【万葉吃草】忘れ草とオイルの相性
梅雨の頃、草取りの作業のために農地へ赴くと、片隅に色鮮やかなオレンジ色が見えて目を楽しませてくれました。
それは古くから里山に見られる光景。
大和三山の一つ、奈良県橿原市の東部に位置する香具山に関連して詠まれた大伴旅人の歌が有名です。
忘れ草 我が紐に付く香具山の 故りにし里を 忘れむがため
(現代語訳)
忘れ草をわたしは紐につける。
香具山がなつかしい、あの故郷を忘れようと思って。
万葉百科|奈良県立万葉文化館
万葉考古ライフのすすめ
個人的興味と探究心から、万葉集に登場する事物に注目し、現代に残るものから当時を想像したり、現代との比較をしつつ、人が普遍的に希求する「暮らしの本質とその環境」について探究しています。
・『万葉集』の歌に詠まれた「コト(歴史)」
・歌に登場する「モノ(道、地名、建築、山、生活用品、食べ物など)」
・当時の人の心情が吐露された「アヤ(文学表現)」
こうした歌に詠まれた事物や感情、今に残る考古学的資料としての遺跡や遺物、古文書(木簡)、そして今も昔も変わらず存在するもの、失われたもの、新たに登場したものを通して、現代と古代の暮らしを対比的に眺めてみる。
そうすると、今も昔も変わらない、人が普遍的に希求する「暮らしの本質とその環境」が見えてくるのではないでしょうか。
関連する話題はもう一つのアカウントである『綺世界探訪|地誌と民俗を辿る』と共同運営する以下のマガジンに収録します。
万葉集の歌にも詠まれたエディブル・フラワー「ワスレグサ」。
自身が管理する土地内には忘れ草の一種であるヤブカンゾウが生えており、七月上旬の最盛期に過食部の花と蕾を採取して食べてみました。
現在はほぼ花期を終えています。
(注1)野草を採取する際は、似た毒草の誤食に注意すること。個人的にはスマホで写真を撮ってAIに教えてもらう流れは危ういと思っています。
(注2)採取が禁止されている絶滅危惧種や希少種の取り扱いにも注意が必要です。
奈良県でもノカンゾウは希少種に位置付けられています。
野草を採取する際の心構え
この記事では、ノカンゾウとヤブカンゾウに似た毒草、野草を採取する際の注意点、採取したヤブカンゾウの下処理などを交えて、今回作った2種のパスタともう一品について記録します。
なお、野草との向き合い方に比重を置いていますので、料理レシピ自体は文明の利器(市販のソース)を活用した簡易のものです。家庭での調理はもちろん、アウトドアご飯、あるいはサバイバル飯のアイデアとして参考にしていただければ幸いです。
まず道路沿いの車の排気ガスがかかる場所、そこに生える草木以外の人工物を野焼きした場所での採取は避けましょう。重金属や環境ホルモンなどの有害物質を植物体内に取り込み蓄積しているか可能性があります。
よく、「犬のおしっこが……」みたいな声も聞きますが、それはむしろ肥料になっているのでは? それに「アンタ、食材洗わんのんかい!」と突っ込みたくなります。
ヤブカンゾウは「一日花」として知られており、朝に開花し、夕方にはしぼんでしまいます。一つの株にたくさんの蕾が付くため、また翌日には新しい花が咲きます。
そのため、午前中にきれいに咲き誇るものを採取します。
種を作らないヤブカンゾウの花であれば遠慮は無用。
鮮やかな花を楽しんだらさっさと採取します。なんたって、その日のうちには萎んでしまいますから。ハサミなどは必要なく手でポロッと取れます。

ヤブカンゾウの群れのそばにはノビルが自生していて、こちらは花期を終え種代わりのむかごができた段階。もう少し太らせたかったけれど、むかごを回収する際にうっかり引っこ抜いてしまったのでお持ち帰りしました。
ノビルについてはまた別の機会に。
誤食しないよう注意が必要な毒草については後述します
ノカンゾウは奈良県でも希少種に指定されているので、私は自身が管理する私有地に生えていたとしても採取しません。ノカンゾウとヤブカンゾウとの見分け方は『青田風に映える忘れ草』に記載した通りです。
下処理の注意点
さて、野草を食べる際には気をつけたい点がいくつかあります。
①虫の存在
野草には虫がつきもの。アブラムシなどもいるでしょうし、特に今回のように花を利用する場合は、花の中に「アザミウマ(スリップス)」が入っていることを前提として、水を張ったボウルの中などで振り洗うと良いです。
とても小さく、たいてい花の中に潜り込んでいるので、どぶ漬けしてしばらく水に晒しておのも良いかもしれません。

②アク抜きをして食べる
ヤブカンゾウの根と花にはコルヒチン様アルカロイドが微量に含まれていることが分かっており、適切な処理をせずに食べると、摂取して時間が経ってから腹痛、下痢、嘔吐など食中毒の症状が現れることがあるそう。
「加熱すれば大体オッケー」ではなく、加熱処理(茹でこぼす)をして水に晒す必要があります。水溶性の物質を水側に移動させて取り除く工程(いわゆるアク抜き)です。

私はなんの症状もありませんでしたが、胃腸が弱い方は注意が必要がもしれません。こればっかりは体質次第です。
③一度にたくさん食べない
前述の通り、処理せずに食べると食中毒を起こす可能性のある成分が微量に含まれます。これは動くことができない植物が自身を守るための防衛機能で、人間にとって薬効をもたらすものでも過剰に摂取すれば身体に毒です。
毒と薬は紙一重。
これは成分の特性だけでなく摂取量次第という話。要は医薬品と同じく、「用法・用量を守って」と同じ考え方です。体質や体重によって人それぞれですが、身体に影響が出るか否かの境界に当たる量を「閾値」と言います。
好きな食材を用意する
ヤブカンゾウの花をよく洗い、花柄の先端(花軸との付け根の部分)はちょっと硬いので切り落とします。前述のとおり、湯掻いて暫く水に晒し、下処理が済んだら、キッチンペーパーなどで水気を取ります。

今回は合わせる具材としてノビルに加え椎茸、そして贅沢にシ○ウエッセンを用意しました。これらを適当にカットします。
忘れ草の海老レモンパスタ
さて、味付けは文明の利器を活用しますので、ご安心ください。
誰がやっても同じ味になります!

言い訳がましいようですが、キャンプや災害時の凌ぎ(里山サバイバル)など、アウトドア環境での調理への転用も想定しています。時短調理は限られた燃料の消費を抑える上でも大切なこと。
「モノは使いよう」と言うことで、オリジナルのソース作りは各人にお任せいたします。
花以外の具材を炒め、最後にアク抜きしたヤブカンゾウの花も炒めます。

あとは茹でたてのお好きなパスタ、そしてソースを絡めて完成です。
お気に入りの濃紺皿に盛り、お好みでカイワレダイコンの色味を加えました。

購入:椎茸、シ○ウエッセン、カイワレダイコン、ソース
具材として海老があればなお良し。今回は手元にある食材から消費しました。ソースのパッケージのように、くし切りレモンを乗せるとより夏らしいヒトサラになりそうです。
ヤブカンゾウはシャキシャキした歯触りとぬめりが感じられ、味にクセはありません。私は具沢山にしがちですが、人によってはもっとシンプルな方が好きかも。その辺りはお好みで。
忘れ草の明太バターパスタ
別日にまたヒトサラを。
今回も文明の利器(市販のソース)を活用しましたが、写真は撮り忘れました。食欲が前のめりすぎたか……。

この頃、タイミングよく柚木麻子先生の『BUTTER』に触れて、そこに登場する魔術的な魅力に溢れたバターをどうしても取り入れたくなりました。普段はじゃがバターか菓子作りの時ぐらいしか手が伸びなかったバターが、料理の際に頭の片隅をよぎるようになってしまったのです。

ヤブカンゾウのオレンジ色は皿の中でも明るく映えるのが良いですね。
食べた感じはどんなものか、どんな食材と合うのか。
ヤブカンゾウを食べたことない人にとっては、なかなか想像しにくいかもしれません。ただ幸いにも、ヤブカンゾウの風味や食感は「アスパラガスみたい」と表現されるのをチラホラと目にします。
だからアスパラガスの代わりにヤブカンゾウを入れてみる。
というのは一つの指標になるかもしれません。
色合いが違うので、そういった面でも楽しめそうです。
あと、シイタケを入れるとなんでも美味いです。バターにも合います。
我がやどは 軒のしだ草 生ひたれど 恋忘れ草 見るに生ひなく
(現代語訳)
わが家の軒のしだ草ははえるばかりなのに、
肝心の恋忘草は見ていても一向にはえないことよ。
万葉百科|奈良県立万葉文化館
「忘れ草=悲しみを忘れさせてくれる草」が軒下のような場所に生えることはないでしょう。
生えるはずのない場所を眺めて、そこに無いものを想像し、忘れられない想いを乗せる。実際にそこにあるものを眺めて歌に込めるよりも、より深い心情が窺えます。
私も空っぽになった皿を見下ろして思うのです。
明太子バターの残り香はあれど、忘れ草のほのかな甘みとコクのある旨味を忘れられないと。
伝統的な食材、薬膳、保存食として
ヤブカンゾウは朝咲いてその日のうちに萎む一日花として知られています。でも一株に蕾がたくさん付いていて次々に咲くので、シーズン中は毎日のように花を楽しむことができます。
この蕾もまた食べることができます。
乾燥させたものを「金針菜」と呼び、中国や台湾では伝統的な食材や薬膳として利用されるそうです。鉄分やミネラルが豊富で、リラックス効果があることなどから、体調を整え前向きになることで悲しみを忘れる、とされたのかもしれません。
なお、中国や台湾に自生する忘れ草はホンカンゾウという日本とは異なる種です。この乾物は保存料として亜硫酸塩処理をしたものと無処理のものがあり、処理したものは水で戻して使用する際に、亜硫酸塩を除去する必要があります。
流通品としては台湾産の「無硫金針(亜硫酸塩処理をしていない天日干し品)」を選ぶと良いでしょう。

さらにオイリーな一皿を森のスパイスで
ヤブカンゾウの蕾についても、今回は筆者自身が管理する私有地で自生するものを採取し、下処理をして使用しました。

採れたてのヤブカンゾウの蕾にシイタケのほか、ブロッコリーとニンニクをプラスしてアヒージョに。ただし、オイルも高価な時代になってしまったので、苦肉の策として、ひたひたにはせず順繰りにオイルで煮ました。

各地に赴いた際、その土地の塩やらスパイスやら、時にレトルトやらを入手してきます。今回は愛媛から高知へと移動する途中で見つけたクロモジ入りのミックススパイスを風味付けに使用しました。

最近ハーブとしての注目が高まるクロモジはクスノキ科の落葉低木。万葉集には登場しませんが、木自体に爽やかな香りがあり、高級和菓子の爪楊枝に添えられるなど伝統的に利用されてきました。
主成分リナロールにはリラックス効果があり、睡眠の質を向上するなど期待できるようです。
ノカンゾウとヤブカンゾウに似た毒草
最後にノカンゾウとヤブカンゾウと同じような時期に柿を迎え、その姿が似ていることから誤食に注意が必要な植物に触れておきます。
まず、一重咲きのノカンゾウと混同しがちな、キツネノカミソリ、オオキツネノカミソリは毒草です。生駒山中にも自生が確認されているようです。
(タイミングよく見かけることがあれば、写真を追加掲載したいと思います)
もう一つはオニユリ、コオニユリ。

葉の付き方に違いがありつつも、緑色の風景の中で目立つ蕾の形はヤブカンゾウにそっくりです。大きくなれば次第に下向きに垂れますが、小さなうちはヤブカンゾウ同様、上向きについていることがあります。
オニユリには「むかご」があり、植物全体の背丈も蕾の大きさもヤブカンゾウに比べると少し大きめ。それらを知っていれば目印になり、実際に実物を知って一度区別がつけばもう間違わないでしょう。
ですが、コオニユリはヤブカンゾウとそれほど大きさが違わず、何よりパッと見で分かりやすい「むかご」がありません。
おまけにiPhone標準搭載の写真アプリのインフォメーションだと、この写真は「ユリ属」あるいは「ワスレグサ属」と表示されてしまいます。
この「可能性」を土台に、踏み込んできちんと調べられるか、「へぇ〜、ワスレグサだって」と済ましてしまうかが分かれ道になってしまいます。
アプリが自信満々に種名を表示していても、食べるか否かの視点での判断には、一旦疑って、正確に確認することが大事です。

一日花のヤブカンゾウの花は昼過ぎには萎んでしまいます。初期の蕾は小ぶりですが、開花までに少しずつ大きくなります。

花が咲いて仕舞えば、違いは一目瞭然。
植物の特徴が強く現れるのは花です。種の同定にも、最終的には花を見てしか判断できないものが少なくありません。

見かけたら、まずは花が咲くまでの季節変化を一通り観察する。
翌年も同じ場所に同じように咲くか、調査する。
安定的に毎年生えてくることが確認し、種の判別も確実。
ほとんど知識も経験もない状態からのスタートであれば、野草を口にするまでにそうした学習は不可欠だと思います。
こういった話は「自己責任で」と語られることが多いです。
実物を比較観察して学べば見分けられますが、自己責任でも写真やAIの情報だけで判断するのは危険です。必ず知識と経験がある方と一緒に、実践的に学ぶプロセスを踏みましょう。
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