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#71『薄明』12章:惑い④

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地方視察出張の最終日。

帰路の空港へと向かう車中で、櫂はこの出張で巡った視察について考えていた。

視察先は、経営戦略室が不採算として切り捨てを検討していた各地の老朽工場。

まだ若い高木を連れて行き現場を見て回った。

彼が切り捨てではなく再生プランを提案してきた場所。

​実際に目にした現場は、愚直で非効率だった。

だが細かくヒアリングし、改善を打診する。

そこには数字には表れない職人たちの執念が確かにあった。


このセクションの最終判断は高木に任せることになっている。

切り捨てるか、続投か。どちらにしても正解も不正解もない。

正解に、するしかない。


櫂は自分一人が走り続けるのではなく、チームを育てるというフェーズに入り始めているのを感じていた。

征嗣から学んだ教えや哲学、それを元に自分なりのやり方で、下を導いていかなければならない。

行きの飛行機の中で読んだ経済紙の記事を思い出す。
振り払っても振り払っても現れるあの男の背中。

​『若き実業家、東都キャピタル破綻からの逆襲――新会社レガリアの勝算』


───そんなふうに意識していたせいだろうか。
早めに到着した空港のラウンジで櫂はまさかの、その人物に会ってしまう。


ラウンジの自動ドアが開き、不意に、見覚えのある長身の影が現れた。

整えられたスーツ、迷いのない歩き方。

「……黒崎」

相手も気づいて足を止め、驚きに目を見開く。

そこに立っていたのは、皮肉にも、櫂がずっと意識し続けていた男

――九条稜真だった。


2人の視線が真っ向からぶつかり一瞬のひりついた静寂が生まれる


そのわずかな間に、櫂は彼の纏う空気が、あの設立パーティーの時よりもさらに自信に満ちたものに変貌していることを悟る。

今、彼の胸に光る「レガリア」の社章は、彼が家柄ではなく、一人の王として立ち上がった証。


「……奇遇ですね、九条さん。パーティーの日は…どうも」

櫂は努めて事務的に挨拶をする。無視するのも不自然だ。

「黒崎……いや、今は西園寺の『若き獅子』と呼ぶべきかな。あんたの噂は聞いている。君も地方視察の帰りか?」

「獅子などと…。私はただ実務を学んでいるだけです。
九条さんこそ、新しい会社は随分と順調なようですね。
先日の経済紙で、あなたの『逆襲』を称賛する記事を拝見しましたよ」


「ああ…」

稜真はふと誇らしげに笑みを浮かべ、そして煽るように言った

「なら、茉莉さんも読んでくれたかな」


(……っ。こいつ……)

敢えて茉莉の名を出した稜真に櫂の胸がピリッと苛つく。

その瞬間、後ろから
「あれぇっ!櫂さん!?」

と明るい声が聞こえた。


…麗奈だ。


今にも火花が散りそうだった空気が一変し和らぐ。

「わーー、偶然ですね!櫂さんも地方出張の帰りですか?
やだーせっかくだからみんなで一緒にお茶でも──」

と言いかけて、はっと2人の空気を一瞬で読みとり、麗奈は言葉を飲み込んだ

「………しませんよね、あはは。失礼しました〜」

そっと去ろうとする麗奈を稜真が呼びとめた


「加納、君、彼とは昔同僚だったんだろう。2人でコーヒーでも飲んできたらどうだ。
フライトまでまだ一時間はある。僕は少し電話を入れてくるから」

設立パーティー後の打ち上げで、麗奈がつぶやいた『私まだ櫂さんのこと好きかもしれない』というひと言を稜真は覚えていて─

気を利かせたつもりだった


突然の無茶振りに麗奈は「へぁっ?!」と妙な声を出した。

稜真は「じゃあ、あとで」と軽く手を挙げ、背中を向けてラウンジから雑踏の中へ消えていった。  


​残された櫂と麗奈。


少しの気まずさと、どこか懐かしい空気が流れる

「えーーっと、……じゃあ…、せっかくだし、…

…あそこのスタンドでコーヒーでもどうですか?櫂さんさえ、良ければ。」

突然の状況に戸惑いながらも、麗奈が控えめに提案すると、櫂は少し笑って「もちろん」と答えた。



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偶然よく会うなあ!とか言うのは無しやで!


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