見出し画像

山の暮らしの物語14 ゆきちゃんの夏


谷川の水槽


透きとおったガラスの向こうで小さな魚が泳いでいる。

この間 母さんといっしょに釣ってきた “ むつ “だ。 (注1)
ゆきちゃんは ひんやりしたガラスにおでこをくっつけて、わくわくしながら眺めている。

雨が続いて仕事にならない間に
父さんが何日もかけて作ってくれた木製の水槽だ。


がっちりした木枠にガラスをはめ込んで
水漏れしないよう繋ぎ目に松ヤニ (注2)を塗り込んである。
父さんは大工だから、こんな水槽くらいお手のものだ。

しっかり水にさらして木材のアク抜きをしてから
木桶で暮らしていた三匹のむつが引っ越ししたのは、昨日の事だ。

ガラス越しに見るのは初めてだから、ゆきちゃんは嬉しくってそばを離れない。いつも上から見おろしていたむつを 横から見るとまったく違って見えるのだ。

「父ちゃん 父ちゃん むつ かわいらしね」

「おう 元気に泳ぎよるの〜」

父さんも、大喜びのゆきちゃんに満足そうだ。

井戸端にすえた水槽に、小さな音を立てて谷川の水が流れ込んで来る。
掛け流しの水槽だから、むつにとっては川の淀みにいるようなものだろう。

底には、父さんといっしょに拾ってきた小石が敷いてあって
ゆらゆら揺れる水草の間を、むつは行ったり来たりして口をパクパクさせている。

「むつも ハラへったやろ」
ごはん粒が入った小さなざるを手に、母さんもやって来た。

「あ〜 ゆきがやる!」

ゆきちゃんの小さな手から、ごはん粒がパラパラ落ちると
バシャっと水をはねて、三匹が群がった。

こうして、小さな山の家の 小さな水槽で 三匹の暮らしが始まった。





蚊帳の上のセミ



夕ご飯が済むと、母さんが蚊帳を吊す。
「そっち持って もっと広げて」
母さんに言われて ゆきちゃんもお手伝いをする。

父さんは 何やら大工道具の手入れをしている。
腕のいい大工なのだ。
母ちゃんちのじいちゃんがそう言ったから間違いはない。

蚊帳に入るにはコツが要る。
裾をそっと上げて素早く入らないと 蚊が一緒に入ってしまうのだ。

最初はヘタだったゆきちゃんも、もうすっかり慣れたものだ。
面白くて出たり入ったりして
「これ 蚊を連れ込むんじゃない!」としかられたりする。


蚊帳の中に入ると、ちょっとだけ息苦しい。
でも蚊に刺されるよりはマシだ。

父さんと母さんの間で、ぐっすり眠って
目が覚めると、頭の上で「じじっ じじっ」と鳴き声がした。

起きてのぞいて見ると
大きなセミが蚊帳にからまってバタバタしている。

山の一軒家だから戸締まりなんてしない。
開け放しで 涼しい風を入れて寝ている。
そこへセミが迷い込んだらしい。

(セミといっしょに寝るなんて なんだか楽しいな)
ゆきちゃんは からまった蚊帳の網目からセミをそっと外し 外に放してやった。


それから井戸端に行って顔を洗うと
とうもろこしを採りに畑に向かった。

まあちゃんちでもらった苗に、大きな実がいっぱい付いて、そろそろ食べ頃だ。


遠くからセミの合唱が聞こえて来た。
もうすぐお盆がやって来る。

こうして ゆきちゃんの夏は過ぎてゆく。



注1 むつ コイの仲間だが、あまり大きくはならない。
清流や田んぼのそばの小川など 何処にでもいて
誰でも簡単に釣れるので、子供の遊びにはぴったりの魚。
食べられるけど、全然美味しくない。

注2 松脂 (マツヤニ)
松の幹の表面に刃物で傷をつけ、しみ出したものを集めて採る。
採った時は透明な液体だが、だんだん粘り気が出て固まるので 接着剤として使える。

前はこちら

次はこちら


#山の暮らしの物語
#ゆきちゃん
#谷川の水槽
#蚊帳の上のセミ



いいなと思ったら応援しよう!