ADHD×双極性の息子にとって、ゲームは「遊び」だけではないらしい#47
こんにちは。
ADHDの夫と、ADHDと双極性障害を併発した息子を支えて25年
2児の母(๑˃̵ᴗ˂̵) はれこ と申します。
今日も笑顔でいられる様、noteを書きます!
「またゲームしてる…」
息子が小さい頃から、私は何度もこの光景を見続けてきました。
感情としてはちょっと否定的でした。
ゲームは楽しいもの。
でも、やり過ぎてしまえば生活リズムが崩れる。
だから我が家では、時間を決めたり、約束を作ったりしながら付き合ってきました。
私の口癖は
「ゲームは息抜き。」
「これがメインにはならない様にしよう。」
小さい頃から子供達にはそう話してきました。
しかし息子が成長するにつれ、私はゲームに対する考え方を少しずつ変えてきています。
息子にとってゲームは、「ただ遊ぶための物」ではなくなってきているんだそうです。
中学受験の日も、高校受験の日も、試験会場へ向かう車の中では決まってゲームの音楽を流していました。
緊張でいっぱいだった息子にとって、その音楽は気持ちを落ち着かせ、いざ向かう戦いの場へ鼓舞してくれる存在だったそうです。
「この曲を聴くと安心する。」
「さぁ!行くぞ!と奮い立たせてくれた。」
「受験に合格できたのも、その存在は大きい。」
そこまでの存在だったのか!
そう思ったのを私は覚えてます。
ゲームは画面の中だけで終わらず、
その世界で出会った音楽や思い出も、息子の心を支えていたのです。
高校生になった今も、それは変わりません。
今彼は、ゲームをするという活力を利用して、英単語を覚える研究を学校の先輩と行なってます。
大真面目な話。
ボードゲームを利用して英単語を覚えるシステムを作っていると言うのです。
ポケモンの名前は100個でも200個でも覚えられるのだから、英単語も覚えられるハズだと。。
好きや楽しいがそこにあれば暗記は進むと
親なら誰しもが考えたことのある話を
真面目に先輩と探求してるそうです。
その実験材料に私や主人も入ってるので
これは大変。。
10月にどこかで発表するとか、言ってましたよ。
ゲームは息子にとって、人とのつながりや、可能性を広げてくれる存在にもなっています。
4月から来てた大きな落ち込みの波。
気力も低下して、笑顔も減っていました。
それでもずっと楽しみにしていたSwitchゲームソフトの新作の発売日が近づくにつれ、徐々に活力を取り戻していきます。
「早くやりたい。」
「その日までは、とりあえず生きよう。」
そう話していました。
ゲームが病気を治したわけではありませんが、「楽しみ」があることで、人が前を向く力になることがあります。
何かを心から楽しみにできる気持ちは、生きるエネルギーにもなるのだと、この時はほっとして胸を撫で下ろしました。
もちろん、ゲームとの付き合い方は大切です。
ADHD は特に没頭してしまいます。
夢中になり過ぎれば、生活リズムが崩れてしまうこともあります。
ゲームをしてない時間も頭がゲームのことで騒がしくなるんだそうです。
小・中学生まではやり始めたら止めることはできなかったので、完全親主導でペアレントコントロールをかけていました。
高校生になった今でも、制限はかけていますが、
息子主導に変えました。
彼はゲームをする前に、今なぜゲームをするのか
何分するのか宣言して行うことが多くなったからです。
その姿を見ていると、「やる・やらない」ではなく、「どう付き合うか」だよなーっと改めて感じます。
それができれば苦労はしないのですが、
小・中学生の頃よりは理性が育って
まだ、制限できてきてると思います。
私は、今回のnoteでゲームそのものが大切だと言いたいのではありません。
スポーツでも、音楽でも、読書でも、昆虫でも、鉄道でもいい。
その子が心から「好き」と思えるものには、その子を支える力があることがある。
それに、たまたま息子は「野球」と「ゲーム」が入っているのだなと、改めて感じたのでこのnoteを書きました。
今や彼にとってゲームとは「遊び」だけではなく、野球に次ぐ人生の支えなのだそうです。
だから私は今日も、ゲームをしている息子を見るたびに、「ゲームばかりしてるね」と思う前に、「この子にとって、この時間にはどんな意味があるんだろう」と、一度立ち止まって考えてみようと思っています。
勉強せず、遊んでばかりいたら腹立つのですが。
いやいや。この夏は「自立の夏」!!
ゲームも含めて、自立して貰いましょう!
不思議なもので、ゲームをしてる姿を見ても、以前ほど否定的には思わない私がおります。
好きの力は薬より強いですね。
⇩以前それについて書いた記事です。
お時間があれば、
また読みに来て頂けたら嬉しいです。
ここまで読んで下さってありがとうございました。
