【連載】C-POPの歴史 第22回 台湾の2000年代-4 男性シンガーの'00年代
中国、香港、台湾などで主に制作される中国語(広東語等含む)のポップスをC-POPと呼んでいて(要するにJ-POP、K-POPに対するC-POPです)、その歴史を、1920年代から最新の音楽まで100年の歴史を時代別に紹介する当連載。ここ3回分は'00年代(2000〜2009)の台湾から、女性ソロ&グループ、バンド、Hip Hopについてそれぞれ書いていきました。どの記事も台湾音楽界の豊作ぶりを象徴するような記事になりました。
ということでお待たせしました。今回は男性ソロ&男性グループ編です。
台湾独自の、台湾歌謡スローバラードとR&Bの融合
この時期の男性シンガーに関しては、共通してある傾向が見られます。のちに紹介するジェイ・チョウ、ワン・リーホン、JJ・リンなどに顕著ですが、それまでのいかにも台湾歌謡っぽいスローなバラードにR&Bの要素を取り入れた独特のC-POPマナーです。このジャンルの源流は実はデヴィッド・タオだということは90年代の項目(第10回)で紹介しました(台湾音楽界のレベルを向上させたシンガーは誰か? という切り口で、スリリングな記事に仕上がってます。ぜひ読んでね)。ということで、90年代に完成したこのC-POP男性ソロのマナーはここで大きく花開くことになります。
天馬行空/林子良(Johnny Lin)(2003年)
まずは林子良(Johnny Lin/ジョニー・リン)。まさにこれこそ冒頭で紹介した、スロー歌謡曲とR&Bが混ざった台湾流C-POP! 台湾人の琴線に刺さりまくりの雰囲気! ってわけで、この曲がいいなと思った方はたぶんC-POPを好きになれる要素があります。
この曲が含まれたアルバムも売れますが、ジョニー・リンはオリジナルアルバムを2枚発表して以降はあまり目立った活躍をすることは無くなってしまいました。もし精力的に活動していたらトップスターになった可能性があるアーティストなだけに、ちょっと残念です。
流星雨/F4(2001年)
2000年代初頭の日本では、韓流(ハンリュウ)ブームと呼ばれる韓国のドラマや音楽がヒットする現象がありました。きっかけとなったドラマは「冬のソナタ」(韓国では2002年放送、その後2003〜2004に日本で大流行)です。覚えてますか?
一方、この時期、華流(ホァリュウ)という、韓流と比べるとやや小さなブームがありました(Wikipedia)。それは韓流ほどの波は起こさなかったものの、ここで台湾のドラマや音楽などのエンタメコンテンツに初めて触れた方も多いと思います。中心となっていたドラマは「流星花園」(日本のレディスコミック「花より男子」が原作)で、その主演を務めていたメンバーによるユニットがF4です。「流星花園」ははっきりと言えば若い女性向けの恋愛ドラマで、「冬ソナ」ほど幅広い層を取り込むことができませんでした。ですが、当時の台湾・そして中華圏のブームはアジア全域に広がり、日本でもかなり大きなムーブメントだったと記憶しています。もし「流星花園」がなければ、C-POPのファンの数は今より少なかったと思います。
F4は台湾のエンタメや芸能を日本人に知らせるきっかけになったという意味で、とても記念碑的なユニットだと思います。もちろん、香港、中国本土、東南アジアなどあらゆる地域で大人気でした。
江南/林俊傑(JJ Lin)(2004年)
再びR&B風味のスローバラード歌謡曲に戻りましょう。林俊傑(JJ Lin/JJ・リン)は、シンガポール出身のアーティストで、その人気は男性ヴォーカリストとしては、ジェイ・チョウの次ぐらい、2番目に人気のあるアーティストと言っていいのではないでしょうか。この曲は彼が有名になるきっかけになった曲で、この曲が含まれたアルバムはアジアで180万枚売れました。曲調はかなりR&Bなんですが、詩の内容はややじめっとしていて(ここが私が歌謡曲と表現する所以です)、愛する苦悩を歌っています。中国の古筝(琴のような楽器)の音色もさりげなく含まれていて、とても台湾っぽいサウンドに仕上がっています。
JJ・リンは実は経営者としての能力も高いようで、2009年にはSMGというアパレルを設立したのをきっかけに、さまざまな事業分野に進出。2017年にはmiracle coffeeというカフェをオープンさせます。彼がすごいのは一過性のポップアップショップで終わることなく、事業を継続させる力があること。
歌手としても大人気で、事業家としても成功している。世界でいえばU2のBonoとかJay-Zが思いつきますが、日本で言うと誰なのか考えてみたのですが、あんまりピンとこないんですよね。中田ヤスタカとか藤原ヒロシとか、音楽プロデューサー的な人がプロデュースでさまざまな事業に関わるということはあっても、事業家という雰囲気はありません。でも台湾ではジェイ・チョウもそういう一面があるし、有り余る才能をさまざまな分野で活かすのは自然なことです。実は日本のほうが「出役」と「裏方」が明確に分かれている、世界から見ると少しいびつな社会なのかもしれません。
快樂崇拜/潘瑋柏(Will Pan) feat. 張韶涵(2004年)
バラードばっかりじゃ少し飽きますよね。というわけで潘瑋柏(Will Pan/ウィル・パン)の登場です! ウィル・パンはアメリカ・バージニア州出身で、7歳のときに台湾にやってきます。この曲のような、ノリのいい曲をたくさん歌ってる印象。彼はこの曲中でラップを展開していますが、かなり早い段階からポップスシーンでラップをしていたシンガーの1人です。パーティチューンって感じ。
フィーチャリングしている女性のシンガーは張韶涵(アンジェラ・チャン)。彼女もまた、カナダ・バンクーバーの出身。この時期、台湾の芸能界はアメリカやカナダ、あるいはシンガポールなどから、中華系のアーティストを多数集めています。台湾がC-POPのハブになっていることがよくわかります。
この曲の原曲は韓国のダンスグループ、turtles(거북이)の、Come on。聴き比べると、間奏中の掛け声などアレンジ面でもかなり忠実にカバーしている印象です。もうちょっと変えてもいいのにね。あなたはどっちがお好き?
不得不愛/弦子(Zhang Xianzi)& 潘瑋柏(Will Pan)(2006年)
さて、そんなウィル・パンからもう一曲。この曲は彼の代表曲の一曲ですし、同時に00年代台湾C-POPの空気を代表する一曲かなと思います。とても洗練されたポップスですが、残念ながらこれも韓国の曲のカバー。Free Style のY (Please Tell Me Why)という曲です。さっきの曲もそうですが、原曲と聴き比べてみると、結構ウィル・パンは原曲主義というか、わりとそのまま言語だけ変えてカバーするケースが多いように思います。この曲はアジアが生んだ名曲の一つですね。
ただ、この曲について調べていると、ウィル・パンのオリジナルだと思っていた方も、あるいは韓国語版の方がカバーだと勘違いしている方も結構見受けられました。それだけこの曲は台湾らしい、いかにも台湾っぽいポップスに仕上がってるということだと思います。
フィーチャリングの女性ヴォーカル弦子は中国本土の広西チワン自治州出身のチワン族。歌がうまい。彼女はこの曲で注目されたその後も着実に活躍し、2024年にもアルバムを出すなど、現役で活躍を続けています。
思念是一種病/張震嶽(A-Yue)feat. 蔡健雅(Tanya Chua)(2007年)
というわけで、男女のデュエット曲をもう一曲紹介しましょう。張震嶽(A-Yue)は、台湾音楽の歴史にちょこちょこ登場する重要人物で、90年代にシンガーソングライターとして登場し(第11回)、前回のHip Hopの回(21回)でもHotDogとともに大活躍しました。00年代もA-Yueは活躍しています。
この曲は後悔について歌っています。相変わらず、A-Yueは飾らない人。こうやって人気の男性シンガーを並べるとこの時代は特に王子様タイプの男性が多いなかで、彼の無骨で素朴な雰囲気は安心できます。
この曲でパートナーを務める女性ヴォーカルの蔡健雅(Tanya Chua/タニア・チュア)はシンガポール出身で、当連載の女性ヴォーカル編(19回)でもたっぷり取り上げたので覚えてないよって人は見返してください!
早安,晨之美!/盧廣仲(Crowd Lu)(2008年)
ゼロ年代に滑り込み! 盧廣仲(Crowd Lu/クラウド・ルー)はここで取り上げてるアーティストより1世代下のイメージがあるのですが、00年代が活動のスタートでした。「早安!」=「おはよう!」で、「晨之美」とは、訳せば「朝の美しさ」という意味になるのですが、クラウド・ルーが通っていた台湾の朝食屋さんの名前だそうです。話はC-POPから脱線しますが、台湾では朝粥をはじめ、さまざまなメニューを朝から提供する「朝ごはん屋さん」があります。世界にはさまざまなタイプの幸福がありますが、朝から美味しいご飯が近所でリーズナブルに食べられる地域って、それだけでちょっと人生の幸福度が上がった気がしませんか? 台湾人は羨ましい。
さて、この曲は彼が21歳の時に発表された曲。この曲を含むクラウド・ルーのデビューアルバム「100種生活」は22歳の時に発表され、この曲以外にも「我愛你」などの名曲を含んでいて、よくできたアルバムです。彼はこのアルバムでいきなりアルバムチャート1位を記録し、22歳にして台湾音楽シーンのトップランナーの1人になりました。早安、じゃなかった、早熟なシンガーソングライターの1人です。。
王力宏(ワン・リーホン)が表現したかった「華流」
ここで、王力宏(ワン・リーホン)という歌手について考えてみましょう。彼は1995年にデビューし、現在までずっと活動を続けていますが、特に2000年代にはミュージシャンとして最も才気が溢れていたように思います。
心中的日月/王力宏(Leehom Wang)(2004年)
彼の楽曲は、この時代の男性ソロと同様に、やはりミディアムスローで、かつR&Bっぽい味付けがされた歌謡曲と、他のアーティストと同様といえば同様です。
ですが、それよりもこの楽曲で目立つのは中国由来の楽器の使用です。この曲は曲中、特に間奏中に京劇の出し物並に中国の楽器やリズムを表現してます。歌詞もとてもオリエンタルで、花鳥風月を扱ったラブソングを展開しています。これも美しい詞ですよね。
アメリカで生まれ、成人してから台湾に移住した彼。身長も高く(180cm
)どこか華人離れした彼ですが、アメリカではマイノリティとしてやや肩身の狭い思いをしたのかもしれません。彼は中華系である誇りを持っていて、特に00年代においては、C-POPに華人らしさをどう注入するか、という点にこだわっていたように思います。
彼のこの路線は翌年さらに進化します。
蓋世英雄/王力宏(Leehom Wang) feat. 歐陽靖、李岩(2005年)
さて、第18回で紹介したMC Jin(歐陽靖)をフィーチャーした楽曲をもう一度振り返りましょう。MC Jinのキャリアにおいても重要だったこの曲は、こうやって振り返ると、これでもかと「中華風」を楽曲に取り入れていることに気づくでしょう。
ワン・リーホン、そしてMC Jinと加えて、もう1人フィーチャリングされている李岩ですが、彼は京劇(中国の伝統芸能、まあ、歌舞伎のようなものと思っていただいてだいたいOK)の俳優で、曲中、冒頭部を含むところどころでそれっぽい声が挿入されています。この曲が中国の伝統的な芸能のあり方をC-POPの中で蘇らせようとしているのは明白です。
彼はこのアルバムで金曲獎の最優秀中国語男性ヴォーカリストを受賞しています。2005年といえばジェイ・チョウもJJ・リンも大活躍中な時代なわけで、強い競合を抑えて受賞したのは快挙だと思います。
花田錯/王力宏(Leehom Wang)(2005年)
極め付けとも言える、彼の中国愛が爆発した曲です。それまでのC-POPの洋楽テイストに反抗するように、冒頭から二胡を大胆にフィーチャーしてますし、MVにも、鳥籠、京劇、薔薇の花などこれでもかと中国の意匠が登場します。極め付けは、花田錯というタイトルなのですが、これは京劇のタイトルで、この曲の歌詞と共通するように、お花畑の上で、好きになってはいけない男女が過ちを犯すという演目を指します。翌朝には忘れなきゃいけないけど、でもあなたのことが忘れられない。人間は古代からあんまりやってること変わらないんだなと思わせてくれる演目なのですが、過ちが起こる場所が花畑だというのが美しいですよね。
彼のキャリアの中でも、いやそれに限らず全C-POPにおいても、この曲の詩の美しさはちょっと群を抜いているのではないでしょうか。作詞家は C-POP黄金期を支えた陳鎮川。ジョリン・ツァイの看我72變、F4の我是真的真的很愛妳、S.H.E.のSupermodelなど、彼が作詞を手がけたヒット曲はとても多いです。彼はその後自らゲイであることを公表するのですが、この詞の美しさ、特に男女の交わりを「過ち」と表現する歌詞は、女性的なマインドがなければ表現できないようにも思います。そして彼がこの詩をワン・リーホンに託したのも、なんかわかる気がするんですよね。誤解を恐れずに表現するなら、彼は「過ち」が似合うアーティストです。
この時期、ワン・リーホンに限らず、ジェイ・チョウもデヴィッド・タオもJJ・リンも、自分たちのルーツに敏感になる風潮というか、中国風をあえて取り返すようなムーブメントが起こるのですが、それは作詞家、作曲家、アレンジャーを含めて作っていったものだと感じます。このムーヴメントの先には、台湾で「文創」と呼ばれる、古い台湾らしさを大事にしていこうという文化的なコンセプトの盛り上がりがあって、それが現代台湾の文化的な主柱になっている大事な概念になっていると思います。
因為你/徐若瑄(Vivian Hsu)(2006年)
ワン・リーホンの項目の最後に、彼が他者に楽曲提供した曲のなかから一曲聴いてもらいましょう。我らがビビアン・スーの曲です。作詞はビビアン、作曲がワン・リーホン。素敵な愛の歌。それにしてもこの曲も、詞の美しさ、素晴らしさはなんと表現すべきでしょう。2人の間に何かあったのではと思わせるような。。
この曲の他にも、以前女性ヴォーカルの回(19回)で紹介したジョリン・ツァイの獨佔神話(Exclusive Myth)や、フィッシュ・リョンの絲路(Silkroad of Love)など、ワン・リーホンは他者への提供曲もなかなか素晴らしいものが多いです。フィッシュ・リョンに関しては、やはり19回で紹介した通り、彼女のデビューのきっかけを作ったのがワン・リーホンと言われています。彼は先見の明があって、特に女性歌手の能力を見分ける力はとても大きかったと思います。このビビアン・スーの曲だって、どういう経緯かはわかりませんが作詞はビビアンが行いました。それは最適な配置だと思います。ビビアンの魅力の一つは、作詞家としての能力だからです。彼はそういうビビアンの才能を見抜いていたのでしょう。
これだけ大きな功績がありつつ、ワン・リーホンは近年、奥さんとの離婚トラブルとその醜聞が原因で人気を失うことになります。私個人的には、罪を憎んで作品を憎まず、がモットーです。再起を図るのであれば、思わず国民が涙するような名曲を書いてほしいものです。日本の例でいえば、覚醒剤所有で逮捕された槇原敬之は、復帰後に「世界に一つだけの花」という名曲を書きました。人間性はよく分かりませんが、そういう美しい曲が書けるアーティストの1人であると信じています!
陶喆(デヴィッド・タオ)の歌詞に見る恋愛観
さて男性ヴォーカル編の最後には、90年代(第10回)にたくさん誉めさせていただいた、デヴィッド・タオについて、00年代の楽曲も紹介させてください。90年代は主に彼の作曲者としての能力にスポットを当てましたが、今回はデヴィッド・タオの作詞家としてのパーソナルについてフォーカスしたいと思います。
Melody/陶喆(David Tao)(2002年)
2002年の曲、Melodyは切ないバラードです。これはもう、ザッツ・C-POPと呼ぶに相応しい、スローバラード、失恋、R&B(風)を詰め込んだ楽曲です。この曲は、当時の恋人であるMelody(殷悅)に当てた楽曲と言われています。自分の恋人の名前を曲のタイトルにするなんて、デヴィッドさん破廉恥!
この曲は、つい2023年に韓国のアイドル、aespaのニンニン(寧寧/닝닝)がテレビでカバーしたことで再び注目を集めました。やはり、名曲は時代を超える力があると思わせてくれるエピソードです。
太美麗(Too Beautiful)/陶喆(David Tao)(2006年)
こちらも素敵な曲です。太美麗(Too Beautiful)。当連載はあくまで楽曲にスポットを当てていて、芸能ニュース的な恋愛沙汰についてはあまり触れないように心がけていますが、デヴィッド・タオに関してはとても恋の噂が多いアーティストだったことと、ご本人も恋愛ソングを多数生んでいるし、恋人の名前を曲名にするようなパーソナリティなのでどうしても彼の恋愛観に触れないわけにはいきません。
たくさんの浮き名を流しながら、そして不倫関係が奥さんや世間にバレたりもしながら、それが原因では離婚にいたらなかったり、アーティストとしての活動に大きな問題を(今のところは)起こしていないデヴィッド・タオ。比較対象として適切なので配置しますが、ワン・リーホンは浮き名をあまり流さなかった代わりに、奥さんとの離婚の段になって強烈な醜聞を流してしまいます。この2人の対照的な私生活の違いは、彼らの恋愛の向き合い方にあるように思います。どちらも美しい歌声と素晴らしい才能を持ち、大変に女性にモテただろうし、本人たちも女性が大好きだった。だが、その先の運命は異なります。
この曲の歌詞で特に興味深いのは、「我知道我不是一個輕易就會說愛的人 可是妳堅強的付出卻改變我」というような表現です。日本語に翻訳すると、「僕は軽々しく好きだとか愛してるとか言うような人間ではなかったけれど、君のひたむきさがそんな僕を変えた」。デヴィッド・タオの曲の歌詞はたいてい女性作詞家の娃娃と組んでいるので本人1人の表現ではありませんが、彼の思いがかなり含まれていると考えるのが自然です。
彼の曲から感じるのは、女性を(当たり前ですが)1人の対等な存在とみなしていることです。それは作詞作業を女性と組んでいるところにも見て取れます。古い価値観であれば、男性が女性によって考えや行動を変えるのはあまり評価されたものではありませんでした。「大黒柱」なんて言葉もありますが、家長である男性に求められた価値観とは、どちらかといえば動かない強さです。一方、タオは女性に振り回される私というのを、余すことなく表現しています。彼にとって恋愛とは、相手を振り回す行為でもあったけど、自身も一緒になって振り回されていたようにも思えます。
彼のラブソングは、女性を1人のパーソナルとしてきちんと認識し、向き合って恋愛していたからこそ、このような表現が可能だったのかもしれません。や、これらの邪推はぜんぶ間違っていて、周到なマーケティングの結果このような歌詞と曲が生まれた可能性も否定できませんがね!
今天妳要嫁給我/陶喆(David Tao), 蔡依林(Jolin Tsai)(2006年)
こちらは第19回のジョリン・ツァイの項目でも取り扱いましたが、デヴィッド・タオのこの時期の代表曲でもあるので再び紹介します。この曲は、「結婚しようよ」というテーマの曲なのですが、やはり娃娃と組んで自作された歌詞を注意深く拾っていると、「昨日でもなく、明日でもなく、今日結婚しよう」と書いているところが気になります(昨天已來不及 明天就會可惜)。この歌詞から感じる裏のテーマは、つまるところ恋愛や結婚なんて風のような勢いなんじゃないかという彼の哲学です。
いろんな感情が渦巻く恋愛においても、ある気持ちのいい朝、「あ、私はあの人と結婚すべきなんだ」と気づく瞬間、みなさんにはありませんか? それは理屈を積み重ねていくようなものではなく、ある時急に、ああ、私にはあの人以外は考えられないと思うような。この曲は満を持して、準備万端でプロポーズに挑んだというよりも、とにかく溢れる気持ちをあなたに早く伝えたかった、昨日でも明日でもなく、今日伝えたかった。そんな勢いを感じます。回答は相手の女性に委ねられています。それは、逃げ道を用意している彼なりの優しさかもしれません。
デヴィッド・タオの恋愛表現は、他のアーティストと比べてとても等身大だと私は感じます。恋愛における自分の弱さ、あるいは女性の発言に一喜一憂するような素直さを彼は隠すことなく表現しています。でもそれは、一見弱いように見せて、女性に素直にまっすぐに向き合える強さ、あるいは周到な準備を積み重ねるよりも、相手の反応をまっすぐに受け取って行動を変えていける強さと言い換えられるかもしれません。彼はアメリカの大学で心理学を学んでいました。彼が自身や恋愛相手の心の動きに敏感なタイプの人であったことは疑いようがありません。ま、僕がデヴィッド・タオが好きだからこんなこと言ってるのかもしれませんがね! 解釈はみなさんにお任せします!
まとめ
さて、今回は2000年代(2000〜2009年)の台湾のポップスの中から、男性ヴォーカルにしぼって紹介させていただきました。この時期明らかにC-POPの中心にあった、それまでの歌謡曲に少しR&Bの要素と、中国らしい要素を加味した台湾独特のポップスマナーについて、各アーティストの曲を振り返りながらまとめさせていただきました。
さて、この項目には、台湾で最も人気を得た、1人の男性アーティストが抜けてます。彼の名前は周杰倫(ジェイ・チョウ)。彼こそ、King of C-POPに相応しいアーティストなので、次回・23回で、じっくり取り上げたいと思います。お楽しみに。
バックナンバー
C-POP100年の歴史を振り返ってます! いま22回目。いったいいつ終わるか不安ですが、ようやく2000年代を書き終えようとしています。
