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【読むだけで参拝体験】駒留八幡神社|夢と愛馬が導く“信じる勇気”の神社

皆さんは、夢で見た出来事が現実になった経験はありますか?

今回紹介するのは、夢に現れた八幡様のお告げを信じて
創建されたという伝承を持つ駒留八幡神社です。

もしかしたら、あなたも夢で見たことが正夢になるかもしれませんよ?

▶前回の記事はこちら

◆はじめに|夢に現れた八幡様のお告げ

約700年前、この地を治めていた北条左近太郎入道成願は、
村の人々の心のよりどころとなる神社を建てたいと考えていました。

ある夜、夢に八幡様が現れます。

「私を祀る場所は、お前の愛馬・白雪に聞け」

翌朝、太郎入道は手綱を握らず白雪に身を任せました。

やがて白雪が立ち止まった場所。

そこに建てられたのが、現在の駒留八幡神社だと伝えられています。

◆駒留八幡神社とはどんな神社か

駒留八幡神社は、
世田谷区上馬の鎮守として七百年以上にわたり地域を見守り続けてきた
神社です。

創建は鎌倉時代末期の徳治年間(1306~1307年)と伝えられています。

主祭神は応神天皇。

さらに明治時代には天祖神社や厳島神社などが合祀され、

  • 天照皇大神

  • 市杵島姫神

  • 倉稲魂神

  • 菅原道真命

  • 埴山毘売神

  • 国常立尊

  • 大鳥連祖神

  • 事代主神

など、多くの神々が祀られています。

江戸時代には、この地を治めていた大久保氏が社殿や石段を整備し、
地域の鎮守として大切に守られてきました。

また、神社前の石段を修理した際には、御神像と経筒が発見され、
そこには北条左近太郎成願が奉納したことを示す銅板が
納められていたとも伝えられています。

夢のお告げから始まったという伝説と、七百年以上受け継がれてきた歴史。

駒留八幡神社は、その両方を今に伝える神社なのです。

◆なぜ午年に駒留八幡神社を巡るのか

午年は、前へ進む年。

新しいことへ挑戦したり、大きな決断をしたりする一年です。

そんな午年に訪れたい理由が、この神社にはあります。

駒留八幡神社の始まりは、一頭の馬でした。

夢に現れた八幡様は、

「私を祀る場所は、お前の愛馬に聞け」

と告げます。

主人は手綱を握らず、馬の意思に任せて歩きました。

そして馬が立ち止まった場所こそが、現在の駒留八幡神社です。

午年は、自分の力で走る年でもあります。

しかし時には、

「自分を信じること」

だけではなく、

「導きを信じること」

も大切なのかもしれません。

愛馬を信じたからこそ、この神社は生まれました。

だから駒留八幡神社は、

「信じて進む勇気」

を授けてくれる神社なのです。

午年に迷いが生まれたとき。

進むべき道を探したいとき。

ここは、自分の進む道を静かに見つめ直せる場所になるでしょう。

◆読む参拝|八幡様のお告げの地を巡る

現在は環状七号線と世田谷通りが交わる交通量の多い場所に
鎮座しています。

世田谷区の保存樹林地となっている地域で、
世田谷区名木百選に指定されたクロマツがある。
境内は「上馬の駒留八幡神社」としてせたがや百景に選定されています。

まず目に入るのは大きな茶色の鳥居です。
茶色の鳥居は珍しいかもしれませんね。

茶色の鳥居は朱塗りの鳥居とはまた違う落ち着いた雰囲気があり、
この神社らしい静かな空気を感じさせてくれます。


茶色の鳥居が目印

鳥居をくぐり参道を真っすぐ歩き、階段を上った先に石製の二の鳥居あり。
二の鳥居をくぐった先の左手に手水舎があります。


二の鳥居


手水舎

その先、真っすぐいったところに拝殿があります。


拝殿

拝殿の右手側に社務所の神楽殿があり、御朱印を頂くならそこで貰えます。


右に神楽殿、左が社務所

拝殿の左手側には大きなクロマツが聳え立っています。
世田谷区名木百選にも選ばれている雄大なクロマツです。
参拝の際はぜひ見上げてみてください。

拝殿を左に進むと石製の鳥居があり、
その先にいくつかの社が存在しています。
そこがこの神社の境内社が祀られているエリアになります。


境内社が祀られているエリアへの入り口

まず見えるのが戦没者慰霊殿です。


戦没者慰霊殿

戦没者慰霊殿から左にまた抜けるとそこには常盤弁天社があります。

常盤の霊が弁財天として祀られています。
池にかかる石橋は常盤橋と呼ばれ、第2次世界大戦前までは、
鳥居の前方にある現在の駐車場の位置に池があり、
その中島に祀られていました。
常盤については後に詳しく紹介します。


常盤弁天社

常盤弁天社から見て右側の壁伝いに小さな社が並んでいます。


左に菅原社・榛名社・三峯社、右に御嶽社。


稲荷社


中央に女塚社、左の石柱は庚申塔です


宗円寺開基碑

境内を歩いていると、
一つひとつの社に長い歴史や物語が息づいていることを感じます。
その中でも特に語り継がれてきたのが、次に紹介する「常盤姫伝説」です。

◆常盤姫伝説|無実を貫いた姫の物語

駒留八幡神社には、夢のお告げの伝説だけでなく、
一人の姫にまつわる悲しい物語も語り継がれています。

室町時代末期、世田谷城主・吉良頼康には、
奥沢城主の娘である常盤姫という側室がいました。

常盤姫は、その美しさだけでなく優しい人柄でも知られ、
頼康から深く寵愛されていました。
そして、待ち望まれていた子どもを身ごもります。

しかし、そのことを妬んだ他の側室たちは、
常盤姫が家臣と密通しているという偽りの噂を頼康へ吹き込みました。

初めは信じなかった頼康も、
繰り返される讒言によって疑いを抱くようになります。

身の危険を感じた常盤姫は、白鷺の足に無実を訴える手紙を結びつけ、
実家へ助けを求めました。

けれど、白鷺は嵐の中で力尽き、手紙は間に合いませんでした。

常盤姫は城を逃れましたが、この上馬の地で追っ手に捕らえられ、
身ごもったまま命を落としたと伝えられています。

翌年、白鷺が葬られた場所には、
羽を広げた白鷺の姿によく似た白い花が一面に咲きました。

人々は常盤姫を偲び、
その花を「さぎ草(鷺草)」と呼ぶようになったといわれています。

その後、常盤姫の無実が明らかになると、
姫は常盤弁財天(現在の厳島神社)として祀られました。

また、生まれることのできなかった子どもは若宮八幡として祀られ、
現在も境内にその伝承が受け継がれています。

夢のお告げによって創建された神社には、人々が大切な人を偲び、
その魂を守り続けてきたもう一つの歴史が残されているのです。

◆まとめ

今回巡った駒留八幡神社は、
ただ歴史の古い八幡神社ではありませんでした。

夢のお告げに導かれ、一頭の愛馬が立ち止まった場所に創建された神社。

そして、人々の信仰を受け継いできた神社でもあります。

境内には、常盤姫と若宮八幡の悲しい伝説も残されており、
喜びだけでなく、人々の祈りや願い、
そして悲しみまでも静かに受け止めてきた場所であることが
伝わってきます。

午年は、新しい一歩を踏み出す年。

目標へ向かって走り出す勇気も大切ですが、ときには焦らず、
自分の進むべき道を信じることも必要です。

夢のお告げを信じた北条左近太郎入道成願のように。

そして、愛馬を信じて歩ませたように。

駒留八幡神社は、

「自分の進む道を信じる勇気」

を静かに授けてくれる神社なのかもしれません。

人生の分かれ道に立った時。

迷いを抱えながらも前へ進みたい時。

そんな時に、もう一度訪れたくなる神社でした。

◆次回予告

次回は、午年に巡ると良い神社として

駒繋神社

について紹介しようと思います。

▶前回の記事はこちら

▶午年に巡ると良い神社の記事はこちら

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