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【連載】C-POPの歴史 第33回 2010年代台湾 世界と接続した台湾インディーズ

中国、香港、台湾などで主に制作される中国語(広東語等含む)のポップスをC-POPと呼んでいて(要するにJ-POP、K-POPに対するC-POPです)、その歴史を、1920年代から最新の音楽まで100年を時代別に紹介する当連載。

前回は、台湾の2010年代の音楽について、主にメジャーフィールドで活躍するシンガーや、原住民と紹介しました。

今週は、インディーズバンドというテーマで、2010年代を振り返りたいと思います。この時期は、メジャーとインディーズが捻転する可能性を秘めたスリリングな10年でした。


インディーズシーンの盛り上がりと海外進出

さて、2010年代の台湾音楽業界の最も大きなトピックとして、インディーズ業界の盛り上がりが挙げられると思います。もちろん、台北の主だったライブハウスが整備された00年代からその流れはありましたが、10年代は一気に爆発した印象があります。そのインディーズシーンの中心にはどんなバンドがいたんでしょうか? 2010年から楽曲の発表順に振り返っていきましょう。

Kiss Your Eyes/白目樂隊(The White Eyes)(2010年)

白目樂隊(The White Eyes)は、2000年代後半〜2010年代前半を駆け抜けた台湾インディーズバンド。特にヴォーカル、高小糕の奔放なキャラクターは、のちに紹介するFreckles (雀斑樂團)のBenBen(林以樂)らとともに、ロックバンドの女性ヴォーカルの雛形を作った一人だと思います。現在、主だったリリースや活動はなくなっていますが、バンドのInstagramによると、解散はしていないと明言しています。

2014年に台北に「月見ル君想フ」(現在、台北店は閉業中、東京はやってます)をオープンし自身も音楽活動を行なっていた寺尾ブッタさんにお話を聞いたことがあるのですが、台北の、特に2000年代前後のインディーズシーンについて、「自由で奔放。誰かっぽいとかそういう細かいことを意識せず、ノリでやっちゃってる感じがするのが面白い」と話していました。そういう往時の台北音楽シーンの勢い、熱気を想起するバンドだと思います。

透明雑誌FOREVER/透明雑誌(Touming Magazine)(2012年)

さて、そんな盛り上がりを見せる2010年前後の台湾音楽シーンにおいて、中心バンドを一つ挙げると、透明雑誌(Touming Magazine)ではないでしょうか。

彼らは2006年、ヴォーカルの洪申豪を中心に結成されました。一聴して分かる通り日本のナンバーガールから強い影響を受けていて、その勢いのままに台湾オルタナティブロックシーンの頂点に駆け上がりました。

彼らは私が覚えている限り、台湾インディーズ業界の中で、日本のメディアで取り上げられ日本にもファン層を築いた最初期のインディーズバンドだと認識しています。先ほど紹介した月見ル君想フの寺尾ブッタさんが東京のライブハウスに台湾バンドを多数呼んだことなどもあり、現在は日本でも一定数の台湾バンドの支持層がいます。台湾インディーズバンドは、ジェイ・チョウや五月天が好き、という往年のC-POPファンとは異なる、新たなファン層を獲得していますが、その台湾インディーズの日本進出の走りとなったバンドはやはり透明雑誌でしょう。

しかし透明雑誌は人気の絶頂期に解散し伝説化。洪申豪はVOOIDやソロでの活動も行う他、台北のおしゃれエリア、赤峰街に自身のお店、PAR STOREを展開しています。PAR STOREはレコード・CD屋であると同時にアパレルショップでもありますので一見でも入りやすい場所です。ぜひ遊びに行ってみてください。

PAR STORE(台北、赤峰街)

因為你/黃玠(Dadado Huang) feat. 女孩與機器人(The Girl and The Robots)(2012年)

続いて、前回も紹介したインディーズ系シンガーソングライターの黃玠(Dadado Huang)が、エレクトリックバンドの女孩與機器人(The Girl and The Robots)とコラボした曲がこちら。この曲は作詞作曲は黃玠ですが、編曲は黃玠と女孩與機器人となっており、特に編曲面でかなり女孩與機器人の影響を感じます。

ここで注目してほしいのは、台湾インディーズ界の横のつながりといいますか、ソロやバンド、ジャンルの垣根を超えて行われるコラボの実践で、メジャーシーン、インディーズシーンともにこのように多くの楽曲が生み出されていることです。日本ではヒップホップでのコラボはイメージがつきますが、そのほかのジャンル、特にジャンルを超えたコラボは台湾ほど活発とは言えません。台湾音楽業界の元気さの理由を感じます。

花/Hello Nico(2015年)

続いてHello Nico。2010年代の台湾インディーズ業界は本当に粒揃いで、選曲にかなり悩みましたが、Hello Nicoも避けては通れないバンドの一つだと思います。2013年に結成されたHello Nicoの魅力はやはり、ヴォーカルの詹宇庭が持つ歌声とソングライティングでしょう。「花」は、恋愛の苦悩がストレートに表現されており、ファンにも長く愛されている楽曲の一つです。

彼女はもともと、20歳の時に自分で製作した楽曲でコンクールで受賞経験もあり、早々に音源デビューするなど早熟の音楽家。彼女の才能が、どちらかといえば勢いが先行するインディーズバンド業界のなかで他バンドの差別化となっていて、より幅広いリスナーに愛されている理由だと思います。

中途 Midway/大象體操(Elephant Gym)(2016年)

ビッグネームが続きます。大象體操(エレファントジム)は、ここまで紹介したロックバンドとは少し異なり、ジャズフュージョンを取り入れたバンドで、不規則なリズムが癖になる技巧派バンド。アメリカのレーベル Topshelf Records に所属していることからも、バンドが台湾のオーディエンスだけでなく、広く世界中のリスナーをターゲットにしていることが感じられます。ちなみに、バンドの説明によると、エレファントがうねるような強いベース音を、ジムが俊敏で不規則なリズムを表しているそうです。

エレファントジムも、透明雑誌と同じく、日本でも人気のバンドの一つ。日本語のインフォメーション(X)も充実しているので、気になった方は見てみてください。

インディーズとメジャーの逆転現象

バンドの紹介はまだまだ続きますが、ここで結論めいたことを書いてしまうと、この時期、台湾のインディーズ音楽シーンは台湾ローカルを飛び出して、広く世界に発信しはじめたということがわかります。特に距離的にも近い日本には、多くの台湾インディーズバンドが訪れ(渡航費がかつてより安くなりバンドの往来が容易になったという事情もある)、世界的な人気の足がかりとなりました。

こうして、インディーズだけど世界的にファンがいる、というバンドが現れ、海外のファンも獲得しました。一部インディーズアーティストはメジャーなアーティストの人気を越える逆転現象がこの頃から現れるようになったと思います。

地元の支柱となるようなミュージシャンと社会運動

さて、台湾インディーズ業界の元祖といえば、1989年のBlacklist Studio(ブラックリストスタジオ・第7回参考)になるだろうということはお伝えしました。彼らの音源はロックレコードという大手レコード会社より発売されてはいますが、ミュージシャンによる自主制作であるだけでなく、当時は禁じ手だった台湾語(標準中国語と異なる)を駆使し、中華圏の歴史上はじめてラップやレゲエの要素を曲に取り入れ、メジャーシーンではそれまで取り扱われなかった台湾独自の社会問題にも切り込みました。まとめると、社会に対して批評性を持って作品を作り、台湾人というアイデンティティを強く押し出した最初のミュージシャンと言えそうです。

そんなBlacklist Studioに連なる系譜で、台湾人のアイデンティティを強く示し続けている2つのバンドを紹介しましょう。

眾神護臺灣/董事長樂團(The Chairman)(2010年)

董事長樂團(The Chairman)は、ヴォーカルの吳永吉(Aji)を中心としたグループで、結成は1989年と古く、当時は結成年に由来するバンド「1989」と名乗っていました。1997年に現在のバンド名に改称、99年にレコードデビューしてからは、現在まで10枚を越えるアルバムを発表しています。この曲では台湾を連想する伝統楽器などを使いながら、「神々よ、台湾を守り、平和を守れ」と祈りを捧げています。このように、董事長樂團は台湾愛を惜しみなく表現しているバンドです。いくつかの曲やアルバムが、C-POP最大のアワード、金曲獎に選ばれ、この曲が含まれたアルバムも「最優秀台湾語アルバム賞」「最優秀バンド賞」に選ばれていて、彼らをインディーズとくくるのは過小評価かもしれません。

一方で彼ら、特にヴォーカルの吳永吉(Aji)は、音楽家であると同時にインディーズバンドが多数出演する、台湾を代表するライブハウスの一つ「The Wall Live House」の設立に関わるなど、台湾インディーズの裾野を広げる作業にも貢献した人で、バンドがどう食べていくかについてとても意識的でありました。さらに反原発運動への参加、民進党を応援し、2019年の香港民主化デモでは、台湾から民衆を鼓舞する曲「」をリリースするなど、政治性を強く打ち出しているバンドとも言えます。

島嶼天光搖滾版 (Island's Sunrise)/滅火器(Fire EX.)(2014年)

さて、台湾北部(台北を中心とした首都圏)が董事長樂團(The Chairman)なら、台湾南部(高雄を中心とした都市圏)が滅火器(Fire EX.)でしょう。彼らの曲はすでに00年代(第20回)でも取り上げましたが、このディケイドでも歴史に残る曲をリリースしました。

この曲は、2014年、台湾内で起こったひまわり学生運動の運動家たちに運動のテーマソングを依頼されて作った楽曲で、その後は台湾社会で広く注目を集め、こちらもまた金曲獎を受賞しました。当時の若者の政治参加という意味で彼らは相当な影響を及ぼしたと思います。

また、彼らは2017年から火球祭 FireBall Festivalというフェスを毎年主催するなど、こちらも台湾インディーズの普及に貢献したバンドの一つと言えます。2019年にはやはり董事長樂團の誘いで、「」に参加しています。首都の台北ではなく、第二の都市である高雄を代表しているバンドであり、彼らこそキング・オブ・台湾インディーズと呼ぶにふさわしいでしょう。

Sunset Rollercoaster(落日飛車)登場!

では再び、年号順に台湾インディーズ音楽シーンの名曲を紹介していきましょう。そしてここでついに、台湾音楽業界、というよりも日本を含むアジア音楽リスナー界が夢中になったSunset Rollercoaster(落日飛車)が登場します。そして以降、台湾インディーズ音楽はより魅力的に進化していきます。

My Jinji/Sunset Rollercoaster(落日飛車) (2016年)

2016年、インディーズというより自主レーベルからひっそりと発売された「My Jinji」は、Spotifyに代表される配信音楽時代で瞬く間に話題となり、現在、1億回以上再生されています。台湾のメジャーも含めても、1億オーバーの曲は何曲かしかありませんが、この曲はそのなかの一曲です。

彼らが英語で歌っていたこと、日本のシティポップのリバイバルに影響を受けた曲であったこと、もともとはボサノヴァを演奏していたバンドだったこともあり、その無国籍感も相まって、それまでの台湾バンドの標準を大きく逸脱した雰囲気を持ち、そして大きく逸脱した人気を獲得しました。

粒揃いの2010年代台湾音楽シーンですが、もし一曲だけ代表曲を挙げるならSunset Rollercoasterの「My Jinji」で、この曲の世界的なヒットこそが、台湾インディーズバンドに世界から熱視線が集まっている理由になっていると思います。

透明雑誌やエレファントジムで日本人リスナーにはすでに台湾バンドに対する下地を作ったものの、Sunset Rollercoasterの登場以降は、韓国のHYUKOH、インドネシアのIkkubaruなどと共に、うっすらとアジアの各地域のインディーズ音楽シーンが繋がり、一つの潮流のようなものを感じさせ、アンテナの高い日本の音楽リスナーの耳にも入ってくるようになったと思います。例えば日本ではアジア都市音楽ディスクガイドなる本も登場するなど、リスナーの数は限られてはいますが確実に存在します。私や、ひょっとしたらあなたのように。

もちろんこのムーヴメントは、Sunset Rollercoasterの力というよりも、音楽配信インフラの向上や、アジア地域でのシティポップの流行やそれを模倣したバンドの登場、インターネットの発達による情報の共有の深度など、様々な条件を経て出来上がったものだとは思いますが、そのシーンの中心にSunset Rollercoasterがいたことは間違いないでしょう(ちなみに今回の表紙のイラストは、配信で聴かれるMy Jinjiをイメージしています)。

不標準情人/雀斑(Freckles) feat. Leo王(2017年)

さて、2000年代の台湾の回(第20回)で紹介した雀斑(Freckles)がここに来て再登場。ヴォーカルのBenBen(林以樂)率いる雀斑(Freckles)は2003年に結成され、各地のフェスに呼ばれるなど注目を集めたものの2008年に一度解散。2014年には再結成しました。再結成時、台北のRevolberというライブバーでライブをしたところ、興業記録を塗り替えるなど、インディーズながら根強く愛されているバンドです。

この曲は、当時新進気鋭のラッパーのLeo王と組んだポップな曲。過去に金城武による「標準情人」という曲があり本人もカバーしているので、おそらくこの曲へのアンサーなのだと思います。「標準情人」は、ヤサ男の金城武が「普通の恋人って何をするの?」と歌うウブな曲なのですが、「不標準情人」は、「ウブな時間を通り過ぎて歳をとってしまったわ」というちょっぴりセンチな曲で、だからこそ若いうちから全力で恋をしろと言っているような気がします。

なんて歌詞の意味はいろいろ考えさせるものですが、そんな意味を除いても曲がとてもポップなので様々な瞬間で聴きたくなる素敵な曲です。

該死的冷戰/Frandé 法蘭黛樂團 feat. DJ Didilong(李英宏)(2017年)

こちらもラッパーとバンドのコラボ曲。Frandé 法蘭黛樂團は2009年に結成されたスリーピースバンドで、最小構成ながら、ヴォーカル法蘭(Fran)の深みのある歌声や、シューゲイザーっぽい浮遊感のあるサウンドスケープによってとても人気のバンド。

ヴォーカルの法蘭(Fran)は映画音楽の仕事でも注目され、彼女が担当した映画「親愛なる君へ」は金馬獎(台湾映画のアカデミー賞ですね)の映画音楽を受賞。主題歌、「在夢裏 In Dreams」はなかなかの名曲ですのでこちらもぜひ。

一方、フィーチャリングのDJ Didilong(李英宏)は台湾語を駆使するイケメンラッパー。かつ、ルックスの良さを活かして俳優としても活躍中という、ラッパーの星野源のような人物です。この曲では、抑制しつつヴォーカルに絡むラップがなかなかかっこいいです。

VIVIAN/Jade Eyes(孔雀眼)(2017年)

Jade Eyes(孔雀眼)は2014年に結成された女性スリーピースバンド。台湾のバンドは女性が加入しているケースも多いのですが、女性だけで構成されたバンドは少ないかもしれません。日本でガールズバンドと言えばチャットモンチー、Chai、ZONEなんかが思いつきますが、どれも女性らしさを売りにしているなか、Jade Eyes(孔雀眼)は中性的な魅力があり、媚びてない感じがかっこいいです。

この曲が発表された2017年にはアメリカ・オースティンで開催されたインディーズの登竜門的フェス、SXSW(サウスバイサウスウェスト)に参加。彼女たち、あるいは台湾のバンドが世界的に注目を集めている様子が垣間見れます。

Lucy Dreams/Tizzy Bac feat. Sunset Rollercoaster(落日飛車)(2018年)

とてもエキゾチックで好きな曲。特徴的な前奏のリフは、テレサ・テンの名曲「窗外」(1973年)から拝借していますが、約50年前の曲のメロディをうまく引っ張って現代的にしていると思います。このアレンジはフィーチャリングしているSunset Rollercoasterの仕事でしょうか。世界的な有名バンドがこの曲ではバックに徹しているのがニクいです。

Tizzy Bacもキャリアは古く、1999年結成。リードヴォーカルの陳惠婷(Chen Hui Ting)が作詞作曲を手がけ、特に日常の不満を歌う深い歌詞に定評があります。このバンドは歌詞に注目のバンドですね。

この曲もなかなか深い詩で、一人になって、自由になるのをいつも望んでいたのに、いざ一人になるととても戸惑って寂しいという意味の曲を歌っています。曲中に出てくるLucyは、同バンドに 「查理布朗與露西(チャーリーブラウンとルーシー)」という曲があるので、スヌーピーのルーシーを意味してると思われます。スヌーピーのルーシーはいつも何かと不機嫌でわがままなキャラクターで、主人公のチャーリー・ブラウンや彼の飼い犬スヌーピーを困らせています。彼女の夢と考えると、この曲が持っているメッセージが見えてきます。それは、たとえ夢を叶えられた(ワガママが通った)としても、自分という存在からは決して逃れることができないという意味なんじゃないでしょうかね。いろんな解釈ができるいい曲だと思いません?

台湾インディーズのおしゃれ化

さて、年号順に振り返ってここで現在は2018年。最初から振り返ると、透明雑誌の頃は勢いで世界に風穴を上げたなら、後半、Sunset Rollercoaster以降はとてもおしゃれで魅力的になっていると思います。実際、台湾音楽は2016年あたりを境に明らかにステップアップしていると感じていまして、そのことは以前にも記事にしました。もし気になったら読んでいただけると嬉しいです。

では、曲紹介に戻ります。いよいよラストイヤー、2019年からどうぞ。

You Better Kiss Me/My Skin Against Your Skin(激膚)feat. LINION(2019年)

意味深なバンド名、My Skin Against Your Skin(激膚)による官能的な曲、You Better Kiss Me。R&BシンガーのLINIONとコラボしていますが、彼女のヴォーカルも存分にR&B要素があるので、曲全体がR&Bのように聴けます。

My Skin Against Your Skinは2010年に結成された男女二人組のバンドで、エレクトロロックを標榜していますが、イメージにとらわれず創作活動を行なっているように思います。結成後間もない2013年に台湾のインディーズのアワード、金音創作獎(Golden Indie Music Awards)の最優秀バンドを獲るなど一気に注目され、2010年代は常に話題を振りまいてきました。この曲が入ったアルバム「安卓雅」(Andrea)は2019年に発表され、まさにMy Skin Against Your SkinのヴォーカルであるAndreaを改めてフィーチャーしたアルバム。あんまりヴォーカルの名前をアルバムタイトルにするバンドもないかと思いますが、その個性もまた魅力的。

陪我玩(Play One)/宇宙人(Cosmos People)(2019年)

さあ、豊作の2010年代台湾バンドもそろそろ終盤ですよ。

次に紹介するバンドは、スリーピースファンクバンドの宇宙人(Cosmos People)。五月天が所属する相信音樂(B'in Music)が所属レーベルなので、インディーズではないかもしれませんが、どちらかといえばライブシーンで活躍しているイメージですのでこちらで紹介します。

いつもファンクバンドとしてノリのいい曲を出している彼らですが、この曲もとびきり楽しい曲で、ゲームの世界? の不思議な友情? 人間関係を表した楽しい曲。インディーズシーンは個性が強くて日常的に聴くにはしんどい曲も多いですが、彼らの曲はドライブや作業中も聴ける楽しい曲が多いんです。

愛人錯過 Somewhere in time/告五人 Accusefive(2019年)

さて、こちらも相信音樂(B'in Music)所属のグループで、2019年に初めてフルアルバムを出したまだキャリアが浅いバンドにも関わらず、今や若い世代を中心に、五月天に匹敵する人気を誇るグループと言えます。もはや彼らをインディーズでくくるのは失礼ですが、とりあえず2019年にファーストアルバムを出した段階ではまだマイナーな存在だったことは事実です。彼らはもともとは2011年に台湾の北東部の地方都市、宜蘭で結成されたグループで、台湾ドリーム、C-POPドリームを掴んだバンドの一つと言えるでしょう。

2019年に発表されたこの曲や、この曲が含まれた「我肯定在幾百年前就說過愛你」(英題:Somewhere in time I love you)は、瞬く間に話題となり、Spotifyの再生回数も7000万とSunset Rollercoasterに迫る勢い。Sunset Rollercoasterが台湾を飛び出して世界で人気になったバンドの代表格なら、告五人(Accusefive)は、台湾で絶大な人気を抱え中華圏全体で人気となっていったパターンの代表格と言えるでしょう。

さて、台湾には素晴らしいバンドはたくさんいたのに、なぜそのなかで告五人が頭一つ抜ける存在となったのか少し考えてみたんですが、他のバンドに比べて歌詞が一般的で、曲もサビが覚えやすく、誰にでも理解しやすい音楽だったことが挙げられます。

そう考えると、宜蘭という小さな街の出身であったことも、等身大な感じがしてプラスに働いているのではないでしょうか。またヴォーカルが男女いることで、男女どちらも共感しやすかったのではないかと思っています。どちらにしても、彼らはインディーズとメジャーのC-POPファン、双方に愛されている珍しいタイプのバンドで、台湾音楽を聴くなら、C-POPを聴くなら避けて通れないバンドです。

安平之光/イルカポリス(海豚刑警)(2019年)

さあ、最後を締めくくるのは、なんとか2010年代に間に合った新星、イルカポリス(海豚刑警)。日本の長寿漫画「こち亀」のドルフィン刑事がバンド名の由来とあって、漫画やサブカルに影響された空気をブンブン感じる4人組です。

このバンドも、曲中やMVでも大活躍のヴォーカル、伍悅の一度見たら忘れられない圧倒的な存在感が魅力と言えるでしょう。女子の元気さと奔放さを前面に押し出したキャラクターで、雀斑(Freckles)のBenBenの系譜と言えます。日本でも近年急速にファンを増やしているバンドです。

ちなみに、伍悅は80年代後半から90年代にかけて活躍した伍思凱(Sky Wu)の娘。二世ということで比較的ゆったりしているのかと思いきや、Vogue Taiwanのインタビュー(リンク)ではインターネットの悪質な暴言で傷つき、半年間ほど病んで、グループを辞めることさえ考えたという苦悩を明かしています。本当は人前で目立ちたくないという意味のことも話しています。彼女はわざと変顔をすることが多いのですが、それは彼女のそういうアンバランスさ、照れ臭さの現れかもしれません。ただ、その奔放性と繊細さのバランスが彼女をさらに魅力的にしていると言えます。彼らは2020年代にかけてさらにメジャーな存在になっていきます。応援するなら今が一番いいかもよ!

まとめ

さて、とにかくたくさんの魅力的なバンドが登場した2010年代を振り返ってみました。文字数の都合で紹介できなかったのですが、草東沒有派對(No Party For Cao Dong)とかdeca joinsとかDSPSとか、まだまだ紹介したいバンドはありますが、それは別の機会に。

名実ともにC-POPの中心地となった台北ですが、20世紀は香港の音楽界に勢いがありました。これまで振り返ったとおり、どちらかといえば香港音楽界は「ザ・芸能」という雰囲気が強く、一方で台北は創作性に特化していた印象です。そのことが、20世紀の勢いと比べるとやや息切れした香港に対し、台北が21世紀に入ってより勢力を伸ばした理由だと思います。そして、音楽の創作性の源泉は、インディーズ、自主制作する人々が下支えしています。つまり、彼らの存在こそ、台北がC-POPの中心である理由そのものだと思います。

台北の街を歩くと、大資本ではない、おしゃれなカフェ、雑貨屋、アパレルなど個人店が、香港、北京、上海と比べて多いことに気づくと思います。台湾は音楽に限らず、自主性が溢れていて、その風土がこれまで聴いたことのないような魅力的な音楽につながっているのかもしれません。

さて、次回は台湾2010年代の締めくくり。お待ちかねの、ヒップホップの2010年代を紐解きます!


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