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第1話『ハデスの眼、ガイアの部屋』恋愛小説部門

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ハデスの眼、ガイアの部屋

ー何度でもあなたに逢いに行くー

あらすじ

神話の時代から現代日本まで。時代を超えて出会い続け、愛し、そして別れを繰り返すふたつの魂がある。

これは、神々が与えた呪いだ。

出会うためだけに生まれ、別れるためだけに愛する。

それでも彼らは、何度でも逢いに行く。

紀元前のギリシャ、10世紀の中国、戦火のポーランド、
そして1994年の神戸。
4つの時代を旅する魂の物語。

美しく、苦しく、それでも最後には——

「今度こそ、届いてほしい」と願わずにいられない。

『ハデスの眼、ガイアの部屋』——何度でもあなたに逢いに行く。

中長編小説 84000文字

第1話



 彼女は言った。
 涙も見せず、微笑みをたたえたまま――

「これは、ひとときの別れ。
 また会いましょう。
 私たちの宿業の中で」


【序章】

 人がまだ神々を恐れていた時代。
 神々は今よりも、ずっと人に近かった。

 冥府の王ハデスにより創られた、『ハデスの眼』と呼ばれる者たち。
 それは、人の死を見届けるためだけの存在。
 人の姿をしているが、それは決して人ではない。
 そして、神でもない。
 感情を持たず、ただ静かに、人の最期へ寄り添う。

 死は、人にとって逃れられぬものだ。
 だから神々は、せめてその瞬間だけは孤独でないよう、無数の『ハデスの眼』を地上へ遣わした。

 それは冥府が人へ与えた、静かな慈悲だった。

 だが――
 その中に、たったひとりだけ掟を破った者がいた。

 その『眼』は、ひとりの人間の娘を愛した。

 娘の名は、メディア。
 神の血をわずかに受け継ぐ王女だった。

 そのせいか、彼女の身体はひどく弱かった。
 青白い肌。細い指。触れれば消えてしまいそうな儚さを持っていた。
 医師たちは皆、成人する前に死ぬだろうと言った。

 人々は彼女を畏れ、遠ざけた。
 父である王でさえ、その娘を恐れた。
 愛していなかったわけではない。
 あまりにも普通の人間とは違いすぎたのだ。

 王は彼女を守るように、そして同時に拒絶するように、陽の届かぬ神殿の奥へ閉じ込めた。

 花も知らず。
 風も知らず。
 ただ静かに、死を待つだけの日々。

 そして冥府もまた、その娘を見ていた。
 まるで、呪われた命のような娘だった。

 ハデスは、一人の『眼』を彼女のもとへ遣わした。
 それは、本来ならごく普通の任務のはずだった。

 死を恐れぬように。
 最期を孤独にさせぬように。

 それが『ハデスの眼』の役目だった。

 最初は、ただそれだけだった。
 花を届け。
 言葉を交わし。
 そっと時間を分け合う。

 彼は、人の感情を知らなかった。
 朝焼けの美しさも。
 誰かが笑う意味も。
 失うことの痛みも。

 だが――
 メディアの孤独は、感情を持たぬはずの眼にさえ、静かな揺らぎを生んだ。

 最初は、小さな違和感だった。
 なぜ、この娘の言葉が気になるのか。
 なぜ、この娘の笑顔を見届けたいと思うのか。
 なぜ、この娘が死ぬ未来を恐ろしいと思うのか。

 彼自身、それが何なのかわからなかった。
 だが、メディアと過ごすうちに、その眼は少しずつ人間を覚えていった。
 メディアは、名の無かった眼に、ウンチェインという名を与えた。

 ふたりは、やがて恋に落ちた。
 それは、決して許されぬ愛となった。

 やがてメディアは子を宿す。

 そして、その眼は――
 彼女に定められていた死を、自らの手で書き換えてしまった。

 たとえ神の血をわずかに引いていようと、人は人だ。
 生まれた以上、死から逃れることはできない。

 『ハデスの眼』は、その定められた死を見届けるためだけに創られた存在だった。

 死を拒んではならない。
 運命を書き換えてはならない。
 それが冥府の決まりだった。

 だが、その眼は禁忌を犯した。
 死を覆し。
 定められた運命を捻じ曲げ。
 そして、本来生まれるはずのなかった命まで、この世に生み落とした。

 ハデスからすれば、とんでもない裏切りだった。

 冥府の王ハデスは激怒した。
 己が定めた決まりを壊し、“死”を否定したその眼を、自らの手で粉砕しようとした。

 だが、その時。
 メディアは、その眼を庇うようにハデスの前へ立ち、恐れもなく言った。

「私も共に、粉砕せよ」

 ハデスは、彼女を砕くことができなかった。
 だから、その裁きはワシのもとへ回ってきた。

 ……ああ、自己紹介がまだだったな。
 ワシはガイア。
 生を司る神だ。

 まあ正直、最初は呆れたよ。
 死を見届けるためだけの存在が、人を愛し、運命を変え、子まで成したんだからな。
 ハデスが怒るのも無理はない。

 だが――
 ワシは少し興味が湧いてしまった。
 何度引き裂かれても、それでもなお、あ奴らは互いを求め続けるのかをな。

 だからワシらは、二人にひとつの罰を与えた。

 繰り返す生と死の中で。
 何度も出会い。
 何度も愛し合い。
 何度も非業の別れを経験するという――終わりなき宿業だ。

 これから語るのは、呪いの物語かもしれん。
 あるいは、愛の物語かもしれん。
 まあ、そんなことは最後に、お前自身が決めればいい。

 さて――
 まずは、あ奴らが再び巡り会った最初の時代から始めようか。

 紀元前五世紀。
 英雄と神々が、まだ人のすぐそばにいた頃の話だ。


👉第2話に続く



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