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思考が深くまで潜りすぎてしまう #107

会話の途中で、
選ばなかった言葉だけが重くなる。

ああ言えばよかったとか、
こう言えばよかったとか。

あの表情の意味は?
あの沈黙の答えは?も。

あとから遅れて、ゆっくり沈んでくる。

それを脇に抱えたまま、
気づけばまた、深いところにいく。


人の感情や、自分の感情について考えることは、悪いことだとは思わない。

むしろ、人が素通りしてしまうようなことにでも、ちゃんと向き合えるのは、
ひとつの個性であり、才能だと思う。

ただ、

深く潜りすぎると、
本質が見えなくなることがある。

人の感情って、
深く考えれば考えるほど、
わからなくなっていくことがある。

本当は、
「その日は疲れてただけ」

それくらい、
シンプルなことなのかもしれないのに。

気づけば私は、

他人の表情の意味を探して、
自分の言動を何度も振り返って、

どんどん深く、深海に潜っていく。

潜れば潜るほど、わかる気がするのに、

本当は逆で、
潜れば潜るほど、見えなくなる。

真っ暗で、
光も届かない場所まで行ってしまう。

自分に対しても同じで、

「なんでこんなことでイライラするんだろう」って、責めるように考えてしまうけど、

本当はただ、
「疲れてただけ」だったりする。


内側に潜ることは、悪いことじゃない。

でもきっと、
苦しくなるほど潜る必要はない。

水圧に押しつぶされそうになったときは、
無理をして潜り続けるんじゃなくて、

一度、水面に顔を出す。

私はきっと、これからも潜ると思う。

これは多分もう、くせみたいなもの。

「あーまた私、深海を探索してたよ」
なんて思う時も多い。

最近はそんな私も、
私らしいな、と思う。

そんな私でも思うことは、
ときどきちゃんと水面に浮上することも、
忘れないでいたいということ。

内側に居続けては、生きられない。

たまに水面の上に顔を出して、息を吸う。

真っ暗な深海から水面に顔を出したとき、
眩しさに目が眩むかもしれない。

それでも、
深海にはない世界が、
深海にしかない世界が、
世の中にはあるんだと思う。


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