見出し画像

総決算 ―― 第二章の始まりに

正直に言う。

この数か月、私は、記事を書いていたのではなかったのかもしれない。

環境が変わった。
思った以上に、苦戦した。

新しい場所。
新しい人間関係。
輪郭のはっきりしない仕事。

歯車のどこかが、噛み合わない。
脳が疲れて、動かない日もあった。
自分の能力を、疑った夜もあった。

それでも、めげずに、自分の核だけは手放さず、ここまで来た。

そして、ふと気づいた。

この数か月、私が本当にやっていたのは、文章を書くことではなかった。

自分が何者なのかを、静かに整理することだった。

あなたにも、そういう時期があるかもしれない。
何かを成し遂げているわけでもないのに、ただ必死に、自分を保っている時期が。

その時期は、無駄ではない。
今日は、その話で、ひとつの区切りをつけたい。


足す生き方から、失わない生き方へ

人生には、二つの生き方がある、と最近思う。

ここで切り分けが要る。

結論ではなく、切り分けを。

ひとつは、足していく生き方だ。
もっと強くなりたい。
もっと評価されたい。
もっと上に行きたい。
間違えない人になりたい。

若い頃の私が、これだった。
持っていないものを、数えていた。

もうひとつは、失わない生き方だ。
今あるものを、手放さないように守る。

これは、後ろ向きに聞こえる。
だが、違う。

足す生き方は、際限がない。
ひとつ手に入れると、次が欲しくなる。
ゴールが、永遠に遠ざかる。

失わない生き方は、有限だ。
何が大切かを、知っている。
その大切なものを、守ることに集中する。

四十代の私は、ちょうどその移行期にいた。
家族、仕事、健康、責任。
抱えるものが増えて、ただ、倒れないように生きていた。

そして五十を過ぎて、ようやく、はっきり分かった。

人生の後半は、何を足すかではない。
何を失わないか、である。

足すことばかり考えていた頃、私は、いつも飢えていた。
失わないことを考え始めて、初めて、満ちる感覚を知った。


評価制度に載らないものたち

では、失ってはいけない大切なものとは、何か。

並べてみて、気づいたことがある。

それらは、ほとんど、会社の評価制度には載らない。
履歴書にも、書けない。

好きな音楽に、心が動くこと。
ライブで、泣ける心。
食べ物を、おいしいと感じる感覚。
静かな場所を、巡る時間。

そして、人を責めるより、構造を見る、という視点。

どれも、数字にならない。
誰も、評価してくれない。

二十年、組織の中にいて、私はずっと、数字になるものを追いかけていた。
評価され、記録され、履歴書に書けるものを。

だが、人生の後半を支えてくれるのは、そういうものではなかった。

ここに、重要な切り分けがある。

評価されるものは、フロー型だ。
その時々で、増えたり減ったりする。
外の世界が、決める。

評価されないものは、ストック型だ。
静かに、自分の中に積もっていく。
誰にも、奪えない。

若い頃は、フロー型ばかりを追った。
評価という、変動の激しい数字を。

五十を過ぎて、本当に頼れるのは、ストック型のほうだと分かった。

履歴書に書けるものは、いつか、効力を失う。
履歴書に書けないものだけが、最後まで残る。

人生を支えるのは、評価されたものではない。
評価されなくても、手放さなかったものである。


手放すこと、距離を取ること

五十を過ぎて、変わったことが、もうひとつある。

人を、変えようと思わなくなった。

昔の自分に、戻ろうとも思わなくなった。

面倒な人が、いなくなるとも思わなくなった。
組織のバグが、消えるとも思わなくなった。

これは、諦めではない。
正確な現状認識だ。

人は、簡単には変わらない。
組織のバグは、なくならない。

その事実を、受け入れる。

すると、対処が変わる。

怒るのではなく、距離を調整する。
抱えるのではなく、捨てる。
頑張るのではなく、巡航速度で走る。

これらは、若い頃なら「逃げ」に見えただろう。

だが、違う。

怒っても、相手は変わらない。
ならば、怒るという処理に、自分の資源を使わない。

抱えても、解決しない。
ならば、抱えるのをやめて、捨てる。

距離を調整するのは、相手を切ることではない。
自分を壊さない範囲を、設計することだ。

これは、逃げではない。
自分を長く運用するための、耐久設計である。


違う方法で、同じ場所を目指していた人たち

ここで、少し視野を広げてみたい。

人を幸せにしようとした人たちは、まったく違う方法を取ってきた。

ある思想家は、欲を手放すことで、苦しみから自由になろうとした。

ある音楽は、楽器で既成の概念を壊し、叫ぶことで、幸せをつかもうとした。

ある歌い手は、声を荒げず、ただ「そのままでいい」と歌った。

手放す道。
壊す道。
受け入れる道。

方法は、正反対だ。

だが、目指していた場所は、同じだった。

人間を、苦しみから、少しでも遠ざけたい。

私は、ここに、希望のようなものを感じる。

正解は、ひとつではない。
たどり着き方は、人の数だけある。

激しく壊して幸せになる人もいる。
静かに手放して幸せになる人もいる。

どれが正しいか、ではない。
自分に合う道を、選べばいい。

幸せへの道は、一本ではない。
自分に合う道が、人の数だけある。


手放さないから、手放すへ

ここで、二重否定を置く。

何かを手放した自分を、責めなくていい。
手放すことは、負けではない。
壊れないために、捨てたのだ。

だが同時に、手放すことを、過信してもいけない。

すべてを手放せば、楽になる、というわけではない。

手放してはいけない核まで手放すと、人は、自分を見失う。

ここに、見分けが要る。

手放していいのは、外から押し付けられた、重い荷物だ。
過剰な期待。
他人の評価。
変えられないものへの執着。

手放してはいけないのは、自分の核だ。
大切な人。
譲れない価値観。
人を責めるより構造を見る、という視点。

私の歩みを、振り返ってみる。

若い頃は、絶対に手放さない、という構えだった。
すべてを握りしめて、何ひとつ諦めなかった。

四十代は、壊れないために、いろいろなものを手放した。
握りしめていた手を、ひとつずつ、ほどいた。

そして五十を過ぎて、ようやく、あるがままを受け入れる、という境地に近づいてきた。

握りしめるのでもなく、手放すのでもなく、ただ、あるがままにしておく。

手放すべきは荷物であって、核ではない。
その切り分けができた時、人は、軽くなりながら、自分を保てる。


構造として、自分を運用する

最近、昔のようには歌えなくなった。

少し、悔しい。

だが、今の自分に合う歌を見つける、という新しい楽しみが出てきた。

人生も、同じだと思う。

若い頃の自分を、取り戻す競争ではない。

その時々の自分に合う歌を、見つけていく旅だ。

二十年、組織の中で、苦しみながら、人を責めず、構造を見続けてきた。

その自分を、今、少しずつ、受け入れている。

何者かに、なろうとしていたのではない。
すでにあった自分を、ようやく、認め始めただけだ。

失敗するのは、それだけ試している証拠だ。
間違えるのは、前に進んでいる証拠だ。

失敗が怖くて、止まっているより、傷つきながら、進むほうがいい。

気合や根性ではなく、構造として、自分を運用する。

人を責めるより、構造を見る。
自分を責めるより、構造を見る。

若い頃は、もっと強くなりたかった。
四十代は、壊れたくなかった。

五十を過ぎて、ようやく見つけた。

優しいまま、壊れないこと。
人の意見は聞く。だが、最後は、自分の答えを出す。
巡航速度で、長く生きる。

そして、心の中に、いくつかの灯りを持っておく。

好きな音楽。
胸を熱くするステージ。
おいしいと思える、一杯。
静かな時間。

それくらいが、人間には、ちょうどいい。

人生の後半は、何を足すかではない。
何を失わないか、である。

そして、それは、終わりの話ではない。

これは、最終回ではない。
第一部の完結でもない。

第二章の、始まりだ。

ここからの十年のほうが、きっと、面白い。

そんな気が、している。


このシリーズは、いずれ一冊にまとめたいと考えている。
「人間を、構造で読む」ための、実践ノートとして。

気合や根性ではなく、構造として自分を運用する。
人を責めるより、構造を見る。
自分を責めるより、構造を見る。
優しいまま、壊れないこと。
誰かに勝つ輝きではなく、自分を壊さず誰かを少し安心させられる光。
短期評価ではなく、長期残存価値である。

次回からは、第二章として、「失わないための設計」を、ひとつずつ書いていきたい。
何を手放し、何を守るのか。
その境界線を、これからの十年で、確かめていく。

合わせて読みたい関連記事

◆ 関連マガジン
PMの心得——20年が教えてくれた、知識体系では学べないこと
https://note.com/quiet_emu2080/n/n2b23c914ea67

不毛な調整をスコープアウトする、現場の調停プロトコル
https://note.com/quiet_emu2080/n/n3a49f518e1d2

心理的デッドロックを回避する、個別プラグイン交渉術
https://note.com/quiet_emu2080/n/n5e84c129a0b1

怒らない上司(無料)
https://note.com/quiet_emu2080/n/ne8ec973a6e19

部下をつぶすPMと育てるPM
https://note.com/quiet_emu2080/n/nb9663002771b

炎上プロジェクトの救い方
https://note.com/quiet_emu2080/n/n79df96e24b41

PMが絶対に失敗するのはスキルじゃない
https://note.com/quiet_emu2080/n/n1b1110656a0c

AIを使い続けた3年間の正直な記録
https://note.com/quiet_emu2080/n/n8a9843349c9a

PMという仕事は、誰も教えてくれない(全目次・無料)
https://note.com/quiet_emu2080/n/nc727b32351ab

現場PMの実践ノートマガジン
https://note.com/quiet_emu2080/m/mb3eda5b30688

現場PMの実践ノート
https://note.com/quiet_emu2080/m/mb3eda5b30688

指原莉乃×PM論
https://note.com/quiet_emu2080/m/m957be4f5d32b

エンタメ×PMマガジン
https://note.com/quiet_emu2080/m/mf01b3630a0da

キャリアマガジン
https://note.com/quiet_emu2080/m/mf96a1ab04ea6

©shiraco|PMPおじさんの実践ノート @NoteCcm42090

いいなと思ったら応援しよう!

shiraco よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!