【物語】迎え火オペラ #1「歌う降霊、または三人の来訪者」——なぜ龍馬と信長は田村家に現れたのか?
迎え火オペラ #1「歌う降霊、または三人の来訪者」
八月十三日、夕方六時。
田村家の玄関先では、孫の悠真(ゆうま)が、祖父に手渡された焙烙(ほうろく)の上で、慣れない手つきでオガラに火をつけていた。
「こう、ですか?」
「もっと丁寧に。ご先祖様が迷わんように、ちゃんと燃やすんだぞ」
祖父の言葉に、悠真はもう一度マッチを擦った。オガラがぱちぱちと音を立てて燃え上がる。夕暮れの空に、細い煙がまっすぐ立ちのぼっていく。
その煙が、ちょうど頭の高さまで届いたときだった。
「――ようやく、迎えが来たか!」
朗々とした声が、煙の中から響いた。悠真は思わず焙烙を落としそうになった。
煙がすうっと形を持ち始め、羽織袴に日本刀を差した、りりしい顔立ちの男が姿を現した。
「拙者、坂本龍馬でござる! いや――」
男は咳払いをすると、急に姿勢を正し、両手を広げた。
「――我こそは、時代を駆け抜けし者、リョーマ・サカモト! この魂、百五十年の時を超え、ついに歌う時が来たり!」
そして、朗々と歌い始めた。
♪ 世は開けゆく、船中八策 ♪ 海を越え、時代を越え ♪ 我が名は、リョーマ、リョーマ、サカモト――!
祖父が湯呑みを取り落とした。悠真は完全に固まっていた。
「あ、あの、龍馬さん……なんで歌ってるんですか」
「無粋なことを聞くでない。魂というものは、あの世で長らく過ごすうちに、感情の出力形式が変わるのだ。今のわしは、語るより、歌う方がしっくりくる」
「感情の出力形式って……」
そのとき、もうもうと立ちのぼる煙の向こうから、別の声がした。
「――待たれい」
低く、威圧感のある声だった。煙が二つ目の人影を作っていく。今度は、南蛮渡来の派手な陣羽織をまとった、鋭い目つきの武将だった。
「儂は織田信長である。この迎え火、儂に向けられたものと見た」
「いや、これはうちの田村家の迎え火で……」
「問答無用!」
信長は懐から、なぜか金色に光る指揮棒のようなものを取り出すと、高らかに振り上げた。
♪ 天下布武とは、すなわち美学! ♪ 是非もなし、是非もなし! ♪ 儂の炎は、誰よりも高く!
龍馬が負けじと声を張り上げる。
♪ いや、拙者の志こそ、この夏一番! ♪ 燃える魂、止められぬ!
二人の即興デュエットが、田村家の玄関先に響き渡った。近所の犬が一斉に吠え始めた。
祖父は完全に腰を抜かして縁側に座り込んでいたが、悠真は少し冷静さを取り戻し始めていた。
「あの、そもそもなんでお二人とも、うちに来ちゃったんですか」
龍馬が歌うのをやめ、真顔になった。
「……それなんだが。実を言うと、あの世の受付システムが、最近ずいぶん混雑しておってな。迎え火の予約が二重、三重に入ることが、ままあるのだ」
「予約?」
「そう、予約。今年は特に、迎え火をする家が減っておるゆえ、一つの迎え火に、複数の魂が殺到しておる。早い者勝ちよ」
信長がふん、と鼻を鳴らした。
「時代が変わっても、資源の奪い合いという構造は変わらぬということだ」
そのとき、三つ目の煙が、ゆっくりと立ちのぼり始めた。今度は、もっと小さく、控えめな人影だった。
現れたのは、割烹着姿の、優しい顔立ちの老婦人だった。
「あら……にぎやかだこと」
悠真の顔色が変わった。
「おばあちゃん……!?」
「久しぶりだねぇ、悠真。大きくなって」
祖父が縁側から転がるように駆け寄った。
「かず……お前、二人と一緒に来たのか」
「いいえ。この方たちが、私の後ろにくっついてきちゃっただけよ。あの世の入り口、今年はほんとに混んでてね」
祖母は、あきれたように龍馬と信長を見た。
「あんたたち、いい加減にしなさいよ。人様の迎え火で、いつまで歌ってるの」
龍馬が急にしおらしくなった。
「いや、しかし、せっかく歌える機会が……」
「歌いたいなら、ちゃんと自分の子孫の家に行きなさい。田村家は、うちの孫が、ちゃんと呼んでくれたんだから」
祖母は悠真の方を向くと、ふっと表情を和らげた。
「悠真、ちゃんと丁寧に迎え火してくれたのね。ありがとう」
「うん……なんか、思ってたのと違う感じになっちゃったけど」
祖母は小さく笑った。
「まあ、たまにはこういう年もあるわよ」
信長が、少し気まずそうに咳払いをした。
「……許せ。取り乱した。儂の子孫の家は、確か三軒隣であったな」
「拙者も、そろそろ失礼する。田村殿、良い迎え火であった」
二人は、それぞれの方向へふわりと煙のように漂っていった。去り際、龍馬がもう一度だけ、小さく口ずさんだ。
♪ また来年、会おうぞ――
その声が夕闇に溶けていくのを、悠真はぼんやりと見送った。
祖父が、震える声で言った。
「……お盆って、こんなだったか」
祖母が、悠真の頭を優しく撫でた。
「毎年、迎え火にはね、誰が来るか分からないのよ。だから面白いの」
そして、悠真にだけ聞こえるくらいの小さな声で、付け加えた。
「今年は、ちょっと歌が多かったけどね」
悠真は、燃え尽きかけたオガラの火を見つめながら、来年もまた、この火を焚こうと思った。
誰が来るかは、分からないけれど。
――了――
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