ブラックホール蒸発の負エネルギー密度励起
ホーキング博士が理論的に発見したブラックホール蒸発過程では、空間無限遠方に伝搬する熱的な物質の輻射である「ホーキング輻射」の他に、「負エネルギー密度の励起」というものが現れます。図1のように、事象の地平面の外で作られたこの負エネルギーを、ブラックホールが吸収することで、その質量エネルギーが減少をしていくのが、この蒸発の原因です。

古典的な一般相対性理論では、物質のエネルギーは常に非負でしたが、量子力学の効果を取り入れた「場の量子論」では、ブラックホールに限らず、様々な状態で負のエネルギー密度励起を作ることができます。簡単のために、以下では1+1次元時空の自由スカラー場で考えてみましょう。

ここでスカラー場の粒子の質量をmとしますと、角振動数と波数は次の関係を満たしています。

この場合の、エネルギー密度は

で与えられますが、真空状態|0〉でこの期待値が消えるように、この(2)式から定数を引いたものが、量子的なエネルギー密度演算子です。この定数の調整は「正規順序」と呼ばれ、数式では「::」で演算子を挟んで書かれます。
この正規順序で定義されたエネルギー密度演算子を、粒子の生成消滅演算子で書くと、

のようになります。もし全エネルギーであるハミルトニアンを計算する場合には、これを位置座標xで空間積分するので、(4)式に残っている「消滅演算子×消滅演算子」の項や、「生成演算子×生成演算子」の項は消えます。ところが、エネルギー密度を考える場合には、この2つの項は消えないことが、負エネルギー密度励起が現れる理由になっています。
例えば、真空状態|0〉と規格化された2粒子状態|2〉の、次の線形重ね合わせ状態を考えてみます。ここでϵは絶対値が非常に小さな実数としておきます。

この状態でエネルギー密度演算子の期待値を計算すると、真空状態での期待値の項は零となりますが、2粒子状態での期待値の項の他に、干渉項が残ります。たとえば

は零になりません。この項の実部にϵの大きさの係数をかけたものが干渉項となります。そしてϵが小さければ、2粒子状態での期待値の項はϵの2次の微小量となってしまうため、結局(3)式の状態でのエネルギー密度の期待値は、干渉項が一番大きく残ります。するとxの値を変えていくことで空間方向に振動的に現れる、負エネルギー密度の期待値が確かに出てくることが分かります。このように場の量子論では、負エネルギー密度励起はありふれた存在です。
同様に、量子スピン鎖系などの物性系でも、基底状態に近い状態では、負エネルギー密度励起が現れることも知られています。このような負エネルギー密度励起は、量子エネルギーテレポーテーション(Quantum Energy Teleportation, QET)でも重要な役目を担っています。
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