物理学における、未来永劫絶対に解けないだろうと思われる問題
質問サイトの「mond」で、興味深い質問を頂きました。
それは「未来永劫絶対に解けないだろうと思われる問題を教えてください」というものでした。
これに対して私が考えた2つの例は、「宇宙の最後はどうなるか?」と「エネルギー保存則」という問題でした。物理学は、数学のような理論の結果だけでなく、実際の実験や観測での検証を前提とする実証科学ですので、「未来永劫絶対に解けない問題」はいろいろあり得るのです。物理学を考える上で、この実証の重要性が割と忘れられていることが多いと、最近感じています。
たとえば、この「宇宙の最後はどうなるのか?」という問題も、実証主義の立場では、宇宙の終わりまで解けません。最近の観測に基づいた現在の有力な仮説では、宇宙は永遠に膨張すると言われています。ですから宇宙が終わるのは、未来永劫の先とも言えます。宇宙は現在約3Kの宇宙背景輻射に満たされていますが、宇宙膨張とともにその温度も絶対零度へと漸近しますし、また天体間の距離も無限に伸びて、将来は宇宙は冷たい死を迎えるとも言われています。
一方で今のデータ上では、現在の宇宙の膨張速度は弱く加速しており、小さなインフレーションが起きています。宇宙のインフレーション膨張自体は宇宙開闢のビッグバン以前に大規模に起きていたと現在考えられておりますが、そのメカニズムの議論では、宇宙の相転移もよく議論をされています。物質場の真空エネルギーが高い値から低い値へと転移する過程で、宇宙膨張が加速するのですが、それには物質場のなんらかの相転移が伴うと考えられることも多いのです。それと同様のことが、現在の宇宙の小さなインフレーションの未来の時期において起きるかもしれません。また加速器による素粒子実験から得られたデータからも、そのような宇宙の今後の相転移の可能性が示唆されていると、一時期話題になりました。
ですが、これらの理論が正しいかどうかを観測で確かめるには、実際に宇宙のその終わりに立ち会わなければ、実証できません。様々な「宇宙の終わり」が論じられている一般向けの科学の書籍もありますが、それは厳密には飽くまで現時点での理論で予想され得る未来というだけで、実際にそのとおりになるかどうかは、さほど根拠はないとも言えます。
現在観測で見落とされているなんらかの要素が近未来に発見されれば、その宇宙の終わりの理論予想はコロコロと変化します。その意味でも、「宇宙の最後はどうなるのか?」は未来永劫絶対に解けないだろうと思われる問題の1つだと言えるのです。
また意外に思われるかもしれませんが、「未来永劫絶対に解けない問題」の例として、エネルギー保存則が挙げられます。
エネルギー保存則は、もちろん現代物理学の基礎となる重大な事実です。しかし、知られている物理現象でエネルギーが保存している、もしくは、エネルギー保存則を成り立たせるようにできる新しいエネルギー形態が発見され続けたという意味にすぎません。歴史上そのような状況が続いた、という以上のことではありません。
たとえば、粒子の運動エネルギーとポテンシャルエネルギーにおける力学的なエネルギー保存則は、摩擦を含む現象では破れますが、熱的エネルギーを入れると保存します。熱的エネルギーを含む保存則でも、相対論的な効果の反応ではそれが壊れていますが、しかし質量エネルギーを定義すると全体としてエネルギー保存則は成り立つのです。
エネルギー保存則は、理論的には対象系に時間推進対称性がある場合に導出できることも知られています。しかし、どのようなエネルギー形態を網羅することで、その全体の保存則が成り立つかは、理論モデルの詳細に依存しています。その詳細は実験や観測で実は検証しきれておりません。
前世紀の一時期には、ニュートリノを含む素粒子反応でも、エネルギー保存則の破れの可能性が、ボーアなどの優れた物理学者によって真剣に考えられたこともあったくらいです。
現在の宇宙論のモデルの1つに、ブレインワールド仮説というものがあります。我々の3次元空間(即ち、4次元時空)は、高次元空間に埋め込まれた膜(ブレイン)であるというモデルです。この場合、我々の周りの物体は全てこの膜に束縛をされているのですが、重力の自由度だけは5次元以上の外部空間に続いています。この場合、外部にある高次元時空のブラックホールや重力波と、3次元空間としての我々の世界の膜とが重力的に相互作用をして、エネルギー交換をする可能性があるのです。すると、エネルギーは外部の対象とやりとりもできるため、我々の世界だけでのエネルギー保存則は破れることになります。
また標準理論を超えた素粒子理論のモデルの中には、我々の世界の物質と重力的な相互作用しかしない量子場から成る「隠れたセクター(hidden sector)」が含まれているものがあります。このセクターの量子場が超弦理論にある超対称性(supersymmetry)を自発的に破っているというシナリオも、多くの研究者によって長く検討されてきました。このモデルでも、我々が見える世界の物質だけでは、エネルギー保存は成り立ちません。隠れたセクターの物質も含めないとエネルギーは保存しないのですが、その隠れたセクターに逃げてしまったエネルギーを、我々が追跡することは至難の業です。そのような素粒子反応を将来実験で観測できたとしても、それはただエネルギーが我々の世界から消えているようにしか見えません。
ですので、その意味ではエネルギー保存則も、実証主義の立場では確かに「未来永劫絶対に解けない問題」の1つと考えられます。ただし現状では、知られている物理過程の全てでエネルギー保存則はきちんと満たされていると、はっきりと強調をしておきます。我々が扱える物体の間だけで、そのままエネルギーが保存し続けるのか、今後はわからないという話なのです。
いいなと思ったら応援しよう!
サポートありがとうございます。