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染みついた思考や行動の癖を見直して、脱「気難しい顔のおじさん」を目指す

以前、「おばさんに憧れる」という内容の記事を公開していました。

その中で、還暦を過ぎ社会の一線から退いた自分としては、この機会に自らを見つめなおし、おばさんの素晴らしさに学んで素敵なおじさんを目指したい、というようなことを書いていました。

「いまどきジェンダーの括りで物を言うなど…」とお叱りを受けるに違いない、と恐る恐る出した記事でしたが、皆さん寛大なお気持ちで記事をお読みいただき、女性の方含め多くの暖かいコメントを頂戴いたしました。

本当に有難かったです。改めてお礼を申し上げます。

仕事最優先で生きてきて、気難しい顔に固まった「おじさん」ですが、記事を書いてから半年以上が経過して目標に近付けたかというと、うーん…

やはり言うは易し、行うは難しという感じで、多少の進歩は見られるものの、まだまだ「素敵なおじさま」には道遠しという感じです。

ということで、自分がいま「社会に復帰」して、特に幸せな人間関係を築くという点に関してどのようなことを意識しているか、続編というわけでもないですが、自分自身のためにもまとめてみました。

まわりの人のお陰で自分は幸せだと考える

「おばさんの親しみやすい笑顔」に近付く第一歩は、人と対する時に、できるだけ気持ちを持ち上げることです。

周囲の人のお陰で自分が幸せにさせてもらっているという考え方は、別に新しいものではありませんが、たまたま読んだ本田晃一氏の本に、秀逸なフレーズが紹介されていました。

「もーう。みんな、よってたかって、私を幸せにしてくれちゃって!」

私なんかは元来単純な方なので、このフレーズを思い出すと、簡単に幸せな気分になることができます。個人的にはハマりました。

素直な人ほど効果的な上記の方法ですが、もちろん、詐欺などの横行する昨今では注意が必要で、怪しい人物でないかどうかを見極める必要があります。本田氏も最初の時点でそこはクリアするよう勧めています。

その上で、あくまで信用できる人との付き合いの中で、と理解してください。

相手からすると、「自分と接することを相手が嬉しく思っている」と感じて悪い気はしませんよね。

良いところだけ見える「色眼鏡」で相手をよく見る

これも同じ本田氏の本で紹介されていたコツですが、周りの人を見る時に、その人の良いなところが強調して見える「素敵な人メガネ」をかけているつもりで見るのが良い、とのことです。

これまでの人生では、どちらかというと「色眼鏡」で人を見るのは良くないと思っていましたが、こういう使い方なら有りかもしれません。

仕事中心の生活をしていた間は、なかなか「仕事に役立つ能力以外の」他人の長所を探す余裕はなかった様にも感じます。
時間的な余裕ができ、業務の効率と関係なく人と接することができるようになって、はじめて気づけることもありますね。

そうしてこちらの感覚を高めておいて、相手をよく見ることです。
そもそもコミュニケーションは、相手を観察しないことには始まりません。

相手の表情をよく見れば、嬉しいのか悲しいのか、体調が良いのか悪いのか、ということは察しがつきます。そしてその背景に思いを巡らせます。
相手は「その長所によって自分を幸せにしてくれている人」ですから、自分も親身になって相手の味方になってやろう、という気持ちで見てみます。

普段から自分のことしか考えていない人であれば、相手の変化に気付くことは難しいでしょう。だから相手をよく見る、親身になる、ということは、常日頃から習慣にしておかないといけません。

これも仕事効率ばかりを追い求める生活の中では、自分がいかにうまく事を運ぶかということばかりに気を取られて、他の人の状況にはほとんど注意が向いていなかったと感じます。

他者も自分と同じようにいろいろ考え迷っている、ということが分かるだけでも、親近感がわいて、良い関係へとつながります。

気づいた事実や感情を言葉にして伝える

次に行うことは、気付いたことを感情をまじえて相手に伝えることです。
相手にとっては、自分の関心事について相手も理解していると分かれば、この人は自分のことを気にかけていると知り、心がつながるからです。

でも実は、感情を相手に伝えるというのは、多くのおじさん達はあまり得意でないのではないでしょうか?

私達「効率重視社会」世代の男性の多くは、感情は業務を進めるのに有害無益なこととして抑えてしまう習慣がついてしまっているのだと思います。
「感情を表に出すのは未熟」「男が泣くなんて論外」的な…

なので、昭和の男性の中には、結構「ツンデレ」の人が多いと思います。
いろいろ思うことがあるけれど感情を上手く扱えず、そこに「照れ」があったりして、そもそも具体的な行動の仕方がわからないからです。

また、失敗することで「体面を保てない」ということも、仕事をしている間は問題だった様に思います。失敗を恐れる癖がついてしまっていると、人間関係においても、自然と行動にブレーキがかかってしまいます。

例えば、勇気を出して声をかけたけれど、相手にそっけない反応をされたという場合…。長年の習慣で「自分が冷たい反応をされて体面を失う」ことに関心が向いてしまっている可能性があります。

そっけない反応の裏に、どういう背景、どういう感情があったのだろう、と相手の心に関心を向けることの方が重要ですよね。
そもそも、話しかけるという行為自体は恥ずかしいことでも何でもないのですから。

この様に考えると、そもそも失敗などはないし、もっと言えば声をかけるのに勇気など必要ないということになりませんか。

とはいえ長年の習慣は一足飛びには変えられないと思います。
一歩ずつ始めるしかありません。

まずは、あいさつにほんの一言でも素直な感情を加えてみるのも一案です。
「お久りぶりです。センスのいいネクタイしていますね。」
「おはよう。今日はなんか静かだけど、元気?」

褒めてもらった、あるいは心配してもらった相手は、気にかけてもらったことで悪い気はしないと思います。

ここで、表面的な会話だけで終わらせることなく、最初に「相手を好意的に観察」して思い描いていた相手の長所、感情などを題材に会話を膨らませると、今まで伝えられなかった好意が少しずつ伝わる様になると思います。

共感のための自己開示、面白いネーミングも有効

相手の長所を見て、感情を推し量って、言葉を交換すると、そこに共感が生まれます。共感こそコミュニケーションの最重要事項です。
共感を高めるためには、自分のことを開示することも大切です。

現役時代の私は、職場では弱みを見せないこと、隙を見せないことに、結構神経を使っていた様に思います。

ところが社会で一線を退いた今、もはやそんな必要はありません。
逆に、完璧な自分を見せようとすると、相手は警戒し、人間関係には大きな障害となります。表面的な付き合いから一歩進むと、お互いに弱みや隙を見せ合える関係になるのは皆さんも経験済みですよね。

「実は今、すごく緊張して話しかけてるんです」とか、「実はこんな失敗をしてしまって…」など、自分の情けない部分を早めに開示すると、相手は「この人の前では自分も飾らなくていいんだ」と安心し、心の距離が縮まります。

お互いの間に共感できる面白い出来事や気付きがあった時に、そのことに対して面白いネーミングをして、事あるごとにその言葉を出して面白がるというのも、場を盛り上げ、仲間意識が高めるのに効果的です。

もちろん第三者を中傷したり仲間外れを作る様なものであってはいけませんが、そこに気を付ければ、親密さをアップさせるのに有効だという経験は皆さんお持ちではないでしょうか。

ユーモアはいつも私たちを助けてくれます。

物事をメタ認識してニックネームの様に比喩表現を考えるというのは、頭の柔軟さや発想力の豊かさが鍛えられ、老化防止にもいいですよ。


ということで、今回もまた自分の考えをまとめるために勝手に書きつづった文章を公開してしまいました。

別に還暦を過ぎなくても、こんなことは若いうちからやっていて当たり前でしょう、という人も多いでしょう。
でも、昭和のおじさんのなかには、私の様に「職場で必要とされる能力以外は成長していない」人もいるのでは?と思います。

もし同志がおられたら(いませんか?)、ともに頑張っていきましょう!

最後までお付き合いいただいた優しい皆様方、有難うございました。




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