アニメ版「ゲッターロボアーク」における「ゲッター曼荼羅」について
アニメ版「ゲッターロボアーク」終盤に唐突に沸いて出た「ゲッター曼荼羅」。
勿論このようなものは原作には存在しません。
みんな気軽にネタにする割に、「アニメ版ゲッターロボアーク」ひいては川越監督が担当したダイナミックプロ未監修派生作品群の世界観を示すに重要であろう、あれの元ネタと意味するところは全然話されていないなと思ったのでメモっておきます。
*あの世界はどうにかなるはず、拓馬たちは悪くないはずと思っている方々には残念な内容を示すだろうことは最初に明記します
事実関係:ゲッター曼荼羅の元ネタ

「ゲッター曼荼羅」の元ネタはこちらの上部に「手天童子・鬼の世界」、下部に「鬼獄曼荼羅」と記載のある図。

永井豪原作の「朱天童子」に登場した鬼獄曼荼羅を参考に描かれ、長方形(右)の準備稿を経て六角形(左)のデザインが採用された。
資料集にはこのような文面もあり、比較しても類似点が散見される。
この永井豪先生による「鬼獄曼荼羅」が元ネタであろうことは石川賢先生の作品における曼荼羅がどのような描き方だったかの比較でも裏付けることができると思う。
参考:石川作品における曼荼羅


とまあ、このように全く異なる。
石川先生の作品における曼荼羅は書き込みが異様に多く、左右の対象性などが厳密ではなく、幾層にも重なっているかのような描き方である。
これらからも、「ゲッター曼荼羅」元ネタは永井豪先生の「鬼獄曼荼羅」であると言えるだろう。
「鬼獄曼荼羅」から素直に考えたときの意味
そもそも「鬼獄曼荼羅」とはなにか、というと先述したように永井豪先生の「手天童子」がその出典となる。
無の空間にある日突然発生した世界。
四角い箱の様な形の内側で互いに争い、殺し合う「鬼の世界」が「鬼獄界」。
この「鬼獄界」を描き表したものが「鬼獄曼荼羅」。
素直に受け取るならば、「アニメ版ゲッターロボアーク」の世界はこの「鬼獄界」に相当する世界となるだろう。
それは同時に、石川作品で似た構造の世界を言うなればゲッター地獄だし、「魔界転生」の魔界(同種でありながら一人だけが光輝く希望持つ存在となる点が類似する)だし、無限ループする負の思念の世界≒「神洲纐纈城」の世界観設定に近い、とも解釈できよう。
元ネタ、準備稿、決定稿の比較などから読み取れること
①.鬼獄曼荼羅:三角形→ゲッター曼荼羅:六角形の変更
「3」は原典となる「ゲッターロボサーガ」の文脈では重要な数字である。
「三つの心」はじめとして「色╱光の三原色」や「天地人の三才」など主題に繋がる様々な要素に関係する。(なので血筋の作品の爆末伝が紙書籍だと三冊で色の三原色とかにもなる)
このため、もしもアニメ版アークの世界が本当に原典正規筋の世界から地続きであるならば、わざわざ意図的に変更することに大きな違和感が存在する。
では、何故「6」を選択したか、と言えばチェンゲだと思う。
*チェンゲは最後が「6人」での戦いとなることから。
また後から気付いて非常に引っ掛かったことなのだが、原作のひとつとなる東映版G最終決戦の主な敵は「6体で合体百鬼ロボット」でもある。後述するが川越ゲッターはじめとする未監修派生作品は主題から原作と相反関係となっているものが多い。チェンゲ時点から内実は鬼であった、という読み方は不可能でもないだろう
*ゲッターロボの顔という説も考えられるが、正直な話原典にしろアークにしろ、そこは何一つ重要であるとは思いがたい。なにせ石川先生の適当な落書きから生まれたのがあのお顔であり、作中にも一切言及などされない

赤青黄の三原色+平九郎と新八郎が機械に搭乗する、で統一されている。
特に2巻以降は上部の撃ち方と下部の操縦士。
「鋼鉄神ジーグ」にこれによく似た位置取りの二人組が存在している。
*爆末伝と同じように「3」でわざわざ納めた疑いがあるもの→飛焔(最初の単行本全3巻)とか、実質的にはゲッターロボ構造のSKL(3話構成、DVD3本)やReハニー(天地人)
逆にわざわざ3はずした疑い→ネオゲ(4話構成)
②.プラズマエネルギー稼働のロボットが準備稿時点から除外されている
生前の石川先生による、ゲッター線とゲッターエンペラーに関しての言葉が以下となる。
(記事筆者前略)途中からは「ゲッターは悪だ」というか「絶対悪」のようなイメージを持っていました。(記事筆者中略)その「絶対悪」がどんどん進化していくとどのようになるのか、それを『アーク』では追いかけてみたかったんですよ。『真』で登場した進化の最終形・ゲッターエンペラーは、そのイメージを具現化したものなんです。
アニメ版アークの世界が「鬼獄界」に相当する世界であり、ゲッター線が「絶対悪」≒「鬼」であるなら、プラズマエネルギー駆動のゲッターロボが除外されることの意味はそう難しくはないだろう。
プラズマエネルギーこそが「人類によるゲッターエネルギーの再現=科学であり人類自身の力」であり、それは「絶対悪」「鬼」に属するものではなかったから除外されたのではないか。
③.準備稿での人物配置
ジローに配置された竜馬以外全員が(人の心を失った、もしくは人間の負の感情の具現化である)鬼である。勿論アークチームを含む。
しかし、このジロー位置は決定稿で明確に変更されている。
④.決定稿での人物配置
ジローの位置は最終的になにになっているかというと「タラク」≒アニメ版アークでの號だと思われる。
タラク≒號だけがあの世界を打ち破る可能性を持つジロー位置だし、魔界転生だと十兵衛位置という配置だと考えられる。
ということは、あの號くんは翔と共に、「サーガ版」に近い可能性が存在するのではないか。
アニアクでの2号機乗り筋はカムイくん関係もあってか理性ありそうな感じではあったし。
また、アニメ版アークの流竜馬はその役割を持たない。鬼に属する存在である、と決定されたとも読み取れるだろう。
たいそう初歩的、基本的、かつクリティカルな話だが、「主人公、人類側なのだから正しい╱善人であるはずだ」とは少なくとも石川作品では通用しない。
「ゲッターロボサーガ」はじめ、殆どの作品では確かに主人公はまっとうな倫理観と道徳心を持つ善人であると私は判断しているが、アークをはじめ少数の作品はそうではない。
また、作中善悪や正義をその作品内で規定するような事も存在しない。(なお「正しい╱神だから」などと自称する存在は総じてそれを正当性の盾として他者に暴虐を尽くす悪であることの方が断然多い)
「行いから自分で判断してほしい」ということだろう。
善悪とは属性、思想などで決定されるのではなく、行いにて都度判定されるべきである。「誰が≒属性」ではなく「目的≒思想」ではなく「何をしたか」で判断されるべきものである。これは個人の思想の自由を含む基本的人権を尊重する法治国家としての基本的な考え方でもある。
「ゲッターエンペラーは悪くはないはずだ」などとは見ている側の勝手な願望であって、命を軽視し侵略と虐殺を行う存在は石川先生も仰っていたように悪としか言えないだろう。
この曼荼羅の限り、「そもそもこの世界は詰んでいて明るい未来など存在しない」というのも同様である。
「主人公がこうなるのだから悪くはないはずだ、ゲッター線に選ばれた人類最強チート無双ヒャッハー!!」とか喜んでいる場合では無く、そういった身勝手な思い込みの結果、ゲッター線の奴隷に自ら望んで化した未来人類と勝手に祭り上げられた神・ゲッターエンペラーによる無限地獄と行き止まりの確定ではないだろうか。
以上が素直に受け取ったときの私の解釈である。
ここから下は私が以前まとめた考察などを前提とした話となる。
根本的な話、何故石川作品ですらない永井作品の「手天童子」なのか
そもそも論をするが、十中八九、漫画版から「ゲッターロボアーク」という話は「ゲッターロボサーガ」ではなかった。
ダイナミックプロ未監修の映像化である「チェンゲ」と「ネオゲ」をベースにした、「サーガからの分岐世界」であっただろう。
*ダイナミックプロ未監修の派生作品は(未確認の牌を除き)すべてが、原典となる本来の「ゲッターロボ」とは主題が相反関係となっていて(原典「協調性」↔未監修派生「同調性」)「三つの心」も揃っていない
「ゲッターロボアーク」連載終了後から「アニメ版ゲッターロボアーク」の間に発表された、ダイナミックプロの監修クレジットがスタッフクレジットや表紙に存在しない派生作品が「OVA新ゲッターロボ」「ゲッターロボデヴォリューション」「ゲッターロボ牌(私は未読のためこの記事では触れないが)」となる。
未監修派生作品筋として漫画版アークが描かれたのであれば、そのアニメ化において、空白期間に存在した同じく未監修の派生作品筋の要素を取り込み、その集大成としようとしたのではなかっただろうか。
「ゲッター曼荼羅」元ネタ、「鬼獄曼荼羅」の出典となる「手天童子」は「OVA新ゲッターロボ」の反転元ネタのひとつである。
また、「まっとうに理性(他者を思う心)を持ち、努力した人間(=號や2号機乗り全般╱源頼光)も過去いたが、(すべては運命であり)無駄だった。人類はゲッターエンペラーへの道を歩みいずれ滅ぶ」とアニメ版アークの内容を解釈するのであれば、これもまたOVA新ゲッターロボの要素(プロット)である。
アニメ版アークがあのままでは色々とまずいのではないか、という点に関してはあげていくとキリがない。
特に拓馬に関連して変更追加された部分がことごとくゲッターエンペラーに繋がるものになっているようにも感じた。
下は私が気付いた最低限の問題点部分だけでも解消できないかと書いた二次創作となるが、気になる方はこちらや先にあげた漫画アークの考察記事辺りを参照してほしい。
最後にやはり唐突に湧いた「ゲッター天」のデザインも、線の多さなどデヴォゲでのメカニックデザインイメージを個人的には感じる。
*ゲッペラに唐突に生えた設定は「マジンガーZERO」では?と疑っているが、アニメも漫画も未読のため関係性が不明
年表で指摘したが、何故か制作者内ですらコンセンサスが取れていない時系列に関しても、未監修派生作品筋の発表年代に合わせてアニメ版アークの過去を整理しようとし、やりきれなかった可能性は無いだろうか。
*そうであるなら同時に、アニメ版アークにおける「流竜馬」は本質的には「ゲッターロボのリョウ」ではなく、「未監修派生作品筋の竜馬」であるために、ジロー位置とならなかったのではなかろうか
もしも、本当にこういった形であったなら、アニメ版ゲッターロボアークとは、漫画版から未監修派生作品筋のすべての要素を含んで再構成した集大成であり、同時に未監修派生ゲッターロボ作品世界の「終焉」「行き止まり」の確定でもあったのかもしれない。
個人的な感情としては、そのような内容であるなら、いっそのこときちんと滅ぼして明確にリセットしてほしかった……。
この30年近く、「ゲッターロボ」は本来の中身を乗っ取られ、石川作品ですらなかったのだろうと、今の私は考えている。
これを転機に、本来の姿を取り戻してほしいものだが、そうできるかどうかは、結局ファン層の言動次第でもあるのかもしれない。
