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(エッセイ)津軽半島へのひとり旅 2回(全3回)

津軽に来てから3日目の朝をむかえた。昨夜は、海の時化の音を聴きながら、ひどいホームシックにやられていた。朝のどんよりと雨を抱いているような薄黒い空が、とても重く思われた。荷物を整理しながら、もう東京に帰ろうかな、という考えが思いが頭に浮かんでくる。人生なんて情熱だ、などと勇んで旅に出てきた割には情けない。これだから私はいつまで経っても進歩がないんだぞ、と、自分を叱ってみたけれど、淋しさはいっこうに消えてくれなかった。小泊という町には、人をホームシックにさせるものがある。遥か昔、夕暮れ時に、私は誰もいなくなった空地にひとりで残って、落ちてゆく夕陽を見ていたことがあった。風が吹いてきて、草が揺れた。電車が通リ過ぎてゆく音が、遠くの方から聞こえていた。赤く染まっていた空が、だんだんと深い紫に染まっていくのを見つめながら、ふと家に帰りたい、と泣きたいほど強く思った。その時の感情が、おとなになった今も、私の心のどこかに残っていて、時おり私を揺さぶるように蘇ってくる。あの日の夕陽が、こんなにも遠い想い出になってしまったように、いつかこの町のことも、痛いくらいに懐かしく、想い出す時がきっと来るのだろう。あの港の光も、黒い海のうねりも、潮風も、飛べないカモメも。



私は昼近くになって、竜飛岬を目指してタクシーに乗った。鬱蒼とした森が両脇に続く。らせん階段のような道路を走ってゆくと、やがて景色は淡い乳白色に包まれた。霧があたり一面に立ちこめて、まるで異世界に運ばれてきてしまったかのような、たまらない気持ちになった。およそ2時間かかって竜飛岬にたどり着いた。どこまでも続いているように思える道の、ここは文字どおりの最果てである。1億年も前に、現在は本州と呼ばれているこの大陸が、恐ろしい力でこの世に誕生した時のままの姿を残しているかのような、凄まじい断崖絶壁である。霧は濃く、灯台は近くを往来する船に、低い音で警戒を告げている。ここから先にはもう道はない。あとは逆巻く海に転げ落ちるしかない。ここにいる自分と、目も眩むような眼下の海を遮っているものは、膝の高さほどのちっぽけな柵だけだ。崖の途中には、鮮やかなオレンジ色の百合が、まるで私を死に誘うように妖しく咲いている。柵を越えて、もう少しだけ手を伸ばせば、届きそうな気もする。あの百合が欲しい、と私は思った。もし足を滑らせたりしたら、私はそのままボールのように、転がって海に落ちていく。それは嫌だ、絶対に死にたくない。鼓動が早まり、めまいがした。私は今、確かにここに生きている。しかし柵の向こう側は、まったく別の世界に通じている。生きる事と死ぬ事と、それを分け隔てるものは何もない。人間の命って、何て弱くて儚いものなんだろう。私は何て浅ましいほど強かなんだろう。

私は何かに憑かれたように、そこから一歩も動けなかった。


(続)


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