第2回(全10回)/恵島良太郎という人の、時間と場所の使い方
連載「100日で、会社が売れた」#2
これは、2025年秋から100日間、幻冬舎の編集者でビジネスインフルエンサーの箕輪厚介さんと、マレーシア在住の起業家・恵島良太郎さんが挑んだ「1億円M&A」プロジェクトに、私がスタッフとして横から参加し、見ていたことを書いている連載です。
ある夏の話をします。
私は仲間と、スペインで開催されたIRONMANに出ていました。トライアスロンの中でも一番きついやつです。スイム3.8キロ、バイク180キロ、ラン42.195キロを、一日でやります。
レース前日、選手向けの説明会がありました。コースの注意点、補給ポイント、関門時間、何かあったときの連絡先。集中して聞いておかないと、翌日の命に関わります。
その会場で、今回のプロジェクトオーナーでもあった恵島良太郎さんは、片耳にイヤホンを入れていました。合間合間にオンラインミーティングをしていたんです。
説明会を聞きながら。スペインで。翌日のIRONMANを控えながら。
——この人、本当に、いつでも、どこでも、仕事をしているんだ。
そう思った瞬間でした。
(↓1話はこちらから)
恵島良太郎さんは、1976年宮崎県生まれの連続起業家です。スタートアップスクエアの代表で、累計8社を自ら売却してきました。10〜20億円規模のM&Aが得意で、他社の売却支援も年間4社ペースでやっています。
13年前、家族と一緒にマレーシアへ移住しました。今はクアラルンプールに住みながら、国内外あわせて11社をマネジメントしています。日本企業とのやり取りも、海外の事業も、全部オンラインでゴリゴリ動かしています。
事業領域は、IT系だけではありません。飲食事業も持っています。私が把握しているだけでも、ジャンルがバラバラです。「事業の種類」という枠組み自体を、あまり気にしていない感じがします。
何かあれば東京にも頻繁に戻ってきますが、基本はマレーシアの自宅から動きます。今回のプロジェクトでも、私を含むメンバーと直接会ったのは、100日のうちで1回くらいでした。
それでも、何ひとつ困りませんでした。
むしろ、いつもオンラインの画面の向こうにいてくれることのほうが、安心でした。
恵島さんの仕事の進め方には、いくつか特徴があります。
ひとつは、スピードです。
ミーティングで何かが議題に上がると、ほとんどその場で結論が出ます。やるか、やらないか。いったん置いておくか。順番を入れ替えるか。次の打ち手が、その場でサクサク決まります。
最初は驚きました。でも、見ているうちにわかってきたことがあります。
恵島さんが即断即決できるのは、その場で考えているからではありません。
恵島さんは、このプロジェクトだけに集中していたわけではなく、出資先の事業も、自分が代表をしている会社も、他の支援案件も、いつも並行して回しています。スポーツをしている時間も、別の仕事をしている時間も、たぶん移動している時間も、脳のどこかで、それぞれの案件のセオリーやストーリーを描き続けている。
だから、ミーティングの場で議題が上がったときには、もうある程度の輪郭が見えている。そこから「やる/やらない/置く/入れ替える」を出すまでが速い。
考える時間を長く取るほど判断が良くなる、というわけではない——というのは、たぶんそういうことなんだと思います。考えていないからサクサク決められるのではなくて、ずっと考えているからサクサク決められる。これは、似ているようで全然違う話です。
ふたつめは、複数シナリオです。
恵島さんは、いつも「Aパターンだけじゃなくて、BもCもありますよ」という話し方をします。一つの方向に賭けない。ダメだったときの次の手を、最初から3つくらい持っている。
100日で1億円のM&A、というミッションも、たぶんAパターンが立たなかったときのBやCが、恵島さんの頭の中にはちゃんとあったんだと思います。私は最後まで聞きませんでしたが。
みっつめは、エンジニアファーストです。
これは、ものづくりの場の温度を決めていた哲学でした。
事業を作っていたメインメンバーは、AI開発エンジニアの拓海さんと、ビジネスオーナーの恵島さんと、私の3人です。箕輪さんはプレゼンや集客の場面で加わってくれる、という形で、年末あたりまではほぼこの3人で進めていました。
恵島さんは、エンジニアの判断をとても尊重します。プロダクトを作る人が「これはこう作りたい」「ここは時間がかかる」と言ったら、まずそれを受け止めます。営業や企画の都合で、エンジニアの仕事を急かしたり、無理を押し付けたりしない。
驚いたのは、ここから先です。
サービスを実際にお客様に売る段階になると、どうしても外せないマストな機能や、伝え方の都合で先に整えないといけない部分が出てきます。普通なら、ここで「商売の都合」が「ものづくりの都合」を上書きします。
でも、恵島さんは、そこでも拓海さんに状況や意見を聞きます。「これは外せないんだけど、どうするのが現実的?」と聞いて、答えが返ってきたら、内容を調整したり、順番を入れ替えたりする。商売の都合で押し切るのではなく、エンジニアの状況の中で組み直していく。その柔軟さに、私は何度も驚きました。
エンジニアが安心して、信頼して仕事ができる場こそが、開発速度を上げる。
——これは、恵島さんと拓海さんを見ていて、私が一番強く学んだことです。
100日のあいだ、恵島さんはマレーシアの自宅から、家族旅行の客船から、東京の出張先から、そしてスペインのIRONMAN会場から、ミーティングに入り続けていました。
時間の使い方も、場所の使い方も、私が知っている「働く」の概念とは違いました。
仕事をしているのか、生活をしているのか、運動をしているのか、その境界がほとんどありません。スポーツも時間割の中にちゃんと組み込まれていて、ゴリゴリやっています。事業も、ゴリゴリやっています。家族との時間も、ゴリゴリ取っています。
——今、世界で仕事をするって、こういうことか。
そう思いました。
私はパソコンを開く場所を「仕事場」と呼んできました。でも、恵島さんを見ていると、それはたぶん、違う考え方なんです。世界のどこにいても、自分が動けば、そこが現場になる。場所を仕事に合わせるのではなく、仕事を自分の場所に合わせる。
13年マレーシアにいて、IRONMANを走って、11社を回して、100日で1億円のM&Aを動かしている人の、「時間と場所の使い方」でした。
そして、その恵島さんが、ある日YouTubeを見ていて、一人のビジネスインフルエンサーに声をかけることになります。
次回、その話を書きます。
