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料理教室に10年以上通っても、家庭料理は無理ゲーだった

栄養まで学んだ私が、「一人で頑張ること」を諦めるまで


料理教室に10年以上通った。

一人目の出産後も産後すぐに、女子栄養大学の社会人講座を通じて栄養学を学び、食生活指導士の資格も取った。

料理ができなかった私は、いつの間にか「料理上手」と言ってもらえるようになった。

子どもと一緒に、楽して栄養補給ができるレシピを投稿していたインスタグラムは、一年間でフォロワーさん8万人を超えた。

それでも、私は夕方になると「今日、何を作ればいいんだろう」と立ち尽くしていた。

足りなかったのは、料理の腕ではなかった ──

このnoteは、筆者が「毎日の家庭料理」が無理ゲーになっている正体と理由、私が「一人で頑張ること」を諦めるまでの話です。


家族が大好きなラザニアを作ったことがある。

ミートソースを作る。
ホワイトソースも作る。
パスタを茹でる。
ソースと交互に重ね、チーズをのせて、オーブンで焼く。

私の中では、ラザニア一品だけでは家庭の献立は成立しない。

副菜も欲しい。汁物も欲しい。

私は仕事を終えて帰宅したあと、家族が大好きなラザニア献立を、数時間かけて必死に作った。

家族は喜んでくれた。
残さずきれいに食べてくれた。

疲労困憊だったけれど、「喜んでくれてよかったな」と思った。

でも、その日の私は、家族と一緒にテーブルへ座ることができなかった。
料理を出し終えた頃には、一緒に食べる気力すら残っていなかった。
もう何かをする余裕なんて残っていなくて…。
自分の分は、キッチンで適当に食べて終わった。

家族が喜んでいるのだから、成功した家庭の食卓のはずだった。
でも、その食卓に、私はいなかった。

私は長い間、こういうことを「仕方がない」と思っていた。

手の込んだ料理を作ったのだから、疲れるのは当然だ。
家族が喜んでくれたのだから、それで十分だ。
作る人とは、そういうものなのだ。と…。

けれど、本当にそうなのだろうか。

料理を作った人も、家庭の食卓の一員である。

誰かを喜ばせるために頑張った人が、最後にはその食卓からいなくなっている。

それは、本当に良い家庭料理なのだろうか…?

私は今、家庭料理を支える仕組みをつくろうとしている。

この始まりは、家庭料理の価値を社会に届けたいというような、立派な志ではなかった。

始まりは、もっと小さくて、もっと個人的な絶望だった。

── 月曜日。夜の20時30分。

仕事を終えて自宅の最寄り駅に着いた私は、たった一つの事実を前に、途方に暮れていた。

「今日も、夜ご飯がない。」


仕事終わりの20時30分
「今日も夜ご飯がない」

当時、私は結婚一年目だった。

私も夫も、フルタイムで働いていた。

その日は、仕事を比較的早く終えることができた。自宅の最寄り駅に着いたのは、夜の20時30分頃だった。

今日の仕事は、なんとか終わらせた。それなのに、夜に食べるご飯は家にない。私は駅に着いて、絶望していた。

帰りに何かを買えばいい。外食をしてもいいし、お惣菜を買ってもいい。

もちろん、そういう手段もある。私自身、外食にも、お惣菜にも、何度も助けられてきた。

けれど、毎日そうするわけにはいかない。

あの時の私が絶望していたのは、その日の一食をどうするかということだけではなかった。

今日をどうにか乗り切っても、明日も夜ご飯は必要になる。
明後日も、その次の日も必要になる。

一日だけなら、何かを買って帰ればいい。
でも、これから続いていく毎日の食事を、どうやって回していけばいいのか。

その見通しが、まったく立たなかった ──

私はもともと、料理ができなかった。

結婚するまで、料理らしい料理をほとんどしたことがなかった。

りんごの皮もむけない。
卵もうまく割れない。
レタスとキャベツの違いすら、分からない。

毎日のご飯のために、何を常備しておけばいいのかも知らなかった。
もちろん栄養バランスなんて、まったく分からない。

とりあえず必要そうだと思って野菜を買う。
けれど、どう使えばいいのか分からないまま、冷蔵庫の中でシナシナになっていく。

そんな新米主婦だった。

私と夫の間では、早く家に帰った方がご飯を準備しようと決めていた。平等なルールだったと思う。

実際には、夫が先に帰り、鍋を作ってくれることが多かった。

私が仕事で遅くなった日に家へ帰ると、ご飯がある。その安心感が、私を支えてくれた。

食べるものが用意されている。たったそれだけのことが、一日の終わりの安心にどれだけつながるかを知った。私は夫が作ってくれた鍋を食べながら、何度もそれを感じていた。

一方で、自分が早く帰った日は、その役割が私に回ってくる。

何を作るのか。
家に何があるのか。
何を買えばいいのか。
何時に作り始めればいいのか。
そもそも、私は何を作れるのか。

駅から家までの帰り道、考えることが次々と浮かんできた。
仕事なんかより、毎日の食事を準備し続ける方が重労働だな…これから毎日、どうしていこう。

そんなことばかり考えながら歩いていた。

一日の仕事を終えたはずなのに、もう一つの仕事が、手つかずのまま残っている。

しかも、その仕事には終わりがない。

今日の食事を用意しても、明日になれば、またゼロから始まる。
仕事終わりの疲れた体に、重いものがのしかかってくるようだった。
本当に大変だ、と思った。

でも、当時の私は、このしんどさの理由を単純に考えていた。

私が料理をできないからだ。
料理ができる人になれば、今日のご飯に困ることもなくなる。
冷蔵庫にあるもので、さっと作れるようになる。
栄養バランスも、自然に考えられるようになる。
毎日の食卓を、軽やかに回せるようになる。

だから私は、料理を学ぶことにした。


努力すれば、攻略できると思っていた

結婚してから私は「これはやばい」と焦って料理教室へ通い始めた。

仕事帰りに、基礎からアレンジまで、さまざまなメニューを猛スピードで受講した。

分からないなら、勉強する。
できないなら、できるようになるまで習う。
そう、私は実は、結構真面目なのだと思う。笑

仕事でも、そうやっていろいろなことを身につけてきた。
料理も同じだと思っていた。

レシピを集めた。
切り方を覚えた。
火加減を学んだ。
さまざまな料理を作った。
少しずつ、レシピ通りであれば作れるようになった。
卵も割れるようになった。
包丁も使えるようになった。
キャベツとレタスの違いもわかるようになった。笑

基礎的な家庭料理だけではなく、おもてなし料理も、パンも、お菓子も作るようになった。

気がつけば、私は10年以上、料理教室に通っていた。

料理がまったくできなかった頃の私から見れば、十分に料理ができる人になっていたと思う。

友人から「料理上手だよね」と言ってもらえるようにもなった。

レシピも、たくさん持っていた。

それでも、毎日の家庭料理は、楽にならなかった。
夕方になると、私は相変わらず考えていた。

今日は、何を作ろう。
冷蔵庫に何があっただろう。
家族は今日、昼に何を食べただろう。
昨日は肉だったから、今日は魚の方がいいかな。
帰宅してから、何分で作れるかな。
今日使わなかった食材、余った食材は、いつ使おう…。

料理教室では、料理の作り方やレシピを教えてくれた。

けれど、今日の暮らしの中で、どの料理を選ぶべきかまでは教えてくれなかった。

一品の料理を作れることと、家族の食卓全体を毎日成立させることは、まったく別の仕事だったのだ ──

当時の私は、まだその違いを言葉にできなかった。
だから、もっと学べば解決するのではないかと思っていた。

そんな中、私は子どもを授かった。

夫と同じようにフルタイムで仕事をしていたが、妊娠や出産は、当たり前だけれど分担することができない。

変化する体調に戸惑いながら、仕事を続けた。

同じ頃、職場でも大きな変化があった。数年間かけて実績を積み上げてきたプロジェクトが、社内の年間プロジェクト賞候補にノミネートされた。同時に、そのタイミングで、私は産休へ入ることになった。案件はメンバーへ引き継いだ。

同じ部署で隣に座っていた入社同期の男性の家庭でも、同じ頃に子どもが生まれた。私が産休を終えて職場へ戻った頃、その同期は出世し、以前よりも遠い立場の人になっていた。後から知ったが、この現象を社会的には「母親ペナルティ」「父親プレミアム」と呼ばれることもあるらしい。

もちろん、彼が悪いわけではない。仕事をし、成果を出し、評価されたのだと思う。

けれど、社会人になって初めて、私はジェンダーによって進む時間が違ってしまうことを、自分のこととして感じた。

私たちは、同じように働いていた。

同じ頃に親になった。

でも、同じ条件ではなかった。

さらに私は妊娠中、妊娠高血圧症と診断され、緊急帝王切開で出産することになった。

栄養は日頃から意識していたつもりだった。

けれど、仕事をしながら外食に頼る生活も続いていた。

この経験をきっかけに、私は自分の食生活と真剣に向き合うようになった。

何を、どれだけ食べるべきなのか。良い食事とは、何なのか。

私は女子栄養大学の社会人講座を受講し、食生活指導士の資格を取得した。

子どもの身体づくりを支えたい。家族の健康を守りたい。

そう思った時、まず勉強しなければならないと考えた。
(やはり私は、結構真面目なのだと思う。笑)

子どもの身体に食事がどう影響するのか。

さまざまな研究結果や情報も調べた。調べれば調べるほど、食事が大切だということが分かった。

成長するために何が必要なのか。体調を整えるために、何を食べればいいのか。長い目で健康を支える食事とは何か。

理想の食事は、少しずつ分かるようになった。

でも同時に、別のことも分かった。

これを毎日やるのは、無理だ。でも、やってあげたい。子どもの身体づくりを支えたい。家族の健康を守りたい。でも、現実的には、時間がない。体力もない。考える余裕もない。自分のスキルにも限界がある。

料理教室に10年以上通った。

栄養についても学んだ。

資格も取った。

家族のために作りたいという気持ちもあった。

それなのに、思うようにはできなかった。

私は、そのことがショックだったし、衝撃的だった。

料理ができなかった頃なら、まだ理由が分かる。

知識が足りない。経験が足りない。だから難しいのだろう。

でも、これだけ学んだのに、なぜ毎日の家庭料理は楽にならないのだろう。

知識が増えれば、迷わなくなると思っていた。でも、実際には、知識が増えるほど、考えることも増えていった。

栄養を知れば、栄養が足りているか気になる。

子どもの身体について知れば、今の食事でよいのか気になる。

料理を知れば、一品だけではなく、献立全体が気になる。

レシピを知れば知るほど、選択肢が広がっていった ──

知らなかった頃には見えていなかった判断が、学ぶほど見えるようになった。

私は長い間、この問題を、自分の能力の問題だと思っていた。

もっと要領よくなればいい。
もっと料理が上手になればいい。
もっと段取りよく動けばいい。
もっと頑張ればいい。
だって、みんなやっているから…。

仕事をして、家事をして、育児をしながら、毎日の食事を用意している人はたくさんいる。

みんながやっていることなら、私にもできるはずだ。

できないのは、私に何かが足りないからなのだと思っていた。

けれど、今なら分かる。

料理のスキルや技術を身につければ、毎日の家庭料理を回せるようになるわけではない。
家庭料理の正体は、「料理を作ることだけでない」ということなのだ。

何を食べるかを考える。
家族の好みや予定に合わせる。
栄養や予算を考える。
食材を買い、管理する。
限られた時間から逆算し、複数の料理の段取りを組む。
今日だけでなく、明日の食卓まで見通す。

家庭料理とは、その一つひとつを、毎日判断する仕事だった。

仕事の意思決定。
育児の意思決定。
家事の意思決定。
その上に、家庭料理の意思決定が積み重なる。

こなせないのは、時間や体力が足りないだけではない。
一人の人間が引き受けられる判断の数には、限界があるからだ。

料理を学べば、攻略できると思っていた。

栄養を学べば、正解が分かると思っていた。

でも家庭料理は、その日の体調、家族の予定、冷蔵庫の中身、使える時間、食べる人数によって、毎日条件が変わる。

一度うまくいっても、翌日にはまた最初から始まる。

終わりもない。

完全な正解もない。

どれだけ自分のレベルを上げても、ゲームのルールそのものが毎日変わる。

そう、そもそも「家庭料理は、無理ゲー」だったのだ。


「何でもいいよ」が、なぜこんなにつらいのか

私は、料理そのものがしんどかったわけではない。

一番しんどいのは、「作り手」の大変さが理解されなかった時なんだ、と思う。

「今日の夜ご飯、どうする?」

家族にそう聞いた時、「今日は蕎麦でいいよ」「別に何でもいいよ」という答えが返ってくる。

こういう会話は、きっと多くの家庭にあると思う。

言った側に、悪気はない。

むしろ、「簡単なものでいいよ」「無理をしなくていいよ」という気遣いなのかもしれない。

でも私は、その言葉を聞くたびに、どこか孤独な気持ちになる。

なぜだろう。

蕎麦を茹でること自体は、それほど難しくない。

お湯を沸かして、麺を茹でる。

つゆを用意する。

それだけなら、たしかに簡単だ。

でも、私が聞いていたのは、「麺を茹でてもいいか」ということではない。

今日の家庭の食卓について、一緒に考えてほしかったのだと思う。

蕎麦だけで足りるのか。
子どもは食べられるのか。
たんぱく質はどうするのか。
野菜はつけるのか。
冷蔵庫に残っている食材を、今日使わなくていいのか。
明日の予定を考えた時、今日はどこまで準備しておくべきなのか。

家庭料理を成立させるために残る判断は、「蕎麦でいいよ」と言われた後も、すべてこちら側に残る。

「何でもいい」も同じだ。
一見すると選択肢を広げてもらったようで、実際には、決める責任がすべてこちらへ戻ってくる。

365日家庭料理に向き合い続けてきたからこそ分かる大変さがある。

献立を考えること。
買い物をすること。
冷蔵庫の残りを把握すること。
栄養を考えること。
家族の予定を考えること。
予算を考えること。
必要な量を考えること。
食べる時間から逆算すること。
複数の料理の段取りを組むこと。
保存すること。
次の食卓につなげること。

目には見えない仕事が、たくさんある。
そして、これらのタスクは、やったことがない人にはなかなか見えない。

大変さを伝えようとすると、「でも、お惣菜を買っている日もあるじゃん」「外食もしているじゃん」と言われることもある。

そういうことではない。

お惣菜を買う日があっても、外食をする日があっても、家庭の食事をどう運営するかという責任が消えるわけではない。

今日何を外に任せ、何を家で用意し、家族の一週間の食事をどう成立させるか。

それを考える人は、まだ家庭に必要なのだ。

そう、私が課題に感じるのは、家庭料理をめぐる「情報の非対称性」のようなものだった。

毎日食べている家庭料理の裏側で、何が起きているのか。
どれだけの判断や調整が行われているのか。
その認識が、あまりにもアンバランスなのだ。
このアンバランスさはもはや、各家庭だけの問題ではなく、もはや社会問題であると感じている。

なぜなら、家庭料理は、本来、全員が当事者のはずだから。

何も食べずに生きていける人はいない。

食べる人も、作る人も、同じ食卓を囲む人は、みんな当事者である。
それなのに今は、分かる人にしか分からなくなっている。

最初は、小さな偏りだったのかもしれない。

献立を考えるのが少し得意な人が考える。
買い物へ行くことが多い人が、在庫を覚える。
料理を作る人が、家族の好みや食べる量も覚える。

一つひとつは、小さな役割だったのだと思う。

でも、その偏りが日々積み重なる。

気づいた時には、一人の頭の中に、家庭料理を成立させるための情報が集まりすぎている。

その人に聞かなければ、冷蔵庫の中身も、今日の献立も、明日の予定も分からない。

その人が体調を崩すと、食卓全体が回らなくなる。

私は、この状態を考える時、「作り手」と「担い手」という二つの言葉を大切にしたいと思っている。

作り手は、「料理を作る人」だ。

一品を作る。野菜を切る。ご飯を炊く。盛り付ける。
そうした作業には、誰でも参加できる。

でも、担い手は違う。

担い手になると、その人がいないと家庭料理が回らなくなる。
代わりがいなくなる。それは、あなたじゃないと分かりません。
あなたが考えてください。
あなたが決めてください。
あなたが責任を持ってください
そんな状態になる ──

一家に一人、そんな人がいるのではないだろうか。

私は、それが不健全だと思っている。

本当は誰もが、「作り手の一人」くらいの感覚で家庭料理に関われる方がいい。

けれど今の家庭料理を取り巻く環境は、知らないうちに、「作り手」を「担い手」へ変えてしまう。そんな構造になっている。

担い手になった時のしんどさは、同じ立場の人には理解してもらえる。

でも、一緒に家庭の食卓を囲んでいる隣の人には、理解してもらえないことがある。

その孤独が、つらいのではないだろうか。


私が欲しかったのは、料理を作ってくれる人ではなかった

そんな毎日の中で、私にとって大きかったのが、出張料理人との出会いだった。

出張料理人の方が家へ来てくれて、一緒に家庭料理のことを考えてくれた。

最初に行われるのは、ヒアリングだった。

どんな家庭料理を目指しているのか。
何を目的にメニューを考えたいのか。
使い切りたい食材はあるか。
家族にはどんな好みがあり、それぞれどれくらい食べるのか。
私自身は、家族にどんな料理を提供したいと思っているのか。

それまで、こうしたことは全部、自分の頭の中で考えるしかないと思っていた。

人に話すほどのことでもないと思っていた。

でも、誰かに聞かれて言葉にしてみると、自分が知らない間に、たくさんのことを抱えていたことに気づいた。

出張料理人の方は、話を聞いた上で、メニューを提案してくれた。
買い物の指示を出してくれた。
当日には、どうしてこのメニューにしたのかも伝えてくれた。
家庭料理に対する私の考えや気持ちに寄り添いながら、一緒に、その家庭にとっての最善を考えてくれた。

料理が完成したことは、もちろん助かった。
でも、私が救われたのは、それだけではなかった。

家庭料理について、一緒に考えてくれる人がいる。

自分一人の頭の中にあったものを、外に出せた。

それだけで、家庭料理を少し俯瞰して見られるようになった ──

気づけば私は、
「このレシピ、教えてほしいです」
「こういう時は、どうしていますか?」
「最近、こういうところが少し気になっていて」
「調理器具は、どんなものを使っていますか?」
と、普段ならわざわざ誰かに伝えないような、小さな疑問まで話していた。

出張料理人の方にも、一人ひとり違う強みがあった。

栄養を考えることが得意な人。
食材の展開を考えるのが得意な人。
段取りを考えながら進めるのが上手な人。

それぞれの強みを持つプロと話すことで、一つの問題をいろいろな角度から見られるようになった。

そして私は、数年ぶりに、料理が楽しかった気持ちを思い出した。

第一子が生まれてから、初めての離乳食、初めての育児、社会復帰、手探りの幼児食と、初めてのことが次々に続いた。そんな毎日の中で、私は家庭料理という営みを、客観的に眺めて楽しむ余裕なんて、1ミリも持てなくなっていたのだと思う。

子どもの頃、夕食の時間は楽しみだった。

「今日のご飯、何かな」
そう思いながら、食卓を待っていた。

でも、作り手になると、
「今日、どうしよう」
になる。しかも、毎日タイムリミットがやってくる。

やってみるまで、そんなふうになるとは想像していなかった。

出張料理人の方に来てもらった日は、自分の家の食卓なのに、新鮮さがあった。

自分が手を動かす部分があっても、完成形のすべてを自分一人で決めたわけではない。

今日はどんな料理になるのだろう。
どんな味になるのだろう。
出来上がった時、家族はどんな反応をするのだろう。
そこには、不確実性があった。
サプライズがあった。
楽しみがあった。

そして、気づいた ──家庭料理の作り手は、毎日、映画をネタバレされた状態で見ているようなものなのかもしれない。

材料も知っている。
手順も知っている。
味も想像できる。
結末を全部知った上で、家族に作品を差し出す。

作る人だけが、楽しみに待つ側から外れてしまう。

でも本当は、作り手だって、
「今日はどんな家庭料理が出来上がるかな」
と思いながら関われたら、もっと楽しいのではないか。

家庭料理に、少しエンターテインメントのような感覚を取り戻せたら面白いのではないか。

私は、そんなことを考えるようになった。

そして、出張料理人の方々との会話の中で、もう一つ、とても印象に残ったことがある。

何人かの出張料理人の方に聞いた質問がある。
「ご自宅でも、作り置きをしていますか?」
「普段は、どんなふうに家庭料理を回していますか?」
すると、皆さんは笑いながら答えた。

「自分の家になると、できないですね」
「仕事だから、できているんです」
料理のプロでも、自分の家の家庭料理を毎日回すのは大変なのだ。

その事実は、私の中に強く残った。

たくさんの正解や理想を知っているからこその葛藤がある。

料理のプロにとっても、栄養のプロにとっても、毎日の家庭料理は難しいのだ。

そこで、ようやく私は疑い始めた。

これは本当に、個人の料理能力の問題なのだろうか?

私は料理を作ること自体は楽しかった。
料理上手だと言ってもらえるようにもなった。
食生活についても学んだ。
栄養についても学んだ。
それでも、毎日の家庭料理を一人で担い続けることはつらかった。

ということは、問題は「料理のスキルや経験や知識」ではないところにあるのではないか。

料理が楽しくて、周囲から上手だと言われる人ですら、一人で抱えるのがつらい。そんな構造そのものに問題があるのではないか。

私は、料理を代わってほしかったわけではなかった。
全部を手放したかったわけでもなかった。
家庭料理について、一緒に考えてくれる人が欲しかった。

私が本当にしんどかったのは、調理作業だけではない。
家庭料理について考え続ける責任、一人で抱え込まないといけない構造そのものだったのだ ──


家庭料理は、一人で背負うには重すぎる

私は、料理には「生活のための料理」と「趣味の料理」があると思っている。

パンやお菓子を作る。おもてなし料理に挑戦する。作りたいから作る。学びたいから作る。楽しいから作る。そうした料理は、趣味の料理だ。

趣味の料理は、手間が増えても楽しい。

作ること自体が目的になる。

一方で、家庭料理は生活のための料理である。

家族のため。子どものため。健康のため。毎日食べて生きていくため。

作りたい気分の日だけではなく、疲れている日も、時間のない日も、気持ちが乗らない日も必要になる。

作ること自体が目的なのではない。その日の食卓を成立させることが目的なのだ。

だから、同じ「料理」でも、まったく性質が違う。

料理が好きなのに、毎日の家庭料理はしんどい。

それは矛盾ではないのだ。

趣味の料理が好きなことと、生活のための料理を毎日運営できることは、別の力だからだ。

毎日、どこかの豪華な定食やフルコースのような見た目も含めた喜びや華やかさを用意する必要はないはずである。

ハレの日とケの日を分けて、今日の暮らしに必要なところまでを成立させればいい。

頭では、そう分かっている。

それでも実際には、家庭料理を作る人は、自分の中で毎日評価を下してしまう。

今日は茶色い食卓になったな。
野菜が足りなかったかな。
子どもが食べなかったな。
同じものが続いてしまった。
ここが微妙だった。
今日は、ちゃんとできた。

誰かに直接責められたわけではない。自分でも、自分を責めているつもりはない。

でも、料理がうまくいった日は気持ちが軽く、うまくいかなかった日は重い。

食べてもらえた日と、残された日。
栄養バランスが取れた日と、偏った日。
毎日の小さな評価が、少しずつ気持ちを削っていく。

必要なのは、家庭料理をなくすことではない。
家庭料理の価値を残しながら、しんどさだけを軽くすることだ。

手放さず、抱え込まない。

その方法をつくれないだろうか。

献立を考えるのが得意な人がいる。
栄養を考えるのが得意な人がいる。
買い物や食材管理が得意な人がいる。
複数の料理を同時に進めるのが得意な人がいる。
家族の好みに合わせて調整するのが得意な人がいる。
記録し、次に活かすのが得意な人がいる。

ある人にとって楽しい工程が、別の人には大きな負担になる。

それなのに今の家庭料理は、これらすべてを一人がまるっと全部を担う構造になっている。

家庭料理は、「料理をする」という一つの作業ではない。

献立を考える。
家族の予定や好みに合わせる。
栄養や予算を考える。
買い物をする。
食材を管理する。
段取りを組む。
調理する。
食卓に出す。
片づける。
残ったものを保存する。
次の食卓へ活かす。

これらが連なった、一連の価値創造活動だ。

私は、これを「家庭料理バリューチェーン」と捉えるようになった。

バリューチェーンとは、ひとつのものができあがるまでの仕事の流れのことだ。

会社の仕事で価値を創造する時も、一般的には、企画〜調達〜製造〜品質管理〜販売など、それぞれの工程に担当者や専門家がいる。

けれど家庭料理では、企画も、仕入れも、在庫管理も、製造も、品質管理も、顧客対応も、全て一人が担うことが多い。

家庭料理を担う人は、毎日、家庭の中で小さな事業を運営しているようなものなのだ。

それを、愛情や母性や慣れだけで回せることにしてきた。

だから仕事として見えない。価値も見えない。必要な知識や技術も見えない。

限界が来るまで、その人の努力に依存してしまう。

そもそも家庭料理は、一人で背負うには重すぎるのだ。

これを私がようやく言葉にできたのは、3人目の子どもが生まれた頃だった。


一人の主婦の台所から始まった実験

私がこの課題を言語化するまでに、ものすごく長い時間と試行錯誤が必要だった。

理想的な栄養・食生活について学んだ後、私は家族が喜ぶ子ども向けレシピの発信を始めた。

レシピだけでなく、忙しい毎日の中でどう楽に栄養を補うか、暮らしの中で気づいたこと、自分の気持ちも少しずつSNSで言葉にした。

一年間で8万人もの方にフォローいただいた。

ある時、フォロワーの皆さまへ「料理は好きですか?」と聞いてみた。

その時に答えてくださった約5,000人のうち、ほぼ半数の2,455名の方が、「嫌い」と答えた。

わざわざレシピのアカウントをフォローするくらい、料理への関心が高い人たちでさえ、半分は「料理が嫌い」であるという事実。

私は、大きな衝撃を受けた。

そして同時に、思った。確かに私も、こう聞かれたら「嫌い」と答えるな、と。

なぜなら、私の中で、毎日の家庭料理はいつの間にか、「楽しむためのお料理」から、「やらなければならない料理」へと変わっていたからだ。

それは、義務の料理。すなわち、生活のための料理だった。

作らなければならない。
食べなければ、生きていけないから。
できるだけ、ちゃんとした食事を用意しなければならない。
家族の身体に必要な栄養を、きちんと届けなければならない。

そこには、料理の楽しさを知っているからこその苦しさもあった。

華やかなおもてなし料理も、旅行気分を味わえるような異国の料理も、手間をかけて丁寧に作る料理も知っている。そんな料理には、人を喜ばせたり、日常を少し特別にしたりする力があることも知っている。

だからこそ、時間に追われながら作る毎日の家庭料理との落差に、苦しくなることがあった。

本当はもっとおいしく作れるはず。
もっと彩りよくできるはず。
もっと家族を喜ばせられるはず。

そんな理想と、目の前の現実との差を、毎日のように突きつけられる。

栄養についても同じだった。

身体にとって何が必要なのか。どんな食事が成長や健康を支えるのか。理想を知れば知るほど、「今日の食事はこれで大丈夫だろうか」と心配になる。

料理も栄養も、知らなければ気づかずに済んだかもしれない。

けれど、知ってしまったからこそ、できていない自分を責めてしまう。

毎日の家庭料理は、料理が好きで、学んできた私にとってさえ、いつしか楽しさよりも、責任と不安を強く感じるものになっていた。コメントやDMで、フォロワーの方とやり取りをした。

すると、「とても共感します」「うちも同じです」「こんな工夫をしています」という声をいただいた。

レシピを発信していたので、どちらかというと料理が苦手な方が集まると思っていた。でも実際、フォロワーの方の多くは、管理栄養士、調理師、施設の調理員など、食のプロの方だった。

プロでさえ、毎日の家庭料理に問題意識を持っている。これは本当に私にとって、衝撃的な事実だった。

家庭料理を一人で抱えるのではなく、知恵や経験をみんなで共有して解決していく方がいいのかもしれない。

少しずつ、そんな考えが確信になっていった。

事業のアイデアを考え始めた頃、私は思い切って周りの人に話してみた。

家庭料理は、一人で抱えるには重すぎると思っている。
それを、みんなで支えられる仕組みにしたい ──

すると、想像していた以上に多くの人が、「分かる。私もずっと感じていた」と返してくれた。

自分の中にあった痛みを外へ出したことで、同じ課題を感じていた人とつながり始めた。

最初に一緒に形にしてくれたのが、近所に住んでいる出張料理人の方だった。

私が「誰に、どんな価値を、どう作り、どう届けるか」を考え、出張料理人の方がご自身の得意な調理法を使って、「お品書き」として表現してくれた。

それが、「Repattory(レパットリー)」のオンラインクッキングの始まりになった。

最初のオンラインクッキングは、2025年。

初開催に参加してくださった方は、4人だった。zoomで繋がる画面の向こうに、それぞれの台所があった。同じ時間に、別々の家でお料理を進めていく。同じ献立を、同じ流れで作っていく。一人で台所に立っているのに、一人ではない。そこで初めて、「一人じゃない台所」という感覚が、実感を伴って立ち上がった。

家庭料理のことを、一人で抱えなくてもいい。誰かと一緒なら、前へ進める。

参加者は、3ヶ月後には100名/月を超え、半年で500名以上の方が参加してくださり、満足度は★4.8/★5をいただいた。

広告は一切使っていない。参加してくださった方が、別の誰かに紹介してくれた。

私はオンラインクッキングの冒頭で、いつも少しだけお話をさせていただいていた。
家庭料理がどれだけ多くのタスクでできているか。
そして今は、それを一人が抱える構造になっていること。

その話に共感して、自分の言葉で発信してくれる人たちがいた。

自分だと好きなものばかり作りがちだけれど、自然とレパートリーが広がること。

体のことも考えられた献立で、安心感があること。

みんなで一緒に作る体験がすごく楽しいこと。

参加した人が、それぞれの実感を、それぞれの言葉にしてくれた。
その言葉を信頼する人たちが、また参加してくれた。

同じ課題を感じている人たちが、言葉を通じて繋がっていった瞬間だった。そしてその輪が、静かに広がっていった。

そして私は、決意した。16年勤めた会社を退職し、この事業にコミットすることにした。

決心できたのは、料理が好きでも、料理ができても、毎日の食卓を一人で担い続けることに疲れている人が、私と同じように確かにいる、と感じたからだ。

社会問題に気づいたからには、形にしたい ──

純粋にそう思った。

その後、元小学校の先生とも出会わせていただいた。この方は長年、小学校で働き、子どもたちを見てきた。

家庭料理は、担う人だけの問題ではない。毎日の家庭での食卓は、子どもの身体の育ち、心の安定、味覚の形成、家族の関係性にもつながっている。

その考えが、私たちの間で重なった。

元教員の方にオンラインクッキングへオブザーバーとして入ってもらうと、参加者の皆さまから、「より分かりやすくなった」「ついていきやすくなった」という声が届いた。

料理を教える人が増えたわけではない。進み具合を見て、困っている人を支え、声をかける人が加わった。体験が大きく変わっていった。

ただ私は、このオンラインクッキングを通して「お料理の先生」という言葉に違和感を持つようになった。

先生と生徒という構造では、教わっている間はできても、教室が終われば、また一人の台所へ戻る。

一人で抱える家庭料理を、専門家から教わる料理に置き換えただけでは、「みんなで支える」ことにはならない。

必要なのは、正解を教える人ではない。同じ台所に立つ仲間として、隣にいる人なのではないか。

私は、オンラインクッキングの役割を「教えること」ではなく「伴走すること」にした。

何を教えるかではなく、どうすれば実行できるか。
正しく作れたかではなく、各ご家庭のゴールに向かえたか。

「先生」を増やすのではなく、「一緒に家庭料理を支える人」を増やすこと。

Repattoryがつくりたいものの輪郭が、少しずつ見えてきた。


その場の解決策は形にできた。
でも、毎日にはまだ届かない

オンラインクッキングには、これまでたくさんの方が参加してくださいました。

事業としても、ビジネスプランコンテストに挑戦し、南都銀行様主催の「ナントサクセスロード」でアイデア賞、池田泉州銀行様主催の「ニュービジネス助成金」で地域ソリューション部門の優秀賞をいただきました。

二つの賞をいただけたことは、私にとって大きな励みになりました。


自分の中にあった問題意識が、家庭料理の当事者だけではなく、家庭料理を専門としない方々にも、社会的な課題として伝わった。

「家庭料理を一人で抱えることは、個人の頑張りだけで解決する問題ではない」

その問題意識に、一定の共感と評価をいただけたことを実感しました。

そして、オンラインクッキングを続ける中でも、一つの価値を確かめることができました。

一人では大変な家庭料理も、誰かと一緒なら進められる。

一人では挑戦しなかった量でも、段取りが示され、みんなと同じ時間に手を動かすことで、作り切ることができる。

90分後、冷蔵庫に複数の料理が並ぶ。

「私にもできました!」
「一人では絶対できなかったです」
「思っていた以上に作れてびっくりです」
「家族が喜んでくれました!」
「心の支えです」

こんなありがたいお声も、たくさんいただきました。

家庭料理において、誰かがそばにいること。
進む順番が分かること。
一緒に手を動かす時間があること。

そこには、確かな価値がある。

オンラインクッキングを通して、私は、「一緒なら、家庭料理を前に進められる」という伴走の価値を確かめることができました。

事業が少しずつ形になり、その価値を検証できたからこそ、次の問いも見えるようになりました。

オンラインクッキングで生まれた体験を、一度きりの特別な時間で終わらせず、どうすればその人の日常へ持ち帰ってもらえるのだろう。

参加した人が、その後も無理なく家庭料理を続けられるようにするには、何が必要なのだろう。

一度参加して、「楽しかった」「作れた」と感じてもらうことと、その後の家庭料理の日常が変わっていくことは、同じではありません。

オンラインクッキングに参加した日は、複数の料理を作ることができる。

けれど、次に一人で同じように作れるとは限らない。

アーカイブを持っていても、再生して実際に作り始められるとは限らない。

レシピがあっても、今日の自分にどれを選べばいいのか迷うことがある。

作りたい気持ちはあっても、献立を決め、買い物をし、段取りを考えるところで、動けなくなる日もある。

オンラインクッキングによって、「一緒に作ること」の価値は確かめられました。

その一方で、その価値を日常の中に定着させるためには、教室の時間だけではなく、その前後まで含めた支えが必要だということも見えてきました。

これは、オンラインクッキングでは解決できなかった、ということではありません。

オンラインクッキングを実際に続け、ご参加くださった皆さまの声を聞き、家庭料理が動き出す瞬間を見てきたからこそ、次に支えるべき場所が分かるようになったと感じています。

オンラインクッキングを手放すのではなく、そこで確かめた伴走の価値を、教室の前後や日々の暮らしにまで広げていく。

料理が作れるようになることだけではなく、作り始めるまでの判断を軽くすること。

レシピを知ることだけではなく、今の自分に合うものを選べること。

一度たくさん作ることだけではなく、無理のない形で暮らしの中に続いていくこと。

家庭料理の問題は、「料理を教えること」だけではなく、献立を決めるところから、買い物、段取り、実行、振り返りまでを、一つの流れとして捉える必要がある。

私は、参加者の皆さまの声に導いていただきながら、Repattoryを次の段階へ進めることにしました。

Repattoryが目指すのは、「作れる人を増やすこと」ではありません。

料理の正解を、一方的に教えることでもありません。

その人が、その日の体力、使える時間、気分、家族の状況に合わせて、「今日のちょうどいい」を選び、実行できる状態をつくることです。

料理を上手にするためだけのサービスではなく、生活のための料理を、無理なく続けられるようにするサービス。

レシピを渡して終わるのではなく、献立、買い物、段取り、実行、振り返りまでを支える仕組み。

家庭料理を、一人の経験や記憶、判断力や気力だけに依存させないための基盤。

オンラインクッキングで確かめた、「一緒なら、できる」という価値を、教室の外の日常にまで広げていく。

私は、そのための仕組みを「家庭料理のOS(オペレーションシステム)」と考えるようになりました。


家庭料理をなくさず、「担い手」をなくしたい

「家庭料理のOS(オペレーションシステム)」といっても、料理をすべて自動化したいわけではない。

自動的に献立が出て、機械に作ってもらい、人間は何もしなくていい世界を願っているわけでもない。

私がつくりたいのは、家庭料理に必要な知識、判断、段取り、役割を、一人の頭の中から外へ出し、家族、人、仕組み、テクノロジーで支えられる状態。

家族が、
献立を選ぶことができる。
お買い物をすることができる。
料理を再現することができる。
盛り付けることができる。
仕上げることができる。
片づけることができる。
分担できる。

料理が得意な人や好きな人は、レシピや料理の型、世界観を届けることができる。

伴走する人は、今日その人が実行できるところまでを支えることができる。

AIやテクノロジーは、大量の情報を整理し、その家庭に合う選択肢を提案することができる。

一人ですべてを完璧にこなすのではなく、それぞれの得意を持ち寄る。

誰かの知恵が、別の家庭を助ける。
家庭の中で培われた経験が、価値となり、仕事になる。
支えられた人が、今度は誰かを支える。
家族や子どもも、自分にできることから作り手になる。
家庭料理を支える力が循環する。

そんな形に変えていきたい。

私はこれまで、本当にたくさんの人に支えられてきました。
子どもの頃は、そのことに気づいていなかったです。(すみませんw)
大人になって、自分が本当に多くのものに支えられて生きていることを知りました。

特に、広告業界で16年間、広告やマーケティング、新規事業開発の仕事をさせていただいた中で

市場とは何か。

人が動くとはどういうことか。

売上をつくるとはどういうことか。

ビジネスに必要なことを、実践を通じて学ばせていただきました。

だからこそ、ビジネスという仕組みを、誰かの不安やコンプレックスを煽るためではなく、本当に大切なものを守るために使いたいと思っています。

ビジネスの本質は、生活者が抱える課題を解決し、その価値を対価として循環させることだから。

ならば私は、家庭料理を一人で抱えている人の課題を解決する仕組みを、継続できる事業としてつくりたい。

善意やボランティアだけではなく、価値が正しく循環するビジネスとして立ち上げたい。

家庭料理には、人や暮らしを豊かにする力があると思います。

健康を支える。
子どもを育てる。
家族をつなぐ。
暮らしのリズムを整える。
誰かが誰かを想う気持ちを、目に見える形にする。

家庭料理は、「人が人を大切にする、その土台になる営み」である、そう思います。

でも、その価値を生み出す責任が、一人に集中しています。

私は、家庭料理をなくしたくない。
社会の認識を変えたい。
構造を変えたい。
成立のさせ方を変えたい。

誰か一人の頑張りや、努力や、根性で支えるのではなく、みんなで支えながら続けられる形にしたい。

子どもたちには、家庭料理の大切さを知っていてほしい。
体も心も豊かに育ってほしい。

そして、いつか新しい家庭を築いた時には、家庭料理を誰か一人が抱えるものではなく、家族一人ひとりが当事者として関わるものにしてほしい。

私は、誰かに全部代わってほしいわけではない。
お惣菜をなくしたいわけでもない。
外食をなくしたいわけでもない。
ミールキットも、宅食も、出張料理も、すべて大切な選択肢。

でも、その前に知ってほしい。

家庭料理の裏側で、何が起きているのか。
どんな知識や技術が必要なのか。
どれだけ多くの判断や調整が行われているのか。
どれだけ大切な価値を生み出しているのか。
そして、毎日どれだけ多くの人が、それを抱えて踏ん張っているのか。
まずは、みんなで共有したい。

家庭料理は、誰か一人だけの仕事ではない。

全員が食べる以上、本当は全員が当事者なのだから…。


私が諦めたもの

私は、家庭料理を諦めたわけではないです。
むしろ、家庭料理を残したいと思っています。

各家庭で、その家庭の食事を用意すること。
誰かが誰かを想って作ること。
一日の終わりに、同じ食卓を囲むこと。

昔から続いてきた、その家庭料理体験を守りたい。

でも、時代は大きく変わりました。
仕事のあり方も、家族のあり方も、暮らしのスピードも変わった。
昔と同じ前提のまま、誰か一人の努力に依存して続けることは難しい。

だから私は、諦めました。

家庭料理を、一人で完璧に頑張ることを諦めた。
「理想通りの完璧な家庭料理」を回せない自分に向き合うことを諦めた。

もっと勉強すれば、
もっと要領がよくなれば、
もっと努力すれば、
すべて自分一人で回せるはずだと考えることを諦めた。

家庭料理は、一人で攻略するゲームではなかった。
一人で戦う前提そのものが、間違っていた。

できなかったからこそ、見えたものがある。

家庭料理は、知識やスキルだけでは解決できない。

一人の頭の中に閉じ込められてきた、膨大な知識と判断。
そして、それを支えられる人の得意や知恵が、社会のあちこちにある。
それらをつなげば、家庭料理は、一人で抱えなくても続けられるかもしれない。

私は、その仕組みをRepattory(レパットリー)という事業として、形にし始めている。

まだ、完成はしていない。
正解が分かったわけでもない。

オンラインクッキングという小さな場所で、参加者の方と一緒に試し、失敗し、考え直している途中だ。

それでも、目指したい景色は見えている。

作る人が、疲れ切って食卓からいなくならないこと。

作り手と食べる人に分かれるのではなく、できるだけ同じ目線で食卓を囲めること。

一日の終わりに、その日の暮らしに必要な意味があり、家族の好みも反映された家庭料理を、みんなで食べること。

作る人が一人で無理をしすぎず、家族も喜び、自然に笑顔が生まれること。

そして、作り手自身も、
「今日はどんな家庭料理が出来上がるかな」
と、少し楽しみにできること。

私が諦めたのは、家庭料理ではない。
一人で抱えることだ。

一人で抱える家庭料理を、みんなで支える家庭料理へ ──

私は、その未来を本気でつくりたいと思っている。

次に家族が大好きなラザニアを作る夜は、私も一緒に食卓へ座っていたい。


著者について

澤井りえ
家庭料理を一人で抱えないための仕組み・家庭料理OS「Repattory(レパットリー)」代表

広告・マーケティング、新規事業開発の仕事に16年間携わる。結婚後、料理がほとんどできない状態から10年以上料理教室に通い、女子栄養大学の社会人講座で学び、食生活指導士を取得。

料理や栄養を学んでも、毎日の家庭料理を回す難しさは解消されなかった自身の経験から、家庭料理の問題は「料理の腕」や「知識」ではなく、献立・買い物・栄養・段取り・家族調整などの判断と責任が、一人に集中する構造にあると考えるようになる。

現在は、料理家や専門家、家庭料理の担い手たちとともに、オンラインクッキングを通じた実践と検証を重ねながら、「一人で抱える家庭料理を、みんなで支える家庭料理へ」変える仕組みをつくっている。

Repattoryの活動や、家庭料理について考えていることは、今後もこのnoteで発信していきます。

\\ 最後まで読んでいただき、ありがとうございます✨🙇‍♀️ //
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