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#15『薄明』第三章:深淵⑤

前回のお話はこちら

私には櫂の気持ちがわかる

どんなに櫂が隠そうとしてもわかってしまう

静かなあの眼差しの奥にある気持ちが。

物心がついた頃から私の中心には櫂がいて、いつの間にか櫂と他の人を比べていた

私のことを好きだと言ってくれる人はたくさんいたけど、
無意識に櫂と比べてしまっている

『櫂以上の人じゃないと』

それが私の基準になってしまった

櫂の存在が大きくて
大きすぎて

怖くなった

この人がいないと私、立っていることさえ出来なくなるんじゃないか

私はその現実を見るのが怖くて
必死で外に自分の愛を探そうと藻掻いた

いつ頃からだろう

櫂の眼差しに、親愛以上のものを感じるようになったのは

私にはわかるんだ

だってずっと一緒にいたんだもの

でも見ないふりをしなくてはいけない

気づいてしまったら
もう一緒にいられなくなる

父はそれを許さないだろう


だから私は外に自分の愛を見つけなきゃいけない

櫂と一緒にいたいから
櫂を失いたくないから

急がなきゃ

急がなきゃ

あの人が、私から離れてしまう前に。

でもね誰も本当の私を見てくれないの
深いところまで来てくれない

どうしてなの?

みんな、いなくなっていく
みんな、諦めてしまう

ああでも違うんだ

私の心に
入ってきてくれないんじゃない

最初から無いんだ



他の人の居場所なんて──





「………ごめんなさい」

絞り出すように出たのは、謝罪の言葉だった

「……ごめ、…なさい……。。。
櫂……、」

私の手首を掴む櫂の力が失われていく

「……どうして……」

櫂が泣いている

「……どうして……謝るんですか」

ぽた、ぽた、と私のものなのか、櫂のものなのかわからない涙が床を濡らしてゆく

「抵抗して…、軽蔑して…、
俺を拒んでくれ……」

追い詰めて逃げ場を奪うように壁に突き出された櫂の腕が、私の両側にある

けれど、櫂は私から顔を背けて、そのまま肩を震わせていた

​私は表情を失ったまま壊れたように涙を流し続けている

すぐそばにある櫂の体温が、痛い──

彼をここまで追い詰めた自分の罪を突きつけられ、私もまた、彼を見ることができなかった。

あの時の稜真と、私は同じことをしている

自分の正義で、自分が楽になるために、櫂を手放そうとした

「ごめんなさい……私…わたしは……」

あなたを都合よく『家族』という檻に閉じ込めてきた罪を償おうともせずに

「怖…かった…あなたを…失うことが…」

​ずっと私が一番恐れていたのは、あなたが私を残して去ってしまうことだった

あなたが「ひとりの男」になって、誰かを愛し

私以外の誰かのもとへ行ってしまうことだった。

​だから私は、あなたの瞳に宿る熱を知りながら、気がつかないふりをして、あなたを引き留め続けた。​

応えないくせに側に置き続けて、飼い殺しにして。

「………本当は
ずっと……」

あなたが私のことで傷つき、苦しむ姿に安心していた

………最低だ

「ずっと分かってた……」

​そんな私の心の中に構わず入り込んで来たのが稜真だった

彼だけか私の中の譲れない櫂の居場所を知りながら割り込んできた

「ずっと……あなたの気持ちを……
知って……」

この人となら、櫂を解放させてあげられる

やっと、櫂を…

「知ってて……見ないふり……してきた……」

私という卑怯な人間から自由にしてあげられると──

「ごめんなさい……
ごめん………」

(行かないで)

本当はずっと叫びたかった

「…ずっと……傷つけ続けて…きて…ごめん………」

(そばにいて。)

いなくならないで──



「…どこにも……行かないで………」



涙でぐしゃぐしゃの顔で、櫂を見上げる

櫂も同時に私の目を見た

私と同じ顔をして。


「………離れません
…………離れてなんか、……やるものか……」

櫂は私をきつく抱きしめ、ずるずると崩れ落ち、膝をついたまま声を殺して泣いている

私はその背中に手を回し、櫂のシャツを握りしめ、溢れる涙を拭うこともなく、泣き続けた

自分の罪と
自分の本当の気持ちに
初めて向き合い、泣き続けた


私は櫂を

ずうっと愛していた





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