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猫と息子


小学4年生の頃だった。

学校の帰り道で、
子猫を拾った。

サバ白だった。

名前は、
トラにした。

家へ連れて帰った。

私は、
飼えるものだと思っていた。

1週間後。

トラはいなくなった。

祖母が捨てていた。

「戦争中は、
食べるものもなかった。
猫畜生に食わせる飯なんかない。」

私は泣いた。

祖母は、
泣かなかった。



しばらくして、
また子猫を拾った。

今度は茶トラだった。

サバ白より、
ずっとトラらしかった。

今度こそ、
トラだと思った。

名前は、
またトラにした。

前のトラと、
同じ名前だった。

わざとでもあった。

前のトラを、
終わらせたくなかった。

祖母は相変わらず、
猫の文句を言っていた。

それでも、
捨てられることはなかった。

外で飼うことになった。

夕方になると、
トラは帰ってきた。

私の部屋へ入ってくる。

ゲームをしていると、
いつの間にか膝の上で寝ていた。

温かかった。

私は、
猫を飼っているつもりだった。

でも、
餌をやるのは母だった。

面倒を見るのは祖父だった。

トラは、
祖父によく懐いていた。

私は、
ただ一緒に遊んでいただけだった。

中学生になると、
友達が家へ遊びに来るようになった。

トラは、
あまり家へ寄りつかなくなった。

それでも、
たまに帰ってきた。

一緒に寝た。

トラは、
10年生きた。

祖母は最後まで、
猫の文句を言っていた。

それでも、
もう捨てることはなかった。



小学6年の正月だった。

祖母の家へ行かなかった。

初めてだった。

本家と離れは、
歩いてすぐだった。

毎年、
お年玉をもらいに行っていた。

その年だけは、
行きたくなかった。

「今年もよろしくお願いします。」

その一言が、
言えなかった。

しばらくすると、
祖母が追いかけてきた。

一人だった。

手には、
お年玉の袋を持っていた。

私は、
受け取らなかった。

祖母は、
何か言っていた。

私は、
何も言わなかった。

その日から、

お年玉は、
一度も受け取らなかった。

子どもの私は、

祖母を、
許せなかったのだと思う。

猫のこと。

借りを作りたくなかったこと。

子どもなりの筋だった。

45歳になった今でも、

あの時の自分を見れば、

まあ、
そうするだろうなと思う。

祖母が亡くなる前日。

母と一緒に、
祖母に会いに行った。

もう長くないらしい。

会話ができるような状態ではなかった。

それでも、
顔色はよかった。

肌も、
驚くほどつやつやしていた。

私は、
祖母の手をそっとさすった。

冷たかった。

心の中で、
「お疲れさん。」

そう、一言だけ思った。

百三歳。

大往生だった。

次の日、
祖母は静かに息を引き取った。

それから数年後


ある日。

息子が、
自転車の前かごに子猫を乗せて帰ってきた。

生まれて、
まだ1週間くらいだった。

両手で大事そうに抱えている。

「かわいい。」

そう言っていた。

私は、
猫を見た。

小さいな。

そう思った。

その次に、

ちゃんと飼えるか。

そう思った。

返してきなさい。

その言葉は、
浮かばなかった。

「責任は持ちなさい。

自分の部屋で飼いなさい。」

そう言った。

妻も、
反対しなかった。

その日から、
猫は家族になった。

名前は、
大吉。

今、
うちには3匹いる。

シエロ。

チビ。

大吉。

シエロは、
私の膝へ乗る。

大吉は、
息子のところへ行く。

チビは
リビングを牛耳る

猫は、
気ままだ。

呼んでも来ない。

でも、
気が向けば隣で寝る。

その距離が、
心地いい。

猫を見ていると、
安心する。

近づきすぎない。

離れすぎない。

ちょうどいい。

祖母が見たら、
きっと怒る。

「猫と一緒に寝るなんて。」

そう言うだろう。

私は、
少し笑ってしまう。

祖母は、
祖母なりのやり方で、
家族を守っていた。

私は、
私なりのやり方で、
家族を守っている。

時代が変われば、
守り方も変わる。

それでも、
誰かを大切に思う気持ちは、
案外、変わらないのかもしれない。

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