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『 I'm home ! / 真相 』第5話・鳥の巣


 余程疲れていたのだろう、北に向かう新幹線の中で、俺はいつの間にか意識を失ったように眠りに落ちていた。

 気がつくと俺は、いつもの溜まり場〝鳥の巣〟で、恋子と二人長机の上にノートを開いて、互いの作品の批評をし合っていた。
 〝鳥の巣〟は、通っていた東立大学の作家を目指す学生、所謂作家の卵たちの集う文芸サークルの部室のような物だったが、『小説の書き方』のような入門書から、『小説家への道』、『誰にも真似の出来ないストーリーを描くには?』といったノウハウ本まで、集まる学生たちが持ち込んだ本で、どの本棚もいっぱいだった。
「綴くん!」
 突然恋子に肩を揺すられて、俺は机に突っ伏した状態で目を覚ました。
 いつの間に寝てしまったのだろう? 寝ぼけた俺の顔を覗き込んで、恋子が言った。
「綴くんの作品は、いつも今一つ意外性に欠けててつまんないのよね」
「えっ?!」
 俺はハッとして恋子を見た。
「なんだって?」
「北の漁師町の穏やかな暮らしも、その女の子も、綺麗な夢物語よ、きっと。帰ったって、待ってる人なんて誰も居やしないわよ」
 意地悪な目をして一度そう言うと、悪ふざけをした後の子どものように、恋子はケラケラと可笑しそうに笑った。

「や、ヤメロォ!」
 俺はそう叫んで、新幹線の窓側の席で目を覚ました。
 幸い、隣の席は空いていたが、周りの乗客が一斉にこっちを見ているのが分かった。
 俺は恥ずかしさで真っ赤になった顔を隠すように、身体の向きを変えて、真っ暗な窓の外を見つめたままじっと時間をやり過ごした。

「どうも綴くんの作品は、今一つ意外性に欠けててつまんないのよね」
 あれは、夢の中の恋子のあの言葉は、実際に以前、俺が、恋子に言われた言葉だった。 俺は新幹線に揺られながら、大学時代の記憶を辿り始めた。

「なんだよ、その言い方! 流れに無理はないし、細やかな心の綾までちゃんと書けてる、って、三神みかみさんが言ってくれてるんだぞ!」
「嘘だね! 綴くんの〝綾〟は、せいぜい心の上部だけを撫で回したようなものじゃない。人間の内側なんて、そんなに美しく纏まったものなんかじゃないわ」
「なんだと?! 三神さんにまでケチつける気か?」
 思わず熱くなった俺の目の前に、恋子は立てた人差し指を突き出して、左右に振ると言った。
「ノンノン! 言っちゃ悪いけど、三神さんなんて、小さな賞を獲ったくらいで、誰にでも花丸出しちゃうような甘ちゃんの先輩じゃない! 結局嫌われたくないし、尊敬して欲しいだけの人なのよ」
「ひ、ヒドイぞ! 恋子! そんな事言うなんて失礼だ! それに……」
「それに? 何よ? 言ってみなさいよ!」
 言い澱んだ俺の顔にグイと顔を近づけ、すかさず恋子は挑むような目をして突っ込んできた。
「ホントは自分だって、三神さんの事バカにしてるんじゃない。キツイこと言わない人だ、って分かってるから三神さんとこ行ったんでしょ?」
「そ、そんな……! お、俺はただ……」
「ただ?」
 恋子が、いつもの意地悪い目で俺を見て言った。
「ただ……三神さんが優しいのは、乱暴な物言いで人の尊厳を傷つけたりしたくないからだ! 自分を上に見せるために、わざとコテンパンに人を貶したりするような、そんな次元の低い人じゃない! 俺はそう言いたかっただけだ! 疑問に思ったところはちゃんと伝えてくれる。正直で信頼出来る人、そう思ってるから、だから相談しに行ってるんだ!」
「よし!」
 恋子はパン! と掌で机を叩くと、
「よく言った!」
 と言いながら俺の頭に手を置いて、クシャクシャに撫で回した。
「え?! 」
「バカね! 私だって三神さんのこと大好きよ! あんな神様みたいな人! 分かってるでしょ?」
 そう言うと、恋子は、顔を天井に向けてケラケラと笑った。
「まったく……、なんて奴だ! どれだけ俺を揶揄えば気が済むんだよ。悪趣味だぞ!」
 俺はいつものように、大きく溜息を吐きながら言った。
「アハハ! ごめん、ごめん! だって、いつだって綴くんはムキになってすぐ引っかかるんだもん! 面白くて!」
 そう言って、右のほっぺにえくぼを作ってにっこり笑うと、恋子は自分のノートを指差して、聞いた。
「じゃぁ、綴くん、わたしの作品の別れのシーン読んで、どう思った?」「え? あぁ、いい結末だなぁ、と思ったよ。毎日喧嘩ばかりしていた二人だったけど、立ち去る吾郎の背中を見つめて、真澄がそっと涙するシーン。綺麗だった……。意地を張っていても、心の底では、やっぱり愛してたんだなって、解った」
 俺がしんみりと味わうように語っていると、恋子は突然拳で机を叩き、人差し指で俺を指差すと、
「ほうら! やっぱり浅い!」
 と言った。
「えっ?!」
「そんな事わかんないじゃない? やっとコイツと別れられた! って思って流した嬉し涙かもしれないし、何故こんな人と長々付き合っていたんだろう?! って、自分を情けなく思って流した悔し涙かもしれないじゃない?」「うっ!」
 俺が絶句すると、前のめりで話していた恋子は、フッと笑って身体を離し、優しい眼差しになってしみじみと言った。
「まったく、お人好しなんだから、綴くんは。まぁ、そこが好きなんだけどね」

 〝鳥の巣〟の古いドアをガタガタいわせながら鍵を掛けると、俺と恋子はいつものように、壁に取り付けられている部室のネームプレートを外すと、ほじくり開けられた壁の穴に鍵を隠してプレートを戻した。
「やっぱり作家になろうなんて奴らは、普通の人間じゃないよな?  学校の壁に穴開けるなんてさ」
「だから私たちがいるんじゃない?」
「恋子が、だろ?」 
 俺が笑って恋子の方を振り向いた時、隣の演劇部のドアが開いて、一人、コンビニの制服を着たアイドル系のイケメンが出てきた。
「あ、愛人よしとくん、どう? 人集まった?」
 恋子が気軽に下の名前で呼びかけた。
「あ、いや。それがまだ見つかってない。やっぱり恋子、頼めないかな?」  
 ヨシト、と呼ばれたその男は、手の甲で自分のシャープな顎を撫でながら言った。
「うーん。考えとく、演出家の二宮先輩? あの人苦手なんだよね、演出が臭くって」
 そう答えると、恋子は肩を竦めてみせた。
「ハハッ。相変わらず斬るねぇ! どうせなら直接言ってくれよ、皆助かる」 
 男は、少し口を歪めて笑った。制服の名札には〝相田〟とあった。 それにしても、互いに下の名前で呼び合うなんて、一体いつ親しくなったんだろう?
「誰?」
 俺はムッ、としながら恋子に聞いた。
「あっ、綴くん、こちら相田愛人あいだよしとくん。愛人くん、こちらは新田綴にったつづるくん」
「あ、彼氏?」
 相田が聞くと、恋子は『うん』、と笑った。 俺は、〝彼氏〟と言われたのを聞いて、少しほっ、としながら相田に軽く会釈した。 相田は、〝どうも〟と言って俺に軽く頭を下げると、
「じゃっ、これからオーディションだから」
 と言って、校舎の出口に向かって歩き出した。
「がんばってね!」
 恋子が、相田の背中に声をかけた。相田は、背中を向けたまま振り返らずに、
「おう!」
 と、片手を上げて応えると、細く締まった身体を少し揺らしながら帰って行った。『臭いのはどっちだ? コイツを斬ってやれ!』俺は心の中で呟いた。
「愛人くんってさ、ルックスはモデル並みにいいんだけど、お芝居ってなると入り込み過ぎて、ブレーキ効かなくなるとこがあるんだよね」
 恋子は、小さくなっていく相田の後ろ姿を見ながら、白いカチューシャを一度外し、顎をつんと天井の方に向けたまま頭を二、三度振って長い髪を整えると、もう一度嵌め直しながら言った。 辺りをふわっとローズシャンプーの香りが包んだ。その仕草が、俺は恋子の癖の中でも一番好きだった。 俺は甘い迷路で、迷子になりそうな思考を呼び戻すように言った。
「どういうこと?」
 恋子が答えた。
「例えばさ、怒る場面があるとするじゃない? 彼、本気で怒って迫ってくるから、相手役はびっくりして皆退いちゃうわけ。泣く場面だと、どっぷり浸かって泣いてるから、気分をなかなか切り替えられなくて、次のシーンに移れないんだよね。結局お芝居がストップして、進まないのよ……」
「そ、そうなんだ……迷惑な奴だな」
 俺は聞いているだけで、少し退いてしまった。
「それにしても恋子、どうしてそんなに詳しいんだ?」
 俺はやっと、聞きたい質問に辿り着いた。
「あら? 言ってなかったっけ?」
 と言って恋子は、昨年末の学園祭の舞台に、頼まれて出演したことを話した。
「聞いてない」
 俺はムッとして言った。
「俺、インフルエンザで寝込んでたし、二週間出席停止だったから」
「あ! そうか、そうか! それでね、なるほど!」
 恋子は半笑いしながら、
「綴くん、よくインフル罹るよねぇ」
 と言ってから、俺の肩を叩いて、〝ごめん、ごめん!〟と、また笑った。「ユキと私が〝鳥の巣〟に居たらさ、ノックして隣の演劇部のメンバーが来たってわけ。綴くんと同じように、主役級の子がインフルで倒れちゃったから、代役で出てくれる子を捜してたのよ」
「じゃぁ、ユキも一緒に出たのか?」
 俺は遠回しに聞いた。
「ううん」
 恋子は首を振ると、ずり落ちそうになっているカンバス地のバッグを肩に掛け直した。
「なんで? なんで恋子だけ出たんだよ」
 自分でも妬きもちを焼いているのが分かって、俺は少し赤くなった。
「だって、その役がオフィーリアだったんですもの! ハムレットのね。綴くん、知ってるでしょ? ユキがショートヘアなのを」
 俺は不機嫌なまま、口をつぐんでしまった。 恋子は時々、頼まれもしないのに正直に喋りすぎるが、この時もそうだった。
「でね、ハムレットがあの愛人くんだったってわけなんだけど、ほら彼、例によって入り込んでるから、抱き合うシーンで思わずキスしてきたんだよね、ビックリしちゃった!」
 そう言うと、恋子は可笑しそうにクスクス笑った。
「えっ?!」
 俺は嫉妬と怒りで真っ赤になったが、その日はそれ切り恋子と口をきかずに別れた。

 ガタン!
 突然新幹線が揺れて、俺はふと〝今〟に引き戻された。
 真っ暗な窓の外の流れが、少しずつゆっくりになって、駅に近づいている
のを教えた。

第5話・終わり

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