しかも中高時代のオンボロチューバに比べればだいぶ質のよい楽器!)ことが分かりました。
お借りしたチューバを軽く試奏しつつ、これなら今後うまくやっていけそう!とかなりゴキゲンな気分でした。
ところが、その日の夜、大学キャンパスのある駅前の飲み屋で行われた新歓コンパのとき、同サークルの負の側面が一気に私に襲いかかってきました。
このサークル、大学内でも指折りの飲みサーだったのです。
当時、まだ未成年飲酒についてある程度多めに見てもらえた時代だったので、新歓コンパでは上級生が新入生にコールをかけて飲ませるということが当たり前の状況でした。
自分は両親ともに下戸だったこともあり、体質的にアルコール耐性がありませんでした。
入学後、そのサークルの新歓コンパに参加するまでに、何度か同級生との飲み会に参加したのですが、小さめのコップ1杯のビールを飲んだだけで、顔が真っ赤→真っ白になり、フラフラになってしまう状況。
そんな自分にとって、飲みサーの新歓コンパは、苦行以外の何ものでもありませんでした。
そこかしこのテーブルから、ビールを飲み干すよう迫ってくる、自分の名前を連呼する声、手拍子。
昼間優しく接してくれた中低音パートの方達が、人が変わったようにお酒を無理強いしてくるのは、正直辟易しました。
楽しそうにバカ騒ぎをする上級生や同級生を背に、居酒屋のトイレに緊急避難し、吐き気と頭痛が収まるまでうずくまる自分。
自分はただチューバを吹きたかっただけなのに。
しかも、このような飲み会が今後練習が終わったあと、飲みニケーションの名のもとに頻繁に行われるらしいと聞いたとき、私は、そのサークルに、というか大学でチューバを吹くことを諦めざるを得ませんでした。
その後、市民吹奏楽団でチューバを吹く道も模索してみたのですが、貸し出し可能なチューバを有する楽団は見つかりませんでした。
だからといって、自前の楽器が用意できる別の楽器に変えるという気持ちにはどうしてもなれませんでした。
こうして、私は大学入学後いったん大好きだったチューバから離れることになりました。
お酒のことぐらいで諦めてしまった自分の意志の弱さを後悔したこともありましたが、今はそんな自分をようやく認められるようになりました。
皆さんにも、続けたかったのに続けられなかったものはありますか?
自分史を紐解く 完
これで終わりではないんですよね(笑)
それでも自分と音楽との縁は、完全には切れなかったんです。
その後、社会人になってしばらくした後、思いがけないかたちで、またチューバを吹く機会が巡ってくるのです。
次回「自分史を紐解く④:遂に再起動」
お楽しみに!
私のnoteライフの記念碑、初投稿はこちらです!
📚️自分史シリーズはこちらにまとめてあります!
☕ちょっと寄り道、よもやま話はこちらです!
