プレスリリースは『記事の下書き』である
知られていないのは、存在しないのと同じ。
だから「伝える」を学ぼう。
前シリーズ「良い商品なのに、なぜ売れない?」では、伝えることの理屈を語ってきた。
顧客の脳内に存在しなければ、どんな良い商品も無いのと同じ――この身も蓋もない真実を出発点に、今シリーズでは手の動かし方、つまり実践を扱っていく。
初回のテーマはプレスリリースだ。
前シリーズで「他人に語ってもらう」ことの威力を説いたが、その最初の一歩となる道具である。
まず、受け手の現実から見ておこう。
新聞社やテレビ局の編集部には、毎日数百通のリリースが届く。記者が一通にかける時間は、ものの数秒。件名を見て、九割以上はそのまま消えていく。
絶望的な競争率に見えるだろうか。
ところが、である。この競争、実は見かけほど厳しくない。なぜなら届くリリースの大半が、読まれる前から自滅しているからだ。
「弊社はこのたび創業50周年を迎え…」という社史の朗読、「業界初の画期的新製品」という根拠なき自称。私のnoteの読者ならもう分かるはずだ。
自慢はニュースではない。まともな一通を書くだけで、あなたは数百通の中の上位数%に入ってしまう。
では「まともな一通」とは何か。
核心をひとつの比喩で言おう。
プレスリリースとは、記者へのラブレターではなく、記者が書く記事の「下書き」である。
思い浮かべてほしい。
記者は慢性的に時間がない。締切に追われる彼らにとって最高の贈り物は、美辞麗句でも接待でもなく「手間の削減」だ。
読んだ瞬間に記事の見出しが浮かび、裏取りの電話一本で原稿が仕上がる――そんなリリースが来たら、使わない理由がない。
つまり勝負を分けるのは熱意の量ではなく、相手の仕事をどれだけ肩代わりしたかなのである。
この原理から、書き方は自動的に導かれる。
第一に、件名がすべてだ。
数秒の審査で読まれるのは件名だけなのだから、ここに「世の中の変化」を入れる。
「新商品発売のお知らせ」ではなく「共働き世帯の“朝食離れ”に、京都の老舗豆腐店が出した答え」。
社名より先に、時代を名乗る。
第二に、結論から書く。
新聞記事が「逆ピラミッド」――最重要情報を冒頭に置く構造――で書かれるのは、途中で切られても意味が通るようにするためだ。
リリースも同じで、最初の三行に「誰が・何を・なぜ今」を詰め込む。
起承転結は物語の作法であって、報道の作法ではない。
第三に、形容詞を数字と固有名詞に置き換える。
「大人気の」は捨てて「発売3か月で当初計画の4倍」。「こだわりの製法」は捨てて「18時間かけて低温で」。
記者は形容詞を信じない訓練を受けたプロである。
彼らが信じるのは、検証できる事実だけだ。
第四に、A4一枚に収める。
足りない情報は問い合わせてくれる。
問い合わせこそ関係の始まりであり、前シリーズで触れた「記者の手帳に残る会社」への入り口になる。
最後に、意外な事実をひとつ。
リリースは大発表がなくても出せる。調査結果、季節の話題への自社の視点、地域との取り組み――。
記者が探しているのは「発表」ではなく「切り口」だ。
年に一度の花火を打ち上げるより、季節ごとに小さな狼煙を上げる会社のほうが、結局よく燃える。単純接触効果は、記者相手にも働くのである。
書き方は、これで足りる。
難しいのはむしろ、書く前に「世の中の変化と自社の接点」を見つける目のほうだろう。
それは前シリーズで学んだ通りだ。理屈と実践は、こうして噛み合っていく。
次回は多くの経営者が悩むSNSの話をしよう。
なぜ中小企業のSNSは三か月で更新が止まるのか。そう「バズらせよう」という発想こそが挫折の元凶である、という話から始めたいと思う。
(加々本裕樹)
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