「中にいるほど“普通”に見える」——20年PMが論じる、大組織で構造の異常さが見えなくなる認知メカニズムと、「通すための仕事」が職業人を消耗させる必然
この記事は、こんな悩みを持つ人のための記事です
大きなトラブルもなくプロジェクトを終えたのに、なぜか評価されないPM
炎上案件を火消しした人ばかりが評価されることに違和感を覚えている人
「何も起きなかった」を成果として説明できず、モヤモヤしている人
PM、管理職、リーダーとして、予防や調整の価値をどう伝えればいいか悩んでいる人
「静かに仕事を終わらせる人」が報われる組織とは何かを考えたい人
本記事は、「なぜ優秀なPMほど評価されにくいのか」を、人の能力ではなく組織の評価構造という視点から読み解く記事です。
20年以上PMとして現場に立ってきた中で見えてきた、「成功が見えない仕事」の正体を、構造的に解説します。
もしあなたが、「問題を起こさないように頑張ってきたのに、なぜか報われない」と感じているなら、それは能力不足ではありません。評価する側の物差しに、構造的な偏りがあるのかもしれません。
プロローグ
正直に言う。
二十年プロジェクトマネジメントとコンサルティングの現場に立ち続けてきて、最も恐ろしいと感じてきた現象がある。それは大企業の異常なルール過剰や意思決定の遅さそのものではない。それらは構造として必然的に発生するものであり、前回までの論考でも扱ってきた。本当に恐ろしいのは、その異常な構造が、中にいる人間にとっては「普通」に見えてしまうことである。
毎日、大量の承認を回し、無数の会議に出席し、CC欄に並んだ宛先を眺め、根回しのためのアポイントを調整する。これらの作業を年単位で繰り返していると、ある時点でそれが「仕事」そのものとして認識されるようになる。本来であれば「前進するための作業」と「通すための作業」は明確に区別されるべきものだが、その区別自体が意識から消えていく。すべてが等しく「仕事」として扱われ、職業人としての時間が均等に消費されていく。
外から見れば「なぜそんなに決まらないのか」と問われる事象が、中にいる人間にとっては「決めるための真っ当な手続き」として認識されている。この認知のずれこそが、大企業の構造問題における最も根深い病理である。本稿は、この認知メカニズムを構造として解剖し、「通すための仕事」が職業人を消耗させる必然を論じ、それでもなおその経験が市場価値を持つという逆説に至るまでを扱う。
第一章 異常が「普通」に見えていく認知の慣性
人間の認知は、環境への適応機能を持つ。日々接触する刺激は、繰り返されるうちに「当たり前」のものとして処理され、意識的な注意の対象から外れていく。これは認知資源の節約として進化的に獲得された機能であり、健全な精神活動を支える基盤である。
ところがこの機能は、組織環境においてしばしば負の方向に作用する。異常な状態であっても、それが日常として継続すれば、認知の慣性により「普通」として処理されるようになる。最初は違和感を覚えていた事象が、半年・一年・数年の経過とともに、意識に上らなくなる。違和感を表明することは、新人の特権として一時的に許容されるが、組織に馴染んだ人間がそれを表明することは奇妙な行動として扱われるようになる。
大企業の新入社員が入社後数ヶ月で口にする「なぜこんなに会議が多いのか」「なぜこの承認が必要なのか」という素朴な疑問は、三年後にはほぼ消える。疑問を持ち続けた人間は組織から浮き、疑問を捨てた人間が組織に適応していく。この選別は意図的なものではなく、認知の慣性が自然に引き起こす現象である。
結果として、組織の中心部にいる人間ほど、その組織の異常さを認識する能力を失っている。最も長く組織にいて、最も大きな影響力を持つ層が、最も組織の現状を「普通」として受け入れている。これが大企業の構造問題が自己修正されにくい根本的な理由である。
第二章 「説明できること」が正義になっていく構造
大企業の中で長期的に観察される認知の歪みとして、最も影響が大きいのが「説明できること」の優位化である。
健全な意思決定の判断軸は、「これは本当に必要か」「これは何を達成するのか」「これは組織と顧客にとってどう価値があるか」という、目的指向の問いである。ところが大企業に長くいると、判断軸が静かに変質していく。新しい判断軸は、「これは後で説明可能か」「これは責任を問われたときに正当化できるか」「これは記録として残った場合に問題ないか」という、防衛指向の問いになる。
この変質は、組織が経験してきた事故と監査の累積によって強化される。判断後に問題が起きた際、「なぜその判断をしたのか」を問われる場面が繰り返し発生すると、人間は事前に「説明可能な判断」を選好するようになる。これは個人の倫理の問題ではなく、生存戦略としての合理的適応である。
ここで問題なのは、「必要であること」と「説明可能であること」が一致しないケースが頻繁に存在することである。本当に必要な判断は、しばしば前例がなく、根拠データが不足しており、リスクを伴う。一方、説明可能な判断は、前例があり、データが揃っており、誰もが反対しにくい。両者が一致しない場合、組織は後者を選ぶ。結果として、本当に必要なことは実行されず、説明しやすいことだけが進行する。
第三章 「意思決定資料」ではなく「防御資料」が増殖する
「説明可能性」が正義となった組織で必然的に増殖するのが、意思決定資料の名を借りた「防御資料」である。
健全な意思決定資料は、判断に必要な情報を簡潔に整理し、選択肢を提示し、推奨する方向を明示する文書である。読み手は文書を通じて状況を理解し、判断を下す。文書の機能は、判断を促進することにある。
ところが大企業で実際に作成される資料の多くは、これとは異なる機能を持つ。誰でも反対できないほどの情報量を積み上げ、あらゆる角度からの懸念に事前対応し、「確認済み」「レビュー済み」「合意済み」というラベルを大量に貼り付ける。これは判断を促進する文書ではなく、後に問題が起きた際の責任所在を曖昧にするための防御文書である。
職業人として実務観察として、ある大企業の重要判断資料が百ページを超え、その九割が「念のため」の補足情報で構成されていた事例を経験している。本来三ページで決定できる事項が、関係者全員の懸念を吸収しているうちに肥大化した結果である。資料の作成には数週間が費やされ、関係者の確認に数週間が費やされ、最終的に決定までに数ヶ月を要した。決定そのものは三ページで可能だったが、防御のためのプロセスが九十七ページと数ヶ月を消費した。
この消費は、組織の生産性を直接的に削っている。けれども中にいる人間にとって、これは「丁寧な意思決定プロセス」として認識されており、削減対象として認識されることはない。
第四章 「通すための仕事」と「進めるための仕事」の分離
職業人としての時間の使い方を冷静に観察すると、業務時間は「進めるための仕事」と「通すための仕事」に明確に二分される。
進めるための仕事とは、組織と顧客に価値を生み出すための実質的活動である。製品設計、コード実装、顧客対応、新規企画、課題解決、人材育成。これらは時間が投入されれば、組織の能力と提供価値が増大する性質を持つ。
通すための仕事とは、組織内のプロセスを通過させるための手続き的活動である。承認資料の作成、稟議の根回し、関係部署との調整、説明用ドキュメントの準備、各種チェックリストへの記入、エビデンスの保管。これらは時間が投入されても、組織の本質的価値は直接的には増大しない。
健全な組織においては、通すための仕事は最小限に抑えられ、進めるための仕事に資源が集中する。けれども大企業においては、この比率が逆転していく。職業人の業務時間の大部分が、通すための仕事に費やされる。本来の業務は、通すための仕事の合間に何とか進める形になる。
この比率の逆転は、職業人にとって極めて消耗的である。なぜなら、通すための仕事は、それ自体としては成果物を生まないからである。一日の終わりに「今日は何をしたか」を振り返ると、無数の調整・説明・確認はあったが、価値ある成果は生まれていない。この感覚が日々累積すると、職業人としての意義感は静かに浸食されていく。
第五章 PMという役割が大組織で変質する構造
PMという役割の本質は、プロジェクトを前進させることにある。前進・調整・意思決定・リスク管理。これらが本来のPMの中核機能である。
ところが大企業のPMとして長く働くと、業務の中核が変質していく。前進よりも稟議の通過、調整よりも根回しの組み立て、意思決定よりも説明資料の作成、リスク管理よりもステークホルダーの感情管理。これらが業務時間の大部分を占めるようになる。
この変質は、PMという職業の本質的価値を蝕む。前進させることに集中していたPMが、通過させることに集中するPMに変わる。技術的判断や戦略的意思決定ではなく、組織内政治のナビゲーションが主要スキルになる。
職業人として、この変質を自覚することは極めて重要である。自覚なく適応してしまうと、自分自身がいつの間にか「通すための仕事」の専門家になっており、「進めるための仕事」の能力が退化していることに気づかなくなる。組織を移った瞬間、あるいは組織が縮小した瞬間、自分の市場価値が想像以上に低いことに気づくのは、この変質を自覚していなかった人間に起きる事態である。
第六章 しかしその経験には市場価値が存在するという逆説
ここまでの議論は、大企業のPM経験を否定的に描いているように読めるかもしれない。けれども本稿の立場は、それほど単純ではない。「通すための仕事」を長年経験してきた職業人には、固有の市場価値が存在する。
複雑な利害関係者を抱える組織を、最終的に意思決定に至らせる能力。これは決して軽視されるべきスキルではない。むしろ、現代の大規模プロジェクトにおいて、最も希少で代替困難な能力の一つである。
スタートアップ的な小規模組織であれば、意思決定は数人の合意で完結する。けれども現実世界の重要なプロジェクトの多くは、複数の部門、複数の企業、複数の利害が絡む構造を持つ。社会インフラの構築、大規模システムの導入、業界横断の標準化、規制対応を伴う事業変革。これらは「通すための仕事」を高い水準で実行できる人材なしには成立しない。
「通すための仕事」を蔑視するのは容易だが、それを実際に高い精度で実行できる人間は希少である。多くの人間は、複雑な利害関係に直面すると思考停止し、放棄するか、表層的な調整で済ませてしまう。長年にわたって複雑な利害を通してきた経験を持つ職業人は、その経験そのものが他者には模倣困難な資産となっている。
第七章 AIでは代替されにくい領域としての価値
近年のAI技術の進展は、多くのホワイトカラー業務を代替する方向に向かっている。資料作成、要約、分析、ドラフト作成。これらは急速にAIによって代替されつつある。
ところが、AIが現時点で最も苦手としている領域がある。それは、空気の読み取り、利害の調整、根回しの設計、温度感の把握、「誰が本当に決めるのか」の見極めである。これらはすべて、人間社会の暗黙の構造に深く依存しており、形式知化が困難な領域である。
組織図上の意思決定者と、実際の意思決定者が一致しないことは、大企業では頻繁に起きる。書類上は部長承認案件であっても、実際には特定の課長の合意がなければ進まない。組織図上は対等な部門であっても、実際にはある部門の意向が他部門を規定している。こうした実態は、外部からは見えず、AIが文書を分析しても抽出できない。
長年の組織経験を持つ職業人だけが、この実態を読み取り、それに基づいて動ける。「ここは部長を先に通すべきだ」「この件は課長の根回しが鍵だ」「この資料はあの役員が見るので、この観点を入れておくべきだ」。これらの判断は、形式知化されていない暗黙のナビゲーションであり、当面のAIには代替できない領域である。
「通すための仕事」の経験を長年積んできた職業人は、この暗黙のナビゲーション能力を持っている。これは現代の労働市場において、過小評価されているが、極めて希少な能力である。
第八章 組織の異常を見抜く能力という資産
大企業の中で「通すための仕事」を長年経験してきた職業人が、ある時点で組織の異常さに気づき始めることがある。「これは本来必要な作業ではない」「この資料は誰も読まない」「この会議は何も決めていない」。こうした認識が芽生え始めた瞬間、職業人としての新しい資産が形成され始める。
組織の異常さを認識する能力は、組織変革コンサルタント・PMO・経営企画・事業企画といった役割において、極めて重要なスキルとなる。何が本質的に必要で、何が単なる慣性で続いているのかを見極められる人材は、組織のスリム化・効率化・変革を推進する際の中核人材となる。
職業人としての視点で言えば、「異常さに気づいた」段階は、二つの分岐点となる。一つは、その異常さを諦めて受け入れ、組織の慣性に身を委ねる方向である。もう一つは、その異常さを認識した上で、それを変革するか、その経験を別の場で活かすかの方向である。前者は職業人としての衰退を意味し、後者は新しい価値創出への入口となる。
異常さに気づくこと自体が、組織で長く働いた経験から生まれる資産である。最初から外部にいた人間には、内部の異常さの実態は分からない。内部にいて、それを観察し、その上で異常として認識できる視点を持てた人間だけが、内外の視点を統合して語れる立場に立てる。
第九章 完全否定もまた幼稚であるという認識
組織の異常さに気づいた職業人が陥りやすい罠がある。それは、組織の現状を全否定し、すべてを「無駄」「官僚主義」「時代遅れ」と切り捨てる方向である。
この方向は、表層的には鋭い批判に見えるが、職業人としては幼稚な反応である。大企業のルール、品質管理、監査対応、セキュリティ管理、安定性確保には、長年の経験に基づく本質的な機能が含まれている。これらを全否定する人間は、なぜそれらが存在するのかという歴史を理解していない。
健全な批判は、機能と過剰を区別する。「品質管理」自体は必要だが、その実装が過剰化していないかを問う。「監査対応」自体は重要だが、その手続きが目的化していないかを問う。「セキュリティ」自体は不可欠だが、その運用が現実離れしていないかを問う。
夏目漱石「こころ」の先生が、自分の過去への悔恨を抱えながらも、それを若い世代に向けて言語化する形で残そうとした構造を想起すべきである。先生は過去を全否定せず、また全肯定もしなかった。複雑な現実を複雑なまま受け止め、その上で何が伝えられるかを考え続けた。組織への向き合い方も、同じ姿勢が求められる。
強い職業人は、組織の必要な部分と過剰な部分を冷静に区別し、過剰な部分にのみ介入する。全否定でも全肯定でもない、構造的観察に基づく介入こそが、現実を変える唯一の方法である。
第十章 「どこが過剰化しているか」を見る視点の獲得
組織を構造として観察する職業人が獲得すべき視点は、「どこが過剰化しているか」を見る能力である。
過剰化の典型的兆候として、いくつかのパターンが観察できる。第一に、目的が説明できないルールやプロセスの存在である。「なぜ必要なのか」と問うても明確な答えが返ってこないものは、過剰化している可能性が高い。第二に、形骸化したチェックである。誰も実質的にチェックしていないが、形式として存在し続けているチェック項目は、削減候補である。第三に、重複した承認である。同じ事項について複数の階層で同じ判断が繰り返されている場合、いずれかの階層は省略可能である。第四に、過去の事故対応として導入されたが、その事故のリスクが既に消滅している対策である。
これらを見抜く目を持つ職業人は、組織変革の場面において極めて貴重である。すべてを否定するのではなく、機能している部分と過剰化している部分を区別し、後者のみを削減する精度の高い介入ができる。
職業人として、自分が今いる組織のどこが過剰化しているかを観察し続けることは、組織を批判するためではなく、自分自身の判断力を維持するための訓練である。観察を続けることで、判断軸が「説明可能性」から「本質的必要性」へと戻り続ける。
第十一章 中にいながら距離を保つという技術
組織の中にいながら、組織の異常さを認識し続けることは、極めて高度な認知的訓練である。これは「中にいる」と「距離を保つ」の同時実現を要求する。
完全に距離を取ってしまえば、組織の実態は分からなくなる。完全に没入してしまえば、認知の慣性により異常が普通に見えてくる。両者の間で、絶妙なバランスを維持する必要がある。
このバランスを維持するための実践的技術として、いくつかの方法がある。第一に、定期的に外部の人間と対話することである。社外のPMやコンサル、他業種の友人、職業領域の異なる知人。これらとの対話は、自分の組織の状態を相対化する機会となる。第二に、自分自身の業務時間配分を定期的に観察することである。「通すための仕事」と「進めるための仕事」の比率を、月単位で意識的に振り返る。比率が前者に偏りすぎている場合、組織への過剰適応の兆候として認識する。第三に、業界外の文献に触れることである。組織の中だけで通用する常識から距離を取るためには、組織の論理が通用しない領域の知見が必要である。
これらの実践は、組織を批判するためではなく、職業人として自分自身の認知を健全に保つための技術である。組織に飲み込まれず、しかし組織から離脱せず、両者の境界線上に立ち続ける。この立場こそが、最も鋭い観察と、最も建設的な介入を可能にする。
第十二章 職業人としてのキャリア設計への含意
ここまでの議論は、職業人としてのキャリア設計に直接的な含意を持つ。
第一に、「通すための仕事」の経験は、市場価値として認識すべきである。長年大企業で複雑な利害を通してきた経験は、軽視されるべきではない。むしろ、現代のAI時代において、人間が担うべき領域の中核に位置する希少なスキルである。
第二に、ただしその経験だけに依存することは危険である。「通すための仕事」のスキルだけで、「進めるための仕事」のスキルが退化している状態は、職業人としての持続可能性を損なう。両方のスキルを意識的に維持することが、長期的な市場価値を支える。
第三に、組織の異常さを認識する視点は、それ自体が資産である。組織の中で異常さに気づき、それを言語化できる職業人は、組織変革・コンサル・PMO・経営企画といった領域で価値を発揮できる。中にいた経験と、その経験を相対化できる視点の両方を持つ人材は、外部のコンサルや内部の純粋な実務家のいずれにも代替されない独自のポジションを占める。
第四に、自分自身が組織の慣性に飲み込まれていないかを、定期的に点検する仕組みを持つことが重要である。年に一度、自分の業務時間配分、自分の判断軸、自分のスキルセットを冷静に評価する。組織への過剰適応の兆候を早期に発見し、必要に応じて軌道修正する。
第十三章 観察できる人間こそが残る
最後に、本稿の核心命題を提示する。組織の構造を観察できる人間こそが、長期的に職業人として残る。
組織に完全に同化した人間は、その組織が衰退すれば共に衰退する。組織を完全否定した人間は、組織の中で機能できず、外部でも内部の実態を理解できないまま批判を繰り返す。
両者の中間に立ち、内部にいながら構造として観察し、機能している部分と過剰化している部分を区別し、必要な変革を継続的に提案できる人間。これが現代の労働市場において最も希少で、最も価値の高い職業人の姿である。
この姿になるためには、特別な才能は要らない。要るのは、認知の慣性に抗い続ける意志である。日々の業務に流されず、自分自身の判断軸を保ち続ける。組織の異常を「普通」として受け入れず、しかし全否定もしない。複雑な現実を複雑なまま観察し続ける。
この姿勢は、派手ではない。むしろ地味であり、組織内政治では損をすることも多い。けれども長期的には、この姿勢を保ち続けた職業人だけが、変化する時代の中で価値を維持し続ける。
エピローグ
大企業の構造問題における最も根深い病理は、構造そのものではなく、その構造が中にいる人間にとって「普通」に見えてしまうことにある。承認・会議・CC・根回し。これらは異常な状態の兆候であるはずなのに、毎日続けているうちに仕事の本体として認識されるようになる。外から見れば「なぜ決まらないのか」と問われる事象が、中ではただの日常として処理されている。
この認知の慣性に抗うことは容易ではない。けれども職業人としての長期的な価値を維持するには、抗い続けるしかない。「説明可能性」が判断軸を支配する組織の中で、「本質的必要性」という問いを保ち続ける。「通すための仕事」が業務時間を埋め尽くす環境の中で、「進めるための仕事」のスキルを意識的に維持する。組織への過剰適応を避け、しかし組織から離脱せず、内外の境界線上に立ち続ける。
そしてもう一つ、忘れてはならないことがある。「通すための仕事」を長年経験してきた職業人には、固有の市場価値が存在する。複雑な利害を通す能力、暗黙の組織構造を読み取る能力、温度感を察知する能力。これらはAI時代においてもなお、人間に残された希少な領域である。経験を否定する必要はない。経験の意味を再評価し、その上で次の一手を設計する。
派手な批判でも、安易な全否定でもなく、構造を観察し続け、機能と過剰を区別し、自分自身の認知を健全に保ち続ける。この地味な姿勢の累積こそが、変化の時代を生き抜く職業人の最も静かで、最も強い武器である。
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