【読むだけで参拝体験】千束八幡神社|名馬・池月が導く“勝負”の神社
一頭の馬が、歴史を変えた。
石橋山で敗れた源頼朝は、
この地で名馬「池月」と出会ったと伝えられています。
後に『平家物語』にも登場するその馬は、
頼朝の再起を象徴する存在となりました。
その伝説が今も残るのが、千束八幡神社です。
「千束」という地名は、
この地が年貢を免除された免田地であり、
「千束の稲」が税として取られなかったことに由来するとされています。
一方で、現在は「洗足」とも表されます。
これは、日蓮がこの池の水で足を洗ったという伝承から、
「洗足」と呼ばれるようになったためです。
そんな地の氏神として、
千束郷の総鎮守として創建されたのが千束八幡神社です。
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◆はじめに|『平家物語』に登場する名馬・池月伝説の由来
治承四年(1180)
源頼朝は石橋山の戦いで敗れ安房国に逃れます。
そして、房総に勢力を持つ上総・千葉両氏の支持を受けて
鎌倉へ向かう事となるのです。
鎌倉へ向かう途中、
源氏の氏神である八幡神が祀られているこの神社に宿営。
すると、青き毛並に白き斑点を浮かべ、
まるで池に映る月のような姿のたくましい野生の馬が現れます。
この馬を捕らえ、
身体に浮かぶ白い斑点が池に映る月影のようだったことから
「池月(いけづき)」と名付けたとされています。
これが『平家物語』の「宇治川の先陣」で登場する名馬「池月」。
その池月の伝説が残る神社です。
◆千束八幡神社とはどんな神社か
創建は平安時代の貞観2年(860年)、
豊前国(現・大分県)の宇佐八幡を勧請して
千束郷の総鎮守として創建された神社です。
正式名称は千束八幡神社(せんぞくはちまんじんじゃ)。
「洗足池八幡宮(せんぞくいけはちまんぐう)」とも呼ばれています。
御祭神は応神天皇(品陀和気命)。
武運・勝運・国家鎮護の神として古くから信仰されてきました。
江戸時代には「城南の名勝」と称された洗足池のほとりに鎮座し、
現在も地域の人々から親しまれています。
◆なぜ午年に千束八幡神社を巡るのか
午年は、新しい一歩を踏み出す年です。
夢へ向かって動き始める人もいれば、
人生の大きな勝負に挑む人もいるでしょう。
そんな午年に訪れたい理由が、
千束八幡神社にはあります。
この神社には、
源頼朝ゆかりの名馬「池月(いけづき)」の伝説が残されています。
石橋山の戦いで敗れた頼朝は、
再起をかけて鎌倉を目指す途中、この地に宿営しました。
その時に現れた一頭の野馬。
青い毛並みに白い斑点を持ち、
池に映る月のような美しさから「池月」と
名付けられたと伝えられています。
後に池月は『平家物語』の「宇治川の先陣」で活躍し、
日本を代表する名馬としてその名を残しました。
つまり、この神社は
「名馬が生まれた場所」
とも言えるのです。
午年は、ただ前へ進む年ではありません。
走り出す勇気。
勝負へ踏み出す覚悟。
その両方があってこそ、
大きな飛躍につながります。
矢先稲荷神社が
「目標を定める神社」
だとするなら、
千束八幡神社は
「勝負へ踏み出す神社」
なのかもしれません。
池月の伝説が今も残るこの場所で、
新しい挑戦への勇気を授かる。
午年だからこそ、
そんな参拝をしてみたくなる神社です。
◆読む参拝|源頼朝が旗揚げした地を巡る
最寄駅は大岡山駅と洗足池駅。
大岡山駅は途中に勾配のある坂が存在します。
洗足池駅からは洗足池の周りを周って行くことになります。
なので、洗足池駅から向かうことをおすすめします。
私は大岡山駅から向かいましたので、
今回は大岡山駅から向かうルートでの話になります。
大岡山駅から降りて東京科学大学方面の道路を進みます。
住宅街を歩くこと10分くらい。
途中、道を選ばないと勾配のある坂を下ることになります。
洗足池に到着。
そこから畔まで下りると案内図があります。

案内図通りに進むと馬の像が見えました。

この像はこの池で捉えたという伝説の馬、池月の像です。
池月については後に詳しく紹介します。
さて、池月の像を通り過ぎ先に進むと不思議な光景が見えてきます。
朱色の鳥居と石製の鳥居が同じ方向に並んで見えるのです。

これだと普通の光景に見えますが、
普通鳥居の前には参道が続いているはずです。
しかし、その鳥居の目の前が池なのです。

なぜこのような配置になっているのか、
明確な由来は確認できませんでした。
池の畔という立地も相まって、
ほかの神社ではあまり見られない印象的な景観になっています。

石製の鳥居をくぐって階段を上がると神社の境内になります。
そこは池の畔という雰囲気はなく、森の中にある神社という
水の雰囲気は感じられない空間になっています。
正面には階段を少し上った先に社殿があります。

左側には開けた場所があり、奥に神楽殿。


右側には手水舎があり、その奥に神明社と稲荷社が建立されています。



神明社に祀られているのは
天照大神(あまてらすおおみかみ)・・・皇祖神。衣食住の神。
伊邪那美命(いざなみのみこと)・・・三峯神社の祭神。生成生産の神
大山津見命(おおやまつみのみこと)・・・大山阿夫利社の祭神。
建築・酒造の神
猿田彦命(さるたひこのみこと)・・・道開き・交通安全の神
菅原道真命(すがわらのみちざねのみこと)・・・学問・受験・天神

社殿の左側に大きな池月の絵馬のような立て札があり、
その先に社務所があります。
残念ながら、行った時期には社務所は閉まっており御朱印を
頂くことはできなかったです。

社殿を右に進むと洗足池に繋がる坂道になっています。
◆名馬・池月(いけづき)発祥の地
千束八幡神社を語る上で欠かせないのが源頼朝が旗揚げをしたエピソード。
そして、そのきっかけになった池月という名馬の存在です。
治承四年(1180)に源頼朝は石橋山の戦いで敗れ
安房国に逃れる事となったが、
房総に勢力を持つ上総・千葉両氏の支持を受けて鎌倉へ向かう事となる。
鎌倉へ向かう途中、
源氏の氏神である八幡神が祀られている千束八幡神社に宿営します。
すると、青き毛並に白き斑点を浮かべ、
まるで池に映る月のような姿のたくましい野生の馬が現れました。
この馬を捕らえ、
現れた時の姿から「池月(いけづき)」と名付けたとされています。
これが『平家物語』の「宇治川の先陣」で登場する名馬「池月」です。
実はこれより前に、
源頼朝は「磨墨」(するすみ)という名馬も得ています。
そして、また「池月」という名馬を得ました。
それが平家征伐軍の成立の吉兆であるとして征旗を高らかに掲げました。
この故事から、千束八幡神社は「旗上げ八幡」と呼ばれています。
◆まとめ
今回巡った千束八幡神社は、
ただ歴史の古い八幡神社ではありませんでした。
源頼朝が再起を誓い、
名馬・池月と出会ったと伝えられる場所。
その伝説は『平家物語』にも語り継がれ、
後に「旗上げ八幡」と呼ばれる由来にもなりました。
洗足池のほとりに静かに佇む境内には、
勝負の前だからこその落ち着いた空気が流れています。
午年は、新しいことへ挑戦する年。
目標を定めるだけでなく、
実際に一歩を踏み出す勇気も必要です。
名馬・池月が頼朝の再起を後押ししたように、
千束八幡神社は、
「勝負へ踏み出す勇気」
を授けてくれる神社なのかもしれません。
新しい挑戦を始める時。
人生の大きな決断をする時。
その一歩を踏み出す勇気をもらいに、
また訪れたくなる神社でした。
◆次回予告
次回は、午年に巡ると良い神社として
駒留八幡神社
について紹介しようと思います。
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