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【第21回】巨大プラットフォーマーと戦争~学生たちの質問に答える

東京大学大学院情報学環を拠点とする「プラットフォーム研究会」は、国内外のさまざまなプラットフォーマーの経営、歴史、思想、創業者群像、政治との関係、生成AI戦略などについて、2025年6月まで25回の会合で議論を重ねてきました。

本noteでは、西村陽一・東京大学大学院客員教授による「情報社会論」講義(情報学環教育部、2024年度)の一部を再録するとともに、研究会での議論内容を特集記事として順次紹介していきます。

第8回~第14回は、2回目の講義「プラットフォームビジネスのメカニズム~その急成長とパワーの源泉について」(2024年4月)の再録を分割してお届けしました。

第15回~第20回は、3回目の講義「戦争と情報~ウクライナ戦争とプラットフォーマーについて」(2024年4月)の再録を分割してお届けしました。

この第21回配信は、3回目の講義に寄せられた多数の質問の一部と西村教授の回答を掲載します。


ジャーナリズムの現場は失われるのか?

学生Aの質問
「ジャーナリズムにおける現場の重要性については、初回の講義と今回の講義でよくわかりました。西村先生が国内外で取材してきた飛行機墜落事故やクーデター、地震災害などがそうですが、これまでジャーナリズムが扱ってきものには、明らかな現場がありました。しかし、たとえばサイバーテロが代表的な例ですが、デジタル空間で起きる事件に具体的な現場はありません。現場を失うことによって、ジャーナリズムの性質が変化する部分があるのではないかと思い、この点が気になりました。サイバー空間の膨大なデータを前にしたジャーナリストたちは、生き生きとした言葉で現場感を表現する機会というものを失ってしまうのではないでしょうか。製造工場の現場に対して五感を総動員して取材してきた例と比べて、たとえばChatGPTの革新を記者が五感で得られるような『現場』はあるのでしょうか。これはジャーナリズムの性格に変化をもたらすのでしょうか」

スマホが当たり前の紛争地域ばかりではないのでは?

学生Bの質問
「いまのAさんの質問の関連です。今回の授業では、ロシア・ウクライナの戦争の情報がスマホを通じて全世界に拡散され、しかも、そのインパクトがとても強いということについて学びました。しかし、いまこのとき、世界で行われている戦争は、ウクライナだけではありません。だからこそ、個々の発信がされないほかの地域の戦争や紛争では、現地取材の重要性が際立って重要になると思います。先生がご自身の戦場取材体験ももとに指摘されたように、確かに、SNSだけで戦争の全体像を把握するのは不可能で、どの戦争においても、地上の取材が実態を伝えるうえで不可欠です。そのうえで言えば、みんながスマホを持ち、スターリンクでネットに繋げばいつでもどこでも戦争の状況を発信できるような環境にはない地域、そもそもスマホの普及率がとても低い地域、国家権力によってネット接続が厳しく規制されている地域では、情報発信が大きく後退します。たとえば、タリバンが実効支配するアフガニスタンでは、市民側からの発信が難しいはずです。YouTubeで調べたら意外と日本のメディアが撮った映像が見つかりましたが、全体像をつかむのにこれで十分かどうかはわかりません。モバイルとスマホが常識となった現代の社会だからこそ、そこから必ず漏れる部分の取材がジャーナリズムに求められると感じました」

オシント・ジャーナリズムが主流になるのか?

学生Cの質問
「無限のデジタル空間に散らばる情報の収集と分析だけに満足せず、戦争においても地を這う現場取材がいまも欠かせない、という言葉が大変印象に残りました。ただ、これからの傾向としては、取材対象が地上からデジタル上へと移行していき、オシント・ジャーナリズムの重要性が高まっていくのではないかと思いますが、この点についてどうお考えですか?」

西村陽一・客員教授
 
3人とも、とても重要な質問をしてくれました。サイバー時代の現場とは何かについて考える前に、まず、Cさんから「オシント」についての問題提起があったので、この話から入りましょう。

インテリジェンスの世界では

Cさん、「オシント」とは何ですか?
 
学生C
「OSINT、Open-source intelligence」のことです。
 
西村教授
そうですね。ネット上の公開情報を調査し、分析する手法を指します。
 
実はスパイ、諜報の世界では、インターネット時代の到来の前から、公開情報を分析することは有力な手法の一つとして位置づけられてきました。
 
公開情報をまとめるだけならだれでもできます。
 
インテリジェンスの世界で求められるのは、膨大な公開情報の行間を読み、それを分析する眼力です。

皆さんのなかには、将来外交官を目指している人もいるかもしれません。在外公館の外交官が同じ現地の新聞を読んでも、そこから何をつかみとるか、記事からどのような変化の予兆を読み取るか、それは外交官の能力によって違いが出てきます。


いい機会ですから、ほかの用語も確認しておきましょう。
 
「ヒューミント」、「HUMINT=human intelligence」は、生身の人間から得る情報です。

偵察衛星や偵察機が撮影した画像の分析によって情報を収集するのが「イミント」、IMINT=Imagery intelligence、「イマジント」(IMAGINT)です。
 
通信や電子信号の傍受による情報収集が「シギント」(SIGINT=Signals intelligence)。利害関係を同じくするインテリジェンス機関同士の協力が「コリント」(COLLINT=Collective intelligence)といいます。質問にあったオシントはもともとこうした諜報活動における情報収集の手段の一つだったわけです。

オシント・ジャーナリズム

オシントは、かつてなら新聞やテレビ、雑誌、書籍、公刊資料で済んだのですが、デジタル空間の情報量の爆発的な増加に伴って、デジタル空間の公開情報をもとにさまざまな報道や分析をするメディア、シンクタンク、NGO、市民団体、さらには一般市民が増えてきました。
 
有名なのは2014年にネット上の公開情報の調査を目的とするサイトを設立した「ベリングキャット」です。

「猫に鈴をつける」という意味で、ウクライナでのマレーシア航空墜落事件についてロシア軍の関与を暴いたことで一躍有名になりました。これはジャーナリズムの団体ではありませんが、日本を含む各国のジャーナリストが研修を受けています

https://www.bellingcat.com/

欧米のジャーナリズムでは、2011年の「アラブの春」の取材をきっかけに、オシント、つまりオープンソースの調査報道が広がりました。

ジオロケーション(画像、動画の撮影場所の特定)、デジタルフォレンジック(さまざまなデバイスのデータ保全や解析、事実解明)などを駆使する、新しいタイプの記者たちが養成されたり、引き抜かれたりして、専門チームがつくられていきました。
 
やがて、ニューヨーク・タイムズやBBCなどがシリア内戦の報道などで、本格的なオシント報道を手がけていきます。


ニューヨーク・タイムズのシリア内戦調査報道はピュリツァー賞を受賞するのですが、彼らは反体制派支配地域の四つの病院爆撃について、ロシア軍のパイロットのGPS受信情報や飛行記録、パイロットの無線通信の録音情報などを入手して翻訳のうえこれらを解読したり、目撃者の動画を集めたり、病院関係者にインタビューをしたりしました。ロシア語、チェチェン語、ウクライナ語の翻訳チームも編成しました。

https://www.nytimes.com/video/world/middleeast/100000005697485/russia-bombed-syrian-hospitals.html


https://www.nytimes.com/2019/12/01/reader-center/syria-russia-bombing-video-investigation.html?searchResultPosition=1

日本では、これにやや遅れて、NHKがクーデター後のミャンマーについての一連のドキュメンタリー番組に、この手法を使ったのが最初だったと記憶しています。
 
コロナ禍で現場取材が難しくなったことで他のメディアにも広がっていきました。ウクライナ侵攻直後には、日経がロシア発のフェイク動画、偽情報拡散などの分析にオシントを活用していました。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFH231ER0T20C22A2000000/

どこまでがオープンソース?

学生Dの質問「オープンソースは、諜報の時代の紙の情報から、デジタル時代の公開情報へと広がってきたとのことですが、いったい、どこまでがオープンソースと言えるのでしょうか?」

西村教授
ハッキングした情報やドローンや偵察機から得られる情報だけではありません。X(旧ツイッター)やTikTok、ロシアで普及しているソーシャルメディアの「フコンタクテ」、授業でも取り上げたテレグラムなどに投稿されたあらゆる情報を含みます。
 
ウクライナ戦争なら、ロシア軍の侵攻の準備、戦闘の様子、戦争犯罪の証拠となるような記録までもがここから発掘され、多くが公開されています。
 
携帯電話で撮影された戦争に関する情報が、プラットフォーマーのSNSを通して瞬時に世界と共有されているわけです。これは極めて大きな変化です。(注:【第16回】巨大プラットフォーマーと戦争~ウクライナでの情報戦の威力、地上の冷酷な現実|プラットフォーム研究会


ある新聞コラムが、英国の国会議員の面白い発言を紹介していました。
 
もう、ジェームス・ボンド、これは007のことですが、ボンドの時代は終わったのだ。これから必要なのは、華麗なスパイではなく、データサイエンティストやレアメタルの専門家だ、という趣旨の発言でした。本家のインテリジェンスの世界でもヒューミントよりもオープンデータの解析が重要になったということです。

地を這う取材との組み合わせ


これはメディアの戦争報道にも大きな変化をもたらしています。
 
最も有名な例は、ウクライナ・キーウ近郊のブチャで起きたロシア軍による民間人虐殺事件を検証したニューヨーク・タイムズの報道です。
 
彼らは、ロシア兵による破壊を免れた監視カメラ、地元の住民や議員たちのスマホによる隠し撮り映像、ウクライナ軍のドローンによる空撮映像などを独自に手に入れ、衛星画像と照合するなどの分析を続けました。
 
さらに、ロシア軍の占領期間に現場のブチャ周辺の携帯電話から発信された通話とテキストメッセージの記録をウクライナ当局から手に入れました。


わかったのは、ロシア兵が遺体から奪ったウクライナ人のスマホを使ってロシアの家族や友人らと通信していたらしいということでした。発信先のロシア人、これはロシア兵の親族とみられていますが、その電話番号にひも付けられた複数のソーシャルメディアのアカウントをたどり、兵士の氏名や画像を次々と割り出しました。
 
ニューヨーク・タイムズはこうして、ロシア軍の部隊が民間人の拷問や処刑にかかわった可能性があると突き止めました。
 
ここで注目しなければならないのは、記者たちが入手した目撃者の証言やスマホの隠し撮り映像などは、現場に行かなければ手に入らないものだったということです。

https://www.standwithukraineeurope.com/en/enquete-du-new-york-times-sur-le-massacre-de-boutcha/

オシントは万能ではありません。
 
あくまで、地を這う現場取材、人脈を駆使した対面取材を強力に補完する手段として、デジタル空間の公開情報の集積と分析があると考えます。
 
この二つを組み合わせたハイブリッド型取材が、こんにちの最新の調査報道スタイルと言えるでしょう。
 

現場は決してなくならない。

これがAさんの質問に対する私の答えです。

点から線へ、線から面へ


このように地上の取材とオンライン分析の組み合わせがこれからの報道の主流になると思いますが、もうひとつ、皆さんに強調したいことがあります。
 
ネット上の膨大な情報はひとつひとつが断片、つまり「点」にすぎません。

SNSによって「点」の情報が爆発的に増えたわけです。このままでは「点」の集積にすぎません。もちろん、この集積をデータベースとしてマスコミや研究者が使うことには意味があります。
 
しかし、ジャーナリズムは、この断片的な「点」と「点」をつないで「線」に、さらに「線」と「線」をつないで「面」にしていかなければなりません。
 
何が起きているのか、その時点での全体像を、テレビならドキュメンタリー番組として、新聞なら画像、映像やインフォグラフィクスもふんだんに使ったデジタルの特集サイトとして仕上げることが、点から線、線から面へとつなげていく仕事となります。

デジタル冷戦の時代なのか?

学生Eの質問「今回の授業では、『スプリンターネット』や『サイバー主権』『情報のカーテン』といった言葉について学びましたが、そうなると、いまはデジタル冷戦ともいえるような時代に入ったのでしょうか?」

デジタルのベルリンの壁


 西村教授
「ユーラシア・グループ」という政治リスクや地政学リスクを分析している有名なコンサル会社があります。

イアン・ブレマー氏が30歳になるかならないかの若さでこの会社をニューヨークで立ち上げたのが、ちょうど、私がワシントンに記者として赴任した年だったので、以来、およそ四半世紀にわたってこの会社のレポートを読んできました。
 
次回の講義で皆さんにここのリスクレポートを紹介しますが、ブレマーの著作のひとつに『危機の地政学』(”The Power of Crisis: How Three Threats -And Our Response-Will Change The World”、2022年)があります。

パンデミック、気候変動、テクノロジーの三つの危機について書いたものですが、そこに次のような一節があります。

米中以外の国々にはデジタルのベルリンの壁がいずれ築かれていくのが見えていて、どちらかの側につかなければならないのだろうかと注視している状況だ。
AIの新技術は米中の2国から生まれてくるし、それぞれの技術は相互排他的になるだろうから、米国か中国かを選ばなければならないはずだ。
かつての冷戦を鏡写しにしたような、新しい冷戦の一つの形がこの壁であり、少なくとも新技術をめぐっては、各国には米中どちらかの陣営に足並みをそろえるしか選択肢がないだろう。

これは生成AIをめぐる米中の技術覇権競争が本格化する前に書かれた本です。
 
いま(2024年4月の講義当時)、ウクライナ戦争をめぐっては、米国・NATOとロシア・中国の両陣営が、グローバル・サウスとよばれる新興国の支持取り付けに向かって激しい多数派工作、陣取り合戦を繰り広げています。

アジア、アフリカ、南米の国々はある意味「踏み絵」を踏まされているわけです。デジタル世界においても、米中が多くの国々に踏み絵を迫る、という見方がここに示されています。
 
米中以外の国々は、「デジタルのベルリンの壁」がいずれ築かれるのか、その際にどちらの側につかなければならないのか、じっと注視している状況だといえるでしょう。 

国際機関トップの座をめぐる攻防戦


ここで、ロシアのウクライナ侵攻直前の2022年2月の中ロ共同声明を見てみましょう。こんなくだりがありました。

インターネットの国内セグメントを規制することで、国内の安全を確保する主権的権利を制限しようとする試みは、いかなるものも容認できない。

中ロ両国はここで「サイバー主権」の重要性を強調しています。


彼らはまた、国家だけが投票権を持っているITU(国際電気通信連合、International Telecommunication Union)の役割を拡大するよう求めています。
 
このITUは、19世紀につくられた歴史の古い国際機関で、インターネットを含む電気通信の国際標準化を担っているのですが、2022年にこの組織のトップである事務総局長の選挙が行われ、世界の注目を集めました。
 
それまでの事務総局長は中国の趙厚麟氏でした。彼の後任の選挙は、米国対ロシアの激突となり、米国出身の候補が勝ちました。


この選挙が注目されたのは、トップが中国からロシアに引き継がれると、中ロ両国が主張する「サイバー主権」「インターネット管理」の動きに拍車がかかるに違いないと、西側陣営が危機感を募らせたからでした。

https://www.atlanticcouncil.org/content-series/tech-at-the-leading-edge/the-itu-election-and-the-future-of-the-internet/

皆さんには先ほど、ロシアのネットの完全遮断を求めるウクライナと、この要請を拒んだICANNという非営利の国際組織の間の対立について説明しましたね。(注:【第20回】巨大プラットフォーマーと戦争~デジタル分断の時代? |プラットフォーム研究会
 
中ロは民間主導のICANNの機能をITUに移して、インターネット管理を国家主導の態勢に持ち込もうとしていました。

ロシア出身のトップが当選したらその流れが定着することになりかねません。
 
インターネットの管理を国家主導の枠組みにもっていければ、中ロ、とくに中国にとっては「一帯一路」も使いながら、グローバル・サウスを巻き込むことができるわけです。
 
まさに国際機関を舞台に、インターネットのルールづくりをめぐって米国を中心とする陣営と中ロの陣営の激しい攻防が繰り広げられたことになります。
(第22回配信に続く)

「プラットフォーム研究会」:プラットフォーマーはどこから来たのか。彼らは何者なのか。そして、どこへ行くのか。|プラットフォーム研究会

初回講義のテーマ
「イントロダクション~プラットフォーマーとメディアを取り巻く潮流について」
【第1回】 三つの革命と三つのトンネル|プラットフォーム研究会
【第2回】巨大プラットフォーマーの破壊力|プラットフォーム研究会
【第3回】時代の変遷をつかむためのキーワード|プラットフォーム研究会
【第4回】メディアのパワーシフトとAI|プラットフォーム研究会
【第5回】未来につなげるための変換作業|プラットフォーム研究会
【第6回】ジャーナリズムの活性化のために|プラットフォーム研究会
【第7回】「質問と回答」「講義を聴いていま思うこと」|プラットフォーム研究会

2回目の講義テーマ
「プラットフォームビジネスのメカニズム~その急成長とパワーの源泉について」
【第8回】主戦場はモバイルからAIへ|プラットフォーム研究会
【第9回】オンラインとオフラインの二刀流|プラットフォーム研究会
【第10回】ネットワークの魔法とは?|プラットフォーム研究会
【第11回】ツーサイド効果と成長の壁|プラットフォーム研究会
【第12回】グーグルの巨大化と監視資本主義|プラットフォーム研究会
【第13回】パイプラインからプラットフォームへ|プラットフォーム研究会
【第14回】質問と回答|プラットフォーム研究会

3回目の講義テーマ
「戦争と情報~ウクライナ戦争とプラットフォーマーについて」
【第15回】巨大プラットフォーマーと戦争~ウクライナのSNS戦争とアルゴリズム戦争|プラットフォーム研究会
【第16回】巨大プラットフォーマーと戦争~ウクライナでの情報戦の威力、地上の冷酷な現実|プラットフォーム研究会
【第17回】巨大プラットフォーマーと戦争~イーロン・マスクの帝国とスターリンク|プラットフォーム研究会
【第18回】 巨大プラットフォーマーと戦争~プラットフォーマーの「参戦」|プラットフォーム研究会
【第19回】巨大プラットフォーマーと戦争~ディープフェイクと「AI軍拡」の競争|プラットフォーム研究会
【第20回】巨大プラットフォーマーと戦争~デジタル分断の時代? |プラットフォーム研究会


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