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フーマ・アベディンを追え❣️🐸🍿(4)

今回は「フーマ・アベディンを追え」の4回目です。第1回〜3回目はこちらで読めます。

さっそくですが引き続きまして、Qドロップの中に登場するフーマを追っていきたいと思います。

今日はQ57「サウジへ お忍び旅行」から始めましょう❣️🐸🍿

Q57によると、マケイン上院議員らがフーマ・アベディンに関連して、何か発言をしていたらしい。

この発言の詳細について、Grok3(我が家では「ぐろっくさん」とさん付けで呼んでいます)に確認をしてもらいました。
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マケイン上院議員らは2012年 ミシェル・バックマン下院議員と 下院情報常設特別委員会と 下院司法委員会の4人のメンバーが 国防総省、国務省、司法省、国土安全保障省、国家情報長官室に送った書簡の中で フーマ ・アベディンを引用し 米国政府へのムスリム同胞団の潜入を警告したことを 全面的に批判したというのは本当ですか?

https://x.com/i/grok/share/MBphR36vNv0Vjb2FjR1654B3G

はい、ご指摘の内容は事実に基づいています。2012年、ミシェル・バックマン下院議員(共和党)を含む下院情報常設特別委員会と下院司法委員会のメンバー4人(トレント・フランクス、ルイ・ゴーマート、トム・ルーニー、リン・ウェストモーランド)は、国防総省、国務省、司法省、国土安全保障省、国家情報長官室に書簡を送り、米国政府内にムスリム同胞団の影響力が浸透している可能性を警告しました。

この書簡の中で、ヒラリー・クリントン国務長官の側近であるフーマ・アベディンが、ムスリム同胞団と関連があるとされる人物や組織とのつながりを指摘されました。

これに対し、ジョン・マケイン上院議員(共和党)は、2012年7月18日の上院での演説で、この書簡を強く批判しました。マケイン議員は、アベディンに対する疑惑が根拠のない憶測に基づいており、彼女の家族や宗教的背景を不当に攻撃するものだと非難しました。

彼はアベディンが忠実な公務員であり、こうした主張が彼女の名誉を傷つけ、米国政府の信頼性を損なうと述べました。

マケインは特に、バックマン議員らの書簡が「罪悪感の連鎖(guilt by association)」を助長し、公正さを欠くと指摘しました。

他の共和党議員や民主党議員、さらには一部の保守派からも、バックマン議員らの書簡は証拠が不十分で不適切だとする批判が上がり、議論を呼びました。

一方で、バックマン議員らは、書簡の目的は国家安全保障に関する懸念を提起することであり、個人攻撃ではないと主張しました。

この事件は、米国政治におけるイスラム教やテロリズムに関する議論の分断を浮き彫りにし、党派を超えた反応を引き起こした一例として記録されています。

マケイン議員の批判は、彼の党派にとらわれない姿勢や「一匹狼(maverick)」としての評判を象徴する出来事の一つとも言えます。


ふむふむ。Q57に書かれている情報は、どうやら事実に基づいているらしい❣️🐸🍿

さらに、フーマがこの時期に「お忍びでサウジへ旅行をしたのかどうか」について、調べてもらうことにしましょう。

そしたら、次のような回答でした。
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フーマ・アベディンはこの時期にサウジへお忍びで旅行をしましたか?

https://x.com/i/grok/share/YUCREnFtiOH5LCl3w5Ss8BU4v

フーマ・アベディンが2012年にサウジアラビアへ「お忍び」で旅行したかどうかについて、提供された情報や公開されている信頼できる資料からは、明確な証拠や記録を確認することはできませんでした。以下に、関連する背景情報を基に回答をまとめます。

背景情報

  • フーマ・アベディンのプロフィール: フーマ・アベディンは、1976年7月28日生まれのアメリカ人で、ヒラリー・クリントンの長年の側近として知られています。彼女はパキスタン系とインド系の両親を持ち、2歳のときに家族と共にサウジアラビアのジッダに移り住み、そこで育ちました。また、彼女はサウジアラビアの新聞社「アラブ・ニュース」でインターン経験があります。

  • 2012年の状況: 2012年、アベディンはヒラリー・クリントン国務長官(2009年~2013年)の副首席補佐官として国務省で働いていました。6月に産休から復帰後、特別政府職員(special government employee)としてコンサルタントの役割に移行し、クリントン財団や民間企業(Teneoなど)での仕事も兼務していました。この時期、彼女はニューヨークを拠点に活動し、家族との時間を優先するためにワシントンD.C.の本部ではなく自宅から働くことが多かったとされています。

  • ムスリム同胞団に関する疑惑: 2012年6月、ミシェル・バックマン議員らによる書簡で、アベディンがムスリム同胞団と関連があるとされる疑惑が提起され、彼女の家族背景(特にサウジアラビアでの生活や親の経歴)が注目されました。しかし、これらの主張はジョン・マケイン上院議員らによって根拠がないとして批判され、広く否定されています。

サウジアラビアへの旅行に関する情報

  • 公開情報や提供された資料には、2012年にフーマ・アベディンがサウジアラビアへ「お忍び」で旅行したという具体的な記録や報道は見られません。

  • 彼女のサウジアラビアとのつながりは、主に幼少期にジッダで過ごしたことや、インターンとして「アラブ・ニュース」で働いた経験に限定されています。2012年の時点で、彼女の公務や私的な活動に関する報道では、サウジアラビアへの個人的な旅行を示す情報は確認できません。

  • ヒラリー・クリントンの側近として、彼女は国務長官の公式訪問に同行する可能性はありますが、2012年にクリントンがサウジアラビアを訪問した記録はなく、アベディンが単独で「お忍び」旅行をしたという証拠も見つかっていません。

注意点

  • 「お忍び」という表現は、私的かつ公に知られていない旅行を意味しますが、こうした旅行は通常、公的な記録や報道に残りにくい性質があります。したがって、仮に旅行があったとしても、機密性の高いものでない限り、証拠が欠如している可能性があります。

  • 2012年当時、アベディンはアンソニー・ウィーナーとの結婚(2010年~2016年)や第一子の育児(2011年12月生まれ)で多忙であり、個人的な長距離旅行の可能性は低いとも推測されます。

  • ムスリム同胞団に関する疑惑が政治的な議論を呼んでいた時期であるため、サウジアラビアへの旅行が噂された場合、それが誇張されたり、憶測として広まった可能性も考えられますが、具体的な証拠は見つかっていません。

結論

フーマ・アベディンが2012年にサウジアラビアへ「お忍び」で旅行したという情報は、提供された資料や公開情報からは確認できません。彼女のサウジアラビアとのつながりは過去の居住歴やインターン経験に基づくものですが、2012年の具体的な旅行記録は存在しないようです。このような主張がある場合、信頼できる一次資料や報道を確認することが重要です。もし特定の情報源や噂に基づいてこの質問をされた場合、その詳細を提供していただければ、さらに深掘りして検証できます。


グロックさんはこちらが質問していない、フーマの誕生日や生まれ育ちに関する情報まで教えてくれました❣️🐸🍿

結論からすると、「お忍び」の旅行は公式記録には載らないので、確認が困難ということらしいです。しかも、Q57には「お忍び旅行をしたのは誰?」と書かれているので、フーマではない可能性も高いですね。

それでは、一体誰がお忍び旅行をしたのでしょうか。これに関連するヒントは、最後のフレーズ、「不思議の国 と アリス」でしょうか。

「不思議の国」がサウジを比喩的に表現しているとすれば、アリスというのは、誰を意味するのか。

Eriさんの話によると、アリス=HRCですから、ヒラリー・クリントンのことであると推測できるでしょうか。

念のために、ヒラリーがこの時期にサウジへお忍びで旅行をしたのかどうかについて、再びグロックさんに調べてもらったところ、やはり確認できないということでした。
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https://x.com/i/grok/share/VmkkyUHp7GuMSKoA9QheC5fAC

そのようなわけで、Q57の謎は残されたままですが、いつかこの謎も解明されるのではないかと思います。

それではこの辺で次、いってみたいと思います。


さてお次はQ58となりますが、なんとこれは、Q56「フーマ・アベディンとムスリム同胞団」Q57「サウジへ お忍び旅行」の追加情報という形になっております。

さらなる謎が増えるのか、それとも謎が解き明かされるのでしょうか⁉️
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これまでに投稿された内容を繰り返し紹介してありますが、さらに追加された情報としては、ジョン・マケインに関する情報です❣️🐸🍿

ウィキペディアではこのように紹介されております。

共和党の重鎮議員だが、党派にとらわれない議会活動で知られ、しばしば maverick一匹狼)と形容される。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%B1%E3%82%A4%E3%83%B3

Q58によれば、彼は2011年にベンガジを訪問した際に、アルカイダの仲間として知られる、リビアの民兵指導者アブデルカリム・ベルハジに会ったと指摘されています。

この件について、グロックさんに確認をしてもらいました。
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ジョン・マケイン上銀議員は、2011年にベンガジを訪問した際に、アルカイダの仲間として知られる、リビアの民兵指導者アブデルカリム・ベルハジに会いましたか?

https://x.com/i/grok/share/F8Q5x2ORehMzFG944fAmmX9HB

ジョン・マケイン上院議員が2011年にベンガジを訪問した際、リビアの民兵指導者アブデルカリム・ベルハジ(Abdelhakim Belhaj)と会ったという確固たる証拠は、提供された情報や公開されている信頼できる資料には見られません。ただし、この問題についてはいくつかの背景情報と文脈を考慮する必要があります。

背景情報:

  1. ジョン・マケインの2011年ベンガジ訪問:

    • ジョン・マケインは2011年4月22日にリビアのベンガジを訪問しました。この訪問は、リビア内戦(アラブの春の一環)中のことで、マケインは反カダフィ勢力(リビア暫定国民会議、NTC)を支援する目的で現地を訪れました。

    • 彼はベンガジで反政府勢力の指導者たちと会談し、米国による支援の必要性を訴えました。この訪問は広く報道されており、マケインが反カダフィ勢力の指導者数人と会ったことが確認されています(例:CNNやBBCの報道)。

    • マケインの訪問は、リビアの反政府勢力を評価し、彼らが民主的な統治を目指しているかどうかを確認するためのものでした。彼は公開声明で、リビアの反政府勢力を「自由と民主主義を求める英雄」と称賛しています。

  2. アブデルカリム・ベルハジとは:

    • アブデルカリム・ベルハジ(またはアブデルハキム・ベルハジ)は、リビアの民兵指導者であり、かつてリビア・イスラム戦闘団(LIFG)のリーダーでした。

    • LIFGは1990年代にカダフィ政権打倒を目指したイスラム主義武装組織で、米国や国連によって一時期テロ組織に指定されていました。ベルハジ自身もアルカイダとの過去の関与が指摘されており、2004年にCIAによって逮捕され、リビアに引き渡された経歴があります。

    • 2011年のリビア内戦では、ベルハジはカダフィ政権に対する反政府勢力の一員として活動し、トリポリの軍事評議会の指導者として重要な役割を果たしました。

    • 戦後、彼は政治活動に転じ、イスラム主義政党を設立しましたが、アルカイダとの直接的な関係は内戦時には薄れていたとされています。

  3. マケインとベルハジの会談に関する主張:

    • 一部の陰謀論や非主流の情報源では、マケインが2011年のベンガジ訪問時にベルハジと会ったと主張されています。これらの主張は、特にマケインが反政府勢力を支援したことや、ベルハジが過去にアルカイダと関連があったとされる点を結びつけて、物議を醸す形で広められることがあります。

    • しかし、信頼できる報道(例:CNN、BBC、New York Timesなど)や公式記録には、マケインがベルハジと具体的に会ったという証拠は記載されていません。

    • マケインの訪問に関する公式報告では、彼が会ったのは主にNTCの指導者(ムスタファ・アブドゥル・ジャリルやマフムード・ジブリールなど)であり、ベルハジの名前は具体的な会談相手として挙がっていません。

    • 2011年当時、ベルハジはトリポリを中心に活動しており、ベンガジでのマケインの訪問時に同席していた可能性は低いと考えられます。また、ベルハジが反カダフィ勢力の一員として活動していたとはいえ、彼がNTCの公式な代表者としてマケインと会う立場にあったかどうかは不明です。

  4. 関連する陰謀論:

    • 一部の情報源(例:ブログやソーシャルメディア、のような非主流メディア)では、マケインがアルカイダ系人物や後の「イスラム国(ISIS)」指導者とされる人物(例:アブ・バクル・アル・バグダディ)と会ったという主張がなされていますが、これらは検証可能な証拠に欠けており、信頼性が低いとされています。特に、ベルハジとアルカイダの関係を強調する主張は、リビア内戦の複雑な状況を単純化し、反米的なナラティブを構築するために利用されることがあります。

結論:

ジョン・マケイン上院議員が2011年のベンガジ訪問時にアブデルカリム・ベルハジと会ったという明確な証拠はありません。マケインはリビアの反政府勢力の指導者たちと会談しましたが、ベルハジがその中に含まれていたという公式な記録や信頼できる報道は存在しません。

ベルハジの過去のアルカイダとの関連やリビア内戦での役割を巡る議論は、このような主張を助長する背景となっていますが、検証可能な情報に基づくと、マケインとベルハジの直接の会談は確認できないと結論づけられます。

もしこの件についてさらに詳しく調査したい場合、2011年4月のマケインのベンガジ訪問に関する一次資料(例:米国務省の記録、NTCの公式発表、または当時の現地報道)を参照することをお勧めします。また、陰謀論的な主張には慎重な検証が必要です。


マケインがアブデルカリム・ベルハジに会ったという明確な証拠はないものの、公式報告では、マケインは2011年のベンガジ訪問時に、主にNTCの指導者(ムスタファ・アブドゥル・ジャリルやマフムード・ジブリールなど)らに会ったのは確かなようですね❣️🐸🍿

Q58ではこの他に、フーマ・アベディンに関するニュース記事へのリンクが貼られています。そこに何かヒントが見つかるかも知れないので、その記事を参照してみたいと思います。

こちらの記事をウサギソルジャーが、テキトーにウサギっぽく翻訳してみることにします。

フーマ・アベディンとムスリム同胞団の関係

ケネス・R・ティマーマン(寄稿者)
- 2016年8月23日午前11時29分(東部時間)

Greg Nash

クリントン陣営は、主席補佐官フーマ・アベディンに関する重要な疑問を再び隠蔽しようとしている。これには、彼女のムスリム同胞団やサウジアラビアとの家族のつながり、拡大するクリントン電子メールスキャンダルにおける彼女の役割が含まれる。

ニューヨーク・ポストは週末、アベディン氏が1995年から2008年まで勤務していた『イスラム少数派問題ジャーナル』に関する詳細な調査記事を掲載した。このシャリーア法に関するジャーナルの編集長は、アベディン氏の母親だった。

これは偶発的な関連ではない。アベディン氏は長年にわたり、ロンドンに拠点を置くこの出版物の副編集者として名を連ね、1990年代半ばにクリントン政権のホワイトハウスでインターンとして働きながら、同ジャーナルに寄稿していた。

彼女の母親、サレハ・アベディン氏は、ムスリム同胞団の指導者ユスフ・アル・カラダウィ師が議長を務める国際イスラム評議会のダワおよび救援部門の大統領スタッフ評議会に所属している。

シャリーア法に忠誠を誓う過激なイスラム主義者による将来のテロ攻撃を懸念する有権者にとって、こうしたつながりが不快であることを認識し、クリントン陣営は月曜日、アベディン氏のジャーナルやムスリム同胞団への関与を軽視しようとした。

クリントン支持のメディア・マターズは、予測通り、アベディン氏やその家族がムスリム同胞団と関係があるという「証拠はない」と主張し、これらのつながりを指摘したトランプ陣営のスタッフを陰謀論者と呼んだ。

その証拠を否定するため、メディア・マターズはスノープス・ドット・コムの「ファクトチェック」記事を引用したが、その唯一の情報源は…ジョン・マケイン上院議員であった。

このジョン・マケインは、2011年のベンガジ訪問中に、アルカイダの関係者として知られるリビアの民兵指導者アブデルカリム・ベルハジと会い、彼を「私のヒーロー」と称賛した人物である。

2012年、ミシェル・バックマン下院議員と4人の同僚が、ムスリム同胞団の米国政府への浸透を警告する書簡を複数の政府機関に送った際、マケイン上院議員らから激しい批判を受けた。書簡ではフーマ・アベディン氏が名指しされていた。

バックマン議員は16ページのメモで証拠を提示したが、マケイン氏や主要メディアはこれを反論できていない。

私の見解では、証拠は明白だ。アベディン氏はムスリム同胞団の有力な家系に生まれ、彼女の父親はサウジアラビアでムスリム・マイノリティ問題研究所を設立した。この機関は、サウジアラビア政府とムスリム・ワールド・リーグの支援を受けていた。

元連邦検事のアンドリュー・C・マッカーシー氏によれば、ムスリム・ワールド・リーグは「世界で最も重要なムスリム同胞団組織の一つ」とされる。そのリーダーの一人、ウマル・ナシフ氏は、アルカイダを支援したとして米国でテロ組織に指定されたラビタ・トラストを設立した。

これは単なる関連ではなく、同じ目標を共有するネットワークだ。アベディン氏の父親に影響を受けたサウジ政府の文書は、「ムスリム・マイノリティ問題」の概念を説明し、現代でのシャリーアのグローバルな確立を目指している。

つまり、アベディン氏は13年間、イスラムによる西側の征服を目標とする組織で働いていた。クリントン陣営がこの問題を隠そうとするのも理解できる。

クリントン元国務長官はアベディン氏を「第二の娘」と呼び、親密な関係にある。彼女は国務長官時代、ムスリム同胞団のアジェンダを推進し、大統領になればさらに推進する可能性がある。

彼女はリビアのカダフィ政権打倒を強く支持し、エジプトのムバラク大統領の退陣とムスリム同胞団のモルシへの交代を後押しした。さらに、シリア内戦への米国の直接介入やアルカイダと関連する反政府勢力への武器供与を推進した。

私の新著では、彼女がイスラム協力機構と協力し、イスラム批判の言論を米国で犯罪化しようとしたことを明らかにしている。その最初の標的は、ベンガジ事件の原因とされたYouTube動画の制作者、ナクーラ・バシリー・ナクーラ氏だった。

今週公開されたアベディン氏のメールは、彼女がクリントン財団の寄付者と国務省の仲介役を務めていたことを示す。寄付者が通常のルートでクリントン氏と面会できなかった場合、クリントン財団の幹部がアベディン氏に連絡し、迅速に面会が実現した。

トランプ氏はこれを「ペイ・フォー・プレイ(裏取引)」と批判するが、アベディン氏とクリントン氏が外国勢力の代理人として活動していた可能性も浮上する。

2014年、複数の国がムスリム同胞団をテロ組織に指定したが、すでに影響は広がっていた。クリントン大統領の下で、ムスリム同胞団のアジェンダがさらに進むことをアメリカ人は望むだろうか?

ティマーマン氏はトランプ支持者で、2012年の共和党下院候補者であり、『Deception(欺瞞)』の著者である。


なるほど。この記事によれば、

このジョン・マケインは、2011年のベンガジ訪問中に、アルカイダの関係者として知られるリビアの民兵指導者アブデルカリム・ベルハジと会い、彼を「私のヒーロー」と称賛した人物である。

とハッギリ、ハッギリ説明されています❣️🐸🍿

さらに、フーマ・アベディンの母親については、

彼女の母親、サレハ・アベディン氏は、ムスリム同胞団の指導者ユスフ・アル・カラダウィ師が議長を務める国際イスラム評議会のダワおよび救援部門の大統領スタッフ評議会に所属している。

と書いてあり、フーマ本人に関しては、

アベディン氏はムスリム同胞団の有力な家系に生まれ、彼女の父親はサウジアラビアでムスリム・マイノリティ問題研究所を設立した。この機関は、サウジアラビア政府とムスリム・ワールド・リーグの支援を受けていた。
(中略)

つまり、アベディン氏は13年間、イスラムによる西側の征服を目標とする組織で働いていた。

と書かれています。つまり、フーマ・アベディンはクリントン陣営に加わるまでは、西側の征服を企むイスラム過激主義の組織で工作員として働いていたのです。


…ということで、フーマ・アベディンの正体がだんだんと、明かされてきたように思います。私自身もこれを書きながら、こんな展開になるとはまるで予測をしていなかったのですが、今日はこの辺にしておこうかと思います。

今後もこの調子で、のんびりとテキトーにフーマ・アベディンを追っていこうと思いますので、今後の展開に乞うご期待です🙏🌸🐰🌸



「Q 」についてさらにもっと知りたい人には、こちらの記事がオススメです❣️🥰
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Qについて自分で調べて、自分の頭で考えよう❣️🐸🍿


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