【生駒のいきもの図鑑】青田風に映える忘れ草
雨粒の波紋広がる水田がすでに懐かしい。
生駒谷では六月の終わり頃に怒涛の雨による水害が話題になりましたが、それ以外は実に穏やかで梅雨らしい梅雨でした。
今年の奈良は七月八日に早すぎる梅雨明けを迎えたそうです。長梅雨の年は海の日あたりで梅雨明けを迎えたこともあった気があるのですが……。
過ごしやすかったあの日々、もう少し続いて欲しかった。
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初夏の水田と里山の色
水田の上を駆ける風と共に里山を歩くと、青い背景の中に鮮やかなオレンジ色が浮かび上がります。

これは古くから里山に見られる光景だったのでしょう。
大和三山の一つ、奈良県橿原市の東部に位置する香具山に関連して詠まれた大伴旅人の歌が有名です。
忘れ草 我が紐に付く香具山の 故りにし里を 忘れむがため
(現代語訳)
忘れ草をわたしは紐につける。
香具山がなつかしい、あの故郷を忘れようと思って。
憂いや悲しみを忘れさせてくれる草(薬草)として詠まれる「ワスレグサ」は、ノカンゾウ(野萱草)やヤブカンゾウ(藪萱草)などツルボラン科のワスレグサ属の総称。
(形態学的観点から旧分類ではユリ科、ススキノキ科と分類されていたが、近年、遺伝子解析によって見出せる共通性を根拠とした国際的な分類体系であるAPG体系にシフトしている)
ここで取り上げる「萱草(ワスレグサ)」は、マメ科カンゾウ属のカンゾウ(甘草)とは別種で、稲作などと共に、有史以前に中国から持ち込まれた「史前帰化植物」と考えられています。
見た目が豪華なヤブカンゾウの秘密
この「ワスレグサ」は万葉集の時代から、若い芽や蕾を茹でて酢味噌などで食べたり、あるいは薬用として利用していたとされます。
(注)キツネノカミソリやユリなど、有毒植物との混同による誤食には注意
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現代の人里でよく見かけるのはヤブカンゾウ。
人里近くでも今よりずっと原野に近く湿地性を帯びた場所も多かった当時は、もしかしたらノカンゾウの方が多かったのかな、なんて勝手な想像をしてしまいます。

ノカンゾウは一重咲きで稀に結実するそうです。
対して、ヤブカンゾウは正常な生殖細胞が作れない三倍体の植物のため、種を作ることができません。
三倍体とは
生物の細胞内に通常は2セット存在する染色体が3セット存在する状態。
農水産業での応用例
・種無しの果物の生産
・産卵による旨みの低下をさせず、魚や貝類を一年を通して美味しく食べられるように改良
ヤブカンゾウの八重咲きは雌しべ雄しべが花弁化してできたもの。雄しべがいくらか残っている個体も珍しくはないけれど、受粉する相手となる雌しべが不在のため、次世代を種として残すことができません。

7月上旬, 2026|生駒市
そのため地下茎を伸ばして栄養繁殖します。
つまり受精による交配が起こらないため、日本国内のヤブカンゾウは有史以前から現代に残るクローンと考えられます。

7月中旬, 2026|生駒市
日本各地で見られたのは過去の話になりつつある
ノカンゾウもヤブカンゾウと同じく、地下茎を伸ばして栄養繁殖します。
と言っても種による繁殖がメインのようで、ヤブカンゾウのように人里近くの土手や林縁などの日当たりの良い場所に群生するのではなく、より原野に近い草むらや川縁にポツポツと生える傾向があるようです。
ヤブカンゾウに比べ、生育速度や増殖速度が遅い、という見解も。
近年は人の手の入らない「原野」環境が激減し、それに伴って原野を好む、かつて日本の其処此処で当たり前に見られた生き物も姿を消しつつあります。
野生生物がそれほど好んで食べないノカンゾウも、人間の乱獲により個体数が減少傾向。現時点では環境省のレッドリストに指定されてはいないものの、経過観察が必要な「希少種」として、自生種の採取は控えるよう声掛けをしている自治体もあります。
奈良県でもノカンゾウは希少種に位置付けられています。
安易に植物を採取すると罰則を受ける可能性があるので、土地区分が不明な場合や植物種の見分けがつかない場合は手を出さないのが賢明。
場所によっては採取すると罰則を受ける
最近、「山菜泥棒」の話題が後を絶ちません。
昔から出没したでしょうが、不景気と物価高騰を受け、現在版の妖怪みたいな存在が増えているのかも知れません。実際にうちの近所でも、山林のそばに見知らぬ車が路駐されていたり、見知らぬ顔が何やらガサガサしていることもありギョッとします。
特に生駒市は私有地を除けば、国定公園や自然保護区に指定されているエリアがほとんどなので、自由に採取できる場所、というのはほとんど無いのではないでしょうか。
私有地ならOKなはず、とも言い切れません。
私有地ならばOKとも限らない
また私有地内で自ら栽培しているものを採取するのは基本的には自由です。ただし自生している希少種については、そこに生えていること自体に価値があるということも忘れてはいけません。
採ってしまえば、それはただの食材ですが、生やしておけば、そこは希少種が自生する土地という価値を維持し続けることになります。
その価値をどう捉えるかは土地の所有者・管理者の判断に委ねられます。
生駒市(奈良県)の現状の環境下であれば、私なら私有地内であっても自生するノカンゾウはひとまず触らない。密生するヤブカンゾウであっても、根こそぎ採ることはありません。
長期視野で、どのくらいの勢いで増え、どの程度なら採っても一定周期で同じように咲くか。野草採取にはそういった視点が大切です。

忘れ草の生える環境を未来に残すために
市街化開発や河川の護岸整備などにより失われ、里山に必要な整備やその仕方を心得る人財が減り、ヤブカンゾウが自生する里山環境もまた荒廃しつつあります。
「なぜその生き物はそこに居るのか」
街中で見かけない動植物に目を奪われたら、二の次にはそんな風に考える人が増えたら良いな、と思います。
TOP画像は町内の散歩道の光景、記事本文内のヤブカンゾウは筆者自身が管理する私有地内に自生するものを撮影しました。
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