【自己紹介②】初めての起業からの止まらない咳と石との出会い
順風満帆のはずが――
2014年2月 / 水星ーケートゥ期
開業届提出の時点ですでに企業研修の依頼も入り、SNSでの反響も大きく、クライアントにも恵まれ、経済的にも安定していた。
外から見れば、まさに“成功している人”のはずだった。
「すごいね」「憧れる」――そう言われるたびに、胸を張って笑顔を作った。
けれど、その裏で、私は気づかないふりをしていた。
心のどこかで、かすかに響く声があった。
――「これで本当にいいの?」
聞こえないふりをした。聞いてしまったら崩れてしまう気がしたから。
💥 2015年、咳が止まらない
2015年7月 / 水星-金星期
突然、咳が止まらなくなった。
最初は「風邪かな」と思った。
でも1週間たっても止まらない。1か月たっても止まらない。
病院に行き、薬を飲み、吸入器を使い、睡眠時間もたっぷり取り、食生活の改善にも取り組んだ。
けれど病名さえ付かず、毎回「試しにこれ飲んでおいて」と効かない薬を渡されるだけだった。
ヒーリングやスピリチュアル的な施術も受けた。
思いつく限りのあらゆる手段を試した。
それでも咳は止まらなかった。
4か月間、昼も夜も口を開けば咳が出て、体も心も削られていった。
クライアントの前では笑顔を作りながら、家に帰るとベッドに倒れ込み、ただ咳に苦しむ。
「私は間違っているのだろうか」
「この道は本当に正しいのだろうか」
家族に遺言状を書いておいた方がいいのではないだろうか、とすら頭をよぎった。
今思い返せば、そのころのスケジュール帳は真っ黒に埋まっていた。
早朝から夜中まで予定を詰め込み、休みを作るのが怖かった。
予定がなければ、自分が空っぽだと突きつけられる気がした。
SNSの“いいね”の数で安心を測り、行動し続けることでしか自分を保てなかった。
早朝に家を出て深夜に帰宅。
同じ家に住んでいるのに家族と顔を合わせることはほとんどなかった。
心のどこかで「戻りたくない」と怯えていたのかもしれない。サラリーマン時代の閉塞感に。
💎 石が運んできた奇跡
2015年11月1日
そんなとき、偶然出会ったパワーストーンブレスレット。
「これを付けてみたら?」――ある人の何気ない一言がきっかけだった。
それまで石の効果などみじんも信じていなかった私は、半信半疑で腕に着けた。
翌日。
4か月続いた咳が、嘘のようにぴたりと止まった。
信じられなかった。
でも、事実だった。
胸の奥に雷が落ちるような“確信”が走った。
「これだ。これが私の使命だ。私と同じように、石を必要としている人が必ずいる。その人たちに届けなければ」
その日から、私の人生は再び大きく方向を変えた。
🚀 石を届ける人へ
ブレスレットを扱い始めると、不思議なほど自然に人が集まってきた。
「身につけたら体調が良くなった」
「前向きになれた」
「収入が増えた」
そんな声が次々に届いた。
気づけば月の売上はそれまでの3倍に。
開催するワークショップや制作講座も毎回満席。
「順調」「繁栄」――そう呼ばれるものを手にしていた。
けれど、またもや“次の転機”は唐突にやってきた。
🔥 ネットでのバッシング
2016年5月
ある日、息子の運動会に参加していたとき。
ふとスマホを開くと、友人から一件のLINEが届いていた。
「ゆうこさん、大変なことになってるよ。知らないの?」
よくよく聞くと、匿名掲示板で私のことが特定できるような形で晒され、ひどいバッシングを受けているというのだ。
そのスレッドは1000件以上。
「一般人にそんなことあり得る?!」と今なら思う。
けれど当時は、ショックで人間不信になり、目の前が真っ暗になった。
今日着ていた服、メイク、髪型、SNSでの投稿内容、さらには高校時代何をしていたかまで。
スマホを落として入ったヒビの様子や、息子の運動会で来ていた服にまで言及されていた。
影響はネットにとどまらなかった。
イベントに出店しようとすると、「あなた、バッシングされてる人でしょ。そういう人は出ないで」と断られることまで起きた。
心が折れそうだった。
そのとき、支えてくれたのは夫だった。
「これはゆうこがもっと活躍するために起こっている出来事だよ」
そのひと言にハッとした。
夫に協力してもらいながら、それまでのSNS投稿をすべて見直した。
写真、文章―― 一から振り返り、発信の在り方を変えた。
思えば、私の中には「負けたくない」という感情が強くあった。
幼少期、表現できずにいた自分を笑った人たちを見返したい。
その思いが、SNSでの承認欲求にすり替わっていたのかもしれない。
匿名の声は、そんな私に「生き方を見直せ」と教えてくれていたのだろう。
夫や友人の助けもあって、やがて騒動は収束した。
🏡 サロン開業と組織の拡大
私は働き方を見直し、石と人に正面から向き合い直した。
サロンをオープンし、県外からも出張依頼や講座開催の声がかかるようになった。
「私も学びたい」という人が現れ、講座を始めると、毎回満席。
1年間で150人もの受講生が集まり、組織は急速に大きくなった。
けれど再び、私は以前と同じように多忙を極めていた。
サロンで寝泊まりし、県外出張で家に帰らない。
家族と顔を合わせない日々。
華やかな成功を手にしたはずなのに、心はいつも問い続けていた。
「私はどうありたいの?」
「何が一番大切なの?」
「これが私の幸せ?」
豊かさを手に入れたはずなのに、魂は満たされなかった。
❄️ 2018年、大雪がもたらした転機
2018年2月、北陸を襲った記録的な大雪。
サロンにも行けず、家族とリビングで悶々としながら過ごすしかなかった。
普段は見ないテレビの画面に、ふと目をやった。
そこに映っていたのは「インドの宝石」
その美しさと種類の豊富さに目を奪われた。
全身に衝撃が走り、
「そうだ、インドに行こう」その言葉が私の頭の中で響いていた
そこからの展開は早く、登録していた団体に講師はおろか退会を宣言。
サロンも引き払い、私はそれまで努力して手に入れつつもしがみついていたものたちを全て手放した。
全てが片付き何もなくなって、一人ぽつりと家にたたずんでいたら、当時中学生だった娘がやってきて私に何も言わず静かにハグをしてくれた。
外ばかり見ていた時はいつも
「あいちゃん大丈夫?ママがいなくて寂しくない?」
という私に対し
「大丈夫だよ。ママお仕事頑張ってね」
と返してくれていた娘。
ぎゅっと抱きしめてくれている腕の中で、
申し訳なさと感謝と尊敬の気持ちで涙が止まらなかった。
あぁ私がずっと探し求めていた
「私はどうありたいの?」
「何が一番大切なの?」
「これが私の幸せ?」
答えはこんな身近にあったことに気が付かなかっただなんてバカだな~。
それからの期間は家族と向き合いなおし、じぶんの心を癒して満たす期間の始まりでもあった。
――そしてここから、私の人生は“インド”へとつながっていく。
後半、最終章へと続く。
自己紹介記事は3部構成です
📍自己紹介①
普通の主婦が勢いで起業した結果
📍自己紹介② ⇒ この記事
初めての起業からの止まらない咳と石との出会い
📍自己紹介③
石を求めてインドへ、Jyotishそして今
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