なぜ五十代PMは「古池」でシンフォニックメタルを作ったのか
正直に言う。
二十年前の自分に、お前は五十代になったらAIでメタルのアルバムを作っているぞ、と言っても、絶対に信じないだろう。
ましてや、そのアルバムのタイトルが『古池』である。松尾芭蕉の俳句のような静かなタイトルを掲げておきながら、中身はオーケストラとディストーションギターが全力で鳴り響くシンフォニックメタル。静寂と轟音が同居している。我ながら意味が分からない。古池や、と詠んだ芭蕉が聴いたら、蛙が驚いて水に飛び込むどころか、池ごと干上がるかもしれない。
だが、作り始めてしばらくして、私はあることに気づいた。私は音楽を作っていたのではなかった。二十年間、現場で見てきたプロジェクトの興亡を、ファンタジーという形式へ変換していただけだったのである。
一 なぜ「古池」だったのか
結論を急ぐ前に、切り分けたい。
このアルバムには、音楽として作った部分と、記憶として滲み出た部分の、二つの層がある。そして、タイトルの『古池』は、明らかに後者から来ている。
技術者の言葉を借りるなら、これはトランスコード、つまりデータ形式の変換の話だ。私の頭の中には、二十年分のプロジェクトの記憶という、巨大で雑然とした原データがある。成功も失敗も、信頼も裏切りも、未圧縮のまま溜まっている。それを音楽というフォーマットへ変換しようとしたとき、最初に浮かんだのが、なぜか古い池のイメージだった。
古い池とは、長く動いていないシステムの比喩だ。表面は静かで、波ひとつ立たない。だが水底には、過去に沈めた決断、片づけられなかった負債、誰も触れなくなった古いコードが、そのまま堆積している。動いていないのではなく、動かせなくなっているのだ。私が二十年で見てきた組織の多くは、まさにこの古池だった。静かに見えるその水面の下に、何が沈んでいるかを知っているのは、長くそこにいた者だけである。だからタイトルは『古池』でなければならなかった。静寂の比喩でありながら、その下に轟音を隠している。アルバムの構造そのものだ。
二 なぜシンフォニックメタルだったのか
では、なぜジャンルがシンフォニックメタルなのか。ここにも、構造的な必然がある。
シンフォニックメタルとは、オーケストラの荘厳さと、メタルの激しさを同時に鳴らす形式だ。普通に考えれば、この二つは水と油である。優雅さと暴力性、秩序と混沌。だが、二十年プロジェクトを見てきた私には、この組み合わせがどうしようもなくリアルに感じられた。
プロジェクトとは、まさにオーケストラとメタルの同居だからだ。表向きは整然とした計画書とガントチャートが並び、オーケストラのように美しく統制されている。だがその内側では、納期と品質と人間関係が、メタルのように激しくぶつかり合っている。経営会議の優雅な弦楽器と、深夜の現場で鳴り響く絶叫のギターは、同じ一つのプロジェクトの、二つのトラックなのである。片方だけを鳴らした音楽は、私の知っている現場とは違う。だから、両方を同時に鳴らすこの形式以外に、選択肢はなかった。
そして、このアルバムの曲順そのものが、ひとつの構造を描いている。水面に眠る王たちから始まり、継承者が現れ、希望が芽生え、やがて停滞し、崩壊し、罪が問われ、劇薬が投じられ、狂気に至り、最後に再生へ向かう。壮大なファンタジーの叙事詩のつもりで並べた。だが、完成してから曲順を眺めて、私は思わず笑ってしまった。これは、炎上案件のライフサイクルと、ほぼ完全に一致していたのである。眠れる王たちとは、機能していない旧体制だ。継承者とは、後を任された新任のマネージャーだ。希望とは、キックオフの高揚であり、停滞とはスケジュールの遅延、崩壊とは大規模な障害、罪とは責任の押し付け合い、劇薬とは強引な火消しの投入、狂気とはデスマーチ、そして再生とは、焼け野原のあとに残った数人で立て直す、あの静かな朝だ。
ファンタジーを書いていたつもりが、私は私自身の二十年を、可逆圧縮で変換していただけだった。
三 AI作曲という変換装置の、本当の役割
ここで、多くの人が気にするであろう論点を扱いたい。これはAIが作った音楽ではないか、お前は何も作っていないのではないか、という問いである。
正直に言えば、音の生成という工程の大部分は、AIが担っている。私は楽譜を書けないし、ギターを満足に弾けない。クロックの速さで言えば、AIは私の何万倍も速く、正確に音を生成する。だが、ここを取り違えてはいけない。AIが担ったのは、変換装置としての役割だ。私の記憶という原データを、音楽というフォーマットへトランスコードする、その変換処理を高速化しただけである。
決定的なのは、変換元のデータは、AIには一バイトも持てないという事実だ。古池の水底に何が沈んでいるか、どのプロジェクトの崩壊が忘れられないか、誰の裏切りがいまも胸に残っているか。その原データは、二十年かけて私という一台のサーバーにしか蓄積されていない。AIは、私が指定した変換しか実行できない。何を希望と呼び、何を狂気と呼ぶか、その対応表を書いたのは私だ。
つまり、この変換は非可逆である。同じAIに同じツールを渡しても、私の二十年を持っていない人からは、絶対にこの『古池』は出力されない。AIは複製可能なものの価値を限りなくゼロへ下げていくが、複製不可能な原データを持つ者の価値は、むしろ上がる。私が持っていたのは作曲能力ではなかった。誰にも複製できない、二十年分の原データだった。AI時代に問われているのは、お前はどんな変換元を持っているか、というその一点なのである。
四 自分の人生を作品へ変換したい人への、三つの設計
では、この経験から、何かを表現したいと願う人へ持ち帰れるものは何か。三つに絞りたい。
第一に、技術ではなく原データを資産と見なすこと。絵が描けない、曲が作れない、文章が下手だ。そうした技術の欠如を、表現できない理由にしてきた人は多い。だがAIが変換工程を肩代わりする時代において、希少なのは技術ではなく、変換元となるあなた固有の経験だ。あなたが二十年やってきた何か、苦しんだ何か、忘れられない何か。それこそが、誰にも複製できない原データである。
第二に、変換のフォーマットを、あえて遠いものに設定すること。私はPMの経験を、PM論として書くこともできた。だが、あえてシンフォニックメタルという遠いフォーマットへ変換した。遠ければ遠いほど、変換の過程であなた固有の対応表が露わになる。プロジェクトを音楽に変えるとき、何を王と呼び何を狂気と呼ぶか、その選択にあなたの全人生がにじむ。近いフォーマットへの変換は安全だが、誰にでもできる。
第三に、変換の対応表を、作品の外で言語化すること。これがこの記事そのものの役割だ。作品だけを出すと、聴く人にはオーケストラとギターしか届かない。なぜ古池なのか、なぜメタルなのか、その変換の対応表を語って初めて、作品は読者自身の人生へ接続される。作品は入口であり、対応表こそが本体である。表現とは、変換結果を見せることではなく、変換の理由を語ることだ。
五 最近、若い頃の悔しさを、恨まなくなったなぁ
少し、構造から離れた話をして終わりたい。
このアルバムを作りながら、私は何度も、二十年前の悔しい夜を思い出した。理不尽に責められた会議、徹夜の果てに飛んだサーバー、信じていた人に裏切られた朝。若い頃の私は、それらを単なる損失として、心の奥に沈めていた。古池の水底に、触れたくないログとして堆積させていた。
ところが、それを音楽へ変換しようとした瞬間、不思議なことが起きた。あの悔しさが、崩壊という壮大な一曲の素材になった。あの裏切りが、罪という重厚なトラックの低音になった。つまり、私が長年マイナスとして抱えていた原データは、変換次第でこれほど豊かな素材になり得たのだ。無駄な経験など、一つもなかった。ただ、変換していなかっただけだった。
AIは、確かに曲を作った。音の一つひとつは、私には到底生成できない精度で鳴っている。だが、その曲が物語になったのは、二十年分の人生という原データがあったからだ。AIは現像液のようなものだ。フィルムに何も焼き付いていなければ、どんなに優れた現像液も、ただ透明な水でしかない。私のフィルムには、二十年分の光と影が焼き付いていた。
二十年前のあの夜の自分に、いま伝えたい。お前が今日味わっている悔しさは、損失ではない。いつか、静かな古池の水底に沈んで、五十代のお前が掘り起こすのを待つ、再生のための素材になる。だから大丈夫だ。優しいまま、壊れないでいてくれ。
気合や根性ではなく構造として自分を運用する。人を責めるより、構造を見る。自分を責めるより、構造を見る。優しいまま、壊れないこと。誰かに勝つ輝きではなく、自分を壊さず誰かを少し安心させられる光。短期評価ではなく長期残存価値である。
この記事は、いずれ一冊の本にまとめたいと考えているテーマの一つです。気合や根性で乗り切る時代を生きてきた私たちが、これからを構造として生き延びるための実践ノート。その一章として、人生を作品へ変換する設計図が、誰かの本棚に残れば嬉しい。
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