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封印された龍神族~日本のルーツ~

 これは歴史の話である。スピリチュアルではない。

 古代、日本列島には龍神族がやって来た。
 
 古代中華も龍の国、東南アジアも龍の国。東アジアに広がった龍族は日本にもやって来たというわけだ。

ノーンカーイ、タイ。


 龍神───東南アジアではナーガという。

 ナーガは蛇と訳されることもあるが、ただの蛇ではない。「龍」でいい。

 西洋では龍に相当する言葉がないためにサーペント・ドラゴン(蛇龍)のような表現をするほかないが、東洋にはまたはナーガといった的確な言葉がある。あえて龍蛇神のような言い方をする必要はない。


 では、なぜ東洋には「龍」という言葉があって西欧諸国にはないのかというと、東洋には「龍」をトーテムとする龍神族の子孫が広く移住し、西欧には移住しなかったからである。

 なぜヨーロッパに進出しなかったのかというと、ヨーロッパは冷涼で降水量が少なく、稲作に向いていなかったからだ。


 そう、龍神族は稲作の民でもある。


 東南アジアでは広く稲作が行われ、中国南部も同様である。

 さらに西のインドでも稲作が盛んだ。

 インドもまた龍神族の国である。

ベルール、カルナータカ州、インド。


 東南アジア一帯に進出したナーガ族はインドを経由したものと考えられる。


 では、これら龍神族──ナーガ族はどこからやって来たのだろうか?


 こちらの写真をご覧いただきたい。

TEHERAN TIMESより


 どこの田植えの風景だと思われるだろうか?

 実は、上の写真はイラン北部ギーラーン州の田植えの様子である。
 



 イラン北部、カスピ海沿岸地域では今も稲作が盛んだ。
 そして、古代にも稲作が行われていたことが判明している。

 調査の結果、3千年前には稲策が行われていたことが分かったというのだから、実際にはそれよりも前から行われていたことになる。



 乾燥した土地の多いイランで稲作が行われている土地は限られており、最大の水田地帯を有するのがカスピ海とアルボルズ山脈に挟まれた地域である。現在のマーザンダラーン州・ギーラーン州に相当する。
 
 ここが、龍神族、ナーガの故郷である。

矢印の先がマーザンダラーン州。
ギーラーン州はその西隣。



 イランの叙事詩『王書(シャーナーメ)』にはこんな話が記されている。

 ───あるとき、カイヤーン朝の王カイ・カーウースは、豊かなマーザンダラーンの地に侵略して略奪と殺戮を働いた。しかし、彼はあえなく捕らわれの身となる。そんな王を助け出すために派遣されたのが、ナリーマン家の若君ロスタム。象のような体躯の英雄ロスタムはマーザンダラーンに侵入して敵の軍勢をなぎ倒し、カイ・カーウースを救出することに成功する。和平交渉は決裂し、カイヤーン朝の軍とマーザンダラーンの軍が激突する。ロスタムとマーザンダラーン王の一騎打ちの場面、劣勢に立ったマーザンダラーンの王は石に化身して身を隠した───。


 スリランカ北部、古くからナーガ族が暮らしていたと伝わる地には、コブラの形に成長しているとされる石が崇拝対象となっている。

デルフト島、スリランカ。


 日本の神社には磐座が「御神体」として祭られているが、岩や石そのものを神の化身として崇拝対象としているのは、世界的に見ると珍しいと言える。


 磐座信仰は日本全国に残されているが、ほとんどの地域ではなぜご神体が岩なのか、なぜ岩に御霊が宿るのか、よくわからないまま祭られているというのが実態だろう。

 だが、茨城の大甕神社には、はっきりと「神が化身した」と表現され祭られている宿魂石がある。

 宿魂石は江戸時代に「この場所がそれっぽい」という理由で現在の場所に定められたということなので、当然オリジナルではない。
 とはいえ、磐座信仰の由来を秘めた神社なわけで、非常に貴重である。
 日立海浜公園で花を見るついでに訪れてみてはいかがだろうか。


 大甕神社の主祭神は倭文神(シトリカミ)だが、この神社の主役はどうも地主神の天香香背男(アメノカガセオ)のほうである。

 上の記事に書いたが、天香香背男は蛇神かと思われる。

 岩に化身した神は蛇神でもあるのだ。



 一方、イランのマーザンダラーンだが、この土地は古代から魔法使いと関連付けられ、さらには王を輩出する土地でもあった。

 カイ・カーウースの父カイ・カワードは、実はアルボルズ山脈周辺の出身である。カイ・カワードはバビロンの王が途切れたために連れてこられた君主だが、彼の前のバビロン王朝の創始者フェリドゥーンも同じくアルボルズにゆかりがある君主であった。
 そして、フェリドゥーンは魔術をつかい、龍(竜)に変身することができたという。

 フェリドゥーンはナーガである。

 インド神話によれば、カシュヤパ仙によってデーヴァ・アスラ・ナーガの諸族が生み出された。
 しかし、イラン神話を追っていくと、ナーガこそがデーヴァとアスラの母体であったことがわかる。


 ナーガの正体がわからなけば、アーリヤ人であるデーヴァとアスラが何者かもわからない。
 もちろん、日本人の先祖の系統もわからない。

 ニギハヤヒもニニギもナーガの地を出発している。

 彼らは生まれながらの王族として、王を輩出する土地からやって来た天孫である。「天」はもちろん地上にある。ただし、日本ではない。
 アルボルズだ。
  

 ナーガの起源は非常に古く、大洪水前にさかのぼる。
 その歴史はぞっとするほど魅力的だ。


 ナーガや古代アーリヤ人の詳細はこちらの本で解説している。⇩

 目次のサンプルはこの記事の最後にあります。⇩


 近々ラグナロクの解説をはじめるが、ナーガもそこに大いに関わってくる。北欧神話だけでなく、エジプト神話もインド神話もおもに語っているのは古代メソポタミアの神族の歴史だ。

 古代史を紐解くのに、ヨーロッパ中心主義は有害である。

 歴史の大部分において世界の中心だったのはメソポタミアなのだ。 
 

米の民


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