間違えても後悔にならない理由
悩んだ末に出した答えはたとえ間違いだったとしてもあなたを強くしてくれるだろう。
過去の決断を振り返ったとき、同じ「失敗」のはずなのに、いつまでも引きずってしまうものと、もう気にならなくなっているものがあることに気づいたことはないだろうか。
多くの人は、この差を結果の重さで説明しようとする。
失った金額が大きいから、傷つけた相手が大切な人だったから、引きずるのだと。
ここで立ち止まって考えてみたい。
本当にそうだろうか。
同じくらいの重さの失敗でも、なぜか後悔として何年も残るものと、いつのまにか「あのときはああするしかなかった」と思えるものがある。
心理学には「認知的閉包」という言葉がある。
人は、十分に検討し尽くしたという感覚を得られると、たとえ結果が悪くても、その件に区切りをつけやすくなる。
逆に、十分に考えないまま結論を出してしまうと、結果が出た後も「ちゃんと考えていれば違ったかもしれない」という可能性が消えず、いつまでも心に残り続ける。
つまり、後悔として残るかどうかを分けているのは、結果そのものではなく、その決断にどれだけ保留の質を注げたかなのだ。
知り合いに、貯金を使って小さな店を始めた人がいる。
半年悩んで、収支のことも、失敗したときの生活への影響も、何度も紙に書き出して検討した末の決断だった。
結果として、その店は2年で閉めることになった。
それでも本人は「後悔はしていない」と話していた。
考え抜いた末の失敗だったからこそ、その2年で何が足りなかったのかを、自分の言葉ではっきり説明できたのだ。
以前は、決断がうまくいかなかったとき、いつも結果だけを見て自分を責めていた。
なぜあのとき決断したのか、なぜもっと考えなかったのかと、何度も同じ後悔を繰り返していた。
保留の質を意識するようになってから、失敗との向き合い方が変わった。
同じように結果が悪くても、「あのときの自分は、考えられることを考えた」と思えるものは、不思議と後悔として残らない。
むしろ、経験として、次の判断の材料になっていく。
もちろん、考え抜いたはずなのに、それでもずっと引きずってしまう失敗もあるだろう。
考えの質と、感情が癒えるまでの時間は、必ずしも一致しない。
十分に検討したからといって、すぐに気持ちの整理がつくとは限らない、というのも事実だ。
それでも、と思う人もいるかもしれない。
「考えたのだから失敗してもいい、という話にならないか」という声もあるだろう。
そうではない。
結果への責任と、後悔という感情は、別のものだ。
結果が悪ければ、その責任を引き受けて対応する必要はある。
ただ、それとは別に、自分をいつまでも責め続ける必要はない。
その2つを一緒くたにしてしまうと、必要のない後悔まで一生分背負い続けることになる。
次に何かの結果を受け取って落ち込みそうになったら、自分にひとつだけ聞いてみてほしい。
「あのときの自分は、考えられることを考えただろうか」。
答えがYESなら、結果がどうであれ、自分を責め続ける必要はない。
その代わりに、次の判断の材料として、その経験を持っていけばいい。
保留の質は、1回だけでは人生を変えない。
それでも、こうして積み重ねた小さな経験は、次に何を見て、誰を信じるかという判断にも、静かに影響していく。
次回は、この保留の積み重ねが、人を見る目にどうつながっていくのかを見ていく。
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