【連載】C-POPの歴史 第32回 台湾の2010年代の音楽1 洗脳神曲、そして原住民音楽、でもやっぱりジェイ。
中国、香港、台湾などで主に制作される中国語(広東語等含む)のポップスをC-POPと呼んでいて(要するにJ-POP、K-POPに対するC-POPです)、その歴史を、1920年代から最新の音楽まで100年を時代別に紹介する当連載。
前回・前々回は、民主化デモで揺れる香港の2010年代のアーティストの奮闘ぶりを記しました。社会情勢がいかに音楽制作に影響を与えるかを考察したスリリングな記事となっていますので、たとえ音楽に興味がなくても社会と自分をどう折り合いをつけるかに興味があれば面白い記事になっているはずです。
さて今回からは、場所を変えて、2010年代の台湾よりお届けします。3回に分けて、「通常のポップス」、「インディーズバンド」、そして「R&Bとヒップホップ」というテーマで3回分お届けしようと思います。まずは通常のポップスの話題から。
中毒性の高い「洗腦神曲」たち
2010年代は人々が音楽を試聴する機器が主にプレーヤーやパソコンである時代から、スマホに移行しました。それと同時期に、配信が中心になり、音盤や音楽を買う時代は過去になりました。
この状況下で、各国で何度も再生されることを前提とした、中毒性の高いポップスがもてはやされるようになりました。そういう楽曲たちは中国語で「洗腦神曲」と呼ばれています(参照)。
ということで、「洗腦神曲」から連想できる曲を3曲を選んでみました。ぜひ聴いて、ぜひ洗脳されちゃってください!
不要再打了/紀佳松(Jeremy), 曾沛慈(Pets Tseng)(2013年)
こちらは、台湾に生まれ現在はカナダ人として生きる台湾系カナダ人、紀佳松(Jeremy)の曲。女性歌手の曾沛慈(Pets Tseng)とデュエットした曲。この曲では何かお互いにそれぞれ忙しくて噛み合わない二人を、iPhoneのアラーム音を拝借しつつコミカルに描いています。このアラーム音の使い方が癖になる楽曲なんですよね。
2013年と言えばスマートフォンが本格的に社会に浸透した時期ですが、人々を便利にするはずの機器、そして人々をつなぐはずの機器が、人々をより忙しくして、すれ違わせているような気もしませんか。そんな状況を歌っているように思います。
姐姐/謝金燕 (Jeannie Hsieh)(2013年)
続いて謝金燕 (Jeannie Hsieh)の、中毒性の高い楽曲。Jeannieのキャリアは古く、1989年にタレントオーディション番組でデビューし、その後は女優として活躍しつつ、歌手活動も行っていました。
もともとは王道のポップソングを歌っていたものの、2000年代に入ってから、本人の意思によってエレクトロニックに傾倒。自ら作詞作曲・アレンジなども手がけるようになりました。その集大成となるのが、この「姐姐」だと思います。この曲でジェニーは作詞・作曲・プロデュース、アレンジなどを手がけました。奇しくもこの時代はEDMの全盛期で、日本でもきゃりーぱみゅぱみゅの各楽曲や三代目 J Soul Brothers「R.Y.U.S.E.I.」など電子音バリバリの音楽が流行っていました(早いものでもう10年以上前の話です)。
台湾のクラブのアゲアゲのノリをオーバーグラウンドで表現した貴重な一曲だと思います。
來個蹦蹦/ 玖壹壹(Nine one one) feat. Ella(陳嘉樺)(2019年)
玖壹壹(Nine one one)は、その名の通り2009年9月11日に台中で結成されたラップグループで、台湾ではアリーナクラスでライブを行う大変人気のグループ。彼らの人気の秘密はその大衆性、ポップ寄りの楽曲にあって、日本で言えばRIP SLYMEなんかに近いかもしれません。
この曲もヒップホップというよりどちらかと言えばポップだな、ということでポップスの項目で紹介させていただきました。この曲では、第19回で紹介した2000年代、いや、台湾を代表するガールズグループ、S.H.E.より、最も中性的でかっこいいエラをフィーチャー。
Nine one oneはルックスもどちらかと言えばコメディタッチですが、踊るしラップもするしポップだし、K-POPの猛攻に対する台湾ポップス界からの解答という感じもいたします。
C-POPの王道バラード
さて、中毒性の高い楽曲も人気はありましたが、やはりC-POPと言えば、そして台湾人と言えば、バラードが大好き。なぜC-POP、そして台湾人はこれほどバラードを好むのでしょうか。考えてみましたが、カラオケが大好きという国民性も影響しているのかもしれません。協調性を大事にする日本人はカラオケでバラードなんて歌いあげて盛り下がったらどうしようと考える人も多いかもしれませんが、台湾人はそのあたり、気にせず歌いたい楽曲を歌いあげるのでしょうか。
ということでここからはカラオケで絶唱したい新世代のバラードを紹介しましょう。
想自由/林宥嘉(Yoga Lin)(2011年)
林宥嘉(ヨガ・リン)は、「超級星光大道(Million Star)」という音楽番組で優勝し注目を集めた人気歌手の一人です。2007年にデビューし、2010年代を代表する歌手の一人。
この曲のテーマはタイトルの通り「自由」で、楽しく振る舞っていても急に虚しくなるような、そんな感情の変化を歌っていて、その虚しさを解決できる存在を「君」にみているラブソングだと思います。
前向きながらも、どこか不安な状況を歌っているとも言えるでしょう。
25歳/黃玠(Dadado Huang)、魏如萱(Waa Wei)(2012年)
ヨガ・リンがメジャーを代表する歌手なら、黃玠(Dadado Huang)は、この時代のインディーズを代表するシンガーソングライターの一人です。この曲では、第20回で紹介した、同じくこの時代の台湾インディーズを代表する女性歌手、魏如萱(ワー・ウェイ)とコラボしています。
この曲もインディーズレーベルからの発売というハンディにめげずとても長く人々に愛されている曲ですが、「君と別れ、大人(25歳)となり社会に出ていく不安」と「別れが薄れていく気持ち」のようなものを歌っています。
気だるいのにどこか癒しもあって、滋養のある曲だと思います。
孤獨的總和/吳汶芳(Fang Wu)(2015年)
吳汶芳(Fang Wu)は、2008年ごろからオーディション番組などで活躍しましたが、2014年に、台湾を代表するバンド、Mayday(五月天)が企画するSuper Slippa(超犀利趴)という大規模コンサートの出演者の一人に抜擢されたあたりから人気が上昇。翌2015年にはソロデビューアルバムを発表。この曲はそのアルバムのなかの曲の一つ。
彼女の武器の一つは、優しいウィスパーボイスと、強いエモーショナルさが同居した表現力豊かな歌声にあると思い、そんな彼女が歌う楽曲に台湾の人々は涙しました。また、あまり派手なアレンジがないことが幸いしているからか、楽曲が映画のエンドロールに流れる主題歌や、ドラマの挿入歌として使われるケースも多く、この曲も2つのドラマ、映画の楽曲に選ばれています。他にも彼女のアルバムの楽曲を見てもタイアップの曲が多く、彼女の楽曲が映像制作者に愛されていることが伝わってきます。映画の余韻を、あるいはあなたの日常を、1.5倍ぐらいエモーショナルにしてくれるBGMだと思います。
你啊你啊(only you)/魏如萱(Waa Wei)(2016年)
さて、ファン・ウーも素晴らしいですが、台湾の歌うま系ウィスパーシンガーと言えば、やっぱりワー・ウェイですよね。さっき「25歳」では黃玠(ダダド・ホアン)とコラボしたワー・ウェイですけど、こちらの曲、你啊你啊(only you/ニーアニーア)は、すれ違う二人を歌ったとびきり切ない曲。
まるで嗚咽のようなスキャットの箇所が、言葉にならない悲しみを表しているようで、きっと言語の壁を超えてあなたの涙腺を刺激すること請け合い。またこの曲はスキャットのあとのポストコーラスが台湾語。標準中国語との歌い方のニュアンスの違いも感じてください。(ちなみに今回の冒頭のイラストはAIが描いてもらったワー・ウェイです)。
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こうして台湾では、中華圏では、2010年代も日常を彩るBGMとして、あるいはとっておきのカラオケの十八番として、バラードが流れ続けています。
台湾原住民の活躍、伝統と革新。
さて、歌うま、本格派ということで言えば、台湾では原住民(先住民族)シンガーの活躍を忘れてはいけません。90年代終わりのA-meiや陳建年から始まり、数々のシンガーが登場しましたが、10年代は原住民系シンガーが元気だったかなと思います。その理由として、経済が豊かになるにつれ、あるいはひまわり学生運動(2014年)などの経験を踏まえ、台湾人のなかに「台湾人らしさ」を模索する動きが広まり、原住民の活動に興味を持つ人が増えたことが大きいかなと思います。
藤/查勞・巴西瓦里(Chalaw Basiwali)(2014年)
さて、00年代にも一曲だけ紹介した(第20回参考)アミ族のシンガー、查勞・巴西瓦里(Chalaw Basiwali)の10年代の曲。
彼の活動がユニークなのは、アミ族の音楽にこだわることなく、さまざまな地域の民族とコラボしていることです。
というのも、自身のルーツを調べる中で、アミ族、タイヤル族、パイワン族など台湾原住民が広くはオーストロネシア語族という語族に属し、これが台湾が起源である説が有力だと知ります。オーストロネシア語が台湾からフィリピン、インドネシア、ポリネシア、そしてハワイやマダガスカルまで広がっていることを知り(Wikipedia:オーストロネシア語族)、この曲ではオーストロネシア語族の最も西に位置するマダガスカルのシンガーとコラボします。
自身のルーツを調べていたら遠い異国につながっていた。そんな驚きや喜びを想像しながら聴いてみてください。
家家歌/家家(Jia Jia), Ilid Kaolo (以莉·高露), Suming (舒米恩)(2016年)
家家(Jia Jia)は、原住民の多い台湾東部、台東市の出身で、父はブヌン族、母はプユマ族。姉は90年代から活躍するサミンガ、伯父は陳建年というサラブレッド。姉と同様、古くから歌手として活動してきましたが、2012年に五月天の阿信に誘われて彼らが設立したレコード会社、相信音楽(B'in Music)に所属、活動の場をメジャーに移しました。
この曲では、同じく原住民シンガーで、彼女の友人でもある Ilid Kaolo(以莉·高露)、 Suming(舒米恩)とコラボし、電子音なども駆使しながら、新しい原住民音楽の行方を照らした一曲だと思います。
サムネイルの段階からワクワクするMVで使われているのは「南王部落」で行われているプユマ族の新年を祝う祭りに参加した様子を収めたもの。MVでもあり、資料的な価値も高いものだと思います。ぜひフル尺で見てみて!
Thank You 感謝/ABAO(阿爆)(2019年)
さて、最後に紹介するのはABAO(阿爆)。パイワン族のシンガー。活動歴は古く、2003年から活動しています。ABAOも、先ほど紹介した2組も、長く活動は続けていて、たまたまこの時期に大きくヒットしたというケースが多いようです。この時期はやはり台湾社会が原住民の活動に注目していた時期だったのでしょう。
この曲はパイワン語で歌われていますが、一方でこの曲はR&B、特に教会で歌われるゴスペルソングを想起します。目を瞑って教会にいることを想像して聴くと、心が浄化されていくような気持ちになれる名曲だと思います。
さて、この時代の原住民シンガーは、伝統的な原住民曲にとどまらず、自分たちの伝統と、R&Bや電子音、あるいは他の民族音楽との融合などを積極的に行っている印象で、それが原住民音楽がここへきて単なるトレンドとして消費されることない魅力を放っている要因なのかなと思っています。これからも台湾から魅力的な原住民シンガーが出てくるのを期待しましょう。
ベテランバンド/ベテランシンガーの活躍
さてここまで、2010年代以降に登場したシンガーや、00年代はインディーズで活躍していて徐々にメジャーフィールドに移行してきたシンガーなどを紹介しました。一方で2010年代は新人ばかりが目立ったわけではありません。
2000年代までにスターの座に上り詰めたメジャー系アーティストの多くは、この時代も悠々とスターの座を降りることなく活躍を続けました。
你被寫在我的歌裡/蘇打綠(Sodagreen)、Ella(陳嘉樺、S.H.E.)(2011年)
第20回で紹介した蘇打綠(Sodagreen)は、00年代から活躍し安定した人気を誇るバンドで、この時代も人気を維持しました。この曲は、Nine one oneと同じくS.H.E.のエラをフィーチャーした楽曲。
Sodagreenらしい、爽やかで心の温まる楽曲だと思います。こちらも恋愛の曲だと思いますが、二人で歩んできた歴史をイメージする楽曲だと思います。この「歴史」が昨今デビューしたアーティストには真似できない、長く活躍するアーティストだからこそ歌える楽曲だと思います。間奏で流れるクラリネットの柔らかい演奏も印象的。
Sodagreenは、2010年代に入っても精力的に活動を続けていましたが、2017年に活動休止。その後、メインのソングライターでありヴォーカルの吳青峰(Greeny Wu)はソロに転身し、こちらも大人気でした。
後來的我們/五月天(Mayday)(2016年)
Sodagreenの曲を聴いてたら、Mayday(五月天)も聴きたくなったでしょ? そんなあなたは台湾音楽通。この時代も五月天は台湾バンドNo.1の人気を誇っていました。この曲は8年前の2008年に発表された「突然好想你」と、MVに登場する俳優が同じことなどから、続編と言われています。
この曲は「僕らの先にある道」という中国本土の映画のエンディングテーマとなり、大陸を含む中華圏全域で大ヒットしました。とてもエモーショナルな楽曲で、別れてしまった二人のその後を歌っています。そして、その別れてしまった二人が、2008年の曲(こちらは悲しい別れそのものを歌っている)とつながっていると思うと、物語がとても立体的になりますよね。まったく、粋な演出をするよなー、五月天。
2010年代の五月天は、中国映画の主題歌になったり、北京や香港でも精力的にライブをこなすなど、台湾を代表するバンドから徐々に中華圏全体を代表するバンドのような存在へとスケールアップした印象。日本ではFlumpoolとのコラボ「Belief ~春を待つ君へ~」も話題となりました。
你就不要想起我/田馥甄(Hebe)(2013年)
こちらも、エラと同じくS.H.E.のメンバー、ヒビ(田馥甄)のソロ。2000年代から客演という形でソロ活動は行っていましたが、2010年代は、彼女たちはそれぞれ本格的にソロ活動を開始し、ガールズグループからアーティストへと脱皮していった印象です。長く活動する人って、やはり時代によってキャラクターやコンセプトを変えている印象で、S.H.E.のメンバーなんかは特にそれをうまくやっているように感じます。
そんなS.H.E.のなかでも最もソロ音楽でアーティスト性を発揮し成功したのはヒビかもしれません。この曲のMVは東京で撮影されていて、YouTubeには日本語翻訳も出てくるのでぜひ歌詞付きで、動画を見ていただきたいと思います。別れた女性が男に強がりを歌う歌なのですが、強がれば強がるほど切なさを感じる悲しい歌です。
真愛等一下/陶喆(David Tao), 蔡健雅(Tania Chua)(2013年)
さて、第10回、第22回に登場し、現代風C-POPの礎を作った人として紹介した我らがデヴィッド・タオですが、2010年代以降は、活動をセーブし、10年代の10年では、たった1枚しかアルバムを出していません。彼のエピソードの随所にこだわりを感じ、そのこだわりの強さが寡作と結びついているように思います。もっと曲を書いてよ、タオ。
この曲はそんな、唯一発表された2013年のアルバムの中の曲で、シンガポール出身で台湾でも活躍するシンガーソングライター、タニア・チュアとコラボした曲。タニアが低音かつとてもアダルトな歌声ということもあり、大人なデヴィッドとのコラボで、全体的にとても大人の曲に仕上がっていると思います。成熟って感じ。
楽曲で大人をアピールするのはかまいませんが、一方、この期間の彼は何度か恋愛絡みのゴシップを出し、元から活動量が減っていたこともあり世間ではどちらかと言えばゴシップのイメージが強くなってしまいました。根強いファンは多いですが、新たなファンを獲得するのは難しい10年だったのかなと思います。
不該/周杰倫(Jay Chou), 張惠妹(A-mei)(2016年)
さて、キング・オブ・C-POP、周杰倫(ジェイ・チョウ)の2010年代はどうだったのでしょうか? ジェイはまったく活動を緩めることなく、2010年代も5枚のフルアルバムを発表し、名曲を多く世に送り出しました。「不該」もその中の一曲です。この曲では、同世代の大物シンガー、A-meiとコラボ。大物同士の久々のコラボとあって大きく話題となりました。
この時期のジェイは、五月天と同様、特に中国本土への活動を増やし、中国の超人気番組「中国好声音(The Voice of China)」に出演、台湾のジェイから、中華圏のジェイとパワーアップした印象。何人かのライバルの失速を尻目に、王者の貫禄を見せつけたと思います。
20世紀の歌姫、テレサ・テンを除けば、これほど多くの地域の人に人気を得たシンガーは彼以外にいないでしょう。
まとめ
さて、今回は2010年代台湾音楽より、インディーズバンドと、ヒップホップを除いた、狭義のポップスを紹介しました。2010年代の台湾ポップスシーンの特徴を一言で言えば、「拡散」だと思います。数人のスーパースターが登場し時代を変えたというよりも、2000年代から音楽の裾野が広がって多くのプレーヤーが登場したという印象です。だからなのか、どちらかと言えば2010年代はロックやヒップホップなどポップスの周縁にある音楽が元気だった印象で、相対的にメジャーシーンは大きな動きは少なかった印象です。
ただ、それもこれも、2000年代に登場した周杰倫、五月天、A-mei、S.H.E.のメンバーなどの活動が盤石で、人気が揺らがなかったからかもしれません。実際、細かく書いてはないものの、この期間でも蔡依林(ジョリン・ツァイ)、王力宏(ワン・リーホン)、JJ Lin(林俊傑)なども人気は盤石で、上の世代を脅かすような大物はこの時代には登場しなかったのかもしれません。
一方で、大きな変化が起こるのはインディーズバンドやヒップホップの世界です。それは次回以降にお届けしましょう。
