AIがうばえなかったもの 第3話:変わり始めた世界
四人がそれぞれの道を歩き始めてから、数年が過ぎた。
まだ二十代。
けれど、高校生だった頃とは、少しずつ生活が変わっていた。
彩乃は弁護士になった。
直人は医師になった。
千夏は介護福祉士として、施設で働いていた。
裕太は、父親から弁当屋を引き継いでいた。
四人で集まることは少なくなった。
それでも、ときどき連絡を取り合っていた。
「みんな、変わったね」
久しぶりに集まった日。
千夏が笑った。
「千夏は変わらないな」
裕太が言う。
「えー、変わったよ。大人になったもん」
「そういうところが変わってない」
裕太が笑う。
その会話を聞きながら、彩乃も笑っていた。
昔と同じだった。
四人でいると、高校時代に戻ったような気持ちになる。
ただ、一つだけ。
昔と違うことがあった。
裕太は、今でも彩乃が好きだった。
その気持ちは、何年経っても消えなかった。
けれど。
彩乃の隣には、直人がいた。
二人は大学時代から付き合っていた。
「彩乃、今日は遅くなる?」
「うん。仕事が終わらなくて」
「無理するなよ」
直人は、昔から変わらなかった。
真面目で、優しくて。
彩乃のことをよく理解していた。
裕太は、そんな二人を見ながら笑っていた。
「お似合いだよな」
千夏が隣で言った。
「……うん」
裕太は笑った。
けれど。
千夏は、その笑顔の奥にある気持ちを知っていた。
「裕太」
「なに?」
「まだ好きなの?」
裕太は黙った。
「……分からない」
「分かりやすいよ」
千夏は笑った。
裕太も笑った。
「でも、いいんだ」
「いいの?」
「彩乃が幸せなら」
その言葉に、千夏は少しだけ胸が痛くなった。
なぜだか分からなかった。
その頃。
世界では、AIの進化が急速に進んでいた。
最初は、便利な道具だった。
文章を作る。
情報をまとめる。
膨大なデータを調べる。
人間の仕事を助けてくれる存在。
誰もが、そう思っていた。
彩乃の職場でも、AIの導入が始まった。
「これからは、AIを使って仕事を効率化していきます」
上司の説明を聞きながら、彩乃は頷いた。
AIは、過去の判例を一瞬で検索した。
必要な資料をまとめた。
文章の間違いまで見つけた。
「すごいですね」
同僚が言った。
「これなら仕事が楽になりますね」
彩乃も、最初はそう思った。
直人の病院でも、AIが使われ始めた。
画像診断の補助。
患者のデータ分析。
治療方法の提案。
「便利な時代になったな」
直人は、画面を見ながら言った。
AIは、膨大な情報を瞬時に分析した。
人間が何時間もかけて調べることを。
ほんの数秒で終わらせた。
千夏の働く介護施設にも、AIやロボットが導入された。
薬の管理。
見守り。
移動の補助。
「千夏さん、少し仕事が楽になるね」
施設長が言った。
「そうですね」
千夏は笑った。
裕太の弁当屋にも変化があった。
AIが客の好みを分析し。
売れる弁当を予測する。
注文も自動で受け付ける。
「すごいな」
裕太は、画面を見ながらつぶやいた。
けれど。
その便利さの一方で。
少しずつ、変化が起き始めていた。
ある日。
彩乃の職場で、上司が言った。
「AIで作成した書類を、確認するだけでよくなりました」
「確認だけ?」
彩乃は聞き返した。
「そう。これまで一日かかっていた仕事が、数時間で終わる」
それは、確かに便利だった。
けれど。
仕事が早く終わるということは。
必要な人間の数も、少なくなるということだった。
直人の病院でも同じだった。
「この診断、AIのほうが早いですね」
若い医師が言った。
直人は、画面を見つめた。
AIが出した答えは、正確だった。
自分が何年も勉強してきた知識。
それを、AIは一瞬で処理してしまう。
直人は、少し複雑な気持ちになった。
一方。
千夏は、入居者の一人の隣に座っていた。
「千夏さん」
「はい」
「今日は、ここにいてくれる?」
千夏は、その人の手を握った。
「はい。ここにいますよ」
その人は、ほっとしたように笑った。
千夏は、ふと考えた。
AIには、できることがたくさんある。
でも。
この人が今、何を不安に思っているのか。
その手の震えが何を伝えているのか。
それを感じ取ることはできるのだろうか。
その夜。
裕太は、弁当屋の厨房で一人、仕込みをしていた。
AIが作った人気メニューランキングを見ながら。
「売れるものを作るのは、簡単になったな」
でも。
常連のおばあさんが言った言葉を思い出した。
「裕太くんのお弁当を食べると、元気が出るのよ」
裕太は、包丁を置いた。
売れる理由は。
データだけでは分からないのかもしれない。
そして。
四人はまだ知らなかった。
AIが人間の仕事を助ける時代から。
AIが人間の仕事を奪う時代へ。
世界が少しずつ変わっていくことを。
第4話 失ったもの、残ったものへ続く

いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします。いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます❕