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【好き#06】北村清吉

憧れってありますか?
私はありました。
こんな風になりたいなと。

10代半ばからの記憶を遡ると、
武田真治、いしだ壱成からはじまり、
反町隆、大沢たかお、竹野内豊。

まあ、なれやしないのに真似ました。

高校生の時、反町隆に憧れましたね。
胸板が厚く、女性から支持は多かったですよね。
なるほど、だからモテるんだなと。

雑誌で見かけたのですが、彼の胸囲は92センチ。
その日から、ひたすら筋トレしました。

人はね、具体的な数値目標があると頑張れるんです。どんなに辛く、苦しくても。

だからね、伸び悩んでいるそこのキミ、
明確な数値目標をもって取り組みたまえ。
(発情期だったからではありません。)

あれからだいぶ時間が経っていますが、
92という数字は、今もお付き合いがあります。
クズ。私のラッキーナンバーかな。

もう1つ。
二十歳前後ですかね。
ナイトワーカーをちょろっと、かじってたとき、
竹野内豊に心酔してましてね。

髪型はもちろん、眉毛を太く見せるため、
マスカラを塗ってました。
声は可能な限り、低く低くと意識して。

まあ、ダメでしたけど。

竹野内豊を意識してるにも関わらず、
癖の強いババアが、
ジョーダンズの三又に似てると。

おい、貴様、なんだお魚系のツラしやがって。
心の中に秘めた気持ちを行動にうつした。

ちょっとイラっときたので、
焼酎を濃いめに作ってやりましたよ。

案の定バレた。

コイツ、私にこんな濃いの作りやがったよと担当にチクって激怒。

ほぼストレートのものを数杯イッキさせられましたよ。ヘルプとはいえ、意地で飲みました。
その後は便器とお友達。

妙な復讐心なんてもってはなりませんね。

人にしろ、酒にしろ、酔うのは、ほどほどに。

さて、本日の主役の登場です。

北村清吉。

ピンときた方って少ないような気がします。

※ここから先は『北の国から』のネタバレがあります。観てない方はご注意下さい。


北村清吉は、『北の国から』の登場人物です。

たくさんの人がモノマネをする
黒板五郎(田中邦衛氏)。
そのイトコが北村清吉(大滝秀治氏)です。

撮影時の大滝秀治氏は55歳前後でしょう。
ドラマの清吉は子供が未婚のため、孫はいない。
だが、いてもおかしくはない。

ドラマの設定年齢は不明だが、
97年頃に亡くなっていることを踏まえると、
60~70歳くらいの高齢者でしょう。

北村清吉。

こう言ってはなんだが、頭は良くないだろう。

この場合の頭が良いというのは、学歴が高いとか、計算が早いとか、ビジネスの才能があるだとか、
世間一般がイメージするものという意味だ。

学歴は中卒か高卒。糞尿まみれの牧場仕事。
収入も多い方ではないだろう。
読書をすることなく、
本を買ったとしても完読には至らないような。

そんな清吉だが、今なお、私は、憧れている。

『北の国から』では名場面がたくさんある。

スペシャル版を含めれば、「子供がまだ食べてる途中でしょうが」のラーメン屋であったり、純が手にした泥のついた1万円札のシーン、あるいは螢が電車の母を追いかける川のシーンなどなど。

そうした名場面とはあまり縁がないのが、
脇役の北村清吉だ。

とはいえ、私には名場面がいくつかある。
その1つを紹介しつつ続けます。

笠松杵次という高齢者の葬式のシーン。

高齢者を表現する言葉として、好々爺がある。
好好爺と表記する方が私にはしっくりくる。
古めかしい字面も含め、
そんな老人を思い浮かべるからだ。

その対極に位置するのが笠松杵次だ。

嫌嫌爺と銘打ってもおかしくはない。
文字通り、周囲から嫌われ、
子供たちからも嫌われている、爺さん。

笠松杵次は、
ヘナマズルイ(北海道弁でずる賢い。せこいという侮蔑のニュアンスが含まれる)と悪評高い老人だ。
金にがめつく、酒浸り。
息子さん達は稼げない田舎ではなく、
都会で暮らしている。
都会暮らしの利便性だけではなく、
親子関係も要因となっていると思う人は多いはず。
娘の子供、孫と2人で暮らしていた。

わかりやすいくらいの面倒な嫌われ者。

そんな杵次の葬式。

私より上の世代の方だとわかるかと思います。

昔あった家での葬式。

近所の人などの女性が台所を占め、
広間では男性が食事をしながら雑談をする。

杵次が亡くなる直前の嫌われ話を息子たちがする。

杵次は、
境界標を勝手に動かすという暴挙を行った。
土地の境界をめぐり、裁判で敗訴した。

境界を巡る紛争は、裁判沙汰になることもあり、
数年要することもある。自ら境界標を動かすなど、もってのほか。

土地取引の観点からも、トンデモナイ爺さん。

その件を話している息子たちに、清吉は反論する。
なんも、わかってないと。
違法行為に関し、擁護している訳ではない。

しばらくして、馬へと話題がうつった。

杵次が飼っていた馬は、老いた馬。
だから、高い値段で売れなかった。

以前より、息子たちから、
馬を売れと言われ続けていた。
だが、杵次は売らなかった。
そうしたこともあり、息子らは嘲笑する。
たいした金にならなかったと。

私は、息子さん達の考え方を理解できる。
適切なタイミングを逃すと、値下がりしてしまうから。

これに対し、清吉は再反論する。
お前ら、なんもわかっとらんと。

清吉は、杵次と懇意だったわけではない。
どちらかといえば、関わりたくないと思う側だろう。

そんな清吉が杵次を語る。

清吉の言いたいことはこうだ。

商品価値としての馬ではなく、唯一の友。
苦楽を共にした戦友。
それを失った気持ちが理解できるかと。

息子たちにとっての馬と、
杵次にとっての馬の違い。
ただの動物ではない。

かつて、穏便な性格であったにも関わらず、
変わってしまった。
そこに至るには、
それなりの理由があったと投げかける。

そこにいた全員が沈黙した。
清吉は酔い崩れた。
息子が連れ帰った。

ここまで丁寧に相手を見れるのは凄いことだ。
こんな目をもてたらと憧れる。

私など、こうしたい、ああしたいという欲が先行し、見えなくなることはよくある。

若いときに言われた。
胸ばかり見ないでと。
触りたいなって思ってたの、
なんでわかったんだろう。
でも、それだけ魅力的ってことなんだけどな。

話を戻す。

追悼というものを、故人を想うものだとすれば、
こんなにも故人を想った人はいないだろう。
実の子供たちよりも、よくわかっていた。

清吉が語る一言。
この役者だからこそのものがある。

清吉は前日のお通夜で馬小屋にいた。

清吉「車や機械に追い出された馬が、最後の仕事に車引き出したか」

出典:倉本聰『北の国から 後編』理論社、1981年、p.89

このように言えるのは、清吉ならではだ。
これほど、役にあった言葉はない。

文明・文化論、社会学的にと、
アカデミックな切り口で語ることは可能だろう。
しかし、清吉のように、地に足をつけて語れる人は極めて稀だと思う。

この馬の話は、
倉本聰が耳にした実話がもとになっている。
トラクターの普及により、不要になった馬が、
最後に車を雪の中から引っ張り出した話。
それを巧みな言葉とし、役者に与えた。

北村清吉を演じた
大滝秀治氏の演技力は凄い。
また、北村清吉という人物を生み出した
倉本聰氏には敬意しかない。

お二方とも、お見事。

私は、若い時から様々な人に憧れがあった。
あんな容姿だったら、もっとヤレタに違いない。
だが、いくら真似てもなれなかった。

歳を重ね、中身への憧れをもつようになった。
いつか、あのような目をもてるようになりたい。

「憧れるのをやめましょう」と
大谷翔平がWBCでチームを鼓舞した。
勝つのために、憧れを捨てなければならない。
チームリーダーとして素晴らしい。
憧れ続けていては、越えられない。
その通りだと思う。
これから挑むには、これ以上ない言葉だ。

大谷に反する訳ではないが、私は、憧れてしまう。
勝ち負けの領域ではないから、アリだろう。

そもそも、人の生き方に勝ち負けはないと思う。
だが、あえていえば、私は清吉に勝てない。
これからどんなに努力しても難しい。
それくらい力量差を感じる相手だ。

あれほど容姿への憧れをもっていたが、果たせず。
憧れの対象を中身へと変えたが、未だ至らず。

だが、憧れ続けていると似ることもある。
清吉の容姿。
悪くはない。
白髪か黒髪かの違いはあるけど。

今回は私の好みの話だった。
ドラマ内の1人の人物に関することで、
観たことがない人にとっては、
イマイチだったはず。

次回は、誰でも知っていること、誰もが1度は考えたであろうことを書きます。

ご興味があれば是非。

【参考文献】
倉本聰『北の国から 前編』理論社、1981年
倉本聰『北の国から 後編』理論社、1981年
倉本聰『獨白 2011年3月』フラノ・クリエイティブ・シンジケート、2011年
フジテレビ『北の国から』(1981年~2002年)

私が話している場面はこちらです。第16話。
ショート動画なので、
この場面だけでは伝わりにくく。
ここに至るまでが、とても良いんです。
前話の杵次の告白など。
時間があるときにでも、1話から是非。

※リンク切れになっていたら削除されたものと思ってください。


蛍のことも書いてます。
ご興味があれば。


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