『HUNTER×HUNTER』王位継承戦考察─ヨークシン逆回転と選挙編の発展、個のバトルから制度のゲームへ 総論 part II(35–36巻)
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35巻
まぁ結局クラピカが軸になってくるなと言う印象。 色々王子、王妃はいるがツェリードニヒが念を体得するまでの場繋ぎとしては他がどう動くかという情報戦が過程として生まれる。陣営ごとにクラピカ接触が多い中、クラピカ側からはやっぱ第四王子のみ。目的は変わってない 何かあるとすればおそらくワブル王子(14王子)の自己防衛本能がどうなっているかと言う点について。 クラピカの真意を見抜き信頼をしているからこそドルフィンの能力が一時的に王妃に譲渡された。
結局それは第四王子の念獣によって解除されたが、ここ直接対話ができる王妃とは別に赤子である14王子は何らかのメタファーあるいは強力な能力があると推察される。『伝説巨人イデオン』では最も純粋で新しい魂をもつ赤子とイデが同調したし、『インクレディブル』でも生まれて間もないダッシュダッシュはあらゆる可能性を秘めているから能力に引き出しの限界がない。 どちらも 「未熟ゆえの無限の可能性」 を持つキャラクターであり、 「原初の力」 というテーマが共通しています。 「念獣」は「寄生型」ですが、「赤子の本能的な防衛本能がこれを上回る」という図式は描きそうな気がする。 つまり個体的な強さでは他に譲るかもしれないが総合的な引き出し的ななにかで「念獣」は本人も意図しないし攻撃しない「が」赤子の本能はそれ以前の「原初」的なものでありこれに該当しないケースがある。 そして、他の王子もどのようなスタンスかと言うのを言葉の帳尻で聞いて距離を取るもの威勢を張るもの、と分割している。はて、第九王子は距離を取ったがおそらく参加せざるをえない状況になってもおかしくはないだろう。1-4王子は基本的に好戦的なやつしかいない。それ以後は慎重あるいは穏便派になっている。さてもう一度第九王子の存在だ。 慎重派(よりの変革派)としての彼はおそらく温存されているとみて間違いない。彼は「王制の否定」に傾倒している節がある。そのため 「最初に仕掛ける側」には立たないが、何かのきっかけで行動を起こす可能性は高い」。故に継承戦が進むほど、彼の存在感が増していく構造」になるのではないか つまり、ハルケンブルグは 「ある種のトリガー」として機能する可能性がある。彼が動いた瞬間、継承戦は「政治戦」から「制度戦」に移行する可能性があり、これはクラピカが動くタイミングとも重なることは想像に難くない。 これは言い換えれば現時点で第九王子は『ライアーゲーム』において『椅子取りゲーム』の秋山深一なんですよ。
勝ち負けではなくルールとしていかに確定的な事実を炙り出して自身は「勝たない」が「試合を制する者」と全く同じ。 『ライアーゲーム』の椅子取りゲームでは、「最後の一席に座ること」だけを目標にすると敗北する仕組みだった。つまり、最も有利なポジションを確保しながら、相手を利用することで「最後に残る」が、ただ残るだけでは勝てない。このロジックは継承戦も同じだ。 となると、ハルケンブルグが 「最も戦略的な勝ち残り方」を狙っている 可能性が高い。ツェリードニヒと直接対決しないことで、最後に王座のシステム自体を崩壊させる可能性もある。 継承戦の「勝利条件」が揺らぐ可能性がある。 ではその「勝利条件」とはなにか?というのは政治戦→制度戦に切り替えることに本質的な側面がある。 この問いが35巻で提示されたからこそ、手前3巻で考えた一考としての展開予測「カキン王制度の崩壊」が活きてくる。 だって最後の1人がどうなるかさえ解釈で明確な解答が無い。 そこを切り離すのであればシステムそのものつまりは「王制やめましょう」によってこのゲーム自体が無効化される。
「継承戦の勝者=王になる」というルールが明確に定義されていない からです。 現在の王位継承戦のルールは、あくまで 言伝(口伝)で伝えられたもの であり、厳密な法的・契約的な裏付けがない可能性がある。これは『HUNTER×HUNTER』の 念能力 のルールとも通じる部分があり、「言葉の帳尻」が大きく影響を与える。 つまり、「最後の1人になった者が王」ではなく、「最後の1人になった時に王の座が存在しない」展開があり得る。 継承戦が「王を決めるゲーム」ではなく、「王という概念そのものを崩壊させるゲーム」になった場合、 「制度を変える者」こそが真の勝者 になる。 そうなると、クラピカの動きも極めて重要になってくる。 なぜなら彼は「護衛」側の立場でありながら、「制度の変革」を担う可能性 を持っているから。 これまでの『HUNTER×HUNTER』のパターンを踏まえると、 ツェリードニヒが最強だから王になる ではなく「ルールを最も利用した者が勝つ」=「継承戦の構造を変えた者が勝つ」 という展開になるのが、最も「冨樫的」なオチとして自然。 となると、「ハルケンブルグの決断が、カキン王国の体制そのものを左右する」 可能性が極めて高くなってくる。 第九王子 ハルケンブルグ は、第四王子 ツェリードニヒとは全く異なる方向性で クラピカと強く結びつく可能性 を持つキャラクターです。 すでに 「接触」という観点から見ても、第四王子と並ぶキーパーソン であることは明白です。 ただし、ツェリードニヒが「圧倒的な力と知識の渇望」で支配しようとするのに対し、ハルケンブルグは「制度とルールを理解し、それを覆す」方向性に向かっている。 第四王子とクラピカの対決が物語の「パワーバランス」なら、 ハルケンブルグとクラピカの関係は「制度と知の駆け引き」となる。 クラピカの本質は「復讐」でありながら、同時に 「知略を駆使して戦うキャラクター」 でもある。 そのため、ハルケンブルグとの邂逅は、「クラピカのもう一つの戦い方」を強く浮き彫りにする可能性が高い。
もし継承戦そのものを崩壊させる方向に進むなら、クラピカとハルケンブルグの協力関係が生まれることは十分あり得る。
まとめると 「ツェリードニヒ vs クラピカ」は個人の戦い 「ハルケンブルグ × クラピカ」は制度の戦い。
つまり「最も戦略家な人物=ハルケンブルグ」 が、「最も知略を駆使する人物=クラピカ」とどう絡むかが、継承戦の最終的な「ルールの落としどころ」になる可能性が極めて高い。
これが決め手となったのは 彼は王制の在り方を疑問視しており、継承戦そのものを「馬鹿馬鹿しい」と見ているから。
この時点でむしろこれ以外の展開が自分の中では考えられない。
まとめればツェリードニヒ vs ハルケンブルグの思想の対立が、「念」「念獣」「制度変更」という要素とどう結びつくのかが最大のポイント。それだけ。 むしろクロロの方が気になる 最悪な露悪的な展開と後味の悪さでいえば1番考えたく無いが第九王子の護衛クロロとか最悪 ハルケンブルグは制度そのものを変えようとしている。
その手段として、クロロが持つ「能力の奪取」が加わった場合、 王子たちの念獣の能力を何らかの形で無効化する(あるいはクロロが利用する)
・念能力そのものの戦力バランスが崩れる
・既存の継承戦ルールが機能しなくなる
これは確度は低めの仮説だが、現状、クラピカは情報戦を制することで王子たちの動向を先回りしようとしている。しかし、クロロの知略は、クラピカ以上に「ゲームのルールを操作する」方向に向かう。
その結果、「王子を生かしつつ、システム自体を無効化する」ような流れを作り出す可能性がある。クラピカは旅団との因縁を抜きにしても「現存するルールを読み解き、対処する」ことに長けているが、クロロは「ルールそのものを変える」側にいる。
つまり、王位継承戦のルールを「読んで利用する」クラピカに対し、クロロはルールを破壊してゲームごと変える可能性があり、それが第九王子の目的とも一致しうる点が問題になる。ハルケンブルグは理想を持った王子だがに旅団という「裏社会のプロフェッショナル」が加わると、彼の目的が乗っ取られるリスクがある。 最初は「王制を変えるための協力関係」だったのに、気づいたらクロロのシナリオに巻き込まれる 「ハルケンブルグは戦略家」とはいえ、クロロ相手では「思想を利用される側」に回る可能性が高いもしクロロが「ハルケンブルグの考えを「利用する形」で王位を崩壊させる方向に動いたら、それはハルケンブルグ自身の思惑を超えた展開になる つまり、最初は共闘に見えても、最終的にクロロの掌の上でハルケンブルグが動かされる可能性がある。
これはクラピカにとっても、王位継承戦全体にとっても最悪のシナリオになりうる。この展開になった場合
1.王位継承戦のルールそのものが無効化される可能性がある
2.クラピカの知略が、クロロのゲームメイクに対抗できなくなる可能性がある
3.ハルケンブルグが改革の旗手ではなく、クロロにとって都合のいい「王位崩壊の駒」になる可能性がある
つまり、単なる「戦力バランスの崩壊」ではなく、「王位継承戦というゲームのルールを壊す」レベルの問題が発生する。 もっと恐ろしいのは関わってくることが確定している事実と事前情報を照らし合わせると念獣をどう使うかは、相手の絶をたてばという解釈が成立している分まだ、、と思えるがいかんせんクロロは出していないだけでライブラリがかなり多い。
これも確率は低めであり、未知の領域ではあり考えられるケースとしてだが、vsヒソカ戦での「転校生 ( コンバートハンズ )」を使われたら流石に厳しくなる。無論、外見を入れ替える類(テレポや位置交換ではない)であるからこそ、これだけでは突破は難しい。ただ、クロロ自体が複合的な能力を使うことかもわかるように、外見擬態で護衛の人為的判断を撹乱しつつ、『ギャラリーフェイク』『オーダースタンプ』『太陽と月』等と併用して王子本人に触れずに盤面を崩す可能性はある。その初手としての転校生 ( コンバートハンズ )は非常に大きいはず。外見が変わるだけであっても均衡状態のあの場には有効。
念獣は王子の護衛として機能し、通常は「王子本人を直接攻撃できない」という制約がある。 しかし、クロロが「転校生」を使いながら複合的な能力の併用で念獣はクロロを「王子本人」と認識する可能性がある。(現実的にはその線は薄いだろうけれど、その上で)現実的な脅威は、転校生を初手の撹乱として用い、ギャラリーフェイク、オーダースタンプ、番いの破壊者を併用して群衆・護衛の判断を崩すこと。つまり王子に触れずに経路を塞ぐ/誤誘導する/間接トラップに落とすという線だ。外見が一瞬でもズレれば、あの均衡状態では十分な致死的優位になる。念獣は制度の番人、人間は制度の穴。クロロが突くのは後者である。 それ以外にも、単一的な意味で外見を変える「転校生」の特性を使えば、クロロは王位継承戦の盤面を根本的に変える暗殺手段を手にできる。 仮に、暗殺が「直接攻撃可能な戦術」へと変化するとして、これが実現可能なら、クロロは事実上、盤面を強く握ることとなる。
厄介なのはとにかくクロロの複合能力において、第一能力として外見を変える「転校生」があること。もちろんこれだけでは崩せない。 念獣は「王子を守るが、王子本人を攻撃しない」というルールのもとに存在する。
とはいえ、念獣が外見だけでの判断では事は動かさないのは既存設定からもわかる通り一筋縄ではいかない。ここで主張したいことは、クロロならあの現場に介入できる余地が大いにある、ということだ。
追加で念獣について
モモゼが35巻で退場したのってクラピカの部屋で念獣を出してオーラを使い切ってしまったがゆえに第三者に狙われた。「念を知っている」ことと「念が使える」ことの差として、クラピカの部屋で念獣を出したことがオーラの枯渇を招いた のはほぼ間違いない。
しかし、仮にオーラが十分残っていても、モモゼ王子自身が念能力者ではないため、防御手段がなかった可能性が高い。念獣が王子本人を直接守るわけではない ため、敵が「王子本人を狙う」暗殺をすれば突破可能だった。 念獣は 王子のオーラを消費して活動する寄生型 であり、王子自身がコントロールできない。クラピカの部屋での出来事が直接のトリガーとなり、オーラの枯渇が進んだ可能性が高い。結果として モモゼの護衛は念での対処ができない状態になった。
王子たちの 念獣が万能ではないことのエピソードとして重要性
•「念を知っただけでは生存確率は上がらない」 という継承戦の残酷さを表した。
•クラピカ側の情報戦にとって 「念の有無」だけでは勝敗が決まらない という教訓
事実として
①守護霊獣=王位継承儀式由来の寄生系自律念/宿主は基本不可視・不可制御
②宿主のオーラ資源に依存し、能力ごとの発動条件がある
③クラピカの講習で知ることと使えることの差が露呈
これを考えると「知っている」からこそ「知っているからこそ知らないこと」が起きる。 念獣のコントロール不可問題として以下のようにまとめられる 念獣は 王子の意志とは無関係に動く「寄生型」。 ツェリードニヒが念を習得しても、念獣をコントロールする手段はない。 これが 「知識があるのに思い通りにならない」典型的な例 になり得る。 クラピカはそれを逆手に取る可能性がある。 つまりはツェリードニヒは確かに強力だが、 「念を知っている」ことが逆に弱点になるケースは十分考えられる。「知っているからこそ知らないこと」「知識があるからこそ盲点になること」「力を得たことで、逆に縛られる状況」 このどれかが彼の敗因に繋がる可能性は高い。
クロロのワンシーンについて、あるいは「柵」とは何を指しているのか問題
34巻でヒソカがコルトピとシャルナークを殺害。 旅団は元々「仲間意識があるが、あくまで合理的な集団」として機能していた。そして旅団の戦いは「個人的な感情よりも、組織としての行動」が優先される。(「ヨークシン編」参照) しかし、ヒソカは団員を殺したことで「クロロ個人」の感情や「旅団全体の統率力」を試す形になったのではないか?
この時点で、クロロの「理屈」では、旅団はヒソカを完全に敵対するべき状況になる。
しかし、クロロはあくまでも「組織としての行動」を取るべき立場にあるため、「団員の死をどう処理するか」という面倒な問題が発生したことに対する苛立ちが生じる。 団長であるが故に個人の感情と組織の行動の割り切りに問題が発生しているとみて間違いない。
旅団は基本的に「組織の論理」で動いているが、ヒソカが仲間を殺したことによって、団員の中には「私怨」が生じる。旅団は「個人的な感情で動かない組織」だが、今回の件で「復讐」という個人的な感情が生まれてしまった。 ここから推察するにクロロの計画性と合理性にとって「無駄な感情が生まれた」こと自体が煩わしい。
つまり、ヒソカの行動によって「旅団の行動原理そのものに綻びが生まれる可能性」が出てきたことがクロロのストレスになっている クロロにとって「ヒソカと決着をつける」ことは、個人的な問題ではない。それはもう絶対的にどうでもいい。 問題なのは、旅団が「個人的な復讐心で動く集団にならない」ために、この問題を迅速に片付ける必要がある。
「柵を断ち切る」という台詞は、「ヒソカとの戦いが旅団全体の負担にならないようにする」という意味も含んでいる可能性が高い。
これらを総合すると、クロロが苦虫を噛み締めていたのは、ヒソカが仲間を殺したことで生まれた「旅団内部の微妙な空気」をどう処理するかを考えていたから、というのが最も合理的な考察である。 そもそもレベルでいえばクロロの目的は「旅団という組織の維持」であり、「ヒソカを殺すこと」そのものがゴールではない。ヒソカを狙うことによって「旅団が変質すること」を防ぐために、「個人的な復讐心に引っ張られずに、組織として決着をつける方法」を考えている可能性が高い。 これまでのクロロは、何をするにしても 「団長としての合理性」 を保ってきた。しかし、ヒソカによる殺害は、旅団に「感情的な決断」をさせる誘因となり、クロロにとっては「面倒な負担」が増えた。 ヒソカが旅団を壊すためにやった行為が、結果的にクロロの思考に「柵」を作ってしまった。
単に「仲間を殺されたから」ではなく、 「旅団の統率に影響を与える厄介な問題が発生したこと」に対する苛立ち である可能性が高い。 クロロにとって、「旅団は復讐組織ではない」という点が重要であり、今回のヒソカの行動によって「感情的な動き」が生まれることが、彼にとって最大の障害となった。
重要なのは 「旅団の組織を壊させない」ことで旅団が「復讐集団」になりかねない事を避けることでもありますよね。つまりは旅団の組織論が崩れないようにするための対処を考える自分に苛立っている。 振りかえるとヒソカの目的は「旅団の壊滅」であり、そのために 「旅団の行動原理」そのものにダメージを与えるというもので意味はあった。 これらの問題を 「組織の長」として処理しなければならないことが、クロロの負担になっている。 だから今後、彼の組織論語られる。やはり「ヨークシン」逆バージョン。
クラピカは見えない情報が相手になってる一方で、旅団には団長レベルで葛藤がある(バクノダどうすうんの口論と同じ現象)ので、 やっぱ「ヨークシン」逆バージョン性と言う作り方。
改めて振り返ってまとめるとこれらは 「バクノダをどうするか」問題が「ヒソカをどうするか」問題に置き換わっただけでなんも本質は変わってない。
選挙編は 「ルールの操作」 がテーマだったが、ヒソカ vs 旅団は 「組織の崩壊と再構築」 がテーマになっている。
選挙編 = 「ルールの抜け道を利用した勝利」 王位継承戦 = 「ルールを破壊することでの決着」(のはず) クラピカにとっても 「戦うべき相手のルールが変わった」 のが王位継承戦 「選挙編~王位継承戦編」は、ルールの操作がテーマで、「選挙編」では「ルールをどう操作するか」がテーマだったのに対して、「王位継承戦編」では「ルールそのものを破壊するかどうか」がテーマになっている。
「ヨークシン編の逆回転」としての「王位継承戦編」 ヨークシンでは「クラピカが旅団を追い詰めた」が、王位継承戦ではクラピカが見えない敵(念獣)と戦っている、他方ヨークシンでは旅団は組織として機能していたが、今は「ヒソカ」によって旅団がバラバラになりかけている 「ヒソカ vs 旅団」 = 「組織をどう維持するか」のテーマ 旅団は「復讐組織」ではなく「合理的な盗賊団」だったが、ヒソカによって「感情による行動」が強制されつつあるからこそ、抑制として、クロロは「旅団の統率が崩れないための決断」を迫られる。 つまり、「選挙編~王位継承戦編」は、ルールと組織の変化 を描く物語であり、 「ヨークシンの逆回転」 という形で、クラピカと旅団がそれぞれ「見えない敵」と戦う構造 王位継承戦編は、ヨークシン編の裏返しであり、「選挙編の発展系」 という2つの視点で読み解ける。
ヨークシンでは「旅団を知れば対抗できた」が、継承戦では「王子たちの念獣は本人すら知らない要素を持っている」ため、情報戦の次元が違う。 また、旅団にとっても「ヨークシンでは外部からの敵(クラピカ)によって混乱が生まれた」が、 今回は内部(ヒソカ)からの混乱 が起きている。
「選挙編~王位継承戦編」は、ルールの操作がテーマ 選挙編「ルールをどう操作するか?」
王位継承戦編「ルールそのものを破壊するか?」
だからこそ、「王位継承戦編」は「ヨークシン編の逆回転」
ヨークシン編「旅団の行動を封じる」→ 王位継承戦編「王子の行動が制御不能(念獣)」
「ヒソカ vs 旅団」 = 「組織の維持と変質の問題」
旅団は「合理的な盗賊団」だったが、ヒソカの行動で「復讐組織」に変質しかねない。
クロロは「旅団のルールを守るためにヒソカをどう処理するか?」という選択を迫られている
「バクノダ問題 = ヒソカ問題」 ヨークシンでは「組織の合理性」と「個人的感情」が衝突したが、王位継承戦では「組織の存続」と「個人的復讐心」が衝突している シンプルに書けば 「王位継承戦編」は、過去の要素をすべて発展・逆転させている。
だからこそ、「ヨークシンの逆回転」×「選挙編の発展」=王位継承戦=制度戦。
クラピカは「情報の不確定性」と戦う立場に置かれている 旅団は「組織のルール」と戦う立場に置かれている。
あの1ページにはこれだけの情報があると思ってるので旅団を掘り下げる話はどっかで描かないと冨樫は納得しないでしょう。
そういう意味ではまだまだ続くというのは理解可能。クロロ、クラピカ、王位継承戦を考えると 実際問題「暗黒大陸編」までこの組が活かせるか、という点について考えると多分そうじゃない。
当初の見立てでは「緋の目」がもしかしたら鍵となって、と思ったがここまで接続的に大きく曲線として書いてしまった以上、ドラマとしてのダイナミズムが今だから。 「暗黒大陸編」は高度な「キメラアント」を直接的に描くか、もっとメタな視点に落とし込むが迷いどころで つまりもっと突き詰めると「黄金時代」の空気感がそのまま出るガチなハンター世界と目測できる。
今の流れを考えると、 王位継承戦の決着と同時に、クラピカの物語は「暗黒大陸編」とは分離される可能性が高い。
継承戦は「政治・制度の崩壊」までを描く 暗黒大陸編は「未知への挑戦・人類と未知の領域との対峙」を描くとなる。
この場合、クラピカは「制度を変える戦い」で終わり、 暗黒大陸編は「世界の枠を超える戦い」へと移行する。 つまり、冨樫義博は 『HUNTER×HUNTER』を「2つの軸」に分けた んですよね。
「知略と制度の崩壊」の話(王位継承戦) 「未知の探求と冒険」の話(暗黒大陸編) 当初はクラピカの「クルタ族」という属性が暗黒大陸編に通じるのではないかと思ったがあっちは完全に、いわば大人ハンター版の話に徹するしかない。 暗黒大陸は 「未知の脅威への挑戦」 ですが、クラピカのテーマは 「個人と組織の戦い」と考えれば当然の帰結なんだけどね。
クラピカはすでに 「知略と交渉がモノを言う世界」 にどっぷり浸かっている。
一方で、「暗黒大陸編」は本物のハンターの世界 知略でいける人間の世界と、それが通じない未知の世界における暗黒大陸編ではジンがメインになってくれないと困るレベルで話がジン視点でないとかけない。 暗黒大陸編は 「人間という概念そのものが試される場所」。 言ってしまえば、クラピカは「人間のルールの中で最適解を見つける戦い」だけど、 暗黒大陸は「そもそも人間のルールが通じるのか?」という領域に入る。
「ハンター×ハンター」のタイトルを最も体現するのはジン。 ジンはハンターの極致である。 彼の目的は常に「未知を知ること」。
息子のゴンを導いたように、読者も「ハンターとは何か?」という問いを通じて彼を追うことになる。彼こそが「ハンターの本質」に最も近いキャラクター。 パリストンとの対比がより強くなり、パリストンは「世界のルールを歪める者」vsジンは「ルールすら超越して探求する者」 この対立軸が「暗黒大陸編」で爆発的に機能する 『HUNTER×HUNTER』の歴史自体が、「未完」の歴史。 でも、それってまさに「西の探索記」が語られない状態と一致する。
冨樫自身が 「語るべき物語の一部を未完のままにする」 ことで、 「終わらない物語」そのものを体現している可能性も、考えたくはないが、あるかもしれない。 『HUNTER×HUNTER』というタイトル自体が 「終わらない物語であること」 を暗示として機能させるのも十分ありえる。 クラピカが王位継承戦で退場する可能性は十分高い。 「エンペラータイム」の代償で確実に寿命を削っているし、守る対象(ワブル王子)が巻き込まれるリスクが高すぎる 「護衛」の立場ゆえに、戦略的に犠牲になる展開もあり得る。
そもそもクラピカの人生そのものが「復讐」という名の自己破壊的な道さらに言えば、冨樫がクラピカをどう扱うかを考えたとき
① ヨークシン編の時点で「復讐の物語」 をほぼやりきっている
② 王位継承戦でクラピカが「戦略家」としての完成形 を見せている
③ 寿命を削る能力が、物語上の”時間制限”を明確にしている
この3点がある以上、王位継承戦がクラピカの物語の最終局面になるのは、むしろ必然ヒソカの扱いは 選挙編から微妙なズレを感じさせていたし、その流れが王位継承戦編で本格的に「クロロ vs ヒソカ」の決着を迎えたことで、完全に変わった。 選挙編時点でのヒソカの違和感としてあるのが(あったのは)ジン vs パリストン の「知略戦」の中に、ヒソカが何の関与もしていないし、選挙戦が「戦闘」ではなく「交渉とルールの抜け道」を使うゲームだったため、ヒソカの強さが全く関係ない。
つまり、「ヒソカは戦う以外に何もできないキャラ」 という限界が露呈していた。これは明らかに情報が富樫の中にはあったけど読者には提示されていない(あるとすればクロロと戦ったことの示唆)からこそ果たして、この漫画でこんな違和感あっていいのか?。
しかし、「クロロ vs ヒソカ」後のヒソカの役割変化を踏まえるとこの時点で、「強者同士の戦い」という枠組みを超えて、個人的な復讐のモードに入った。 これまでは「強いやつと戦いたい」という遊び人だったのに、「旅団を潰す」という明確な目的を持って動くようになった。これによって、ヒソカの「傍観者ポジション」は完全に崩れ、彼自身が物語の駒になる 形になった。
だが、それが「王位継承戦編の流れ」とはほぼ無関係に動いている(旅団は関係しているが、クラピカとは別ルート)。 ここで重要なのが、クロロとの戦いで役割が変わったヒソカを、冨樫がどう使うかなんですよね。 ヒソカは「念能力バトル」の象徴みたいなキャラ だが、王位継承戦は「念能力よりも制度・戦略が軸」である。 そしてヒソカは好きな時に動くフリーな存在だが継承戦は「密室でのルール縛りの戦い」 ヒソカの行動原理が「強いやつと戦いたい」から「旅団を潰す」に変わった 一方で、だが旅団は王位継承戦の内部に絡みつつも独自ルートを歩んでいる。
つまり、「王位継承戦編は旅団と繋がっているのに、ヒソカの旅団狩りは王位継承戦とは交わらない」 という 奇妙なズレ が生じてしまっている。おそらくこのズレこそが、「ヒソカの処理に困った結果」 なんでしょうね。 1番扱いやすいキャラが扱いにくくなってるのは間違い無い。
・ヒソカの行動が国家レベルの戦いや組織の戦略と結びつかない
・王位継承戦は「知略・制度」がメインなのに、ヒソカは「戦闘狂」なので馴染まない
・暗黒大陸は「未知との戦い」
なのに、ヒソカは「知っている相手(旅団)」としか戦わない、旅団は「復讐の対象」クラピカは「復讐者」だった。
しかし復讐の論理では旅団を壊せない。 → だから今、ヒソカという内部にいる思想の外側から来た純粋暴力が旅団を解体し、クラピカはその終末に間に合わない(死ぬ)という構造が設計されている。 旅団が物語的に不要になってきた。 ヒソカも、観測者としてはもう役割を終えつつあった。ではそれをどうするか? ヒソカに「復讐」という動機を与え、旅団ごと「自壊の物語」に巻き込ませた。
つまりこれは、不要になった神話をヒソカというスイッチで処理する構造的演出 旅団はすでに『HUNTER×HUNTER』世界構造の本流には存在していない。 その中でヒソカが物語の外から内に引きずり込まれたことで、観測者が駒になり、神話が崩れ、構造が自己処理を始めている。 これは冨樫義博が自作の旧神話(最初期〜ヨークシン)に対して下した静かな死刑宣告でもある。
【筆者仮説】 クラピカが「復讐」を真っ当できないからこそヒソカがその役割を担う。ということは間違いない。
念獣について再考 そもそも14人に念獣を取り入れる事自体相当なエネルギーが必要なはず。
反転、そこを取り除けば、つまりエネルギー逸脱として誓約ルールを離れれば散る可能性だってあるのではないか?
だって元々念を知らない人たちに無理矢理付与している。 念獣は王子自身の意思や習熟を経て獲得した念能力ではない。
「本人すら自覚していない状態で念能力(念獣)が発動している」
これは完全に外部から注入された念の力であり、自己鍛錬や誓約を経て会得したものではないという、念の原則からの逸脱。
つまり、王子たちの念獣は誓約と制約によって得た能力ではなく、制度と呪術によって与えられた装備でしかない 継承戦という呪術的システムによって半ば強制的に与えられた念獣は、 その制度が崩れたり、本人のリソース(オーラ、意思、存在)が枯渇すれば、維持不可能になり崩壊するのは当然。 言い方を変えることが可能。構造=呪術的契約 として突然出てきた念獣という概念。 王位継承戦の念獣は、壺中卵の儀という呪術儀式によって発生している。 この儀式は「王位継承戦という制度」そのものを支える「呪術的・念的ルール」の核。 よって、この儀式を経た王子のみが念獣を持ち、それは制度と直結した存在となる。
ビルやクラピカの分析通り、これは自律型の念能力であり、王子の意思では制御不能。 つまり、「儀式=システム起動装置」「王子=ホスト」「念獣=常時起動される自律プロセス」 という方程式だ。
さらに反転、継承戦という制度の中でしか機能しない能力であれば、その制度から1人でも外れる(死ぬ・脱落・辞退・失踪)ことで、全体の成立条件が崩れる可能性 念獣が完全に消失するシナリオ 「壺の儀式に参加した14人全員がいる」ことが維持条件。
つまり、 誰かが死んだ瞬間、全体の術式の均衡が崩れ、念獣というシステム全体が解除される。 個別の念獣だけが消滅するシナリオ 王子が死ぬ=念獣のオーラ供給元が断たれる 死亡や離脱により該当王子の念獣だけが消える(=他の念獣は残る)
いずれにせよ、念獣が「王子個人」と「制度」の両方にリンクしていることが前提 念獣は本来「王子を守る存在」だが、制度が続く=念獣が存在し続けるという関係が成立しているならば、誰かが「制度そのものを破壊」しようとした時、念獣が「攻撃的に」作用する可能性すらある。 つまり、念獣は「護衛念獣」であると同時に「制度の番人」なのかもしれない。
全体的には、簡素化に収斂しつつある王位継承戦。それが垣間見えた35巻
36巻
35巻の対となる巻。とりあえず上層があるなら下層は?という話でした。
そして各王子に護衛がいてその奥にマフィアが三系統いる。完全にヨークシンの逆回転+多層化です。しかもクラピカは考えた事そのまま気づくし、35巻での悩みの種をいっきに旅団全員でヒソカ狩り下層から攻めるし(そして上位に来たらまずいとも勘付かれてる)、それに伴って二本線というマフィアの中での結託チームの特殊な集団まで出てきた。この巻でかなり広げてきましたね。 カチョウとフウゲツくらいしか二重の意味で救いがない(キャラ的な意味と彼女たちが脱出する事で念獣を追い払えるという、意識していない逃げたいという思いが結果的に仕組み上瓦解できるという動線だ) 懸念していた「旅団が暴れたら軸が壊れる」を あえて起こす選択。 冨樫はそこを物語構造の反転に使っているんですよね。もうヒソカの追撃そのものが「軸の外」から来てるから。
旅団 vs マフィア vs ヒソカ vs 王子 vs クラピカという構造的な五角形が、この巻で正式に成立した。しかもトラペジウム的構造で。
特に「二線者」は、カキンの病理の炙り出し、秩序・結託の象徴でありながら、組織内部の異物(≒新秩序 or 異常者)としての機能も担ってくる。 カチョウ&フウゲツの無自覚な逃走本能は本当に冨樫らしい。「逃げたい」という純粋な感情が、念獣という制度の「穴」を突いて結果的に制度破壊に向かうという構図。 イレギュラーさえなければ突破できるかもしれないと言うもたせ方。
この巻でやっているのは 「情報の縦構造化」と「視点の拡張」
上層→王子と護衛
下層→マフィアと旅団
それらをつなぐクラピカと諜報という形で、情報と戦略が多階層に繋がっていく構造が見えてくる。
これぞ冨樫流の「合戦」なんですよ。
戦闘というより、情報・心理・制度の合戦。 まさに極地、感動、知能派漫画家の最先端 第四王子はやはり特質系だったし、念獣の能力も部分的把握があった。 そして王子によっては念獣パターンを読んで画策するやつも出てくる。第九王子は消極的だが持ってる力は「一人はみんなのために、みんなは一人のために」という相互作用性タイプ。 第一王子は能力の継承ができるという意味である意味ではクロロ的。やはり1、4、9は相当強いように描かれいる。ここでより「クラピカが死ぬ未来」が強調されている。
第一王子:秩序と継承によるヒエラルキーの体現者
第四王子:特異性と知識渇望による支配の化身
第九王子:思想と共感による新秩序の萌芽
つまり、「戦闘力」ではなく「制度内の支配と変革の象徴」としてそれぞれの能力が設計されている。
間違いなく、この「王位継承戦」話は中盤〜中盤の佳境あるいは終盤に近いです。
特に1・4・9王子を中心に、「念獣の特性」と「思想性(支配型か共鳴型か)」が明示。 これは、トーナメントで言えばベスト8が見えてきたような段階。
・クラピカ陣営の負荷が臨界点に近づいている
エンペラータイムのオーラ消費、ワブル王子の護衛任務、念の情報拡散、すべてが綱渡り。これ以上継続不能な「構造的限界」が物語の圧として現れている=転換点が迫っている。
・制度そのものが物語の敵になってきた。
これまでは王子 vs 王子だった構造が、「王制の崩壊」や「制度の自壊」を仄めかす段階へ。
つまり、敵が「人物」から「システム(壺中卵の儀や継承戦そのもの)」にシフトしつつある。
・ヨークシン的再配置による神話の終末
旅団という神話的存在の瓦解が「下層」で始まり(三重の意味でそこからしか入れなかった、元々流星外、そして終わりの存在)、他方クラピカが守る者に回ったことで、物語全体が再構築フェーズに入っている。 過去(復讐)と現在(制度の攻略)が交差し、未来(暗黒大陸)へ接続する地点が近い。
・作劇上の密度と圧力が極点に近づいている ヒソカ・旅団・念獣・各王子のバランスと関係が同時進行で複雑化しつつも、 一つの終点=「制度の変質 or 崩壊」へと集約されつつある。 やっぱり最初からハルケンブルグは秋山深一だったし、その読みが彼の描写時点で分かってたからこそ、逆説的にそうでしかあらざるを得ないこの圧倒的な帰結感に得心がいく。先述した二線者ってようは解釈としてありえそうなのは遺子のような存在的なポジションと言える。 あれは一種の「印」であり、カキンのマフィア社会における「生まれてはいけなかった者」というレッテルでもあります。 それがそのまま「強さ」と「異端性」として力に転化されているというのが冨樫的構造であり、 「弱者(異端)が構造の綻びを突く」という『HUNTER×HUNTER』の真髄そのもの。 あの少ないページとビジュアルで、「個人のドラマ」と「社会構造のねじれ」と「暴力性の象徴」を同時に描いてしまうあたり、やっぱり冨樫のキャラ造形能力はまったく衰えていないどころか、「制限の中で進化している」とすら言える。
ハルケンブルグ=制度クラッシャーとしての秋山深一型プレイヤー
二線者=構造外からの侵入者としてのマフィア的異端
この二者の登場によって、「王位継承戦」はなんなら制度戦から構造の脱臼戦に移行し始めている。
どこまで残り2巻で展開されてるか不明。
「カチョウ、フウゲツ」による念獣の瓦解→ほぼ確定 なぜならカチョウ&フウゲツによる念獣瓦解構造は「無自覚な本能」が「制度の自律型暴力(念獣)」をすり抜ける。=意図しない逃避が、最大の突破になるという構造美。これはすでにこの二人にしかできない。
上位層における1vs4vs9も情報と制度の絡みで発生(しかし4だけ異常なので暴走する可能性) 「制度を乗っ取る」「制度を壊す」「制度を脱構築する」という三つ巴構造でクラピカが最も傷むのはこの三つの軸に並列で接触するから。
だからこそ、ここでクラピカの「戦略家としての死」が描かれ、「戦士としての勝利」だけが残る=勝って死ぬ構造。 クラピカは死によって勝つ。もうこれは避けられない。「命を代償に情報を制す」という構造でずっと進んできたから。
役割を終えた人物は去る原則に一致するしメタな話死ぬことが明言されている。
下層におけるマフィア構想は正直そんなに旅団は苦労しない。 正直、旅団にとってはマフィアは障害ではなく風景。 重要なのはヒソカが「どう」「どこで」出てくるか。 おそらく「最悪のタイミングで最悪の場所に登場」するでしょう (役割が定義されたとはいえそれが唯一できる自由さは変わらない 「念獣が暴走している中」「念能力者が絶状態のタイミング」を挙げれば分かるように、ヒソカはめちゃくちゃタイミングが悪い時に出てくるに違いない おそらくカルト、イルミはゾルディック家の信条は捨ててない(というかカルトは兄の探索(しかしそれは明かされていない)しイルミは部分同盟でありそれは話当初から組んでいるヒソカとのいよいよ対決という枠でしかない。
前提と推測と事実がここまで交差しているが こっからは大局構造で読むと クラピカは4、9で苦労する分試合には勝つが絶命。
同タイミングで旅団あたりは直前でイルミvsヒソカに持って来られる可能性も考慮した上で 結局旅団vs以上に「暗殺家業のゾルディック家が全う」と言う線も見えてきた。ヒソカ、クラピカ、旅団の退場は同タイミング。 旅団&ヒソカは物語的役割の終了によって全滅(もしくは無効化) 誰が勝つではなく、もう彼らが物語に必要ではないという処理。
ではなぜゾルディック家は残るか? それはまだ出てきてないが、妹にアルカ=ナニカがいる。つまり暗黒大陸に上陸する権利を持ってる一番の適正家でもあるからだ。もっといえばナニカは「暗黒大陸の遺産」であり、彼らの存在は未知と対話する能力そのもの。 しかも過程はどうあれど、「生還」という最難関を既に果たしている存在。 イルミ&カルトの立ち位置 イルミはゾルディック家としての中立を維持しつつも、「ヒソカと契約した暗殺者」として出てきている。
カルトの目的が「兄探し」である限り、旅団とは思想が乖離している。最終的に「旅団は壊れる」「ゾルディック家は残る」ための重しとしての存在だ。 「王位継承戦→旅団・ヒソカ・クラピカの収束→ゾルディック家による暗黒大陸への橋渡し」という流れは、冨樫が全ての系列を処理して本流に絞るための極めて妥当な道筋。
冨樫が作った数々の「旧神話(ヨークシン編、旅団、ヒソカ、クラピカ)」が「暗黒大陸編」に統合されている。 そうなると冒険中のキルア、ナニカも暗黒大陸に踏み込んだことで合流も可能となる。 大事なのは何度も言ってるように「役割」。 旅団はかつてはそこに徹していたかっこいい集団だったが今や私怨と怨恨の集団と変容している。かつては「組織の美学」だったが、私怨と情に崩されて強いだけの集団に成り下がった。
冨樫の構造設計上、「役割を終えたキャラを潔く処理する」ためのプロットが今の旅団。 もう組織としての役割はない、つまり維持の前にヒソカvsをしたことで(そうならざるを得ないようにヒソカに意味づけをしたからとはいえ)もう旅団は強いけどいい加減終わってる存在。だから処理されて然るべき。しかしヒソカが全員を倒すとは中々考えずらい(34巻におけるvsクロロ編を読んでも実力だけじゃクロロが上のため)。 しかしヒソカも生き残るかどうかでいえばこれ以上の生存は蛇足。
初期は「観測者」が通底していたが復讐に手を染めた瞬間、ただの駒に成り下がった。つまり、 構造上、旅団との共倒れ以外に意味のある退場がない。 であるなら役割が残っているゾルディック家に始末されるのがせいぜい関の山だと考えるのが論理的だし錯誤性で揺らす冨樫流でもある。 旅団に入ったわけではなく、部分的同盟。
しかしこれもまた『ライアーゲーム』の椅子取りゲームの引用だが、敵味方どっちにもいる場合、お互いの椅子番号を知っているがゆえに目的さえ変わればコールするのはヒソカの椅子ではなく、旅団の椅子に変わる。 旅団とヒソカという2側面で深く関わってるいるイルミはどっちに転んでもおかしくない、理知的なトリックスターという意味でヒソカとの合わせ鏡であり、表裏一体。
イルミは感情に流されず、利益と興味によって行動し、旅団・ヒソカどちらとも距離を保つ。これは理性と論理で動くヒソカのような存在であり、反転構造を内包した合わせ鏡」という位置づけにふさわしい。 よって ヒソカの最期の「処理者」がイルミになる線は極めて妥当。 旅団の崩壊後に彼の生をどうするかという問いに対して、同じようでいて違う存在による終焉というのは冨樫的演出としても美しい。 壊しにかかったおかげで「クラピカ退場」が確定となり、旅団崩壊も必須、そして王位継承も後の暗黒大陸を踏まえれば誰が勝っても継承しても精度が変わろうが過程でしかない。 そこにイルミが旅団に部分的に関わったおかげで当初は入る余地が全くない「キルア・ナニカ旅行編」が何かのタイミングで交差する可能性が出てきた。
たしかに暗黒大陸は子供ハンターが出る幕ではないとは思っていたが、それ以上にゴンの話、クラピカの話という構造がある以上、曲がりなりにも主役ポジションの彼が「暗黒大陸」に関わるのは「ゾルディック家」を通せば問題ない。これはまずもって「ゴンが死ぬはず」だった展開を暗黒大陸に繋げるために「ナニカ」で蘇生させたのと同じで、そのお鉢はキルアにだって回って来れることが旧神話解体で見えてきたのが実情です。 イルミが旅団に関わったことで、クラピカ・旅団・ヒソカラインとゾルディック家が並列化したこと これによって、キルアとナニカ(という力)が王位継承戦の構造と隣接。だから次の舞台=暗黒大陸」にキルアが合流する可能性が生まれた。
ゴン=死の代償によって役割を終えた主役 「もう念が使えない」「旅をやめた」ことで、暗黒大陸編には関われないだが「ナニカ(=暗黒大陸の遺産)」によって生還した 冨樫は旧主役を綺麗に降板させつつ、遺産として次の世代に繋げた それが今でいうクラピカである。となれば キルア=主役補佐から再浮上する資格ある次世代 ・キルアはナニカという絶対的資源を手にしており、なおかつ「ゾルディック家」という暗黒大陸編に直結する組織の一員
つまり キルアこそが旧構造を継ぐ者であり、新構造への橋渡し役になれる唯一の存在
冨樫がそういう作家だからこその捉えどころで変わる点として「旅団とクラピカはどうなる?」という問いは確かに「全員死にます」
しかしカルトはキメラアント編からいるのでカウントしてもいいが、「クロロに頼まれて入ったイルミ」は少なくとも旅団メンバーとは言い難い、派遣社員みたいなものと換算すれば、ヒソカ倒せばそれでいい存在しかし初期からヒソカとつるんでいた、そしてフェイタンが言うように「誰がどうやって」ではなく「まず倒す」が前提となっているような彼らとでは構築関係や思考の読み合いからして行って旅団思考ではなくイルミは独立して動ける。何よりも彼はゾルディック家の長男が前提。だから「暗黒大陸」にもリンク可能な次構造の担い手に足り得る。
だからここは敢えて以上にイルミは旅団外。 イルミはクロロの「依頼」によって加入しただけの外注戦力。
「クモの刺青」を持たない。→ 名実ともに団員ではない。言い換えれば「案件単位で動く傭兵」であり、あくまで「任務」で旅団に参加。 行動の動機の観点からしても旅団は、フェイタンのセリフに象徴されるように「復讐」で動いている。 一方イルミは「復讐」ではなく「依頼遂行」「興味」「観察」。つまり、旅団は「感情」イルミは「論理」で動くし行動原理が根本的に異なる。物語上のポジションとしても旅団=冨樫が構築した旧神話の象徴。
(これは自分が分かりやすく整理するために勝手にそう括ってるだけだけど)
旅団はどう転んでも終わる運命にあるが、イルミは次に繋がる可能性を持つ。
イルミはあくまで「クモの客員」=非構造的参加者であり、旅団の運命には連座しない独立存在と見る方が良さそう。
さらに言えば、冨樫的にこういう「境界に立つ者(中間者)」を一段上の視座で動かすことが多い パリストン、ジンなどがそれに該当するため、イルミは「脱構築」の立場を保ったまま、今後も物語を処理する側に回る可能性が高いです。 冨樫作品における構造の外にいるキャラ=イルミ、ジン、パリストン 彼らはすべて、「物語の変化点を司る者」であり、主役ではなく起点である。
これ延長すると、だからこそ「暗黒大陸」はどれをどう描くかが気になると言ったところ。
上層は王子と念獣、下層は旅団とマフィアとヒソカ。二層を縫うのはクラピカの情報線。
人物の勝敗が薄れ、制度そのものが敵になる。王座の椅子より、ゲームの成立条件を見るべき。36巻はそこへの斜路。
37-38巻分はこちら
