見出し画像

「善政わずらい」/宮崎市定先生を慕って―「雍正帝 中国の独裁君主」(4)

第4話 「キリストへの誓い」


 
雍正帝の時代、日本の江戸幕府は禁教令を出し、キリシタン弾圧を行っていたと、教科書では習う。私の記憶では、「キリシタンのみが清く、幕府や藩の勢力は愛と平等を説くキリスト教の教理に恐怖し、徹底的に弾圧を加えた」かのようなニュアンスで教えられた。
 
しかし、そんな単純な話だろうか。
 
古代ローマ帝国末期のキリスト教国教化のときの話や、十字軍、魔女狩りや異端審問などなど、キリスト教のヤバい話は枚挙に暇がないではないか。
 

高校の日本史の教科書にも、小さな文字で書かれている。


キリシタン大名は領内の神社仏閣を破壊し、領民にキリスト教信仰を強制し、従わない者を苛烈に迫害したと。大きく書かれているのは、セミナリオ創設、進んだ医療技術とか天正少年使節団のことばかりである。
――主客転倒じゃんか。――
 
本当のところの優先度は、(1)天正少年使節団のような教皇庁へのアピール、(2)大名領国のキリスト教支配の確立、(3)領内の神社仏閣の破壊、(4)その他ではないのかな~と思っている。
 
神田千里著「島原の乱 キリシタン信仰と武装蜂起」(講談社学術文庫)によると、次のような記載を見いだすことが出来る。
引用して示す。
 

一揆のキリシタンのみが悲劇の主人公であり、対立した民衆は反動的で頑迷な敵役、というような単純な善悪二元論では、島原の乱は理解できないだろう。(Kindle版、p.12)
宣教師やキリシタンたちの野放図な寺院や仏教徒への攻撃が、有馬晴信により容認されていたことはほぼ間違いないだろう。その一方、こうした行為は、仏像の「哀れな運命に同情を示していた」加津佐の漁民のような仏教徒など「異教徒」と、キリシタンとの間には埋められない溝を創りだしたこともたやすく想像される。事実キリシタンと仏教徒との間には深刻な軋轢が起こった。(Kindle版、p.74)
宣教師たちは「異教徒」たちに対する信仰迫害を大名に進言したり、自ら行ったりすることに何の躊躇もなかった。もちろんキリシタンへの帰依は信者の自発的意思によらなければならないことはしばしば口にしていたけれども、島原地域で有馬晴信の優遇政策のもとに行ったことをみていくと、実態は言説とかけ離れているように思われる。そして島原地域では、大名の容認によって「異教徒」を迫害する行動様式が徐々に領民の間にも定着していったものと思われる。(Kindle版、p.76)
大名の権力に助けを借りながら隆盛となったキリシタンに対して、醒めた目を向けていた領民もいたのだろう。インド副王に平然と奴隷を進呈するキリシタン大名の下では、領民たちが依然「異教徒」の存在を必要としていたことが知られる。(Kindle版、p.78)
権力を笠に着た野放図な行動に出た宣教師ばかりではなく、異国人に対して慎重に節度を保った者も当然ながら存在した。(Kindle版、p.79)
どうやらこの島原の乱には、民衆が変革の主役で支配者は反動的敵役、あるいはキリシタンが民衆の側でその反対者は支配者の側という、善悪二元論風の図式になじまない何かがあるように思われる。(Kindle版、p.188)
神仏への信仰篤かった者たちにとって、キリシタン大名支配下の野放図な神仏迫害と信仰強制とが、どのように鬱積した感情を残したかは想像にたやすい。あれだけの迫害の中で「異教徒」が残ったことを思えば、キリシタン大名に対する鬱積した感情は決して小さいものではなかったと考えられる。このようにみれば、神仏を信じる者にとっての島原の乱の勃発は悪夢の再来だっただろう。(Kindle版、p.193)

こうして日本の事例を振り返ると、「キリスト教勢力さん、弾圧されたこと、自業自得だよ」と突き放した感覚になる。
 
神田千里先生のお話を自分なりに咀嚼して、私の考えを言わせてもらう。

――当時の日本はようやく戦国時代が終ろうとしていた。それなのに地域に紛争の種をまき散らす宗教勢力が生えてきた。
当時の中央政権(豊臣秀吉の政権・江戸幕府…特に後者)は、地域社会からの要望を受けて、排除に舵を切るのは当然ではないのだろうか。
たぶん、こんな感じの要望だよ。
「キリシタン、マジ迷惑なんだけど!自分たちが信仰するのは勝手だけどさ。他人に勧めるだけならまだしも、強制したり、位牌を燃やす、墓地を壊して遺灰を川に流す、神像や仏像をたたき壊し、神社仏閣に放火するのはライン越え!……あいつらを何とかしてくれ」――
 
一方、中国では日本ほど布教に成功せず、「島原の乱」のような事態に至っていない。だから、キリスト教への対策にも当然、差がある。
 

さて、中国の場合を見てみましょうか。


 
中国では清王朝が北京入りする前から既に、キリスト教の宣教師(イエズス会)が入ってきており、ポツポツ入信者が現れていた。
康熙31年に布教と信仰の自由が公式に許可された。……許可されたんだが、ガチガチに固い頭のローマ教皇庁が、中国の伝統習俗に無理解な態度を示したから、清朝の態度を硬化させていた。清朝としては、渡来する宣教師は全員、政府の免許状を受けないといけないようにした。とはいえ、康熙帝の時代の取締は甘かった。
 
――雍正帝の即位とともに、形勢が一変した。宗教対策が放任から干渉に方針転換した。日本同様に、圧迫と迫害の時代が到来したのである。キリスト教は教義も実際も、当時の中国の思想・習慣とはかけ離れていたことは言うに及ばない。中国に立って、独裁政治を行おうとすれば、キリスト教はどうしても邪魔者になってしまう運命にある。――
 
雍正元年。
雍正帝  西洋のキリスト教の宣教師は、北京に集結し朝廷に奉仕するか、あるいはポルトガル領のマカオに退去するか、いずれかを選べ。信徒になった中国人は過失を改め、知識人は特に率先して協力せよ。
 
雍正2年。
雍正帝  キリスト教は異端である。誘惑され人民の本分を間違うな。(危険な邪教とは思わんから、表面的に信仰の放棄を表明すれば、もうそれでいいよ)
帝の遠い親戚のキリスト教徒A  嘘をついてはいけません。圧迫や迫害に膝を屈して、心にもない信仰放棄を口にすることなんてできません!
雍正帝  一般ピープルは別にかまわんけど(笑)。だが、王朝の腹心の臣下たる満洲族と士大夫・読書人は、そうはいかんな。
 
諸大臣  信仰放棄しないと財産没収、流刑、ひょっとしたら死刑になるかもよ。あなただけではなくて、奥様や子女の方々にも困ったことが起こりますよ。
信徒A  天子に仕えると同じように、神に誓って入信しました。天子がお怒りであれば、万死に値しましょうが、誓言を変えることは出来ません。
 
諸大臣  あれは説得できません。厳罰に処しましょう。
雍正帝  教え諭して、その不心得を改悛させよ。
 
信徒A  ダメと言ったらダメです。神への誓いを違えられましょうか!
諸大臣  いや、だからさ、そう言うなって。形式じゃないの。
信徒A  嘘はダメです!
諸大臣  牢獄にぶち込んでおけ!
 
雍正帝  信徒らを即刻、死刑にすることは簡単だ。それでは立派な政治ではない。罪人には本人に過失を自覚させないといけない。次はこう言え。満洲族も中国人もモンゴル人も西洋人も、神として崇めるものは同じ天だ。ただ、天を崇める儀式が違うだけ。神を信じることを禁じようというのではない。満洲族なら満洲の儀式によって行え。伝統を棄てて、西洋風の儀式をするのは間違いではないのか。間違った儀式で天を崇めては、かえって天を侮辱することになる。
 
諸大臣  (雍正帝の言葉を伝達)
信徒A  真の信仰は一つ。そして、我が信仰は天子への奉仕と矛盾しておりません。神の教えは、その仕える君主にあくまでも忠実であれというものだからです。我が信仰を破棄したなら、かえって天子を欺く結果に陥ります。西洋人の信仰のあり方にしたがえば西洋人の子なのですか?ならば、孔子の教えを学ぶ者は孔子の子孫なのですか?
諸大臣  牢にぶち込め!
 
雍正帝  信仰と政治は別物。信仰だけで死罪にするなら、謀反人には死罪を超える罰を与えないといけない。長期戦だ。監禁を継続し、気長に反省を待とう。
 
雍正5年
諸大臣  あの~、信徒Aが死んじゃいました。
雍正帝  ……。
 
雍正11年。
流刑先の信徒Aの家族に、軍の司令官が出会った。司令官は深い同情を禁じ得ず、雍正帝に奏上して赦免を願った。
雍正帝  赦免する。元の地位に戻し、後命を待機させよ。いずれ新任地に赴いてもらう。
 

とうとう雍正帝は根負けしてしまった。


 
雍正帝はもともと政治と宗教は別物と考えていた。
上奏文  イスラム教は外来宗教で国のあり方に害があります。禁止してよろしいか伺います。
雍正帝  不可。それをいうなら、仏教だってインドから伝来したから外来宗教。そんなことを気にしていたら政治はできない。
 
帝はキリスト教を危険なものとは考えていなかったようだ。日本の島原の乱の話が伝わってきたので、放置すると政治の邪魔になりそうな気配が見えたから、禁令を出しただけのこと。
 
ある中国人のキリスト教徒が医者となって従軍し、非常な功労があった。帰還後に要職に推薦されたとき、他の候補者とともに雍正帝の面接を受けたという。帝は彼の応対を、非常に高く評価している様子だった。面接の最後に、帝が彼に尋ねたという。

雍正帝  聞いた話では、その方はキリスト教徒だそうだな。本当か。
医者  仰せの通りでございます。
雍正帝  ……え、おいおい。おかしなことを言うものでない。もう一回、質問するからな。よく考えて答えよ。
医者  キリスト教は神聖なる教え。それは忠実と従順と、美徳のすべてを教えてくれます。
雍正帝  ……もうよい退出せよ。
 
係官  ……あんた、見上げた根性だけど、あれじゃ幸運はパーだよ。
医者  ひごろ他人に立派なことを言って、いざとなったら天子様に嘘をつくんじゃ、表通りを歩けないっすよ。
 
雍正帝  彼はキリスト教徒だが、決して嘘をつかないという得がたい美点を持っている。問題点が信仰だけしかない場合、こちらが折れた方が有益だ。採用せよ。明日、彼に出頭をさせ、任命の辞令を交付せよ。
 
雍正帝  いま、王朝は武力で中国の上に乗っているだけだ。いつまで乗っていられるか、それは漢民族の動向次第だ。二千年以上の伝統を持つ、頭のよい文明人が、我々の支配にこのまま服しているのだろうか。満洲族からキリスト教に入信した者が出たのは、そのことについて真剣に悩み苦しんだためではないか。我々の神ではなく、まったく別の顔をした神の解く言葉が、彼らには響いたのだろう。
 
雍正帝  自分ならば統治を以て、解決させてみせるしかない。これまでの中国の君主が誰もなし得なかった立派な政治を行い、中国の歴史が経験したことのない公正な社会を創りだし、人民に究極の安堵を与えて見せる。これこそが天が自分に特に命じた任務であり、この任務を完遂して見せたなら、清王朝は天の加護のもと末代までつづくだろう。
 
 
……これって、「恋わずらい」ならぬ、「善政わずらい」かも(笑)。
 
 
次回は、「天命の自覚」。


この記事が参加している募集