私は「運がいい人」を、ずっと軽蔑していた。——52歳のPMが、やっと認められた「運」の正体
正直に言う。
私は四十代の半ばまで、「運がいい人」というものを、心のどこかで軽蔑していた。
努力で勝ち取ったものこそ本物で、運で手に入れたものは偽物だと思っていた。だから、「あの人は運がよかっただけだ」という言葉を、私は無意識のうちに、相手を一段下に見るために使っていた。同時に、自分の成功については「これは運ではなく実力だ」と言い張りたくて仕方なかった。今思えば、ずいぶんと痛い人間だった。
その考えが揺らいだのは、ある後輩との何気ない会話がきっかけだった。彼は私に、こう言ったのだ。「白井さんって、運がいいですよね」。私はとっさに、いつものように反論しかけた。「いや、これは運じゃなくて」と。だが、その瞬間、私はふと言葉に詰まった。本当にそうか? 私が今ここにいるのは、本当に実力だけのおかげだったか?
正直に振り返れば、答えは明らかだった。私は、たまたま良い先輩に当たった。たまたま潰れなかったプロジェクトに配属された。たまたま、私を引き上げてくれる上司の目に留まった。実力もあったかもしれない。だが、運の比重は、私が認めたくないほど大きかった。今日は、その「運」というものを、二十年かけてようやく正面から見られるようになった話をしたい。前回、ガチャの話を書いたが、今日はその続き、引いたあとの「運」の正体についてだ。
一 「運がいい人」は、本当に運がいいのか
まず、論理的に分解してみたい。「運がいい人」と呼ばれる人々を、私はこれまでの二十年でずいぶん観察してきた。そして、ある共通点に気づいた。
彼らは、運がいいというより、運を拾える場所に、いつも立っていた。
運というのは、宝くじのように一点で降ってくるものではない。むしろ、無数の小さなチャンスとして、そこら中に転がっている。ただ、ほとんどの人はそれを拾わない。気づかないか、気づいても手を伸ばさないか、手を伸ばしても続かないか、のどれかだ。「運がいい人」は、この三つの関門を、なぜか通過している。
たとえば、ある人が「たまたま声をかけられて、いい仕事に就いた」とする。これは一見、運だ。だが、なぜその人に声がかかったのか。日頃から誠実に仕事をしていたから、誰かの記憶に残っていた。気軽に相談できる雰囲気を持っていたから、声をかけやすかった。声がかかったときに、即座に「やります」と動ける身軽さがあった。これらはすべて、運ではない。運を拾える状態に、自分を置いていたということだ。
つまり、「運がいい」の正体は、運そのものの量ではなく、運を運に変換する装置を、その人が持っているかどうかなのだ。同じ量の運が降っても、装置を持つ人だけが、それを成果に変える。
二 運は、確率である。そして確率は、操作できる
ここで、PMの発想が役に立つ。私たちはプロジェクトのリスクを、起きるか起きないかの二択では考えない。発生確率と影響度の掛け算で考える。運も、まったく同じだ。
運を「起きるか起きないかの一回勝負」だと捉えると、人は無力になる。だが、運を「確率」だと捉えると、話が変わる。確率は、操作できるからだ。
良いことが起きる確率を上げる行動がある。新しい人に会う。学んだことを発信する。頼まれごとを断らない。日頃から信頼を積む。これらは一回ごとには何の成果も生まないが、続けると、良い偶然に出会う確率がじわじわと上がる。逆に、家にこもり、誰とも会わず、何も発信しなければ、良い偶然に出会う確率はゼロに近づく。
運がいい人は、無意識のうちに、この確率を上げる行動を、毎日コツコツ積んでいる。だから、長い目で見ると、必ずどこかで良い偶然を拾う。一回一回は偶然でも、確率を上げ続けた結果として偶然が起きるなら、それはもはや半分は必然だ。
私はこれを「運の複利」と呼んでいる。一日では何も変わらない。だが、確率をわずかに上げる行動を、十年続けたらどうなるか。良い偶然との遭遇回数は、確率を上げなかった人と、決定的に差がつく。運は、複利で効いてくる。これは、努力が積み上がる構造という、私がずっと考えてきたテーマと、地続きの話だった。
三 とはいえ、「運も実力のうち」という言葉の、残酷さ
ここで、慌てて反対側のことを書いておかなければならない。さもないと、この記事は「運がいい人は努力したから運がいいのだ、運が悪い人は努力が足りない」という、残酷で傲慢な結論になってしまう。
「運も実力のうち」という言葉がある。半分は正しい。だが、この言葉を他人に向けて使った瞬間、それは凶器になる。
なぜなら、世の中には、確率を上げる行動を取りたくても取れない人が、確かにいるからだ。生まれた環境、健康状態、家庭の事情、たまたま当たった理不尽な上司。スタートラインそのものが違うことは、厳然たる事実として存在する。確率を上げる行動には、それを取るための心の余裕や、時間や、お金が必要だ。その余裕すら奪われている人に、「運も実力のうちだよ」と言うのは、溺れている人に「泳げないのは練習不足だ」と言うのに等しい。
だから、「運は確率で、確率は操作できる」という話は、自分自身に対してだけ使うべき言葉だ。自分を勇気づけ、自分の行動を変えるための道具として使う。決して、他人を裁いたり、他人の不運を「努力不足」と切り捨てたりするために使ってはならない。
成功した人が「これは運ではなく実力だ」と言い張りたくなる気持ちと、「運も実力のうちだ」と他人を見下したくなる気持ちは、根が同じだ。どちらも、自分の成功の中にあった運の恩恵を、認めたくないという心理から来ている。そして、その恩恵を認めないことは、巡り巡って、感謝を失うことにつながる。
四 運を認めることは、感謝の入り口である
私が四十代まで「運がいい人」を軽蔑していたのは、自分の成功を運のおかげだと認めたくなかったからだ。全部、自分の実力にしたかった。そのほうが、気持ちがよかった。
だが、後輩の「運がいいですよね」という一言で言葉に詰まったあの日から、私は少しずつ、自分の中の運を数え始めた。すると、驚くほどたくさんの運があった。良い先輩。潰れなかったプロジェクト。引き上げてくれた上司。健康な体。支えてくれた家族。これらは、私が選んだものでも、勝ち取ったものでもなかった。ただ、与えられたものだった。
運を認めるというのは、自分の力を否定することではない。自分一人の力でここまで来たわけではない、という正確な現実認識のことだ。そして、この正確な認識こそが、感謝の入り口になる。
感謝は、礼儀ではない。構造の理解だ。自分の成功の中に、これだけの運と、これだけの他人の助けがあった、と正確に認識すること。それが、頭を下げる前に必要な、事実の確認なのだ。運を認めない人は、感謝もできない。なぜなら、全部自分の手柄だと思っているからだ。
皮肉なことに、運を認めたほうが、人は強くなる。なぜなら、運の存在を認めれば、不運に見舞われたときも「これは確率の問題で、私の人格の否定ではない」と受け止められるからだ。全部を実力で説明しようとする人は、失敗したとき、全部を自分のせいにして潰れる。運を勘定に入れている人は、失敗を確率の一部として受け止め、また次の確率を上げにいける。
五 不運を、どう扱うか
では、悪い運、つまり不運を引いたときは、どうすればいいのか。
ここでも、確率の発想が効く。良い偶然との遭遇確率を上げられるなら、悪い偶然の影響度を下げることも、また可能だ。
PMはこれを「リスクの軽減」と呼ぶ。リスクの発生をゼロにはできない。だが、起きたときの影響を小さくする準備はできる。貯金をしておく。スキルを複数持っておく。一つの会社、一つの人間関係に依存しすぎない。心の拠り所を分散させておく。これらはすべて、不運が来たときに、致命傷を避けるための設計だ。
不運そのものは、避けられない。だが、不運が来たときに、それが人生を終わらせるほどの一撃になるかどうかは、事前の設計で大きく変わる。卵を一つの籠に盛らない。これは投資の格言だが、人生の運の扱い方そのものでもある。
そして、もう一つ。不運を引いたときに、自分を責めないこと。これは前回のガチャの話とつながる。確率の世界では、どんなに正しく行動しても、ハズレを引くことはある。それは行動が間違っていたからではない。ただ、確率が、そのとき、そう転んだだけだ。不運を引いた自分を責めると、確率を上げる行動そのものを、やめてしまう。それが一番もったいない。
六 半径五メートルの、運の配り方
最後に、私が最近考えていることを書きたい。運は、受け取るだけのものではない。配ることもできる、ということだ。
私が今までもらってきた運の多くは、誰かが私に配ってくれた運だった。先輩がかけてくれた一言。上司が回してくれた機会。同僚がそっと教えてくれた裏事情。これらは、その人にとっては何でもない行為だったかもしれない。だが、私にとっては、確かな運だった。
だとすれば、私もまた、半径五メートルの誰かに、運を配れるはずだ。後輩に機会を回す。気づいたことをそっと伝える。誰かの名前を、いい文脈で別の誰かに伝える。これらは、私にとっては小さな行為でも、受け取った人にとっては「運がよかった」と感じる出来事になるかもしれない。
運のいい組織、運のいいチームというのは、たぶん、メンバーが互いに小さな運を配り合っている場所のことだ。誰かの確率を、別の誰かがそっと上げている。そういう場所は、外から見ると「あのチームは運がいい」に見える。だが本当は、運を配り合う構造が、そこにあるだけなのだ。
優しいまま、壊れない。それは、自分が受け取った運を、独り占めせずに、半径五メートルに少しずつ配っていくことなのかもしれない。
エピローグ
あの後輩の「白井さんって、運がいいですよね」という一言に戻る。
あの日、言葉に詰まった私は、結局こう答えた。「うん、運がよかったんだと思う。本当に」。後輩は少し意外そうな顔をした。たぶん、私が「いや、努力したから」と言い返すと思っていたのだろう。かつての私なら、間違いなくそう言っていた。
でも、あの瞬間、私は自分の中の何かが、少しほどけた気がした。運を認めるのは、負けを認めることではなかった。むしろ、自分がどれだけの人に支えられ、どれだけの偶然に助けられてきたかを、正確に思い出す作業だった。そして、それは温かい作業だった。
今、誰かに「運がいいですね」と言われたら、私は迷わずこう答える。「本当に、運がよかった。だから、その分を、誰かに回したいんだ」と。運を軽蔑していた四十代の私には、たぶん理解できない答えだろう。でも、五十代の私は、この答えに、ようやくたどり着いた。
運は、操作できる確率であり、認めるべき恩恵であり、配ることのできる贈り物だった。これだけのことに気づくのに、私は半世紀かかった。遅すぎたかもしれない。でも、気づかないまま、全部を自分の手柄にして生きるよりは、ずっといい。
本記事を含む一連の記事は、書籍化を視野に入れながら執筆を続けている。
今日からやること、一つだけ。
今日一日のうちに自分が受け取った「小さな運」を、一つだけ思い出してみてほしい。誰かの一言でも、たまたまの偶然でもいい。それを思い出したら、できれば、同じくらい小さな運を、半径五メートルの誰かに配ってみてほしい。運は、回し始めた人のところに、巡って戻ってくる。私は、そう信じている。
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