独裁者の言葉/宮崎市定先生を慕って―「雍正帝 中国の独裁君主」(5)
第5話 「天命の自覚」
今回は、雍正帝の凄まじい「自負」と「孤独」に迫る独白から始まる。原著からの引用はしない。リスペクトしつつ、自分の言葉に出力し直し述べる。
雍正帝 思い起こせ。前王朝の明は、腐敗と堕落の極致に達し、際限のない増税と民衆の怒号の中で消え去った。天命は明を見放し、新たに我が満洲族へ――愛新覚羅へと下された。
先帝の35人の皇子の中から、私一人が選ばれ帝位を継いだ。これもまた、天命の導きに他ならない。
だが、天命とは特権ではない。逃れられぬ『義務』だ。
万民の生活を守り、各々がその分相応に安らげる世を作ること。この任務を違えば、天命は私から去る。すなわち『革命』が起きるのだ。この重圧は、天に対し、祖先に対し、そして満洲族すべてに対する私の背負うべき業(ごう)である。
先帝が存命中、私はあえて大臣らと深く交わらなかった。権力を盾に派閥争いに興じるのを嫌ったからだ。おかげで即位当初は政治の実情が分からず苦労もしたが……。
(……本当は、無関心だったわけではない。一歩引いた場所から、事態の推移を冷徹に観察していたのだ。父帝の『寛仁』な政治が、どれほど国家を蝕んでいるか。言いたいことは山ほどあった。)
朕は45歳にして即位した。世の中の酸いも甘いも、裏も表も噛み分けた天子である。『坊ちゃん天子』だと思ってなめてかかるなら、相応の覚悟はできているだろうな?
(父帝・康熙帝は、寛大で度量のある名君と謳われた。だが、その評判を作ったのは誰だ? 政治を放り出し、酒と詩作に耽る特権階級の連中ではないか。彼らにとって、自分たちの既得権益を脅かさない『緩い政治』こそが、都合の良い名君の条件だったのだ。 日々の生活に喘ぐ民衆に、詩を詠む暇などない。彼らの声なき声は歴史に残らぬ。公平な評価だと? そんなものは古今東西、どこにも存在しないし、これからも現れはしないだろう。)
(先帝の時代は、実のところ明の末期と同じだった。国家を集金の道具とし、派閥を組んで私腹を肥やす。二度も廃された兄(廃太子)がその象徴だ。父帝でさえ断ち切れなかった病根がそこにある。)
(そもそも『科挙』こそが諸悪の根源、派閥の温床だ。資産家しか受験できぬ構造、合格すれば富が転がり込み、さらなる格差を生む拡大再生産の装置。 試験官を『師』とし、合格者を『弟子』とする師弟関係は、そのまま政治的な派閥と化す。彼らは徒党を組み、天子の意思さえもねじ曲げる。帝位の玉座からでは見えにくいこの闇を、私は『部屋住み』の長い隠忍の日々の中で、横からつぶさに観察し尽くしたのだ。)
「繰り返す。今度の天子は、お前たちの手の内をすべて知り尽くしている。甘く見るなかれ!」
欧陽脩(宋代の文人政治家) 正しい人は道義のために団結し、小人(つまらぬ者)は私利私欲のために群れる。ゆえに君子は正しい団結を守るべきです。
雍正帝 否! 真に正しい者は徒党など組まぬ。己の欠点を隠し、数の力で公平な批判を圧殺しようとする卑怯者こそが派閥を作るのだ。それは君主の大権を侵す反逆である。
(世論を作る連中がその程度なのだ。評判など一切信用ならぬ。――だから、万事、この私に任せておけ。我ならばやってみせる。私こそ天命の絶対託宣を受けたのだから。)
――かくして、官僚たちを震え上がらせる「密偵政治」の幕が上がる。
ある地方官が任地に赴く際、北京で一人の下僕を雇って連れて行った。
三年間の任期を終え、主人が都に帰るとき、この下僕が急に暇乞いをした。
忠実な下僕であった。彼はこう言ったという。
下僕 旦那様。本当にお世話になりました。お役目を完遂されたので、きっと帝からお誉めの言葉があることでしょう。
果たして雍正帝から特別に嘉賞の言葉を賜った。宮門から出るとき、ふと控えている侍衛長を見たとき、彼はかつての下僕であったという。
しかし、こういう密偵はよほど注意しないと、偏信という危険な副作用を招く。前代の明はそれで官僚が萎縮した。秘密警察がはびこってしまい、不用意な発言ですぐに逮捕され、そのまま帰らないことも多かったらしい。
だから、官僚同士を相互に監視させた方が効率的である。
深夜まで賭け麻雀をしていた大臣たちが、最後に牌をしまうときにどうしても一つ見つからない。
翌日、この中の一人が参内したときのこと。
雍正帝 昨夜は何をしていたのか。
大臣 賭け麻雀をしておりました。
雍正帝 何か変わったことはなかったか。
大臣 牌が一つ、どうしても見つかりませんでした。
雍正帝 それはこれだろう。
そう言って、帝は袖から牌をとり出して抛ってよこした。
正直に答えたから、この大臣は罰せられなかったが、非常な恐怖を味わったので、もう麻雀をしなくなったそうな。一緒に遊んだ誰かが、密告したということだろう。
密偵関連の話は他にもあるが、煩雑なので省略する。
雍正帝が目をつけたものは、奏摺(そうしょう)という形式の文書である。皇帝と地方官との間に交わされる親展状――要は私信である。
公文書は皇帝に出てくるまでに、官僚の階層により濾過されてしまい、真実が分からない。
だから、上下大小の官吏からそれぞれ報告させ、皇帝自ら比較して、真実を見抜こうとした。
臣下は墨筆で、雍正帝は朱筆で、相互に交換するもので、留め置くことも他人に見せることを禁止であった。内容は他言無用であった。
その奏摺によって、地方官の人物を知り、同時に統治の現場を知ろうとした。人民の声を拾おうとした。墨と朱の入った文書――硃批諭旨(しゅひゆし)という。
雍正帝の言葉を拾っていく。
雍正帝 視野が狭いと判断を誤る。だから、地方官のお前たちにいろいろと情報を求めるのだ。地方が治まっているか、官吏は勤勉か、上官は公平か、部下は優秀か、軍隊の規律はどうか。
そればかりではなく、何か変わったことを耳にしたら報告せよ。その報告に当たっては、確証があるか否かを明記せよ。朕は別の方法でそれを確かめるだろう。
公式文書ではないから、楷書でも草書でもよい。分かりさえすればよい。他人行儀は無用である。
この情報提供は地方官の公務以外の重大な任務であり、怠ると催促を受ける。報告すべきことをかくしているとどうなるのだろうか。
雍正帝 この報告内容は既知のこと。今頃になって手紙にしたためても無意味だ。お前は今まで知らなかったのか。本当にそうなら、目も耳もないとしか言いようがない。
お前の報告は本当にくだらない。こんなことばかり報告するということは、もっと重要なことを隠蔽しているに違いない。お前が何をしているか、朕が知らないとでも思っているのなら、それは間違いだ。それを知ることが最重要なことと考えている。
馬鹿な意見を書いたものだ。しかし、親展状だから大目に見てやる。公文書なら罰則適用相当だ。
下愚は移らず(馬鹿につける薬はない)、ってお前のことだよ。
お前は鳥や獣にすら及ばない。
人間の良心もなく、恥を知らないくだらぬ男。
お前は木像か、石像だ。あまりに無感覚で、人間ではないね。
無教養で能無し、欲まみれの頓珍漢。
当てずっぽうで、大嘘ばかりで、誤魔化しばかり。お前は詐欺師か。
恩も義も知らぬ。尻尾を出した古狸。国家の決まり事を無価値にしているのは、お前だ!
ここまで言い切るということは、証拠をつかんでいるからだ。何せ、彼は雍正帝。皇帝の言葉の重さ。それに対する責任は無限大である。証拠がないのに、罵声を浴びせてはならないだろう。
これだけの悪罵を放っても、地方官が反省して、改悛して成果を出してみせれば、即座に機嫌を直す……というか手のひらを返す。罵声を浴びせられているうちは、まだよい。見限られれば公式に解任である。
広大な領内から皇帝のもとに集まる手紙は、山のようになった。皇帝の部屋は硃批諭旨であふれかえった。政治の参考になりそうなごく一部を、帝が選び出版されたという。「雍正硃批諭旨」という。
天子の仕事については、一日に一万回の用事があるという。真面目に政治をやれば、とんでもない多忙さだろう。国中の最終決定権が彼にあるのだから。それを誤魔化さず、全力で政治に臨んだ雍正帝。やっぱりこの人、「善政わずらい」にかかっている。
雍正帝は公務を終えた後、寝るまでの時間で、奏摺を自ら開封して、返事を書いていた。毎日少なくとも20~30通、多ければ50~60通に目を通す。
雍正帝 日中は大臣を指揮して政務にあたり忙殺され、心も落ち着かない。だから、夜に報告を読むことにしている。この手紙も灯のもとで書いている。どういうわけか幼いころから夜の方が落ち着いていられる。
卿(おんみ)の報告は長文だが、まったく気にならない。得るところの多い報告で、思わず読みいってしまうほどに楽しい。疲れを忘れるほどだ。数千字あろうとも必ず最後まで読む。君臣にそのような遠慮は不要である。
朕は特別上出来な君主ではないが、どうしようもない愚劣な天子でもない。字の形がヘロヘロになっているが、どうか笑わないで欲しい。
遠慮めいた言葉にひっかかり、返事をしたためている。時刻は真夜中をまわった。
即位当初は大臣の顔も知らず、どのような人間かを見極めることに、非常に苦労した。政務も忙しく朝から晩まで一刻も休む暇がない。だが、天下とこの一身を秤にかけられようか。君主であることは難しい。天下が治世となるか乱世となるか、われ一人の責任なり。われ一人のために天下を苦しめるような真似はしたくない。
病気にあたり静養せよとの言葉はありがたいことだ。しかし、当然せねばならぬことを放置する方が気持ち悪い。そちらの方がかえって健康によくない。働くことこそ朕にとって養生である。だから心配は無用である。
朕は忙しい。それでも、お前の上奏は最後まで読んでいる。だから、少しは察しろ。喫緊にして重要なところを簡単明瞭に書け。部下に机上の作文をさせ、細かい会計報告のようなもの送られるのは、迷惑極まりない!
聖人だの何だの、くだらぬ世辞は要らない。というか、大嫌いだ。こんな手紙などに使う時間がもったいない。
謁見は無用である。訓示など手紙で足りる。謁見の時間で政務が渋滞する。
雍正帝の在位期間は13年。善政わずらいの皇帝のもと、清廉潔白ノイローゼ気味の地方官たちは着々と実績を挙げていった。
「やってらんねえよ!」と思う官吏もあるが、「働き甲斐があるぜ!」という官吏も一方に居た。
雍正帝 天下の財を天子一人のために費消してはもったいない。部屋の一つも増築していない。お前はなぜ綾絹に賀状を書いた。なんともったいない。紙で十分だ。
地方官 今年は豊作でございます!
雍正帝 天の御加護にいくら感謝しても感謝したりない。
地方官 洪水のため、168人の人民を喪ってしまいました。
雍正帝 168人の罪なき百姓が不慮の災厄を被ったのは、お前たち地方官の責任であるが、より責任が重いのは朕である。
天命の自覚あったればこそなのか。鬼気迫る執念を感じる。
まさに政務の鬼だろう。とても勤勉で自他共に厳しく、それでいて蟻のような人民を慈しむ。
洗練された盗賊の親玉。
それでも、主義主張で虐殺しなかったのだから、20世紀の指導者よりはるかにましではないか。
次回、「総督三羽烏」。
