見出し画像

転生監査機関《RAC》CASE.009

「VABO」


「お邪魔します。ヘパーさん、いらっしゃいますか?」

 ノックもせずに入室するドゥー。

 場面が切り替わり、ここはRAC地下装備の調整・管理・開発を担う大規模ラボ群『ヴァルハラボ』。通称『VABO』。
 ドゥーのブレード「ANUBIS」、多次元通過イヤホン、ミラたちの各種デバイス――そのすべてをここが統括している。
 機密保持と、開発時の異音・事故の封じ込めのため、地下一階から六階までをVABOが占有。ドゥーが足を踏み入れたのは最下層、地下六階――特殊第六執行部隊専用のラボだ。

 ――そして、そこは惨憺たる有様だった。

 機材と紙束と工具と、正体不明の何かが床を埋め尽くしている。というか、床がもはや見えない。
 ドゥーが辛うじて残る“道もどき”を選びながら進んでいくと、子供の声が二つ、同時に聞こえてきた。

「あ、ドゥーだ!」
「規律違反したドゥーだ」

 立ちはだかったのは、フィクサーの双子――インヨウ兄妹。
 右の黒く、白メッシュが一本入った方が兄の『イン』。
 左の白く、黒メッシュが一本入った方が妹の『ヨー』。
 あまりにも似ているので、ドゥーは黒い方が“陰”、白い方が“陽”と、陰陽兄妹として記憶している。

 年の頃は十~十三だろうか。見た目は子供、口調も子供。
 だが二人は、地球時間で二百年近くRACに従事している古株で、ドゥーにとっては歴戦の先輩だ。

 元は準上級執行官。
 三人一組が基本の執行を、二人で片っ端から回したという“異端”。
 カイに特別懐いており、彼女の異動を機にこの部隊のフィクサーへ転じたらしい。元執行官ゆえ身のこなしも洗練されており、特筆すべきはその“速さ”だ。双子連携の処理速度は、七つの執行部隊の中でもトップクラスとされており、フィクサーとしての仕事の速さもRAC内ではかなりの有名人だった。

 ドゥーは、二人をじっと見つめた。

 インタースペースの住民――基底界人インタースペースじんの姿は、前世の“最盛期”で固定されるという。
 人生で最も輝いた瞬間。あるいは偉業を成した瞬間。基底界で一度肉体を構築した以上、そこから成長もしないし、老いもしない。

 つまり――

(…………)

 ――彼らが、その年齢で人生を終えているということだ。

 インタースペースに“子供”がほとんどいない理由の一つである。
 子供時代が全盛期という例は滅多になく、インタースペースでの姿が子供だというのなら、大人になる前に命を落とした――というのが自然な考察の流れだ。
 底知れぬ翳りがちらつき、ドゥーは一瞬、挨拶を忘れた。

「コラ~。先輩には挨拶しなきゃダメだぞ~?」
「……すみません。お疲れさまです、インヨウ先輩」
「よろしー」

 一応は先輩後輩という関係なので、ドゥーは若干深めを意識してお辞儀をする。
 それを受けた双子は満足げに頷いた。

「ヘパーさんはどちらに?」
「あっち」

 ヨーが指さした方向。
 変わらずゴミ山だが、奥の方で何かが光り輝いているのが薄っすらと見える。

「アバドン使ったせいでカンカンだぞ。これ、持ってけ」

 インが紙袋を差し出す。
 覗くと「ディヴァイン饅頭」と書かれた菓子折りが入っていた。
 きっとご立腹とされるヘパーを宥める用の賄賂のようなもの。わざわざ用意してくれたことに、後輩としての感動を覚えつつ、同時に何かと不安が過る。

「……ありがとうございます」
「ん、がんばー」

 双子が颯爽と去っていく背を見送り、ドゥーはインが指した方へ向かった。
 ガシャガシャと散乱した物を避け、どかし、跨ぎ、ようやく奥へ辿り着く。

 火花のような輝き。
 ジジジジ……と溶接音を立てながら、何かと格闘している大男の背中が見えた。

 深紅の長髪。岩のような肩。工具より巨大な手の方が凶器に見える。
 どうせ作業に夢中で気づかない――そう踏んだ瞬間、野太い声が落ちてきた。

「動くな」
「……!」
「その線から中に入るんじゃねぇ」

 床を見ると、瓦礫の隙間から赤い線が覗いている。
 職人の“不可侵領域”だろうか。どうやって背後の自分の位置を正確に当てたのかは定かではないが、ドゥーは大人しく待つことにした。

 ――数分後。

 ようやく大男が腰を上げ、ズシンズシンと歩いてくる。
 真正面に対面してはじめて、その巨躯の大きさが如実となった。

 大きい。とにかく大きい。
 ドゥーの二回りも三回りも巨大だ。
 特に手。片手で頭が覆えそうなほどの掌。

 次の瞬間、その巨神の手がドゥーの両肩をわしづかみにし、思いきり揺さぶった。

「ドゥウウウウウウウウウーッ!!」

 前後左右にぶんぶんと揺さぶられるドゥー。
 転生者を一撃で吹き飛ばす身体能力があっても、今は完全に玩具扱いだ。

「調整中だっつったろうがぁぁああああ!! 使いやがったな貴様ぁぁああああッ!?」
「すすすすすすすみませんんん~……」

 今度は振動が細かくなる。精巧なバイブレーションのように揺さぶられ、ドゥーの声もそれに応じて小刻みなビブラートが付与された。
 ドゥーは必死に宥めようと、なんとか菓子折りをヘパーの目線まで掲げた。
 すると、みるみる大男が静かになる。

「……ふん。饅頭か。用意がいいな。どうせカイ辺りの入れ知恵だろう」

 憎まれ口を叩くが、どこか上機嫌になるヘパー。きっと鉱物の類なのだろう。あの兄妹には感謝すべきだな、とドゥーは心の底で安堵する。
 そう言って袋を開けると――

 ボンッ。

 菓子折りが爆発した。

 リボンだの紙片だのが飛び散り、作業場に白い煙が充満する。
 大男の全身に血管が浮き、怒りで震え始めた。

(やりやがったな、あのクソガキ共が……)

 前言撤回。
 尊敬の念が、今まさに木っ端微塵になった。
 彼らの実力が認められているにもかかわらず、誰も特殊第六執行部隊への引き抜きに反対しなかったのは、この“子供由来の素行の悪さ”だ。多々ある規律違反に、こういった子供じみた悪戯を重ねるため、非常に扱いに困るクソガキ共なのである。

 本当にこの部隊は、ろくでなししかいない。

「うがぁぁぁぁ!!」

 次の瞬間、ドゥーは思いきり投げ飛ばされ、特殊第六執行部隊の洗礼を受けたのであった。

 ――――

「……ふん。どうせ双子の仕業だろ。あのクソガキどもめ」

 眼前の大男――それが『ヘパー』である。

 特殊第六執行部隊の装備・デバイスのメンテナンスから改造・開発まで、すべてを一人で回す技術官だ。
 長い赤髪。太い眉。大きな鼻。髭。
 顔面が情報量の飽和状態である。しかし、ぶっとい指先からは想像できないほど作業は繊細で、RACからの評価も高い。
 だからこそ、地下六階のすべてを“好きにしていい”と黙認されているものの、やりたい放題で六階すべてがこの様だ。
 よって、特殊第六執行部隊へ配属されたわけである。

(……相変わらず、どいつもこいつも一癖も二癖もある連中だ)

 特殊第六は急造の部隊。
 輪廻庁内で扱いを持て余した面々を寄せ集めれば、こうなるのは必然だろう。

 ヘパーが、ドゥーの心を読んだように口を開く。

「今、この部隊は変人の寄せ集めだとか思ったろ」
「……い、いえそんな」
「まぁ、別にいい。事実だからな。……だがな、自分がその筆頭だってこと、忘れんじゃねぇぞ」
「……はい」

 ドゥーは、基底界インタースペースに来た経緯の記憶がない。
 前世の記憶の有無に関しては他の基底界人も同じだろうが、ドゥーにはここへ至った記憶すらまるでない。まるでふと、この世界に転生したような感覚。
 ただ、自分が異質だということだけは、その待遇と制約から嫌というほど理解していた。

「どれ。見せてみろ」

 ドゥーはマントを外し、装備を一つずつ解除した。
 ブレード。モノアイヘルメット。デバイス。胸当て。ベルト――そのすべてを。

 露わになったのは、真っ裸の人間――ではなく、真っ黒な異形だった。

 全身、黒い包帯でぐるぐると巻かれ、肌は一片も見えない。
 関節部の一つひとつには円盤状の黒い器具が嵌め込まれ、顔には感覚補助用の仮面がガッチリと固定されている。かろうじて飲み食いができるように、口部には取って付けたような小さな穴がある。
 それはまるで全身拘束具。
 “何か”を必死に封じ込めているような、異様な姿だった。

「……どんくらい使った」
「最大出力の二〇%、総使用時間はおよそ三十秒ほど」
「……ふん。ギリギリセーフってところだな」

 ヘパーはドゥーをくるりと一周し、工具を入れる。
 キリキリ、と何かを調整するかのような金属音。手つきは慣れており、淡々と、しかし一切の無駄なく作業を進めていく。

「おめぇ……この拘束具の意図、分かってんだろうな?」
「……理解しています」

 ――絶対神性拘束具『グレイプニルMK2』。

 かつて神々へ叛逆した巨人族の狼『フェンリル』。
 急成長を果たし、神域を脅かしたその存在を縛るため、神々が鍛え上げた絶対なる拘束具。
 それを、ドゥー用に新調したものが、この『MK2』だ。

「こいつぁ、おめぇのアバドンを抑えるための特注品だ」
「……はい」
「使うのは最後の手段だって言ったはずだが?」

「相手は無制限に強化する戦闘特化の恩寵ギフト……それでやむを得ず」
「まぁ、扱えるなら構わねぇさ」

 ヘパーの声が低くなる。

「だがな、ドゥー。次に暴走したら、おめぇだけじゃねぇ。俺も、部隊も、全員の首が飛ぶ。肝に銘じとけ」
「……了解」

 調整が終わり、ヘパーはドゥーの背をバンッと叩いた。
 ドゥーはよろめきながら、装備を一つずつ装着し直す。

「神々が畏怖するほどの恩寵ギフトか……難儀な力を得たもんだな」
「これが自分の使命ですので」

「……そうか。まぁ、頑張んな」

 ヘパーは一本の缶ビールを差し出した。
 栄養補給を必要としない上位存在だが、酒は嗜好品の一つとして重宝されている。カイを見れば一目瞭然だろう。

 特に飲兵衛のヘパーが“譲る”という行為は、言葉以上の意味を帯びる。
 ドゥーは素直に受け取り、会釈してラボを後にした。

 ――――

「……はぁ」

 ヘパーは腰を下ろし、ひと息つく。

 静寂が戻った作業場。
 工具の輝きと、冷えかけた溶接跡だけが部屋に残っていた。

「アイツが執行官か。鬼が出るか蛇が出るか……だな」

 そして誰もいない空間へ向けて、ぽつりと言う。

「なぁ……? 『ヤハウェ』よ」




以上で一章第1節「ケイン編」の最終話です。
続く第2節「エリオット編」はこちらから↓↓

▶︎ CASE.010「ブリーフィング」

▶︎ 一章「特殊第六執行部隊」第1節〜第2節目次

いいなと思ったら応援しよう!