私が彼の「灯」になるまで ――愛の証明問題(別解)|(2)
第二章:高嶺の花の冷徹な選別
私は知っている。自分が「マドンナ」と持て囃され、黙っていても男たちが群がってくることを。
進級するにつれ、クラスメートは女も男も薄汚れていくように見えた。
特に「一軍」と呼ばれる連中は、まさに虚栄の市そのものの愚劣さだったわ。その頃の自らを今になって思い出し、彼女らはどう感じるのかしら?
私なら、抹消したい黒歴史だわ(笑)。
敢えて言うけど、群がる男たちにスポイルされ、腐り果てた女子だった。
そこに居るだけで、饐えた臭いがするようなクラスメートだった。
あんたらの話に合わすのは、ホント苦行だった。
誘われたけど、全部断った。
あまりにも煩わしかったから、頼み込んで父に雇ってもらった。
そう、私は自分を安売りしない。
父のお店では安売りと称しているけど、範囲限定。店頭の商品全部が安売りってお客さんに錯覚させてるだけ。
国語で習った「朝三暮四」なんて言葉の意味、そんなの商売じゃ当たり前の道理だわ。
商店の娘として、帳尻の合わせ方や、人の裏表を見る術を、教科書よりも先に身につけていた。
「地頭が良い」なんて言われるけれど、それは単に、世の中が綺麗事だけで回っていないことを、肌感覚で知っているだけ。
勉強なんて、そこそこできていればいい。
本当に必要なのは、ここぞという時に引かない度胸と、自分の価値を正確に見極める目。
私は、自分が「美形」であることを百も承知している。
だからこそ、私に群がる有象無象の視線には、一円の価値も感じない。
簡単に手に入る女だと思われた瞬間に、私の価値は暴落する。
そんな安売り、死んでもお断りよ。
安売り女子がスポイルされて腐るのなら、それを買った男子は映画「エイリアン」シリーズに出てくる卑猥な頭の化け物みたいなもの。
顔にはりつくグロいヤツも男みたい。女と見たら飛びかかって蹂躙するデフォルト。
一見、無害な風を装うけど、全然隠せてない。
あーいう手合いには近づかないこと。それしかないわ。
桑村って、端正な顔のスラリとしたキザな男子が、ある日私にメモをよこした。
私は桑村にアイコンタクトして、それをポケットに入れて、廊下に出た。メモは読みもせず、細かく引き裂いて、隣のクラスのクズカゴに放り込んだ。
自分の席に戻り、桑村に向かって頷いておいた。
放課後、私は自宅に帰って店に出た。
翌日以降、桑村は何も言ってこなかった。
「顔にはりつかないだけ、マシだわ」と思ってた。
けど、数日したら「一軍女子」から、妙なことを言われた。
「ねえ、ハルカちゃん、桑村くんに告白したら、振られたんだって?」
「桑村くん、『からかってんのか?』って怒ってたよ」
「キレイな子って、因果よね」
なるほど。顔ではなくて、足にくっついたのね。
「そうなの。悔しかった」と適当に応じておいた。
あんたら、これで満足なんでしょ?合わせて上げるわ。それと、「ハルカちゃん」なんて、馴れ馴れしい言葉遣いも、ついでに見逃したげる。
学校ではそれなりに社交的に振る舞い、大概の人間とはうまくやれる。
けれど、心の底から「友達」と呼べるのは、せいぜい二人くらい。
北村あきらだって、彼女の単純さや危うさを理解した上で、私が「選んだ」相手。
私は、誰にでも優しい「いい人」なんかじゃない。
自分の陣地に誰を入れ、誰を弾くか、常に冷徹に選別している。
高校に入り、あの長い廊下を歩く直哉は、さらに加速していた。
授業中に派手に居眠りしても、教師たちが手出しできない「特権階級」へとのぼり詰めた。
何故かって? 彼が1年の2学期から卒業するまで、校内試験でも模擬試験でも、ずっと首席だったから。
たまに順位を下げても、せいぜい3位まで。2回連続で首席を明け渡したことなんてない。
そのうち、彼が校内で首席をとっても、誰も驚かなくなった。
彼を計る尺度はもはや「校内」じゃない。彼の「県内」とか「全国」での順位が、このうだつの上がらない田舎高校の格を上げようとしていた。
その圧倒的な実績が、彼の居眠りを「黙認すべきもの」あるいは「秀才の愛嬌」へと書き換えさせたのよ。
あるとき、彼がお母さんの買い物袋を持って、一緒に帰り道を歩いたという噂が教室を駆け巡った。
クラスの女子たちが「素敵!優しい」「親孝行なのね」とはしゃぐ声を、私は冷めた目で見つめていた。
「バカね。あれは愛なんかじゃない。彼が平穏を買うための、血を吐くような『取引』よ」
そう確信できるのは、世界で私だけ。
彼からは、中学時代にはあった明朗さが消えてた。近寄りがたい悲壮さが漂ってた。
授業中に派手に寝息を立てているなんて、異常だわ。
「電池が切れたオモチャみたい。コックリコックリなんてカワイイもんじゃない。堂々と寝てる。どんだけ勉強机に深夜までかじりついてるの?」
ごまかそうなんて意図さえないの?それとも、綱渡りだったの?
私は綱渡りだったと断言するわ。
彼が私を避けようとするなら、それでもいい。
私は執念深いの。
一度「この男」と決めたら、彼がどんな壁を作ろうと、その隙間に指をかける。
必要なら、あきらが「相沢くん、この問題を教えて」と言って、彼に近づいていくところに便乗して、彼の隣に潜り込む。
彼が「正解の暴力」で飼い慣らした「お母さん」--彼女から彼を奪い取るためなら、どんな汚い手だって使う覚悟はできている。
……いつだったかしら。あきらが直哉に話しかけたことがあった。こんな話じゃなかったかな。
あきらが言った。彼を褒め称えた。
「相沢くん、すごいね。模試、全国で43位、県で2位だよ!うちらの代表だよ!どうしてそんなにできるの?」と。
相沢くんは答えた。
「動機と忍耐が揃えば、誰でもできるさ」って。
あきらは首を横に振って返した。
「誰でもできないよ!もっと胸を張りなよ」と。
相沢くんは自嘲気味に……いいえ、冷笑するように呟いた。
「努力の割には報われてない(笑)。燃費の悪い脳ミソだよ」って。
あきらはなおも食い下がっていた。彼女は直哉に恋していた。
「燃えるなら上出来だよ。……」……あとは覚えていない。
相沢くんが先生に呼ばれて、その場の会話が流れたんだっけ?
あきらの隣で私はこう思った。
(相沢くん、2つに引き裂かれてる)
(1人は今の発言をするような、冷笑する大人の仮面)
(もう1人は呼吸するためにもがく、悲鳴を上げる中の子供)
(弱さを示すことを許されないから、ああ言うしかないのね)
(……でも、だとしても、うまく言葉にできない。)
(……そうか!相沢くんは良い子の仮面の下に、激しい怒りと悲しみと優しさと苛烈さを隠している。高性能な計算機が幼いまま凍結された心に載ってるんだわ)
(自分の努力を『燃費が悪い』なんて。卑下し過ぎで嫌味だわ。でも、他人から期待されたり、本当の自分に触れられたりしたくないのね。私には分かるわ)
(『期待』=『支配(家庭の呪い)』が相沢くんの心の中では定理になってる。他人から賞賛されても、それは彼にとって『侵食』でしかないのね。だからこそ、冷たく突き放すことで自分を守ってる)
(私も相沢くんに似ている)
(自分の感情を隠して、相手が、その場が求める『理想のヒロイン』を出力してる)
(私にとって『大人』って、『自己管理と役割演技』。だから、彼の『冷笑する大人の仮面』が、必死に自分を保つためのバリアだって、まるで鏡を見るように理解できる)
(彼の心が『幼いまま凍結されている』と感じるのは、私もそうだから)
(誰にも弱みを見せず、完璧であることを強いられてきた)
(彼は家族の中で、私は学校で『剥き出しの子供』でいることを許されなかった)
……ならさ、直哉。大人びた子供……いいえ、ずる賢いガキのあんたを乗りこなせるのは……。
自分を安売りせず、どこまでも付き合える度胸を持った、私みたいな女しかいない。
当然でしょ?
そうに決まってるわ。
ーー私が彼をハックしてみせる。ーー
