本物の私が呼吸するのは、難しいと思っていた#125
本当の自分と、そうじゃない自分。
それはきっと、
本物の私と偽物の私。
実生活では、
偽物の私で生きているような気がして、
本物の私の出番は少ない。
本物の私が出てくるのは、
こうして言葉にしているときのような、
限られた場所だけ。
本物の私が、現実世界で呼吸をする。
それは私にとって、どこか現実離れした、
遠いもののように思えていた。
そもそも、
本物と偽物って何が違うのだろう。
偽物の私は、
外側から求められている私。
役割を全うして、感情を過度に出さず、
自立していて大人に見える存在。
本物の私は、
自分の内側に忠実な私。
感情の揺れが大きくて、
弱い部分も多くて、
とてもそのままでは見せられないと思う。
実生活では、
母であり、妻である自分として、
役割をちゃんと果たしていたい。
だから、本物の私は、
どこかで息をひそめていた。
そんな本物の私が、
現実世界で呼吸することは
できるのだろうか。
ずっと考えてきた。
でも、ふと気づいた。
そもそも、本物と偽物という垣根は、
本当に存在するのだろうか、と。
本物の私も、偽物の私も、
どちらも私なのかもしれない。
役割を全うする私も、
感情を仕舞い込む私も。
偽物に見えていた自分も、
きっと本当の自分を守るために、
自然と生まれた姿だったのだと思う。
本物と偽物に分けていたのは、
自分自身だったのかもしれない。
偽物の私がいる場所で、
本物の私を、少しだけ滲ませてみる。
正直、こわい。
だから全部は出さない。
ほんの少し、滲ませるだけ。
それだけでも、青空の下でちゃんと、
息ができるようになると思うから。
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