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【オランダ移住生活】歴史ロマン編

【前回のあらすじ】
ノーパンでプラハの街を歩く世界線もあったのかもしれなかった。


歴史ロマン編

チェコに住む日本人の友人に会うため、私はプラハへやって来た。

友人とは言っているが、正確には日本にいた頃の職場の先輩である。

先輩は、とてもかっこよかった。
誰にでも気さくで優しい。

仕事では自ら結果を出すことで後輩たちを引っ張り、私がピンチに陥った時も何度となく助けてくれた。

人の悪口や愚痴といったネガティブなことは口にせず、常に向上心を持って仕事に取り組んでいた。

私が目指す「ワンランク上のおじさん」に最も近い人物だと思う。

友人と呼ぶにはおこがましいほど、お世話になった先輩だった。

なので、ここでは仮名で呼ばせてもらうことにする。

先輩は足が速かった。

そのため、以後「俊足」と呼ぶことにした。

ーー

待ち合わせ場所で再会した俊足は、日本にいた頃よりもさらにかっこよく見えた。

「おいっす、おいっすー。」

感動の再会を演出するわけでもなく、後輩に気を使わせない自然な第一声は流石のひと言。

俊足は間違いなくワンランク上のおじさんだった。

この日は俊足とひたすらビールを飲んだ。
チェコのビールは驚くほど美味しかった。
飯も美味い。

しかも物価はオランダより安い。

オランダの物価に鍛えられた私には、すべてがお買い得に見えた。

チェコは1人あたりのビール消費量が世界一の国として知られている。

そのためなのか、チェコ人は水分補給をするかのようにビールを飲んでいた。

また、ヨーロッパでは日本ほど「食べながら飲む」文化が強くないらしい。

店を見渡しても、料理をつまみながら飲むというより、ビールそのものを楽しんでいる人が多かった。そして、ビール以外のお酒は提供していなかった。

その結果、私たちも自然とビールだけをひたすら飲み続けることになった。
ビールを飲みながら、俊足とはたくさん話をした。

女性専用車両に乗ってプラハまでやって来たこと。

オランダでの生活のこと。

上戸彩には、もう一度歌手活動を再開してもらいたいということ。

『100日後に死ぬワニ』ブームは、一体何だったのかということ。

涙が悲しみを溶かして溢れるものだとしたら、
その滴ももう一度飲み干してしまいたいこと。

そんな話を俊足は笑顔で聞いてくれた。
こういうところも、俊足が俊足たる所以なのだろう。

気づけば夜は更けていた。

私たちは明日も会うことを約束して解散し、私はスマホで当日予約したホテルへと向かった。

宿泊費は一泊35000円。

プラハマラソンが翌日に控えていたため、ホテル代は高騰していたのである。
「旅行だから仕方ない」と自分に言い聞かせたが、予約ボタンを押す指は震えていた。

マラソンは、どうやら私が思っている以上に世界的人気のスポーツらしかった。

ーー

翌日。

俊足との待ち合わせまで時間に余裕があったため、私は朝からサウナへ向かった。

私が訪れたサウナは利用客も少なく、海外というシチュエーションも相まって雰囲気は最高だった。

水風呂の温度はシングル。

料金も2時間で2000円弱と満足度は非常に高かった。

このことについては、後に『サウナ探訪』で詳しく書こうと思う。

俊足との待ち合わせ場所の最寄駅を訪れた時のことだ。

私の前には一組のカップルがいた。
そして、その女性は間違いなくヨーロッパNo.1の絶世の美女だった。

カップルと私はエスカレーターで地上へ向かっていた。地上へ到着するまでの間、2人はずっとディープキスをしていた。

男性は確実に私の存在を認識していた。
にもかかわらず、一切気にする様子はない。
むしろ、こちらの反応を確認しながら見せつけているようだった。

これは完全にかまされていた。

アジアからやって来た私に対する、チェコ流の洗礼だった。

『見てみぃ。…これがチェコや。』

そんな声が聞こえてくるようだった。
まるで国を背負ったかのような、この濃厚なディープキスは“チェコの誇り”そのものだった。

素晴らしいものを見せてもらった。

熱いディープキスに心を打たれた私は、気づけば口の中の舌を二人に合わせて動かしていた。

完全に同期していた。

絶世の美女のディープキスシーンは、サウナの満足度を遥かに超えていた。

サウナ以外でととのったのは、これが初めてだった。

ーー

俊足と合流し、滞在2日目となるこの日はプラハの街を散策したり、カフェを巡ったりして過ごした。

カフェではソフトクリームを購入し、それを食べながら街を歩いた。

もちろん、そのソフトクリームを駅で見た絶世の美女に見立てて舐めていたことは俊足には秘密である。

日本では、おじさんがソフトクリームを食べ歩くのは少し恥ずかしい。
周囲の目が気になり、私は今までそういうことを避けてきた。

しかし、ここでは不思議と気にならなかった。
誰も私のことなど見ていない。
みんな自分の人生を楽しむのに忙しいのだ。

周りの目を気にしすぎて、本当はやりたいことを我慢してしまう。

それは、とてももったいないことなのかもしれない。

ソフトクリームを舐めながら、私はそんな当たり前のことを考えていた。

散策をしていて、最も印象に残ったのはカレル橋だった。
カレル橋は、音楽の授業で習ったことでお馴染みのモルダウ川に架かる世界遺産の橋である。

14世紀に造られた橋であり、現在も現役で使われている。

橋の両側には数多くの聖人像が並び、今では観光客やアーティスト、大道芸人たちが集まるプラハのシンボルとなっている。

私も橋の上に立ち、モルダウ川を眺めた。

14世紀の王の使者や兵士たちも、この橋を渡っていたのだろうか。

そして彼らもまた、私と同じ場所から、この風景を眺めていたのだろうか。

そう考えると少し不思議な気分になる。

600年以上前の人間と、同じ橋の上に立ち、同じ川を眺めている。

時代も国も違うのに、見ている景色だけは変わらない。

もちろん私は王の使者ではない。

女性専用車両に乗ってチェコまで来た日本人のおじさんである。

それでも、その瞬間だけは少しだけ歴史と繋がれた気がした。

俊足との別れは名残惜しかったが、またの再会を約束し、私はオランダへの帰路についた。

その道中、私はモルダウを聴くことにした。

クラシック音楽に素養のない私でも、この曲が素晴らしいということだけは分かる。

作曲者であるスメタナは、晩年に聴力を失っていたという。

つまりスメタナは、佐村河内(さむらごうち)さんの大先輩である。

スメタナ先輩は、当時実行支配を受けていた祖国チェコの文化や誇りを後世に残したいという思いから、この曲を作曲したらしい。

そのような背景を知って聴くと、曲の向こうからスメタナ先輩の声が聞こえてくるようだった。

『見てみぃ。…これがチェコや。』

そんな熱いメッセージが、この曲には込められている気がした。

モルダウは、チェコの誇りそのものだった。
そして、その誇りは今も確実に受け継がれている。私はプラハで、それを何度も目にした。

カレル橋の景色。

街に残る歴史。

ビールを愛する人々。

そして、駅で見たあの全力のディープキス。

あれほど誇り高いディープキスを、私は他に知らない。

チェコ、そしてプラハは本当に素晴らしい場所だった。

スメタナ先輩が残したこの名曲とともに、チェコの歴史と文化、そして誇りはこれからも受け継がれていくのだろう。

しかし、私がカレル橋から見たモルダウ川はめちゃくちゃ汚かった。

スメタナ先輩は川の汚さまでは伝えなかったようだ。

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