#69『薄明』12章:惑い②
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12章:惑い②
翌朝。
出張を翌日に控えたその日、櫂は西園寺グループの提携先との会食を終え、次の打ち合わせ場所へとタクシーを飛ばしていた。
「室長、地方の工場再編案ですが、現地でのヒアリングスケジュールを一部変更しました」
「ああ、構わない。資料の最終版は車内で目を通しておく」
膝の上でノートPCを開き、高木と事務的な会話を交わす。
明日からの出張で三日間の不在。
その後は連休がある。
滞りなく現場が動くよう、全ての綻びを潰しておかなければならない。
今の櫂にとっては、一分一秒が戦いだった。
タクシーが大きな交差点で信号待ちのために停車する。
ふと、視線を上げた先――ホテルのラウンジの外に広がる、テラス席に目が止まった。
見覚えのある後ろ姿──のような気がした
(……茉莉?)
その向かいに座っているのは、櫂の知らない若い男だった。
仕立ての良いスーツを纏った、自分と同じか、少し若いくらいの、整った顔立ちの青年。
二人は親しげに、どこか深い信頼を寄せ合うような面持ちで話をしている。
茉莉が何かを問いかけ、青年が深く頷き、感極まったように彼女の手に優しく指先を添える。
茉莉はそれを振り払うことなく、むしろ大切そうに両手で包み込み、柔らかな微笑みを青年に向けていた。
(……誰だ、あいつは)
いや……、人違いだろうか
街路樹が邪魔をして、斜め後ろからでは女性の顔がはっきり見えない
もう一度確認しようと身を乗り出してパワーウインドウに手をかけた瞬間
信号が青に変わり、タクシーが加速した。
「室長? どうかされましたか」
「……いや。何でもない」
窓の外、遠ざかっていく二人のシルエットを、櫂は見送った
……茉莉?
しかし彼女があんな風に、一人の男と二人きりで密やかに──それでいて力強く繋がっているような空気を見せる相手など、心当たりがない。
(九条……いや、あいつではなかった。
なら、誰だ。
やはり人違い……?)
ふと考えてみれば自分が1日中会社にいる間、彼女がどこで何をしているのか何も知らない
彼女を気にかけることなく家を空け、当然家にいるものとばかり思っていた
しかしまさか──そんなはずは無い
昨晩遅くに抱いたばかりの茉莉。いつも通りに──
連絡をしてみようか。いや……きっと人違いだ。
思考が交錯していたその瞬間、スマートフォンを手に悶々としていた櫂のそれが不吉な振動音を響かせた。
本社の代表経由で回された、緊急の秘匿回線。
「……はい、黒崎です」
応答した瞬間、受話口から漏れてきたのは、現場の緊迫した空気だった。
『室長、失礼します。例の買収案件のスキーム、一部の役員から反対派へリークがあった模様です。
明朝の役員会を前に、主要株主が説明を求めて本社へ向かっています』
「……何?」
櫂の顔色が、サッと変わる
「高木、次の打ち合わせキャンセルだ。時間を変えてリモートのアポを取ってくれ。今すぐ本社へ戻る。
それから関係各所の担当者を私の部屋に集めろ。30分以内だ。間に合わない者については電話を繋いでほしい」
「は、はい! 承知しました!」
隣で高木が慌ただしくタブレットを叩き始め、タクシーの運転手に急な行き先変更を告げる。
結局その日は、昼間に見た茉莉らしき影のことを思い出す暇はなく、
櫂が自宅マンションに戻ったのは日付を超えていた
その数時間後には出張のため早朝のうちに空港へ向かう。
───眠っていた茉莉と顔を合わせることは、無かった。
続きはこちら
あの女性は茉莉だったのか?相手は?
真相は後日…
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