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仲間はずれがこわかったってよ、って話。②

おはようございます🌞
にじです🌈


昨日の記事を読んでくださったみなさま、ありがとうございます。

改めて、言葉にして、手放すことで緩むものがあるなぁと少しずつ楽になる自分を感じてます。

全てに時機がある。

時機が来たんだ。

わたしはもう鎧をつけなくなって

まんまのわたしで居れる。

それだけの強さと弱さをもって

ここまで成長してきたんだから。



今回も、①に引き続き、過去の棚卸し記事です。


①では、しんどかった昔の、主に家庭環境の話をしました。

兄と比べて寂しくなっていたこと、だけど、幸いなことに親から愛されなかったという氣持ちは大きくなかったことを書きました。


前回、しんどかった昔の生きづらさには、家庭環境と学校生活と2つあったと書きましたが、

今日は、学校生活の方に切り込みたいと思います。

元来おっとりまいぺーすで、周りと合わせるよりは、自分のペースで楽しいことをしていたい性格だったにじは、学校という場にも、学校で繰り広げられる友人関係にも、上手く馴染めませんでした。


低学年の頃は、まだそれほど周りが良く見えておらず、言われるがままに何とか頑張っていたと思います。

ただ、よく泣く子でした。

何にそんなに泣いていたのか、今となっては覚えていませんが、きっと自分の思う流れとは違うように物事が進んだり、その時の理由が分からなかったり、驚いたりしていたんじゃないかと思います。

両親は、私に対して、厳しいと言うよりは、むしろ少し過保護氣味なくらいで、それこそ乳幼児の頃は丁寧に見守ってくれて居たんだろうと思います。

5歳で幼稚園を転園したのですが、転園前に通っていた所は、子どものアクションを待つスタンスで保育をすると謳っていた幼稚園でした。

転園後には、公立の幼稚園に入り、そのまま公立小学校にあがり、徐々に社会に揉まれながら、大きくなってきました。

大人があれこれ指示するよりも、ペースを保って待ってもらえる環境に数年間身を置いていたからか、自分の氣持ちを大事にしたい!という意思が強く、それが出来ない時に、泣いていたのかなと思います。


ですが、学校という大人数の生活と教育の場で、先生が右と言ったら右を向いて合わせることが良しとされる空間の中では、私はかなり異物だったと思います。

言われた通りにやろうとする素直な性格のため、一見すると優等生タイプでなんでも頑張っていましたが、正しさのレールから自分が外れてると思った時や、納得できないことにぶつかった時、よく泣いていました。


何かにつまづくとすぐに泣いてしまう。
声が小さい。
自信なげにうじうじしている。


それなりにストレスを抱えている子ども集団の中で、からかいの標的になるのは簡単なことでした。

からかわれたり、陰で何かを言われても、何も言い返さないし、反論も出来ないので、ちょうど良かったのだと思います。

私も、理不尽なことにはやり返すという手段を知らなかったので、嫌なことがあっても、「私が我慢すればいいんだ、丸く収まるんだ」と思ってしまった節があります。


そうこうして、小学校高学年の5.6年生の間、わたしは「いじめられっ子」でした。





話は飛びますが、
潜在意識とか、思考のことを学んでいくと、

「目の前の現実はあなたが作っている」
「あなたの思考や潜在意識が現実になっている」

と知ります。

え??

と一見思いますが、今は納得する部分もあります。


いじめを経験してからというもの、
私の中には、「どうせわたしは嫌われる」「わたしはいつも仲間はずれになる」という思い込み、潜在意識が出来上がってしまったので、

中学校に行っても、高校に行っても、友達関係を上手く築けず、「仲間はずれ」を繰り返していました。

ようやく大学生になり、学校空間の管理が緩むのと同じく、少しずつ自由を手に入れて、自分の思考を書き出したり、人に話すようになり、自分自身と付き合っていこうとするようになりました。

自分の中に、「嫌われる」という思いがあるから、人がその念をキャッチして、本当に嫌なことを言われる、という話をしましたが、

そもそもの最初はどうしてだったんでしょうか。

私は、なんでいじめられたの?
周りの子たちは、なんで私をいじめた?


そう自分に問うてみると、


弱そうだったから。
イラついたから。
羨ましかったから。


そんな氣がします。

世の中のいじめが全部そうとは分かりませんが、少なくともわたしに起きたいじめは、こうで、

周りの子たちが私をターゲットにしたのは、
なんかイラッとする。モヤッとする。から始まり、弱そうだから、いじめてやろう。だったと思います。

じゃあ、なんでモヤッとイラッとするの?と思うと、強くあることを求められる集団生活において、弱いまま存在してる私が許せなかったのかな、と。

それは「僕/私は頑張ってるのに、あの子はズルい」と思うから。

その氣持ちに隠れているのは、「僕/私も弱いまま居たい」「ありのままの自分で居たい」という欲求だったんじゃないかなと思いました。


一言で言えば、「嫉妬心」。

ぽやぽやのんびりして、
何かあったら泣いて周りに訴えるにじの姿は、
周りからは能天気で自分のまんまで

いいなぁ。→ムカつく!

ということだったのかしら?と。



③に続く。


最後までお読みくださり、ありがとうございます!

③もお楽しみに。
またお会いしましょう🌱


※追記
その③はこちら


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