#89『薄明』15章:荒野へ④
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「あれ? …茉莉さん? 茉莉さんじゃないですか?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには茉莉と同じようにベーカリーの紙袋を提げた麗奈と
──稜真がいた
「麗奈さん。……稜真…、さん……」
「やっぱり茉莉さんだー。こんなところで一人でお昼ですか? なんか意外〜!」
麗奈が快活に笑い、隣に立つ稜真は無言だった。
「…あ……、お二人もパンを買ってランチ、ですか?」
茉莉は急ごしらえの笑顔で言った。
予期せぬ出会いに狼狽えていたのか、ハッとして稜真が答える。
「あぁ……、うん、ちょうど近くの施設で打ち合わせがあって…。
加納…部下が、この近くのベーカリーのクロワッサンをどうしても食べたいとうるさくてね」
「だってオープンしたばかりでめちゃくちゃ人気なんですもん。
近くに来たらそりゃ買いますよね?!あ、たくさん買ったんで茉莉さんもおひとつどうですか?」
相変わらず人懐っこい笑顔で麗奈が紙袋を差し出す。
「えっ、…ありがとうございます」
食欲は無かったが、その厚意を茉莉はありがたく受け取った。
茉莉が控えめに微笑むと、麗奈は隣に立つ稜真の顔をチラリと盗み見た。
稜真の表情は硬い。しかしその瞳の奥に言葉にならない複雑な感情が渦巻いているのを麗奈は察した。
「………あっ!!!
いっけなーい、私さっきの施設に忘れ物しちゃった!!!
九条さん悪いけどここで茉莉さんとちょっと休んでてください。すぐ戻りますから!」
「おい、加納……」
麗奈は「じゃあねー!」と軽やかに手を振って、雑踏の中へと消えていった。
(九条さん!あの時のお返しでーーす!!!)
麗奈はかつて空港で稜真によって黒崎櫂と二人にされた時のことを、鮮やかな形で返してみせた。
……
気まずい静寂が二人を包む。
茉莉と別れてから、2人きりになるのは初めてのことだった。
稜真は観念したようにひとつ溜息をついて聞いた。
「……座ってもいいかな」
「…はい、もちろん。……驚きました。こんなところで会うなんて」
稜真は茉莉から少し距離を置いて、同じベンチの端に腰を下ろす。
「……。そうだね。びっくりした。
…願いが叶ったかな、
……会いたいと思ってたんだ。」
「………。」
茉莉が返答に困って言葉に詰まる
「…あ、ごめん、そういうんじゃなくて……いや、そうだけど……
……困らせるつもりじゃないんだ。
事業を始めたって聞いたから、
──どうしてるかと思っていて。」
茉莉はその言葉に少し驚く
「……、耳が早いですね」
「まぁね、西園寺の令嬢が動いたとなれば、嫌でも噂は回ってくるから。
─それで…どんな感じ?」
稜真の柔らかな視線が茉莉に向けられる。
茉莉は自分の隣に置いた大きなバッグを少し手繰り寄せ、自嘲気味に笑った。
「…お恥ずかしいです。今まで、自分がどれほど守られていたか、思い知る毎日で。
……名刺一枚出すのにも、震えてしまうことがあります…。」
「……そうか…」
稜真の声は低く、穏やかだった。
彼は手に持ったパンを一口齧り、そして遠くを見つめ──
遠慮がちに聞いた。
「………あのさ。
僕の見間違いだったらごめん。
──さっき、…泣いてた?」
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…どきっ🥺
